エルデンエムブレム   作:yononaka

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身勝手な安堵だとしても

 (ミネルバ)は、いつも間違った道を歩いていた。

 そういう自覚のある人生を渡っている。

 

 兄が父を殺すのを止められなかったことから、

 いや、兄の献策を共に奏上しなかったことからか、

 それとも、もっと前からか。

 

 間違うという事の最も恐ろしいことは、間違っている時にそれが間違いであると理解できないことだ。

 私がレウスの端女になると言った約束も、後になれば間違いだったと思うのだろうか。

 

 心の何処かでそれを思う事もあった。

 

 グルニアの三将との会談が始まった。

 元々、レウスの声はよく通る。距離があろうと戦場であればこそなのか、その言葉が聞こえてくる。

 

「アカネイア王国を滅ぼし尽くす」

 

 端的に言えばそれだ。

 その言葉は多くの敵を作る発言であろうし、王たるものが軽々と口にするべきことではないとも思った。

 

 だが、私はそれを聞いてあろうことか安堵のような気持ちを得ていた。

 マリアを救うために全てを敵に回してもいいとすら思っていた私は、

 それ以上に敵を作るであろうレウスの言葉に惹かれてすらいた。

 

 彼ならばマリアを救い出してくれるだろう。

 そして、アカネイアを滅ぼし、或いはこの大陸の全てを蹂躙するのかもしれない。

 私の歩んだ間違いだらけの道も、きっと跡形もなく消してくれるのだろう。

 

 奇妙な安堵を覚えながらも、こちらへと歩んでくるレウスの孤影は実に寂しそうなものに映る。

 誰もを敵にする覚悟は、彼が自身を孤独へと追い立てている、そんな風に思えた。

 

『もしも、ミネルバ様がレウス様と一緒になられるなら、私もとっても嬉しいのです

 愛の数は多ければ、それだけ幸せも増えますから』

 

 シーダ様の言葉を思い出していた。

 あの方もまた、レウスの孤独に気がついておられるのだろう。

 彼女はそれを埋める方法が愛であると確信しているようだった。

 

 私にはまだ遠い感情だが、それでも個の英雄たらんとするレウスをこの戦場で支える事ができるのが、

 もしも私だけなのだとしたら、どうあっても果たさねばならないだろう。

 

「いい宣言だったな、レウス」

 

 レウスが私を見やる。

 

「喧嘩売るような発言しかしなかった気がするがな」

「だから、いい宣言だ

 お前はここに喧嘩を売りに来たのだろう

 (わたし)一人の頼みを聞くために乗り込んできたんだ、喧嘩以外の何者でもなかろう」

 

 それだけじゃないことくらいは私もわかっている。

 だが、レウスにはそういった方がいい気がした。

 レウスも小さく笑うと、「言ったことに自信が持てたよ」と返した。

 

 彼なりのおためごかしかも知れない。

 それでも、誰にもそれを言えないよりはマシであることを身を以て知っている。

 

「さあ、戦いを始めよう」

 

 レウスの言葉に、私は強く頷いた。

 

 ────────────────────────

 

 グルニアの大将たちは城市へと戻った。

 ラングの増援は城門前に展開、少し離れた所にグルニア騎兵による遊撃部隊。

 俺と、俺が選抜した腕のいい連中は聖王への突撃部隊として編成されて、グルニア騎兵の近くで待機となった。

 更に後ろにはエレミヤと護衛の装甲兵が数人、それに伝令のための騎兵も数騎。

 

 衝突と遊撃に成功した時点で、守りの薄いところを切り抜けろ。

 グルニア側がオレに向けて取った作戦だ。

 

 気になるのは相手の構え。

 いっそ不気味と言えるものだった。

 聖王と斧騎士、長身の女の三人が戦闘に立つ。

 その後ろには魔道兵、その魔道兵を囲むように戦列歩兵たち。

 騎兵たちはグルニア騎兵と同じく少し離れたところで遊撃をするための待機をしている。

 

 これじゃあ話が違う。

 普通大将首が前線で姿を晒すなんてありえざることだ。

 このアカネイア大陸じゃ大将こそ戦いに参加しろという風潮というか、歴史があるのはそうだ。

 しかし、一番槍を取るために配置される王なんざ聞いたこともない。

 

 俺の立ち位置からすると戦いが始まって切り込みにもいけない。

 かといって、無理に割り込もうとしたら死にかねない。

 自分の腕にそこまでの自信は持てないし、多分死因は乱戦のもみくちゃで踏み殺されるって辺りだ。

 

 結局は行き当たりばったりで隙を伺うしかない。

 いつも通りの俺だ。人生そう変わりはしない。

 

 土煙を上げながらアカネイア側の歩兵部隊が進み始める。

 アイツらは地獄のような馬鹿だから愚直な前進にも何も思わないんだろうな。

 そういう馬鹿を集めるのが上手いのがあのラングって人なんだろうけど。

 

 馬鹿の地獄行き全速前進が戦いを知らせる角笛代わりになったわけだ

 

 聖王様はどう戦うのやら。

 ……おいおい、なんだ、火竜?

 マムクートがいやがるのか?

 

 いいや、ありゃただの火竜じゃねえ。

 オレが知っている竜の二回りかそれ以上にでけえ!

 しかも、火のブレスの火力もおかしくないか?攻撃範囲に入る前に片っ端から焼かれてるぞ。

 

「お、おいサムトー」

「なんだよ、まだ待機しとけ」

「そうじゃねえよ!アレを見ろって!」

 

 突撃隊の一人が剣で方向を指し示す。

 飛竜だ。

 

 俺は仕事柄、マムクートを見ることが多い。

 ノルダの闘技場じゃあマムクートも少なからず在籍している。

 いや、マムクートだった奴、というべきやつばかりだが。

 人間に戻ることはもうなくなって、知性のない怪物になっている。

 それでも捕らえられてきたばかりのときには理性も知性もある。

 

 闘技場でそいつらの戦いを見てると、理性がないやつとあるやつでの戦い方の違いが顕著だ。

 前線でとんでもない火力で兵士を炭化させているのは理性があるやつだ。

 敵味方を判別し、どこを攻撃すればいいかを理解している。

 ブレスを抜けた相手には前脚を振るって叩き潰すなど、常に自分に有利になるように立ち回っていた。

 

 一方であの飛竜は違う。

 目についた餌と思ったものにかじりついて、首や四肢を引きちぎっては食らっている。

 玩具にでもしているかのように死体を壊し、次の獲物を探す。誰でもいい、近くにいる奴。

 そんな感じだ。

 あれは理性をなくしたマムクートの動きに違いない。

 しかし、解せないこともある。

 理性などないはずの飛竜は決して聖王国に手を出さない。それだけ見ればまるで飼いならされた猟犬のようですらある。

 

「まさか、飛竜を飼いならしたってのか?いや、そんなことは不可能だ」

 

 俺の言葉に周りの者も

 

「いかにノルダの調教技術はアカネイア随一だっつっても、理性のない竜族だけは無理だったからな

 ノルダが誇る伝説的調教師サマでもお手上げだったんだ」

「じゃあなんだってんだ、聖王国側には竜の王でもいるってのか?

 それこそバカバカしい話だろ」

 

 冷静に考えれば何かしらのトリックがあるに決まっている。

 だが、その考えも言葉も届かなかったようで、

 

「じゃあお前はそうじゃないって言って戦うのかよ、戦えるのかってんだ!」

「オレにゃあ無理だ!!」

 

 突撃兵が次々と武器を捨てて逃げ出し始める。

 追いかけたりはしない。

 連れ戻したって戦うことなんてしない、最悪俺との斬り合いだ。

 

 さーて、いよいよ戦う前だってのに突撃部隊も瓦解して一人になった。

 打てる手が少なくなってきた。

 どうするサムトーくん。よーくよーく考えろよ……。

 オレはどうあったって聖王に会わないとならないんだからな。


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