エルデンエムブレム   作:yononaka

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聖娼エレミヤ

「人心を燃え上がらせるものが一つの軍に集まると、これほど恐ろしいことになるわけか

 まったく、城勤めを辞して戦場に留まるべきものだと言う他無いな」

 

 ハッハッハ!と笑い、城門の上から戦況を見るジューコフ。

 

 火竜が咆哮する度に防衛軍は恐れ、聖王国軍は猛る。

 ミネルバが号令を発する度に部下は猛り、その士気が全体へと伝わり高まる。

 聖王が孤軍で暴れ、防衛軍の死体が増えるたび、聖王国軍の恐怖は鎮まっていく。

 

「だが、風靡の才というのであれば、侮れないものもいる」

「エレミヤ殿か」

「ああ、独断で付いてきたアカネイア王国の残党たちの参戦か」

「勝手に現れて勝手に戦線に入ったときは何事かと思ったが……」

 

 ジューコフはボーゼンの言葉を引き継ぐように、

 

「聖王閣下の望みが一気に近づくわけだ」

 

 ボーゼンが言いたいことは、即ち虐殺から戦果への変化であり、

 レウスが纏うはずだった悪名の幾ばくかの軽減でもあった。

 

「エレミヤ殿が仕向けたのだろうかな」

「わからぬ、が、何もせんで人は付いてこないだろう」

「ボーゼン、お前はエレミヤ殿が聖王閣下の手のものだと思うか?」

「……いや、戦いの前に見た彼女はむしろ──」

 

 言葉を飲むようにしてから、

 

「ここで語るよりも、後に答えは明らかとなるのだ」

「明言は控えるか」

「ああ、そろそろ『悪巧み』の時間だろう」

 

 もう一度ジューコフは笑う。

 

「確かに立ち話よりも戦いとその成果で見るほうが我ららしいというものか」

 

 ボーゼンはそうだ、と言いたげに頷く。

 そうして二人は城門から去り、準備を進めるのであった。

 

 ────────────────────────

 

「サムトー様」

「エレミヤさんか、ここまで来たのか」

「他の方々には好きにしてよいと言ったので」

 

 逃げたか、それとも戦いに向かったか。

 サムトーは少し考えるが、おそらくは戦いの方だろうと考える。

 エレミヤに付けられた兵はグルニアの人間であり、あの戦いを見て将軍の危機を察して然るべきであるからだ。

 

「俺が付け入る隙、あるかなあ」

「大丈夫ですよ

 アカネイア兵の方の中には近衛を任されていた方や暗部での仕事をしていた方がおられますから

 その方々がきっと隙を作っていただけるでしょう」

「エレミヤさんの影響力には頭が下がるぜ」

「影響力なんて、そんな」

 

 エレミヤは口ではそう言うが、彼女の本当の姿はミロアによってその才を見出された聖娼(せいしょう)である。

 ミロアがガトーからオーラを授けられたのは何も才能が秀でていたからではない。

 魔道の才という点で言えばガーネフの方が数段は上であった。

 それでもミロアがガトーに目をかけられていたのは彼が神竜ナーガを崇める『ナーガ教団』の信徒であったからだ。

 

 ミロアはエレミヤの魔道や杖の才能だけでなく、権威ある人物の子を孕み、育む才能をも見出していた。

 その瞳は心を蕩けさせ、肌に触れれば情欲を喚起し、立ち上る香気は匂いのない媚薬の霧であった。

 

 聖娼の才覚をミロアがどのように見出したかまではエレミヤのみが知ることではあるが、

 少なくとも、エレミヤはアカネイア王国においても上から数えたほうが早いほどの権力者であるミロアから目をかけられ、彼女が必要だと言えばその満額以上の資金を融通した。

 

 聖娼としての仕事は実際に身を(ひさ)ぐことだけではなく、自分と同じ才を持つ人間の捜索も含まれていた。

 彼女が孤児院を開いたのはそうした才能を多く見つけやすいから、という建前があった。

 勿論、引き受けた子を商売の道具のように扱うことは一度もなかった。彼女は孤児を守るためならば何でもした。

 

 ミロアが死んだ後は今後の経営に陰りもあるかと思っていたが、五大侯をはじめとした貴族たちは彼女の、正確にはミロアのコネクションを引き継いだと見ていたようで、

 積極的に接触し、やはり必要なだけの資金を融通した。

 

 一人、また一人と子供は巣立ち、しかしそれ以上の戦災孤児たちが訪れた。

 忙しくも充実していたある日に訪れた何者かによる虐殺と強奪。

 ミロアの命日であったため、孤児院を離れていた彼女だけが助かり、彼女が見たものは愛している孤児たちの亡骸だけだった。

 

 絶望によって心が壊れた彼女に価値はないと考えた五大侯は出資金を少しでも回収するためにノルダの奴隷市に売り払い、時間が彼女の正気を取り戻し始め、やがてかつての彼女に戻った頃には戦乱は大きく形を変えており、

 魔道と杖の力を再び見込まれた彼女はアカネイアの防衛に駆り出された。

 

 過去など、人に伝えてしまえば大体の事は取るに足らないものと思われる。

 彼女もまた、この戦乱の時代にあって自分の立場が特別だとも思わなかった。

 自分も、自分の師でもあるミロアでさえ、特別とは思わなかった。

 

「エレミヤさんは何で俺に協力してくれるんだい、まさか惚れちゃったとか~?

 いやあ、参るなあ~」

「ふふ……」

「ちょっと調子に乗っちまいました、すんませんすんません」

「貴方の事も好いてはいますけれど、私も貴方と同じで……レウス閣下にお会いしたいのです」

「何故って聞いても?」

「彼が特別かどうか、それを知りたいのです」

 

 エレミヤという女は狂っている。

 それがいつから狂っているかは誰にもわからない。

 ミロアは彼女の狂気に気がついてはいなかった。

 彼からすれば、アカネイア王国とナーガ教団の力を強めることができる運命の女(ファムファタル)だと考えているのだとしたら、大きな誤算であったと言う他無い。

 

 運命の女(ファムファタル)とはファムファタル(破滅と魔性の象徴)の表裏でしかないのだから。

 


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