敵の質が変わった。兵士そのものではなく、動きの質が。
今までは力攻めだった連中が、何者かの統率を受けたような動きをし始めている。
軍師が介入するには最早状況は煮詰まりすぎている。
となれば、小戦の指揮に秀でたものが敵陣に入ったのか。
「ナギ!背中を借りるぞ!」
「███ーッッ!!」
その咆哮を同意と受け取り、ナギの背に登り、見渡す。
いる。
それも一人二人ではない。
装備に年季は入っている、それなり以上の身分であろう騎士が立て直しを図り、
或いは攻めや守りの指揮を飛ばしている。
「ギィィィーーーッ!!」
空で叫び声。
見上げれば飛竜が矢を浴びせられてふらついていた。
「飛竜を下げさせろ、できるか?」
それに応じるようにナギが咆哮をもう一度上げると、飛竜たちは去り際に手近な人間を脚で掴んで飛んで逃げていった。
……餌か。餌なんだろうなあ。
「ミネルバ!指揮できる奴らが現れている!」
「優先的に倒すか?」
少し考えるが、答えを出した。
それは要らない、撃破されないように立ち回りを変えてくれとだけ通達した。
そろそろ手札の切り時って奴だ。
オレは獣性に触れ、獣の祈祷を起動する。
『グラングの岩』、これは『獣の石』とは違い大きな岩を投げつける極めて暴力的なものだ。
ただ、これは人に当てるために使うわけじゃない。
空中に向けて可能な限り高く、放射線を描くように投げつける。
孤軍で動くオレが用意できる精一杯の連絡手段だ。
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岩が打ち上がる。
僕も確認できたが、見逃しを警戒するために置いた複数の監視員も反応してくれた。
「魔道兵団、戦闘に参列する」
魔道兵団は他国が持たない新たな兵科であり、カダイン魔道学院の影響強く、試作品からギリギリ制式装備に認定されているものを持たされている。
新しいということは未だ定石がないことを示している。
聖王国がこの兵科を重要視するのは戦後に必要である点と、
女王リーザが魔道士であることも理由となる。
リーザは柔軟な思考によってときにカダイン魔道学院の研究者たちを唸らせるような魔法の開発を行っており、今回エルレーン率いる兵団が主武装として抱えているものも『それ』である。
それは威力や精度は一切変わらない『サンダー』である。
ただ一点異なる点がある。
射程距離である。
女王がグラを攻めた際に使った試作の魔道書『ミョルニル』は威力や命中精度に優れたものだったが、
それ以上に有用だったのが本来のサンダーよりも遥かに長い射程を持っていた事だった。
ミョルニルをサンダーに先祖返りさせる途上で残したものこそが射程距離である。
問題として魔道書に大きな負担が掛かるため、本来の使用回数の限度の半分程度しか持たないが、
長大化した射程距離を持った、量産可能なこれは大きな戦果を期待されている。
そして事実、そのサンダーは多いなる戦果を叩き出していた。
ミネルバの隊とナギの巨体がそもそもとして魔道兵へと近づけさせる事を困難にしている状態で、本来からは考えられない遠間からの落雷が降る。
何より戦果に繋がったのは魔道兵という兵科そのものの効力である。
今までの戦場であれば魔道士は一人二人、多くともそれより数名くらい、その程度だ。
だが、兵科となった集団は今まで戦場に流れていた理を破壊するものだった。
強力な騎士を四発、五発とサンダーが襲いかかり、或いは前に出てきた指揮官級を同じように狙い撃つ。
応戦しようと弓を打てば発射された予想地点にサンダーを何本も振らせればそのうち射撃も止まる。
落雷に怯みでもするとナギのブレスの餌食となり、魔道士との乱戦を目指してもミネルバたちを越えられるわけもない。
戦場の趨勢は一気に聖王国側の勝利へと傾いていった。
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「そろそろ仕事だな
グルニア騎兵隊、行くぞ」
グルニアの象徴たる黒い甲冑が鳴る。
黒い槍が鳴る。
ヒムラーは槍を掲げ、普段からは考えられない声量で号令を発した。
「
まずはヒムラーが突撃し、その後を追うように旗持ちの騎兵が続く。
そして次々と騎兵たちが城門前から乱戦している場所へと突き進んでいった。
騎兵たちは手槍を持ち、隊列を伸ばして蛇の如き陣形を取る。
一列縦隊から手槍がリズムよく放たれていく。
「手槍警戒!」
ミネルバが風切り音を認知した瞬間に警告を発する。
ほぼ全ての兵士がそれに対応するために盾や敵兵を壁にしたりしてそれを防ぐ。
(見事です、ミネルバ王女
ですが、これはそう単純でもありません)
反転し撤退するかのような動きを見せるが、一定距離の後に再び蛇が襲いかかる。
やがてミネルバ達の動きは固められ、攻めには転じられず、進撃することもできない。
下手に動けば兵士を倒されるどころか、魔道兵団への攻撃を許しかねないのだ。
「反転した瞬間に他の兵士がこちらを襲う
拙い連携だが手槍の練度がそれを補っているわけか……」
一方のナギもその戦術を打ち破ろうと火のブレスを吐き出すも、
「超破壊魔法ッ!ボルッガノンッッ!!」
その叫びと共にブレスを相殺する爆炎が巻き起こる。
「██!?」
ボーゼンが魔道書を携えて現れていた。
「火竜のブレスは拮抗する必要なし、爆炎で逸らせばよし」
ナギは驚きの咆哮を上げ、それに乗るようにボーゼンは返答した。
「ブレスはもう通じぬぞ、自慢の前脚でどれだけ兵を止め置けるかな?」
「ナギッ!」
ボーゼンを倒さなければナギは数に押されかねない。
それで死ぬことなどはないだろう、それだけナギの持つ力は大きなものだが、重要なのは敗北感を受ける事だ。
戦いへの苦手意識は後々に影響する。
レウスはそれを考えるとボーゼンか、或いはナギの周りの兵士を倒すかの二択を迫られ、その行動を始める瞬間に動線を塞ぐように槍が振るわれた。
「聖王閣下、わしと遊んでいかんかね」
先程まで影も形もなかったボーゼン、そしてジューコフ率いるグルニアの装甲兵部隊が現れていた。