「ここまで来ればもう目と鼻の先だな」
なだらかな丘陵地帯を進む。
すぐに戻るとは言ったものの、なんだかんだそれなりの日数を掛けてしまった。
それでもあの街が賊に狙われる可能性を潰すことができたのだから悪くない投資だったと思う。
「──レウス様、あれを!!」
シーダの目の良さは、元が天馬乗りだったからか、オレよりも遥かに優れている。
オレには何も見えないが、シーダのその形相からただ事ではないのはわかる。
「シーダ、何が見えた?」
「煙です。街から……、煙が!!」
オレは走り出す。
「シーダ!レナを守りながら街へ向かえ!」
言外にオレは足並みを揃える気がないことを伝え、全速力で走りだす。
切るつもりはまだまだなかったが、今こそが切り時かもしれない。
オレは指笛を鳴らす。
周囲に霧が溢れ、より集まり、馬の姿へと変わる。
『霊馬トレント』
凄まじい速度で大地を駆ける褪せ人の友。
無限のスタミナを持ち、休むことなく走り、跳ねる。
挙げ句、跳ねた空を踏んでもう一度跳ね跳ぶことができる芸当ができる。
『霊呼びの鈴』と共に、オレにとって狭間の地を潜り抜けることができた理由そのものである。
久しぶりのトレントが出す速度が、オレの焦りを鎮めてくれているようだった。
だが、安心などしていられない。
走れ、もっと速く走ってくれトレント。
シーダが見た煙が煮炊きのものであってくれるならそれでもいい。
街が見えてきた。
ああ、クソッ。
あの煙は狭間の地で見覚えがある。
あれは戦火か、その残り火だ。
街に何があった、オレが不在の間に何が。
街の入り口までトレントは駆け抜けてくれた、オレは霊馬を霧へと還して街に転がり込むように入った。
それに住民と避難民が力を合わせて作った多くの仮設住宅が崩されている。
そこかしこで人々が倒れ、或いは呻いていた。
見渡しながら、オレは見知っている人間の姿を探す。
いない。
ならばどこにいけばいい?
駆けながら、考える。
いや、この惨状が敵意あるものによる状況であるなら武器を構えておくべきか?
敵が来る可能性を捨てて大声で仲間を呼ぶか?
大通りの辺りに到着する。
オレに人間性を損なわなくて済んだ、と言っていた男が死んでいる。
不快感が胸の中で広がってくる。
幾つかの道が合流した繁華街に到着する。
拐われたものを連れてきたときにいち早くオレのところに来た街の長が死んでいる。
不快感が指先にまで広がり始めるような感覚が伸びている。
街の中心部まで来た。
多くの人間が倒れている。
その亡骸はまだ、誰も手を付けることができていないのが街の惨状を端的に示している。
亡骸たちの中心に見覚えのある剣が転がっていた。
王家の手習いだと言っていたレイピア。
無理やり教えられたのが役に立ったと笑っていたのを思い出す。
遂には不快感が足の、指の先まで浸透した。
走ることができた。
まるで大酒を飲んだあとのような千鳥足でレイピアへと近づく。
「ああ、ああああ……」
そこに、彼女がいた。
シーダとそれほど年齢が変わらないのだからと子供扱いを怒った少女が。
誰より早くオレ自身のことに踏み込んできた少女が。
進むべき道がわからないことを告げたときに、見ていなかった可能性を教えてくれた少女が。
『早く戻ってきてね』
そういってオレたちを送り出した少女が。
フィーナが。
細い体に矢が突き立っていた。
「なあ、おい……ウソだろ……?」
信じられない。
なにかの冗談だろう。
彼女の体を抱き寄せる。
くてん、と腕が垂れ下がった。
まるで人形のようだ。
「おい、……フィーナ?
帰ってきたぞ、なあ
そりゃあほどほどに急ぐって言ったけど、一日とかそこらで到着できる距離じゃないって
早く戻るって約束を破ったのを怒ってるんだったらこんな悪ふざけじゃなくて、
普通にさ、声を荒らげたりするでいいじゃねえか」
少女は何も言ってくれない。
頭のどこかじゃわかってるんだ。
彼女は──
もう死んでいるんだってことを。