エルデンエムブレム   作:yononaka

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炎の紋章

「もう、いい」

 

 手に持っていた、フィーナの命を奪った矢を地面に落とす。

 

「もう……、どうとでも、なればいい」

 

 脱力した腕に何とか力を込めて、フィーナを抱きしめようとする。

 

 ───────────────────────────────

 

 ただならぬ雰囲気を察してか他の狼騎士団の団員たちが集まってくる。

 

「どうなさりました、ザガロ様」

「いや……」

 

 この状況に掛ける言葉を見つけられないザガロはただそう返すだけであった。

 少女を抱く騎士の姿が悲痛であったから、

 自分たちの行いの間違いに気がついていながらも止められなかったことを謝罪したいと思っていても、それを受け入れてくれるはずもないことを理解しているからか。

 どうあれ、ザガロは行動どころか、声を発することも忘れてしまったようだった。

 

 それきり黙ってしまったザガロに代わり、団員たちが状況を進めようとする。

 

「ああ、あの子供ですか

 ウルフ様の邪魔をしたのが運の尽きでしたね」

「騎士のような風体だが……おい、貴様

 この街の人間であれば蓄えを隠している場所を知っているのではないか」

 

 騎士も言葉を返さない。

 団員は頭の横で指を回すようにして周りに「物狂いか?」と聞くようなジェスチャーをしたが、

 周りは肩をすくめるだけだった。

 その団員は少し強引にでも聞くべきだとして、騎士の肩を掴むと強引に向き直させようとする。

 

 騎士は抱きかかえる以上の力を失っていたのか、少女の亡骸がするりと零れ落ちて、(したた)かに地面に叩きつけられた。

 

「死者は何も語らん

 我らに必要なのは物資を徴発することを手伝える生者だけだ」

 

 『死者』というワードで何か刺激されたのか、騎士はああ、あああと声を漏らす。

 漏らした声がそのまま連なり、やがてその声量が上がっていく。

 

「ああ あああ ああああッ!!!」

 

 その声と同時に、騎士の背後に円と、それを貫くような線が刻まれた光が現れる。

 それは一つではなく、次々と。

 七つの『それ』は重なり合って、一つの紋章のようにも見えるものへと転じた。

 

「な、なんだ!?」

「ザガロ様!ただごとではありません!」

「お下がりください!!」

 

 やがて、一つとなった紋章の中に黒色の、歪な十文字が浮かび上がる。

 紋章は金と黒、そして赤を伴って燃えるように揺らめいている。

 

 騎士が纏った甲冑が紋章に呼応するように、所々から黒と赤の炎が漏れ始めていた。

 

「████」

 

 床に転がってしまった少女を抱きかかえようとする。

 鎧から漏出する炎が亡骸に触れると、その体は砂か霧になるように消えていく。

 

「████……」

 

 抱きかかえていた手をゆっくりと握る。

 

「████ーーーッッ!!」

 

 騎士は自らにこびりついた人間性を吐き捨てるように、獣のような咆哮を上げた。

 叫びに従うように鎧そのものがもう一つの皮膚にでもなるかのように、形状を変えていく。

 その姿はまるで吟遊詩人が語る獣人(マーナガルム)を思い起こさせた。

 

 鎧姿の獣人──より正確にその姿を表して言うなれば『獣騎士』だろうか──が腕を振るう。

 近づくなと言いたいのかと、団員が思った次の瞬間に彼らは寸断されていた。

 切れ味がよほど鋭かったのか、出血は数拍遅れた。

 

「ざ、ザガロ様を守れッ!」

 

 団員たちがザガロを自らの後ろに追いやり、武器を構える。

 

 獣騎士は掌を上に向ける。

 周囲から鋭利な石が自らを呼ぶ飼い主の元に身を寄せるように掌へと集まる。

 

「回避だ、回避しろ!」

 

 ザガロは狼騎士団でもハーディンの近習を任されるほどの人材である。

 戦場での勘働きは騎士団内でも屈指と言える。

 

 その言葉と同時にザガロと、幾名かが回避行動を取る。

 だが、多くの団員は次の瞬間には体中に風穴を開けられていた。

 

「投石……!?いや、は、速すぎる!」

「ザガロ様、馬にお乗りください!ここからお逃げくだざっ」

 

 甲冑の隙間から漏れ出た赤と黒の炎が剣の形を成し、獣騎士の手に収まっていた。

 それを団員は顔面に叩きつけたのだ。

 命を奪うと、役目を終えたと言わんばかりに剣は炎へと代わり、やがて消える。

 

 一瞬のことで頭が真っ白になりかけたが、ザガロは直ぐに乗馬する。

 

「ハーディン様をお守りください!我らの国(オレルアン)をお救いください!」

 

 団員たちがザガロに叫ぶ。

 命を懸ければ数瞬は時間を買えると考えたのだ。

 

 ザガロは彼らにかける言葉を探そうとしたが、それは止め、馬を走らせる。

 次々と団員たちが集まってくる。

 その流れに逆らうようにザガロは駆けていく。

 半分ほどは狼騎士団の団員ではあるが、もう半分はオレルアンのために立ち上がった民兵たちだ。

 彼らの命を使い潰してでも、あの怪物の事を報告しなければならない。

 そして、怪物が何かしでかすまえにオレルアンとアカネイア両国を取り戻して、あれを倒すだけの力を得てもらわねばならない。

 

 あれは死そのものだ。

 

 ザガロは死という概念の中心に立ってしまったからこそ、そう直感した。

 彼はこれ以上無い正解を引き当ててもいた。

 

 それは、あらゆる概念()を殺し尽くす、死そのものである。

 


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