「これは、どういうこと……?」
シーダとレナが到着したそこは一面、白い砂漠のようであった。
その光景にシーダが困惑した声を漏らす。
「これは、灰、ですね……」
レナが白い砂のようなものに触れて確かめる。
「街が燃えたとしても、こんな風には」
手の灰を払って、レナは周りを見渡しながら呟く。
「シーダ様、シスター・レナ……よくぞご無事で」
リフが近づく。
「一体何があったのですか?」
「こちらへご案内します、説明はその後に」
案内される先はかつては街の中心であった場所。
そこに灰の山に呆然自失と座っているレウスの姿があった。
傍らにまるで何かの墓標のようにレイピアが突き立っている。
「レウス様!?」
シーダが駆け出し、呆けているレウスの肩を掴み揺する。
何の反応もない。
「私が見れたものはそう多くはありませんが、お伝えいたします」
リフは努めて冷静に話しはじめた。
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勉強を教え、昼休みの時間となったのでリフは学び舎にしている小屋を出て、
居住地として使っている別荘へと戻る。
何やかんやと旅に付いてきてはいるが、本来であればお迎えが来ていてもおかしくない老齢。
別荘の辺りは静かで、リフにとって午後の授業を始めるまでの体力回復には適した場所だ。
戦乱がどれほど長く続くかはわからない。
だからこそリフは自分が経験し、得てきたものを勉強という形で伝えていた。
文字の読み書き、それができるものには簡単な算術、それもできるものには風土や歴史の話をした。
揺り椅子にもたれかかってうたた寝をしていたリフが目を覚ました。
原因は騒音だ。
この辺りでは聞くものでもない、人々が叫ぶような。
何事かとリフが外へと出て、騒音の中心へと足を向ける。
街の中心辺りで騎兵と、馬廻りの歩兵たちが住民たちと言い争いをしていた。
住民を代表して、この街の長が対応している。
「ですから、この街にはもうお出しできるものはありません」
「何度も言わせるなよ
我らはハーディン様とオレルアンのために徴発に来たのだ
ここで出せるものがないということは我らの敗北を願い、マケドニアに屈服することを意味しているのだぞ」
居丈高に語る青年。
周りの様子から見ても彼が徴発しに来た者たちの長であることがわかる。
「そうは言われましても、無いものはありません
我らとて次の冬を越せるかもわからないのです」
「越冬できぬかもしれないのに、避難民を助け、炊き出しをしたのを信じろというのか?」
「ええ
我らとて最初は見放そうとしました、ですがレウス様ご一行によって考えを改めました
確かに今我らの手元には越冬できるだけの準備はありません
ですがレウス様を信じれば、道は切り開けるものと確信しております」
「知らん名だが、それよりも、オレルアンの臣民として貴様はハーディン様よりもそのレウスとやらを信じ、我らには何も力を貸さぬ、そう言いたいわけか!」
そう言っているわけではないが、忠臣からすればハーディンへの侮辱同然だと判断したのか、弓を手に持った。
割り込むように、街の長と弓騎士の間に少女──フィーナが立ち塞がった。
「だれもそんなこと言ってないじゃない!」
「なんだ小娘、お前も」
「ハーディン様が何をしているのかなんてわたしたちは知らない!」
「貴様、オレルアンを誰が守っていると……」
ハーディンの近習であるからこそ、彼はその数多の苦労を知っている。
フィーナの言葉は無理解極まり、とても許容できるものではなかった。
「う、ウルフ、少し冷静になるんだ」
「ザガロ、お前はハーディン様を愚弄されて黙っているつもりかッ!」
ウルフと呼ばれた青年がなだめられている一方で、
フィーナも少し遅れて現れたマリクが立っていた。
「フィーナさん、危ない真似してはいけませんよ!」
「でも!」
騎士の一団もどうようにヒートアップした結果か、
「もういい!徴発せよ!
どうあっても、我らはマケドニア軍を破らねばならない!
我らが汚名を被り、ハーディン様の勝利に貢献できるというのならば、そうするべきなのだ!」
その声にウルフの後ろにいた団員たちが動き始めようとし、
「ふざけるな!!」
住民たちも団員を止めようと動こうとする。
「街の人にひどいことは止めて!!暴力を振るうって言うなら、わたしが戦う!!」
レイピアを引き抜き、構える。
「くっ……」
武器を構えられてしまえば、弓を構えないのは騎士としての沽券に関わる。
愚かな話かもしれないが、この地の士道とはそういうものなのだ。
瞬きほどの間にウルフは弓に矢をつがえてフィーナへと向ける。
勿論、フィーナもウルフもお互いを傷つけたいわけではない。
「どうしても、退いてくれないの」
「お前こそ何故それほどまでに抵抗する」
「……私は、この街を守るように
その眼差しはウルフにとって眩しすぎた。
かつてのハーディンと自分たちを重ねるのに十分なほどに。
「ハーディンの犬は出て行け!」
「徴発反対!」
「貴様ら、許さんぞ!」
「持っている分を出せッ!」
フィーナとウルフの睨み合いをよそに取っ組み合いが始まる。
それに一瞬気を取られたのが致命的だった。
どちらから投げられたものかもわからない。
だが、投石がウルフへと当たり、つがえられていた弓が射たれ、フィーナの心臓へと突き立っていた。
本当に一瞬の出来事で、当人たちはもとよりマリクとザガロもそれを防ぐことができなかった。
どさ、とフィーナが倒れると、広場は怒号に包まれた。
一度火が付いた怒りは簡単には止まらない。
オレルアン軍に対して農具で殴り殺された同僚を見て、槍で住民を突き殺し、住民は置いていた兵の武器で──
何とか射たれたフィーナに近づこうとするリフであったが、狂乱状態となった民衆に押し退けられ、外へ外へと運ばれてしまう。
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矢を射ってしまったウルフ。
ザガロはその状況が読み込めなくなっているウルフを正気に戻すべく近づく。
一方で、マリクは目の前で倒れたフィーナに、その場を見ていないはずのマルスの最期を重ねていた。
「お前はどれほど近くに仲間がいても、助けることなどできないのだ」
運命にそう言われた。
マリクはそれを聞いていた。
無論、それが本当に何者かがマリクに語りかけたものかは誰にもわからない。
だが、マリクがそう思ってしまったことだけは事実であり、
「ぼくは」
虚ろな目を
「守れない、助けられない……なら、奪うものを、奪われたあとに──」
錯乱の中で言葉をつぶやきながら、ゆらりと片手をウルフへと向けた。
「エクス……──」
膨大な魔力が練り上げられる。
「ウルフ!」
「カリバアアァァアァッッ!!」
ザガロの叫びにウルフがすんでの所で気が付き、マリクが放ったエクスカリバーを回避する。
だが、完全に避けきれたわけではない。
弓と、それを掴んでいた腕、半身がずたずたに切り裂かれていた。
「ウルフ、離脱するんだ!」
「……ザガロ、後を任せた」
愛馬も負傷はしているが、ターゲットが明確にウルフに向けられていたからか、走るのには支障がない。
無事な方の手で手綱を操って、駆け出していく。
「待て、逃げるな、待て、……待て!!」
マリクがウルフを追って走り出す。
馬の足に追いつけるはずもない、
ザガロはマリクをどうにかするよりも、街を包むこの状況をなんとかせねばと周りを見渡した。