エルデンエムブレム   作:yononaka

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閉塞と解放

 グルニアの会議は踊っていた。

 

 アリティアの王妃、主城を脱す。

 

 それだけではない、ドルーアのモーゼスと、自国の将軍ホルサードまで討たれたのだという。

 

「今こそ我らがアリティアを攻めるときでしょう!」

 

 グルニアの将ダクティルが強い口調で求める。

 この男は自らの利益になることであればどのような行いもする、悪徳の男である。

 今のグルニアの問題の全てがこの男にあるわけではない。

 

「しかし、ドルーア帝国との関係もあろうから」

「陛下、何を気弱なことを!アリティアを治めきれなかったのは連中の手落ち

 我らであれば民草も安んじるというものですぞ!」

 

 国王ルイは気弱な男であった。

 悪人ではないが、王としての才覚はまるで備えていなかった。

 それ故に今のように、抗言されてしまう。

 この時に抗言したのはラリッシュという男で、この男もダクティルと同様の低俗な人物である。

 与えられた所領には重税を貸し、支払いきれぬとなれば奴隷市場に民を売り捨てている。

 

 グルニアの問題。

 それは軍部の腐敗である。

 諸将がアリティアの再征服を声高に叫びはじめた。

 もはや収拾はつかないだろう。

 

「現在は戦時」

 

 バリトンの声音が重く会議室に響く。

 声量こそ大喝というものではないが、たった一言で調子づいていた諸将を黙らせる圧があった。

 グルニアの名将として名高いこの男に逆らえるものは国内では誰もいない。

 王であろうと。

 

 今もグルニアがドルーアに併合されていない理由はこの男と、黒騎士(ブラック・ナイト)カミュの尽力あってこそである。

 だが、併合を免れる代わりに各地への派兵を行わねばならず、低俗な人間を将軍位に挙げねばならなくなったことから腐敗を招いている側面もあり、

「いま、国が死ぬか」「あとで、国が死ぬか」で後者を選んだに過ぎないとも陰口されている。

 

「諸将も知っての通り、我が国とドルーアとの関係は微妙なものである

 アリティアを二重権力的な状況にしたのもそれが理由だ

 その状況で大量の兵をアリティアに向けることはドルーアに後背を突かれる可能性もあることに他ならん」

 

 ロレンスは目の端で主君を見て、肯定も否定もないのを確認すると続けることにした。

 

「アリティアに向ける軍はダクティル殿にお任せする」

「我が軍のみで行け、ということですかな」

「……アリティアでの『戦利品』に関しては全てダクティル殿の好きにするがよい」

 

 略奪行為を容認する、ロレンスはそう言っている。

 本来であればこの老将はまっさきにそれを止める立場にある。

 だが、今それができないのは諸将にかけた不満が爆発し、ドルーアに寝返られる可能性があるためだ。

 ロレンスが自国と他国を天秤に掛ければ、その答えは一つしかない。

 

 準備していたのだろう、ダクティルはその翌日に兵を挙げて出立した。

 

「ロレンス、つらそうなおかおしてどうしたの?」

「かなしいことがあったの?」

 

 その報告を受けたロレンスを見て、まだ幼い王女、王子が心配そうに声をかけた。

 

「いいえ……何も問題はありませぬ、ご安心なされよ」

 

 どのような悪名を纏おうと、ロレンスは全ての難事から国の未来であるこの二人を守らねばならない。

 老将は黒い甲冑の中に私情の全てを閉じ込めるのであった。

 

 ────────────────────────

 

「オレはレウス、リーザの……」

 

 呼び捨て云々の話をまたしなけりゃならんのかと思うが、経費のようなものだ。

 自分が求める立ち位置ってのは最初に決めておくのが一番いい。

 

「戦友だ」

 

 夫とか言うわけにもいかんし、パートナーってのもこの場には則していない気がする。

 

「王妃殿下もそれを認めているのと言うことか」

 

 サムソンの言葉にフレイが頷き、「当人からもそう伺っている」と返す。

 

「であれば、お前たちの関係にわたしが口を出すことじゃあない

 惚れた腫れたで命を懸けるようなことも、この時代じゃ珍しくもないだろうからな」

 

 さっすがサムソン先生。

 シーマさんのために命を投げ出す男は違いますなあ。

 ……などとは言えない。

 しかしまあ、不干渉よりの同意はオレとしてもありがたい。

 

「私も同じ意見だ

 それに貴殿の力量は十二分に伝わった

 ホルサードは人品はさておいて、その実力は屈指である事は槍を交えて知っている」

 

 サムソンもそれには同意らしく、小さく頷く。

 こいつら、なんというか……案外仲が良いのね。

 

「兵力は揃いました、しかしこの後はどのように進めますか?」

 

 フレイが切り出す。

 聞くべきはそれだ、とアラン、サムソンもオレを見る。

 

「ノルン、地図拡げてくれ」

「はーい」

 

 ノルンが机の上に置いた地図には幾つかの書き込みがされている。

 事前に作っていた戦略概要だ。

 とはいっても、オレは攻めることはできても軍を動かすための細かい差配のやり方はわからない。

 そうしたことはノルンを中心に手伝ってもらった。

 

 勿体ぶる必要のない作戦だ。

 重要なのはリーザが救国の主となること。

 そしてこの地からグルニアとドルーアの兵を駆逐することだ。

 東西で部隊を分け、突き進む。

 アラン、サムソンの二枚看板には激戦必死の西側を頼んだ。

 東側はオレとリーザ、そして少数の護衛。

 フレイは北東の国境に至る道を見張ってもらう。

 グラなりマケドニアなりの兵が後ろから突かれると厳しい。

 ノルンはニ枚看板が倒したあとの砦を確認し、伏兵になりうる敵がいないかの確認を担当してもらう。

 

「騎士殿」

「レウスでいいよ」

「では、レウス殿」

 

 アランが挙手をする。

 

「西側の戦闘が激化するのはその通りかと考えます

 しかし……」

「東側が手薄すぎるって?」

「ええ……」

 

 アリティアの出城。

 それを少数で攻め落とせるものなのかという表情だ。

 

「あそこにアランが心配するほどの兵士はいねえさ」

「なぜ、そう言い切れるのです」

「モーゼスとホルサードが討たれて、しかもその下手人は北西に逃げた

 その上で二つの村が挙兵しているって情報も上がってくる頃だろう

 こんな状況で兵を出し渋るなんてできやしない

 それが前線に全部送るか、主城に送るかの違いでしかない」

 

 アランに向かい、サムソンが口を開く。

 

「アラン、お前は自分のことを過小評価するきらいがある」

「……そうかもしれんが──」

「敵からしてみれば、

 我ら二人はモーゼスやホルサードがいて尚倒せなかった武人だ

 連中にとっての救いは我らが反目していたことだろう。

 しかし、今のように二つの脅威が手を取り合えば、お前が敵であればどう思う」

「サムソンよ、貴殿は人を納得させるのが上手いな」

「わたしはお前という騎士を買っているだけだ」

 

 とりあえず、サムソンの言葉でアランは納得してくれたらしい。

 

 早い段階でサムソンにシーマさんを紹介しなければ濃密な友情で()せ返ることになりかねない。

 オレは心のタスクリストにそれを刻み込んだ。


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