準備に多少の時間こそとられたものの、戦いは始まった。
出城の近くまで歩を進めていた。
予想通り、兵士の殆どは居ない。
弓兵が顔を出したが、リーザのサンダーによって撃破されている。
ここでやることは以前シーダにやったことに近い。
リーザに敵を倒させて少しでもレベルアップする。
それと、命を奪うことにも慣れてもらわねばならない。
アリティアの主として自ら戦いに出向くようなことはなくとも、
グルニア、カダイン、グラと周辺は敵だらけだ。
攻めずとも守るための戦いには出ることがあるだろう。
今のこの時代で弱い王も強さを見せられない王も、国と人心を守り切ることなどできないのだ。
オレは出城の扉をいつぞやアンナの店で買った『扉のカギ』で解錠する。
そうして、リーザは敵城へと踏み込んでいた。
少数の護衛は流れ矢と懐に潜り込もうとする敵を排除することを徹底させている。
その上でオレも彼女の側で護衛についた。
出城にいたのは弱卒ばかりであった。
それでも戦いを挑むのは忠義ではなくドルーアやグルニアからもたらされている恐怖だ。
リーザはそうした相手に躊躇をせず、サンダーで撃破していった。
そうして出城に敵がいなくなった頃にリーザはオレに視線を投げかけた。
「ありがとう、リーザ」
「……いいえ、あなたのお願いですもの」
護衛に城内を確認してもらい、問題がないことを確認したのでここで休憩を取ることにした。
西側では本来よりも多い敵兵が集っており、一昼一夜での決着にはなりえないだろう。
一方の出城から敵の背を叩くことができないのがもどかしい。
それを行うと今度はアリティア主城に待機している大軍がこちらに攻め寄せてくるのが目に見えているからだ。
次にオレたちが動けるのは、西軍がアリティア主城があるエリアの手前までを制圧してからとなる。
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出城はその後、この戦の間の本拠地となった。
フレイの部隊が国境の警戒と砦や村にあった物資を運び込み、
ノルンが手が空いているときに西と出城を繋ぐことができる迂回路の策定を続けていた。
西側からの逃げてきた兵士をリーザが撃退し、経験を積ませる。
主城の方に逃げられないのは敵前逃亡は死だと言われているからだろう。
可哀想だが、こちらも許す道理もない。
だが、そのようにリーザが戦っていると風聞は拡がるもので、
アリティア失陥の際に散っていたアリティアに由来する騎士や兵士が集ってきていた。
以前は広すぎた出城も、現在では十分すぎるほどに人が集まっていた。
人が集まっても迎撃に出るリーザを見て、騎士たちの中には勇ましい姿に涙するものも少なくない。
アリティアの人間が集まればオレのリーザに対する態度が問題となるが、
オレもそれを払拭するためにリーザが行う迎撃では背を預けるようにして戦っていた。
王妃が電雷を戦場で閃かせるその影に、彼女を守る一人の騎士。
吟遊詩人が唄う一幕のようにオレは戦いを演出する。
そうした細やかな努力もあり、出城ではコーネリアスの名を出すものはいない。
リーザのかけがえのない戦友レウス。
それが今のオレに与えられた称号と言えた。
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「ねえ、レウス
いま……いい、かしら」
西からの情報が来て、明日には合流地点を確保できるという知らせが来た日、その夜。
リーザはオレが寝泊まりしている部屋に来ていた。
オレはいつぞやを思い出して複雑な表情になるも、とりあえずは部屋へと案内する。
流石に王族とはいえ、二児の母。男が狼になるかもってことくらいは承知しているだろう。
彼女はオレのベッドに座ると苦笑を向けてきた。
「なれないも……んん、」
咳払いをする。
「なれないなあ、こういう砕けた言葉遣い」
「いやなら戻してもいい」
「あなたの望みだもの」
昨夜、リーザとの食事のおりに頼んだことだ。
敬語を止めて喋れないものかと。
不思議そうにリーザはオレを見たが、それで喜んでくれるならと同意してくれた。
とはいえ、やはり疑問は疑問。
気になったことを追わずにはいられない性質が彼女を魔道士として大成させたことを考えれば否定できる性質とは思えない。
「でも、どうしてそんなお願い事をしたの?」
「なんか距離ある感じがする」
「そう、かしら」
「戦いが終わったらリーザの口から正式にオレを夫に迎える宣言もしてもらわないとならん」
そんで、とオレは続けた。
「そうなればリーザはオレの妻になるってことだ」
「ええ」
「夫婦間なら多少崩れて喋ってくれる方が気が楽なんだ、敬語で喋られるの嫌いってわけじゃあないが」
シーダやレナから敬語で喋りかけられるのは嫌いじゃない。
むしろいい気分になる。
とはいえ、全員がそうであると気が塞がりそうだ。
なんて、そんな事は言えないので前述のような言い訳をした。
「不思議な感じ」
「そうか?」
「ええ、私はコーネリアス様とはそんな風に喋らなかったから」
「でも関係が冷えてたわけじゃないんだろ?」
「勿論、愛していたもの」
面と向かってそう話されるとなんとも、こう、よくない感情が湧き上がる。
とりあえずそれは何とか我慢はしよう。
「コーネリアス様と私はアリティアの礎となるための結婚だったから」
オレはコーネリアスの事を殆ど知らない。
マルスのような心優しき王子様ってタイプではなく、厳格な武人だって話を薄ぼんやりと見聞きした程度でしかない。
「愛はあったけれど……」
リーザはオレに微笑みかける。
「恋をしたのはあなた相手が初めてよ、レウス」