エルデンエムブレム   作:yononaka

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離しがたく、手を掴む

 聖王としての仕事というのはほぼ存在しない。

 名ばかり閑職って奴だ。

 暫しの時間をアリティアで過ごしたオレは迎えに行かねばならない人間がいるから、と旅に出ることを告げる。

 

 リーザは確実に嫌がると思っていたものの、あっさりとオレの旅を納得した。

 あまりにもオレを繋ぎ止めようとしたら嫌われると思ったのだろう。

 昼は女王、夜は妻としての彼女を見ているのは満たされる気持ちが間違いなくあったが、

 ここで揺りかごの中の生活をしていればアカネイア大陸の情勢から置いていかれる可能性がある。

 そうなればアリティアも平和を維持できない。

 

 トレントに跨がり、まだ空が薄暗いうちに城を出る。

 リーザと彼女のお付きのメイドだけが見送りに来た。

 四侠たちはアリティア中を飛び回っており、殆ど主城に戻らないためである。

 

「それじゃあ、行ってくる」

「はい、いってらっしゃい」

 

 柔らかな表情を浮かべるリーザ。

 エリスやマルス、或いはシーダも持つ青い髪。

 彼女のそれはやや薄く、それが儚さにも似た美しさを際立たせていた。

 

 メイドの手前なので彼女の手の甲にキスをし、旅立ちを告げる。

 この辺りの所作に関してはノルンが礼儀作法として色々と教えてくれた。

 最初はフレイに教わっていたのだが、女性を喜ばせるならもっとロマンチックな作法がありますなどと。

 二人とも忙しいのにオレの勉強に付き合ってくれるあたり、面倒見が良い連中だ。

 

 アランとサムソンが構ってくれないわけではなく、

 アランはアカネイアのボードゲームのルールを教えてくれたし、

 サムソンは剣技の修行に付き合ってくれる。

 

 ホルスタットはあの日渡したナイトキラーを拝領したいと言ってきたのでプレゼントした。

 その後、数日経ったあとに槍の礼として魔道書をくれた。

 遥か古の時代に使われていたもので、

 それも魔力の幽かな痕跡や本の装丁から相当な貴人の手にあったものだとも言われているらしい。

 鑑定ではわかったのはそこまでで、中身(効力)まではわからず、使用できるものもいない。

 ただ、骨董品としての価値はかなり高く、旅の中で貴族などの賄賂に使えるでしょう、と。

 

「……」

 

 ところで、手の甲にキスをしたが、嬉しくなさそうなんだけど。

 ノルン先生?

 

「すぐに戻れなかった場合、この離れ方は寂しい……」

「……あー、」

 

 メイドたちを見ると、それぞれが周囲を警戒しますよという雰囲気で姿勢を逸してくれる。

 

 オレはリーザを抱き寄せて、唇を重ねた。

 一拍というには少し長い時間のあとにどちらともなく離れる。

 

「いってらっしゃい、あなた」

「ああ、いってくる」

 

 どこにでもあるだろう、妻が夫を見送る光景。

 オレは彼女のその姿や声に安堵のような、満足のような感情に(ひた)される。

 コーネリアスには悪いが、リーザはもうオレのモンだ。

 

 ────────────────────────

 

 人の目があることまで考えると過日のようにトレントを爆走させるわけにはいかない。

 早馬程度の速度で街道を走らせる。

 

 シーダ、レナ、リフと分かれてからそれなりに時間が経ってしまっている。

 彼らは何か得るものがあっただろうか。

 何かを得て、新たな道を見つけていたのならそれを手伝うことができるだろうか。

 

 流れる景色の中でそんなことをぼんやりと考えていた。

 

 オレの体はありがたいことに常人と異なり休息する時間というのが短い。

 短いというよりは、休息するまで動き続ける時間が長い、が正しい表現か。

 トレントを一昼夜通して走っても疲れたりもしない。

 あと二日くらいは飛ばしたって大丈夫なくらいだが、リーザと離れた翌日の朝、

 目的地の近くまで到着することができた。

 あとは徒歩でも問題のない距離なのでトレントを還し、街へと向かう。

 

 ……しかし、どうにも違和感があった。

 確かこの辺りから既に街が見えていたはずだが。

 

 暫く歩くと、ようやく建物をちらちらと発見できるようになる。

 だが、そこはオレの知っている風景とは違う。

 

 道を間違えた?

 

 いや、間違えようがない。

 

 周りをきょろきょろと見渡していると、住民がこちらへと声を掛けてきた。

 

「どうしなさった、旅の人」

「ああ……この街で人と落ち合う予定なんだが……

 随分とその、オレが前に来たときと風景が異なっている気がして……」

「旅の人が最後にここに立ち寄ったのはいつ頃だったのかね」

「ええ、と大体……」

 

 記憶している時間を告げると住民は少し表情を暗くした。

 

「ああ……そうか……

 旅の人がここを出てからふたつ月せんくらいにな、

 この街は……戦に呑まれたんじゃよ」


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