エルデンエムブレム   作:yononaka

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はしれ!つけひげくん

 聖王襲撃の翌日。

 シーマはようやくシャロンと落ち着いて話せる状態になっていた。

 彼女の精神的な動揺もあったが、シャロンがグラ王ジオルとの軍議などで話せる状況でなかったのだ。

 

「シャロン様、どうしてこちらへ?」

「アリティアの警戒のために兵をグラに回しに来たんだ

 フィアンセに何かあっては困るからね」

「シャロン様……」

 

 五大侯とは、

 アカネイア領にあってその発言力と軍事力はそれぞれにグラを遥かに凌ぐものを持つ大貴族であり、

 レフカンディ、サムスーフ、メニディ、ディール、アドリアの五つを指す。

 

 レフカンディは国境の街を襲ったと言われているカルタス、

 ディールはシーマの許嫁であるシャロン。

 

 レウスの視界に入ってきていない家で言えば

 メニディはノア侯、

 サムスーフはベント侯、

 アドリアはラング侯。

 

 それぞれの家と当主はアカネイア王家がドルーアに呑まれた以前または時点でドルーアに恭順している。

 アリティアが聖王国を名乗り、明確にドルーアの同盟に反旗を翻したことから警戒を強めるのは自然なことであり、

 先王コーネリアスを討った直因がグラであるとなれば協力するのがフィアンセというものだ、というのがシャロンの言である。

 

「ですが、シャロン様

 御家の方は……」

 

 現シャロンはその座を引き継がれたばかりである。

 五大侯はそれぞれに御家騒動でドタバタしており、シャロンのディール家も例外ではない。

 先代が戦乱で命を落としたことから複数の子で血みどろの争いになったが、

 アドリアのラングが後ろ盾になったことで彼が当代のシャロンと認められた背景がある。

 

「もう落ち着いたよ

 グラにはジオル様からお許しをいただければ兵と信頼できる指揮官を置く予定だ」

「ありがとうございます」

 

 あの戦いの後でグルニアとレフカンディの兵の殆どが死に、生き残ったものは逃げ帰ってしまった。

 今、グラの防備は極めて低下している。

 

「シーマ、大事な話があるんだ」

「なんでしょうか?」

「予定よりも随分と早いのだけど、我がディール家に来てくれないか?」

「え……それは」

「結婚しよう、シーマ

 そうすればあの悪魔のような男からだって守れることができる」

 

 シャロンはシーマのフィアンセだ。

 時間が流れればそうなるだろう。

 しかし、シーマはまだその準備ができていなかった。

 妻として、女としてもシャロンを受け入れる学習も準備も未熟だからである。

 

「駄目かい?」

「い、いいえ!」

 

 シャロンは幼い日からシーマの憧れでもあった。

 その彼に誘われ否やと言えるはずもない。

 大々的な婚礼は戦乱が終わった後にという約束とはなったが、

 ディール家に入れば、すぐさま嫁としての立場が始まるのだ。

 予測もしなかった展開にシーマは混乱したままであった。

 

 ────────────────────────

 

 非常に神経を使ったが、スニーキングミッションには成功した。

 シャロンとジオルの間で話されたことは正直、取るに足らないことが多かった。

 ただ、気になる会話もあった。

 

「レフカンディとグルニアに街を渡したというのに、シーマを手放す気はないのですか?」

「……その気がないわけではない

 だが、レフカンディも我が娘を高く買うと言っている

 シャロン殿、あなたはどれほど積めるのだ?」

「ここに来た兵団とそれに掛かる全ての経費を三年分、

 それにディール家の分家が持っている商隊を四つお渡ししましょう」

「む……むう……」

「まだご不満がおありですか

 では、あのバケモノ(レウス)が殺したレフカンディの穴も埋めるだけの兵団を送りましょう、そちらの経費も三年分お持ちします」

「そうか、うむ、そうかそうか

 シャロン殿はもとより娘のフィアンセ、お送りするのが自然なことよ

 は、ははは!」

 

 というもの。

 ジオルすごいよお前。

 会話で一回も娘の名前を出さないことってある?

 娘に対して『買う』とか『積む』とか……手前の所の王女に使う言葉かよ。

 いや、これ以上は完全にブーメランだな。

 

 ともかく、シャロンは大枚はたいてシーマを『買った』わけだ。

 そこまでするのは何故だ?

 本当に愛で?

 レフカンディもシーマを必要としていたようだが、何か理由があると考えるべきかな。

 

 ただ、とりあえずは目先の餌に食いつくとしよう。

 オレはシャロンの後をついて回ることにする。

 

 黒い毛皮やアリティアを共に駆け抜けた装備は一度外し、身軽な旅人といった服装に変わっておく。

 ジオルとシャロンの話を聞くために城から盗んできたもので、王族がご贔屓にしている代物なのか着心地は悪くない。

 

 それと、面白いものも見つけたのでそれも頂戴していたので使うことにしよう。

 付け髭だ。真っ白いやつで、口の周りをびっしりと覆うものだ。

 貼り付け方は裏面にゲル状のものがついていて、肌にしっかりと張り付く。何でできてんだ、これ。

 

 まあだが、問題はなさそう。

 あと匂ってみたけど無臭だった上に使用感もない。

 デザインからしてもジオルのあのヒゲだ。

 もしかしてアレ、付け髭だったのか?

 なんというか……貫禄付けないといけない社会ってのは大変だなあ。その点については同情するよ。

 

 日が昇る頃、城から一団が現れる。

 遠間からシャロン、シーマ、そして護衛たちを見ながらトレントで後をつけることにした。

 

 数日でようやく到着したディール侯爵領はなんというか、普通だった。

 それが逆に、なんとなしに不気味でもある。

 今のところ活気がある街か、廃墟か、戦地しか見てないからそんな感想になるんだろうか。

 

 ともかくディール邸をどのように入り込むかが次の課題だ。

 そこらの兵士を数人ボコボコにして一式揃えてからのカモフラ入場するか……。

 折角ならスマートな手段を取りたいもんだが。


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