エルデンエムブレム   作:yononaka

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やはり排泄物か…

 それにしても来て数日の人間に侯爵夫人(予定)の警護をさせるってのはなあ。

 意図が読めん。

 シャロンに取っちゃ大枚叩いてでも迎えたかった自分の嫁さんのはずだろうに。

 彼女をダシに信頼できるものかどうかチェックしているとか?

 わからん……などと考えているとシーマが声をかけてきた。

 

「バルグラム様」

「……私は護衛だ、呼び捨てで構わない」

「では、バルグラム

 私は外で稽古をしたいのだけど……その」

 

 外に出すなと言われている。

 悩みどころだ。

 波風を立ててクビにされるのも困るが、この立場が飽きているのも事実。

 時間を無限に使えるわけでもないしな。

 

「……わかった、外へ行こう」

「いいの?」

「……私はシーマ様の護衛、お気持ちを尊重する」

「ありがとう」

 

 まだ幼さが残る顔をぱあと明るくして外へと向かう。

 流石に邸の外には出ない。

 そんな事をしなくてもここには大きな裏庭があるからだ。

 

 槍に見立てた棒を使い、振って、回し、叩く。

 背丈や筋力が追いつかずに、どこか不安が残る練習風景ではあるが。

 

「あなたは強いの?」

「……人並みだ」

「本当に?」

「……ああ」

 

 シーマは、槍代わりの棒を一つ渡してくる。

 

「練習に付き合って!」

 

 少し迷う。

 オレは単純な技量勝負は死ぬほど弱い。

 戦いの読み合いが致命的に下手なのだ。

 

「……わかった」

 

 彼女の姿を見て、無様は晒さなくても良さそうなので乗ることにした。

 コミュニケーションは大事だからな。

 

 かんかん、と槍の打ち合いをする。

 気をつけねばならないのは彼女に触れること。

 勿論、シーマは侯爵夫人になるのだから余人が触れるのはNGなのもある。

 ただ、それ以上にオレは過去に彼女を掴んでいる。

 顔は騙しきれても実際の感触で思い出される可能性がある。

 

「精が出るね、シーマ」

「シャロン様!そ、その……」

「いや、閉じ込めておくようなことをした私が愚かだった

 護衛の君も我が儘を聞いてくれたんだね」

 

 シャロンが感謝を述べながらオレの肩をぽんぽんと叩き、

 

「……ッ」

 

 シーマからは見えない角度で拳を腹に打ち込んできやがった。

 

「下郎が調子に乗るなよ」

 

 小声でオレに警告してくる。

 そして振り返ると笑顔を向けてシャロンと楽しくお喋りをはじめた。

 

 正体見たりって感じだな、ディール侯さんよ。

 

 ────────────────────────

 

 それからもシーマに乞われて何度か庭での練習に付き合う。

 その度にシャロンには睨まれ、舌打ちなんぞをされる。

 これだけオレに絡んでおいてシーマにバレないようにやれてるのは陰湿さの才能に溢れているとしか言いようがない。

 

「バルグラム!今のはどう?」

「……悪くない、が……もっと、腰を入れるんだ」

 

 オレはいわゆる武術なんかを学んだことがない。

 狭間の地には戦灰という大変便利な道具があり、そこから記憶を読み出すことで長年かけた技のように武芸を繰り出すことができる。

 なので、技術面で教えられることがない。

 

 とはいえ、ただ見ているだけというのも間が持つわけなく、

 苦し紛れであったがオレは戦灰の一つである『巨人狩り』を教えることにした。

 戦灰を渡してこれで覚えてね、なんてことはできないので、身振り手振りの教え方になるが。

 触れないってのは、こう、結構教えるのに響くな。

 

「腰を入れ……こう?」

「……いや、違う」

「わからないわ、触れても構わないから教えて」

「……」

「お願い!」

「……わかった」

 

 年齢のせいもあってシーダを思い出してしまう。

 早く探さねばならないが、闇雲に探して見つけられるとも思えない。

 まだ幼いとも表することができる少女の願いを断ることがそもそも辛いのに、

 シーダを重ねてしまったらそりゃあもう無理ってもんだ。

 

 可能な限りオレの手がかつてシーマの首をがっちりと締め上げたものだとバレないように指導する。

 

「はぁッ!!」

 

 シーマの気合一閃。

 ぎゅんと風が練り上げられて切り開かれたような音が、突き上げた槍と共に放たれた。

 

「……できている、シーマ様の才覚には驚かされる」

「ほ、本当!?」

「……ああ」

 

 正門で見たときとは違う、年頃の少女としか見えない態度。

 戦乱の世だ。

 王族ともなれば強く、模範的で、尊きものであると見せ続けねばならないのだろう。

 

「もう一度やるから、指導して!」

「……わかった」

 

 腰の入りを修正するために手を触れたときに、ぱしん!と空を裂く音共にオレの手から血が迸る。

 

「護衛とは言え、それを許した覚えはないぞ」

 

 シャロンが手に持った馬鞭をオレの手に叩きつけやがった。

 

「……申し訳、ございません」

 

 ここでアカネイアで初めての前衛アートにしてやろうかとも思ったが、ぐっと堪える。

 それをするなら最初からすりゃよかったんだからな。

 何とか害意を抑えながらシャロンを見やると、シャロンも値踏みするような目でオレをじっと見ていた。

 

「しゃ、シャロン様!ごめんなさい!

 私なのです、バルグラムに無理を言って──」

「いいんだよ、シーマ……無理に彼を庇わずとも

 さあ、あちらへ行こう」

「シャロン様……」

 

 シーマはここでオレの名を呼べば更に問題が長引くと思ったのだろう。

 オレを心配そうに何度も見ながらもここから離れていった。


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