エルデンエムブレム   作:yononaka

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ディールの暗がり

 シーマが食事の後に「ひどく眠い」と言って机に突っ伏すように眠り始めた。

 ここ数日、シーマに付いていたが何をするにも折り目が正しい、俗な言い方だが『委員長』って感じのタイプだ。

 そんな人間が気絶同然に寝るってのはどう考えてもヤバそうな状態だが、使用人に言っても寝かせておきなさいの一点張り。

 

 オレはそのままというわけにも行かず、彼女をベッドに寝かせた。

 静かな寝息が聞こえはするのでひとまずは安心。

 

 情が移ったわけじゃない。

 

 ノック。

 音の感じからするとシャロンじゃあないな。

 

「入ってもよろしいか」

 

 聞き覚えのない声。

 

「……お開けします」

 

 開いた先には神経質そうな男が立っている。

 シャロンやそのお付きも一緒だ。

 何となしに見覚えのあるルックスだ。

 

「ヨーデル殿、お言いつけのとおりにしました」

 

 ヨーデル……。

 ああ、カダインの魔道士か。

 見覚えがねえと思ってたが、年齢のせいだな。

 

 しっかし、なんというか、こんなに淀んだ目の男だったか?

 

「よくやった、ディール侯爵」

 

 シーマへと近づくヨーデル。

 お言いつけってことはメシになにか混ぜ込んだのがシャロンで、それをやらせたのがヨーデルってことか。

 カダインが五大侯に関わっているのか?

 このディール侯爵領とカダインは大陸の南北でがっつり離れちゃいるんだが、

 距離というものを置いてでも価値があるってどちらかが考えた結果なのだろうか。

 

 ヨーデルはシーマの衣服を無感情に脱がしていく。

 控えめに言って発育途上といった裸体だが、流石にカダインの魔道士様がセクハラしにわざわざ来たわけではあるまい。

 

 ヨーデルが何か言葉を紡ぐと、彼の手は黒や紫、そして白の粘度のありそうな霧が立ち上がった。

 

 なんだ、見覚えがあるぞ。

 ……今のカダインはガーネフの支配下だったはず。

 アレ、……もしかして『マフー』か?

 

 禍々しい霧はまるで触手のように蠢いて、シーマの体へと触れていく。

 しかし、肌に触れるとその端から霧が霧散した。

 

「合格だ、この娘は資格がある」

「承知しました」

「この娘はお前の妻だったか」

「ええ、ジオルから兵団と金で召し上げました」

「手を出したいのであれば構わない、ただ」

「子を孕めば嬰児(みどりご)はカダインへと提供すること、でしたね」

「そうだ」

 

 シャロンは恭しく礼を取った。

 

「『要塞』へ運び込みますか?」

「いや、その娘は後日に試験運用に利用する

 レフカンディの話は聞いているか?」

「いえ」

「オレルアン軍に突破を許したそうだ」

「……それは、厄介ですね」

「要塞にはまだ動いていて貰わねばならんが、

 万が一アカネイア首都(パレス)が落とされる可能性も考えるべきだろう。

 であれば、別の拠点も必要になる」

「グラを手中にするのはあと一歩です、そうなれば」

「あれをオレルアンとアカネイアの目に入れたくはない、

 グラを手に入れたならすぐに『巫女』を動かせ」

「はい」

 

 ヨーゼフは用件を伝えた以上、ここにいる意味もない。

 そんな具合に部屋から退室する。

 シャロンは「服を着させておけ」とオレに命令する。

 触れたらキレる癖になんなんだ。

 

「……かしこまりました」

 

 頷くけどさあ。仕事だからさあ。

 こいつ、後で「大切な妻の裸体を見た!死刑!」とか言い出しそうなんだよな。

 

 外へと出た連中はまだ何かを話している。

 聞き取れたのはグラを治めるためにはジオルへの貢物がまだ必要だとか、そんな話だった。

 ジオルの首はオレが取りたいんだが今はそれどころでもない。

 

 シーマがうう、と苦しげに呻く。

 マフーの影響だろうか。

 大玉の汗が額をはじめ、体中から溢れている。

 部屋に備え置かれている布を使い、それらを拭く。

 性徴が完全ではない体ではあるが切り傷の痕などが残っていたり、しっかりした筋肉がそこそこに見受けられたりできる。

 王女として生まれたにしては過酷な道を自ら選び歩んできたことが透けて見えた。

 

 思い返せば人の世話を焼くなんてどれだけぶりだろうか。

 介護のスキルなんてまるでないので、服を着させるのだけは少し苦戦したが、

 シーマの顔色は少しはマシになった。

 

 彼女から離れるわけにもいかないので、椅子を持ってきて座ることにした。

 

 ヨーゼフからは良いことが聞けた。

 オレルアンがアカネイア王国へと進行している。

 連中は首尾よくやったらしい。

 生きているわけだ。

 

 ──連中にはわからんだろう、フィーナがオレの支えになってたことが。

 あけすけにオレの事を聞くようにして、言葉を引き出してくれた彼女の優しさはわからんだろう。

 絶対にこの手で叩き潰す。その歴史も何もかもを。

 

 オレが怒りを再沸騰させそうになったところに、シーマは呻き、跳ねるように起き上がった。

 止まっていた息を取り戻したように「はあ、はあ」と空気をなんとか取り込もうとしている。

 そのあとに周りを見渡し、オレがいるのを確認するや否やぼろぼろと泣き出す。

 

 マフーは現在の魔道の国カダインを支配している『ガーネフ』という男が作り出した魔法だ。

 人を狂わせる秘宝『闇のオーブ』から作り出したというそれは

 攻撃対象を束縛し、一方的に蹂躙する恐るべきもの。

 

 攻撃としてではないにしろマフーでシーマがなにかされたのだったら、

 人の心を狂わせる闇のオーブの力の一片が作用しているのかもしれない。

 

 オレはシーマの側に行くと戦士と呼ぶにはあまりにも小さな体を抱き寄せる。

 王女としてという立場、愚かな父が壊していく国を守ろうとする心、自ら槍を以て兵士たちと共に戦うという意思。

 遠いディールの地にてその全てがなくなり、幼い体と心にマフーが触れた。

 彼女を守る心の武器も防具もない。

 心を折られたシーマを無視してヨーゼフたちの話を盗み聞きに行くなりをするようなことはできなかった。

 

 初めて男に抱きすくめられたのか、

 一瞬身を硬くするがすぐに安心が勝ったようでそのまま泣き続けるシーマ。

 彼女が泣き止んだのはとてもではないが、「すぐ」と呼べるくらいの時間ではなかったが、

 オレも彼女が落ち着くまでは抱きしめていた。

 

 情が移ったわけじゃない。……いや、本当だって。


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