エルデンエムブレム   作:yononaka

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くすんだ黄金

 風に金の毛髪が揺れている。

 神経質そうな顔付きだが、その造作は美少年と言って差し支えない。

 或いは美少女と言っても通じるかもしれないほど整ったものだった。

 

 カダインの生んだ駿才の一人、エルレーン。

 彼は街道にある大樹の木陰で、睨むように道の果てを見ていた。

 

 その視線の先にあるのはカダイン。

 ここ、レフカンディからは見ることなど当然叶わないが、それでも彼は睨むように見ていた。

 

(どうしてこうなってしまったのか

 どこから、こうなってしまったのだろうか)

 

 好敵手だとお互いを認めていたマリクが旅立ったときからだろうか。

 カダインの長、ガトーが消えたときからだろうか。

 自分の師であるウェンデルが去ったときからだろうか。

 

(それとも……)

 

 がらがらと背の方から馬車が走ってくる音が聞こえ、やがて彼の側で停まる。

 

「お待たせしました、エルレーン様」

「……ああ」

 

 御者が馬から降りて、扉を開く。

 王族が使うような豪奢で、広い馬車だった。

 

 中には自分より遠方に向かっていた同じく学友であったヨーデルが座っている。

 

「首尾はどうだった、エルレーン」

 

 どろりとした目をこちらに向ける。

 元はこのような男ではなかった。

 マリクやエルレーンにその才覚を嫉妬していたのは事実ではあるが、

 それでも彼らと同じくカダインの駿才が一人として数えられ、やがてはカダインでも屈指の魔道士になるだろうことを約束された男だった。

 

 傲慢な所もあるが、優秀な男だとエルレーンは知っている。

 だが、今の彼はまるで人形のようであった。

 意思というものが奪われた、哀れな人形。

 或いは命が這い出ていってしまった死体のようだとエルレーンは思う。

 

「レフカンディの貴族たちは喜んでいた

 人間をおもちゃにしていい大義名分を得たようなものだからな」

「そう言うな、エルレーン

 彼らは牧場の管理者のようなものなのだ、勤勉であって困ることなどない」

 

 その勤勉さによってどれだけの人間が犠牲になるというのだ。

 口には出せないが、忌々しいという気持ちが胃の痛みを強くした。

 この感情を飲み下すのには毎度毎度苦労する。

 

「こちらは大きな収穫があった、資格がある女がいた

 まだ幼いが……おそらく十分な働きをするだろう

 そうでなくとも」

 

 ヨーデルは懐から濁った色の宝玉を取り出す。

 

「灰のオーブに力を注ぐだろう、あれ一人で何百人分の乙女の力をな」

 

(いつから、など……わかっている

 ガーネフだ

 アイツがカダインからガトー様とウェンデル先生を追い出したときから、こうなるってわかっていたはずだ)

 

 エルレーンは責任感の強い少年だった。

 ガーネフがカダインを支配した時に、カダインの歴史の全てを失わせないために彼は居残ることを決めた。

 だが、状況は彼が考えるよりも遥かに最悪な状態であった。

 

「劣化品である灰のオーブでも、十分に力を溜めれば闇のオーブの欠片程度の力にはなる

 エルレーン、お前もはやくレフカンディの連中を利用して灰のオーブに力を溜めろ」

 

 ヨーデルの手には不気味な、粘液のような黒い魔力が湧き上がっている。

 

(マフー……

 ガーネフが作り出した最新最悪の魔法だ

 たった一つならまだしも、灰のオーブさえあれば作れるなど……)

 

「オレルアン近くで見つけられた街の灰は全て回収し、オーブ生成に使ってしまっている

 あの灰はあれから発見されていない

 灰のオーブは数に限りがある、エルレーン、早く、早くお前もマフーを手に入れろ……」

 

 にたり、とヨーデルが笑った。

 

(あの灰はアカネイア大陸のものと別の力としか思えない、異形の法則物

 そりゃあ僕だって、こんな状況でなければ研究しただろう

 それだけあれは魅力的なものだ

 だが……ガーネフの研究で作られたあれは、あってはならないものになってしまった)

 

 アカネイアにはオーブと呼ばれる宝が存在する。

 はるか昔にはそれは神が遣わした戦士が持っていた盾に備えられた宝玉だとも言う。

 光、星、大地、命、そして闇のオーブと呼ばれたそれは至宝と語られている。

 ただの伝説だとばかり思われていたオーブの中で、ガーネフが手に持っていたものこそが闇のオーブであり、

 その力は強大……いや、甚大と呼ぶに相応しいものだった。

 

 高位の魔術師たちが守るカダインをガーネフがたった一人で支配するだけの力を備えていた。

 ガーネフは闇のオーブの力を利用し、マフーを作り出した。

 

(本当に最悪だ

 灰のオーブが作られたことが致命的だった)

 

 レウスが死のルーンを使い街を消し去って作られたものこそが、灰のオーブの原材料の正体である。

 闇のオーブの所持者であり、誰よりその研究を進めていたガーネフは『闇のオーブの量産品』を作り上げたのだ。

 

「ディールのその資格者が灰のオーブに力を注ぐのはいつになるんだ?」

「そう遠くない

 シャロンの様子からすれば明日明後日にでも絶望を突きつけるだろう」

 

(僕に何かできる時間はないってことか……

 僕が天才だったなら、僕が万能だったなら……僕が強かったなら!

 ……この世界を、どうにか……、できたんだろうか?)

 

 エルレーンの表情が神経質そうにしているのは、彼の性格によるものではない。

 彼を苛む状況がその美貌を苦しげに歪ませていた。


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