エルデンエムブレム   作:yononaka

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シーマ

 遠くに光が見える。

 剣が陽光を返していた。

 

 出発前にバルグラムが言っていた。

 お前が戦うべき相手の場所はオレが知らせる、と。

 

 あの人は酷い男だ。

 父を殺せと私を追い立てる。

 本当に酷い男だと思う。

 けれど、私は酷い優しさを理解していた。

 

 私が、シーマという一人の女がグラの王女という立場だけで生かされていることも、

 ディール家の夫人になる条件で売られるような立場にいる存在であることも、

 それらを理解して、全てを踏み越えて、己の意思を持てと伝えていることを知っている。

 

 例えそれが獣よりも浅ましい行為に手を染めなければならないことだとしても、

 犬ころみたいな人間でいるよりはよっぽどマシだ。

 

 剣の光が動く。私を誘導している。

 槍を掴み、駆け出す。

 ここではただの一兵卒、いや、それ以下だ。

 兵団として群れで戦わず、己の意思のままに戦おうとしている。

 獣になろうとしている。

 獣に落ちて、そうして初めて自らの意思を得るために。

 

 ────────────────────────

 

「お父さま」

「ひい!……し、シーマか!よくぞ生きていた!」

「お聞かせください、私をディール家へ売ったのですか?」

「売ったなどと!お前を守ってもらうためだとも」

「では、国境沿いの街はどうでしょうか」

「あそこは、うむ、裏切り者の巣窟であったから、レフカンディ軍に掃除を任せたのだ!」

「そう、ですか……」

「シーマよ、この戦場の抜けみ──」

「母上はどこへ行ったのですか」

 

 私の母は美しい人だった。

 リーザ女王殿下もとても美しい方だが、母はあの方ほどに強い意思を持っている人ではなかった。

 ある日を境に母は消え、それから数年間の父は羽振りがよかった。

 

 幼い私には何があったかはわからなかった。

 

 何があったのかを理解したのは石台に寝かされたあのときだった。

 私はシャロンへ売られたのだと思った時に、母も違う誰かに売られたのだと。

 

「ああ……あやつは、その、逃げたのだ

 サムスーフ領で見たという声も、あった、かな?うむ……」

「では、最期に一つ」

「最後に?」

「タリス王国のシーダ王女をレフカンディ軍が拐ったと聞いています、事実でしょうか」

「……さ、さてな……何を聞きたいかがよくわから」

 

 私は踏み込む。

 父の護衛は彼の言いなりになるものばかりで構成されている。

 上手なのは軍働きではなく媚びへつらうこと。

 槍が閃き、二人を仕留める。

 

 ジオルを守るように複数の兵士が立ち塞がる。

 その数名は実際に手練であることを記憶している、片方は模擬戦で一度も勝てたことのない相手だ。

 

「シーマよ、お前はジオルへ向かえ」

 

 サムソンと呼ばれていた男が私の横に立つ。

 

「……サムソン殿」

「サムソンで構わない

 お前はあのレウスが妹のようなものだと言っていた

 他者を大切に扱う人間だとは思ってなかったが、存外奴は他人にそう見せているだけなのかも知れん」

 

 彼が盾に納められていた斧を抜く。

 

「そういう人間は自分のものが失われた時、心の均衡があっさりと崩れるものだ

 お前が死ねばそうなるだろう

 それに……」

「……それに?」

「なぜだろうかな、お前を守らねばならない、そうせねばならぬ気がするのさ

 ──行け、聖王の妹よ、グラの戦士よ

 お前とこの大地(グラ)の名誉を汚したものに報いを与えてくるがいい」

 

 私はその言葉に背を押されるように走り出す。

 敵陣を突っ込む私に合わせてサムソンも突き進み、彼が道を切り開き、私の背を守るようにして反転した。

 

「ジオル、覚悟ッ!!」

「し、死んでたまるかあ!!」

 

 お互いの槍が叩きつけられる。

 必死な彼の攻めに私は戦いを決する一撃の隙を見出だせない。

 

「シーマ、我が娘!であれば!父のために死ぬのが当然のことだろうがああ!」

 

 自分勝手な怒りで闘志に火を付けたのか、速さを増した穂先が迫る。

 死を間近で感じる。

 けれど、聖王に首を掴まれたときほどの恐ろしさはない。

 時間がいやに緩やかに感じる。

 槍をゆるりと紙一重で避ける。

 懐に潜り込む。

 

『……できている、シーマ様の才覚には驚かされる』

『ほ、本当!?』

『……ああ』

 

 バルグラムが教えてくれた技が、初めて心から人に褒められたと思えたあの時間が鮮明に思い出せる。

 腰を入れて、手首を意識して、体全体で槍を押し出すようにする。

 全ての動きを以て、強大なものを倒すために作られた技。

 

「巨人狩りッ!!」

 

 シーマの咆哮のような声と共に、

 ぎゅんと風が練り上げられて切り開かれたような音が、突き上げた槍と共に放たれた。

 まるで子供が大人に持ち上げられたように高く打ち上げられ、やがてジオルが地面に激突する。

 

「ご、ごえぇほっ」

 

 大量の血を吐く。

 例えライブやリライブの力があろうと永らえられない、致命傷だ。

 

 私の父。

 そして、私も母をも売った男。

 

「わ、割がいい、取引だった」

「……なにを……」

 

「ひひ……レフカンディは、窓口に過ぎん……

 サムスーフが、お前の母を良い値段で買いたがったんだ……ひひひ……

 タリス王女の情報をレフカンディが高く買って、くれたのだ……あのときのように……良い、取引に……」

 

 失血から来た正気ではない意識のものだったのか、

 それとも弱き王が長年腹に溜め続けた苦悶が傷口から溢れ出ただけなのか、

 

 私にはわからない。

 

「あれ、だけの金額だ……今回もサムスーフが買ったのだろう……

 ……シーマよ……お前も着飾れ……

 ぐ、グラの血は高値で売れる、タリスの王女なんぞに負けないほどにな……あ……ひ、ひひひ」

 

「もう、もう喋るなッッ!!」

 

 私は槍を叩きつけ、ジオルの顔を砕き、殺した。

 

 槍に名付けられた『聖なる槍』という名を汚してしまった。

 私はバルグラムにこの戦場を求め、立たせてもらった。

 槍の名を取り戻す名誉ある戦いをしなければ、バルグラムに報いるために戦わねば。

 

「うう、あああ……」

 

 それでも、私はその場で立ちすくんで、泣いてしまう。

 

「あああ、ああああああああ!!」

 

 この涙が父を殺したからなのか、愚かだと思っていた父が許しがたい悪党であったからなのか、

 私にはわからなかった。

 戦場から離れた場所だったから敵が来ることはなかったけれど、それでもサムソンは泣きじゃくる私を守るように側にいてくれた。


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