「──って話だ」
オレが指揮系統に関わる人間から聞いた情報を伝える。
「悩ましい話ですね」
「ああ……ただ、オレの目的はたった一つでしかない
シーダを無事に取り返すことだ」
エルレーンも考える。
彼は魔道士であり、軍師ではない。
しかしウェンデルからも物事を広く、遠くまで考えろと教えられ続けた。
学者としての視点のためであるが、その教育の結果として、軍師の真似事ができている。
「両方を取りましょう」
「両方?」
「シーダ様を表に出させながら、人質として矢面に晒される前に取り返すのです」
魔道士として一流となるエルレーン。
ここではない
結果として負けたとしても、彼にはそうした才能が秘められていた。
しかし、それは急を要した結果と、嫉妬という自らを曇らせたことによって三分咲きの才能発露でしかなかった。
だが、主を戴いた彼にはその才能が少しずつ、しかし確実に花開こうとしていた。
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「き、奇襲だあああ!」
兵士たちの叫ぶような報告。
突然、本陣の近くに海賊たちが現れる。
それも恐ろしく手練である。
主力を最前線近く、メルツ将軍まで送っていることが裏目になっていた。
ベントのもとに急ぎ現れたのはエルレーン。
「ベント殿、報告は聞いていますか」
「ああ、聞いておる!」
「切り札を失うわけにもいきません、ベント殿と共に船に戻られるべきでしょう」
「う、うむ
しかしですな、この状況では檻ごと戻すにしても……」
「檻?」
「逃げられでもしたら事ですから、常に檻にいれて管理しているのですが」
「そんなもの外に出して歩かせればよいでしょう」
そこまで姿が見つけられないと思えば、そんな管理方法をしていたのかとエルレーンは思いつつも言葉を返した。
「やむを得ませんな」
ここまで確実な運搬と脱出不能な状況を作っていたからこそベントは渋っていたようだが、それも諦めたようで、早足で兵士たちが多く詰めているエリアへと向かう。
小屋の眼の前まで来ると、兵士を何名も入り口を固めさせてから、何重にもなっている鍵を開く。
(この小屋ごと持ち込んでいたってことか……)
「シーダ姫、こちらへ来ていただきましょうか」
睨むではなく、自らの立場や状況を理解している王女の表情は暗い。
諦めたようにベントのもとへと歩む。
「ベント様、船へ移動する準備はできております」
「うむ、シーダ王女を丁重にお招きせよ」
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エルレーンの考えた策はわかりやすく、効果が大きいものだった。
『霊呼びの鈴』によって場を混乱させ、その間にオレは桟橋に急ぐ。
船に至るためにはその桟橋以外に道はない。
一方でエルレーンは船へ戻ることを進言し、桟橋に向かわせる。
勿論、その際にはシーダを連れて行くようにも告げる。
そこでシーダがいないとか、他の不安要素があった場合はトロンを空に打ち出して合図をする手筈だった。
それが上がらないということは桟橋で待機しておけばエルレーンの考えどおりの展開となる。
到着した桟橋には兵士はほぼ存在しない。
ボートの準備をしているものが数名。装備はなし。
もっとも警戒すべき弓兵や魔道士もいない。
であれば、あとは桟橋で待っていりゃいい。
「あ、アンタは?」
ボートの準備をしている男が緊張した面持ちでオレを見やる。
「エルレーン坊っちゃんの護衛だ、ここに敵の姿がないかを先に確認しに来た
あっちで暴れてる連中が海賊だってならこのあたりも警戒するべきだろう」
「そりゃそうだな、守ってくれるなら心強い」
「……お前も侯爵の兵士なのか?」
「オレ?いやいや、ここらで武器を持ってない奴らはみんな食い詰め農民さ
支払いは安いが、無いよりはマシだからな」
「サムスーフは食い詰めるような状況なのか?」
「あー、元々はそうでもなかったんだがなあ……オレルアン軍が南下した影響だかで山賊どもが村を焼いたりしてんだ
オレたちもその影響をモロに受けたのさ」
こういうのを殺すことになったら後味がちょっとだけ悪い。
殺さなくて済むならそれに越したことはないのだが。
「ボートの準備が終わったらあの、ちょっと遠いが岩陰にでも隠れてるといい
ベント殿が確実に不機嫌な状態でここに来るだろうから」
「お手打ちになるかも、か……」
「ああ、ボートから船への案内はオレができる」
「へへ……助かるよ」
「いいさ」