囚われたあの日から、運が良いと言えるかはわからないが、少なくとも乱暴されるようなことはなかった。
ただ、そちらの方がまだマシだったと思ってしまうようなことになるのはまだ理解しきれていなかったけれど。
拘禁されていた私に会いに来るものは誰もいない。
何度か脱出は試みたものの、いずれも失敗している。
彼らはどうやらこの手の『仕事』には随分と手慣れているようであり、アカネイア王国に従うはずの五大侯の腐敗という噂が真実であることを私に感じさせた。
何度か、貿易商が売り込みに来ているのを扉の外からの音で聞こえる。
数度の訪問でレフカンディ側が折れたのか、貿易商は取引をするようになった。
私の衣服などに関してもその商人の手によるものだったらしい。
その貿易商が誰かがすぐにわかった。
アンナさんだ。
私が拐われたあとに、何とかしようとしてくれているのだろう。
久しぶりに私はその想いを受けて涙を流した。
一人ではないと思えることがどれほどの救いになるか。
彼女が脱出のための準備をするだろうか、来る回数も増えてきた頃に私はサムスーフ侯へと送られることになる。
送られる道中でアンナさんとすれ違う。
あの時の彼女の悔しそうな表情が今も焼き付いている。
その後はサムスーフ侯の元での拘禁。
だが、レフカンディ候とは違って、サムスーフ候は私にアレコレと相談を持ちかけてきた。
その内容はとてもではないが受けいられることではなかった。
タリスの降伏。
私との婚約による実態的なタリス支配など……。
私はサムスーフ候に正面から断った。
私はもうレウス様の
それが彼を激怒させたのか、それとも最初から色好い返事はしていなかったのかはわからないが、この日から小屋での拘禁が始まった。
何をさせられるかはわからない。
時々小屋が揺れ、まるで足が生えて歩いているかのようでもあった。
それが実際に動かされていることに気がついたのは一週間近く前のことだった。
遅まきにそれに気がつけたのは小屋が船へと運ばれていることに気がついたから。
扉を介さずに物の受け渡しをできるように工夫されており、
昨夜には湯浴みの道具と布と石鹸や香油、その後には綺麗なドレスが入れられた。
何が起こっているかはわかっている。
タリスに到着し、私を何かしらの道具に使うということなのだろう。
私は粛々と渡されたもので準備をした。
綺麗にできるならばそれに越したことはない。
なぜなら、本当の絶体絶命のときには必ずあの人が……レウス様が現れることを私は信じているから。
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「さあ、シーダ王女
こちらへ」
「……」
シーダの歩調に合わせてであるために、桟橋までは少し時間は掛かったが、
どうせボートの準備などもあるのだからとベントはカリカリせずに歩を進めた。
ようやく桟橋に到着する。
「おお、あれはエルレーン様の護衛の方ですな」
そう言ってベントは前へと歩みを進める。
「ボートの準備はできておられるようですな
シーダ王女、俯いて歩き続けるのは危ないですぞ、ほら、前を向くとよかろう
あそこにある船を御覧なさい、あそこであれば我々の無事は──」
信じてはいる。
けれど、絶望を感じるのにも十分である。
シーダは俯いていたが、ベントの声にゆっくりと前を向く。
潮風に晒されて、黒い毛皮の外套が美しいタリスの砂浜に不釣り合いに揺れていた。
シーダの瞳にゆっくりと艶が戻っていくように、
信じ続けた、信じられない光景を見て表情を変えていく。
「随分待たせたな、シーダ」
「レウス様っ!!」
シーダが駆け出す。
彼女が逃げぬようにと戒められていた縄があることも忘れて。
ベントはそれを引こうとしたと同時にそれは「ばちん」と音を立てて焼き切れる。
「折角の再会なのですから、邪魔するものでもないでしょう」
「えっ、な、エルレーン様!?」
エルレーンは距離を取った場所から出力を絞ったサンダーによって縄を正確に断ち切った。
シーダはレウスの側に走る。
レウスもシーダへと走り、彼女を抱きとめ、懐に入れるようにした。
「手を離したマヌケなオレの
「私は、……レウス様の
「それじゃあ、まずはオレの物を勝手に取り上げたこいつらに支払うものを支払ってもらわないとなあッ!」
レウスはそう言いながら、過日にシーダを救い出したように神肌縫いを抜き払った。