ドルーア主城。
帝国の主は久方ぶりに目を開く。
常に玉座に座り、瞑目していたメディウスがそのようにするのは数日か、数週間ぶりである。
「……かつての同胞にも向けぬ手段を取るか、ガトーよ」
暗黒竜と呼ばれ恐れられたメディウスの目的は明確にガトーの考え、つまりは神竜王ナーガと衝突するものである。
人と共にあらんとしながら、人に裏切られ、マムクートなどという蔑称を与えられた竜族たち。
メディウスはそうした経緯から『太古に回帰し、竜こそが至上となる国』を目指すようになったとされている。
ナーガとの約束を破り行動するメディウスに対してガトーは度々、人間側に手を貸していた。
それでもかつての同胞であるメディウスに本気で敵対することはできなかったのか、
長い時間をかけて軟着陸のための手段や、或いは世俗との関わりを断ち、世界がどうなろうと構わないという態度も取った。
そのガトーがなりふりも構わずに人間に力を与えた。
メディウスが目を開いたのはその例外を感知したからであった。
「ガトーよ、かつての同胞よ
貴様はいつもそうだったな
意に集中すればするほどに、
点を見て、面を見ることを忘れるのはどれほどの時間が経っても抜けぬ悪癖のようだ」
暗黒竜が嘲笑うように。
しかし、その後に別の考えも去来する。
これは彼にとっての実験であったらどうか。
ガトーはその生真面目さから視野狭窄的になることは少なくない。
だが、メディウスが知るガトーは決して愚鈍でもなければ愚劣でもない。
その知性も精神も磨かれ、高潔であると評価されていたことを知っている。
「……ガトー、貴様は何かを考えておるのだな」
そしてメディウスも現存する最強の竜であるが、その力に溺れる蒙昧さなど持っていない。
「我が目的が果たされる前に、ガトーよ
お前の目的の成就は間に合うか?」
嘲笑うではなく、かつてナーガと共に居た頃を思い出すようにして笑い、やがてその表情も消す。
「人が生き、成し遂げる時間の早さは我ら竜族の及ばぬところだ
ガトーよ……、よもやそれを忘れてはおるまいな」
メディウスは再び瞑目する。
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タリスに勇者が立っている。
神に選ばれたと言ってもいいだろう、勇者が。
勇者オグマは剣を抜くと、力強く構えを取る。
「オレは名誉を穢すことはしない、レウス……武器を抜け」
「いきなりだな
お前がオレを殺したいってのはわかるぜ、で、なんで今だ?」
「……それを天命と受け取ったからだ」
正直、コイツとはかなり戦いたくない。
オグマと言えば、本来はプレイヤーにとってのナバールと共にエースアタッカーとして運用されるような奴だ。
ガルダの時点で戦いを避けたくらいだが、
今のアイツはなんだ?
めちゃめちゃ強そうな鎧つけてるし……良い感じにユニーク感のある武器構えてるし、
勝ち目あるのか?
勝つためにはどうすればいい?
オレはそれを策定するためにも会話を続ける。
「天命だと?
元剣闘士で傭兵なんて来歴のお前が、天命?」
「オレも信じられんさ
だが、天命としか言いようがない
オレはガトー様よりお前の始末を託されたのだ、このアカネイア大陸のためにな」
げえ、ガトーだと?
あの爺だよな。
スターライトエクスプロージョンだのを作ってくれる、元竜族の。
カダインの創設者で、世間を疎んで身を引いた……んだっけ?
オレはとんでもないことを思考から落としていたんじゃないのか、と気がつく。
ガトーはマルスに、メディウスを倒すために幾つものアドバイスや実際的な手伝いを行った。
言い方は悪いが、プレイヤーからすればクエストマーカーみてえな爺だ。
別に引き継いだわけでもないが、漠然とオレはプレイヤー目線でいたのかもしれない。
だが、ガトーからすりゃあオレは危険分子以外の何者でもない。
マルスは母国をメディウス率いるドルーアに倒されたから、ドルーア帝国との戦いを決めた。
ガトーはメディウスが考える竜族のための国家設立を止めたいからマルスに助力した。
オレはそうじゃない。
別にドルーアには何の戦う理由もない。
無論のこと大陸制覇のためには戦うことにもなるだろうが、メディウスや竜族の国云々に関してなんてどうでもいい。
ガトーからすれば、メディウスに対しての明確な敵でもないオレもまた敵だってことだ。
「オグマさんよ、じゃあオレを仮にここで殺せたとして、それからどうすんだ?」
「お前を殺せるほどの力があるならば、オレ一人でもタリスを守り抜くことはできる証明になる」
「馬鹿を言うなよ」
「馬鹿なことだと?
アリティア聖王国の現人神、今様のアンリを殺したのならば、アンリを超えたも同義だ」
ああー……そうか。
オレが考えている以上にアンリってのはアカネイアの地において明確なシンボルだったんだ。
そりゃそうだ、たった一人で戦争を終わらせちまうような奴だからな。
同じように扱われているオレを倒せるなら、確かに一人で国を守れるなんて思っちまえるかもしれない。
少なくとも抑止力になれば外交で何とかできるとでも思っているのかもしれねえ。
本当に、馬鹿を言うなよ、オグマ。
オレが死んだらリーザとシーマが大陸中を火の海に沈めかねんぞ。
特にリーザなんてオレが思いつきもしねえようなエッッッグい戦略を組み立てかねん。
外交なんかで解決するもんかよ。
ただ、説得材料にはならねえよなあ。
ならそれはナシ。
ちょっとでも戦いを有利になるように小賢しく立ち回るとしよう。
「怒らずに聞けよ、オグマ
オレを殺したってシーダがお前のものになるわけじゃあねえぞ」
「……ッ」
まあ……、そりゃ怖い顔するよなあ。
説得は不可能。だったら挑発でもなんでもして1%でも冷静さを失わせる。
ただ、手持ちの武器で殺せるかもわからねえ。
グレートソードも神肌縫いもハンマーも、相手の手数に押し負けそうだ。
なによりあのユニーク武器っぽい剣……。
……アレ、見たことがあるんだよな。
もしかして、
「ファルシオンか、それ」
「ああ、ガトー様から拝領したこの擬剣ファルシオン
本来はオレのようなものが持てるわけもないが、
お前を殺すための刃であり、それ故にオレが握ることができるのだろう」
聞いたことねえものが出てきたな。
何かわからんけど、とりあえずファルシオンってだけでヤバそうなのはわかる。
オレを殺したあとに、ファルシオンで振ってナーガの後ろ盾を唄えばアカネイアやアリティアが味方になる可能性があるって踏んでいるのか?
おいおい、ガトーさんよ。
それは流石に人間を善く見過ぎだ。
ファルシオンはマルスが持って、しかも各地を解放したからこその象徴だろう。
オグマが持ってて、今様のアンリなんて呼ばれてるオレを殺したらむしろその声望は下がるんじゃねえのか?
もしくは、それすら何かの策の一環なのか?
突然降って湧いた情報の洪水に、
戦いの前だというのにオレは頭痛を覚えていた。