蹴りをオグマに叩き込み、その反動で距離を取る。
着地と同時に佩刀は砕けた。
オグマの言葉からすれば
殺してからどのような手段を取ったのか、オレにとってはどうでもいいことだ。
オレはアイツに負けた。
負けた以上、好きなようにされても文句など無い。
それどころか感謝さえしている。
オレの技の冴えは生前を凌いでいる。
命がないからこそ、これ以上の成長がないとしても。
だが、生前の決着はつけることもできる。
「深紅の剣士ッ!」
オレの背後から雄叫びめいた声が響く。
ちらとそちらを見ると巨漢が腰に帯びていた剣を投げ渡そうとしていた。
同時にオグマはオレへと剣を振るう。
手に持っていた壊れたキルソードを投擲し、一瞬の隙を衝いてまだ宙で弧を描いている剣を飛び跳ねてオレから迎え入れる。
鞘を抜き捨てて、剣を構える。
見事なものだ。
だが、
「無常だな、オグマ」
「何がだッ!」
着地と同時に剣を振るう。
オグマの持つファルシオンと何度となく打ち合う。
「借り物の力を馬鹿にしたオレが、他人の剣でお前と斬り合おうとしている」
「力は力だろうに!」
「ああ、そうだ
だからこそ無常だと言ったのだ」
ファルシオンが迫る。
オレとオグマの違いは明確だ。
オレは躊躇せず、ファルシオンに左手を伸ばし、ファルシオンの盾にする。
元々オレは二刀流を
ファルシオンが腕を切り裂いて砕くのと同時に、オレの手にある剣も鎧を失い、剥き身になっていた胴をニ度切り裂く。
お前は心より力を渇望したのだろう。
だが、オレは横合いから投げられた何者かの剣を受け取った。
その剣でお前はオレに殺される、願ったものが報われないのは無情で、無常だ。
刃が届いたのは同時。
その衝撃が届いて飛ばされたのはオレだった。
死者に痛みはない。
躊躇もいらない。死んだのであれば、これ以上どこへ行こうというのか。
「オグマよ」
ファルシオンを杖のようにして立ち上がろうとするオグマの前へ歩いて行く。
「我らはどこで間違ったのだろうな」
「……間違った、だと」
「もしも、我らが剣を捧げてもよいという英雄が現れたなら、
肩を並べて戦う未来があったのではないか
そう思うと……哀しいとは思わんか」
「……」
「元よりオレはアカネイア大陸の趨勢になど興味はない
悔いがあるとするならば本当の、何のしがらみもない貴様と戦いたかったものだ」
ゆっくりとオレの肉体が霧散するように消えていく。
「わかっているだろうが、その傷は致命傷だ
最後の時間をせめてお前らしく生きるが良い」
この世界に『もしも』などありえない。
だが、もしも、違う歴史を辿れるならばオレはどこから歩み直すべきなのだろうか。
オレにしては感傷的になりながら、やがてその意識も消えた。
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「オグマ!」
大量の血を流し、何とか立とうとする。
しかし、バランスを崩し、剣もまたオグマの手を離れた。
彼の名を呼び近づくシーダ。
エルレーンは警戒し、止めようとするがそれよりも早く動かれてしまっては手も届かない。
「姫……近づかないでください、オレは姫の敵だ」
「敵なものですか、あなたはいつも私を想って行動してくれていたのに」
「……オレは愚かな男だ、ノルダで助けられた日から……
姫とタリスの恩義に報いると誓っていたはずなのに」
ノルダから救われたあと、剣闘士だけの経験ではシーダとタリス守りきれないと考え、傭兵として活動した。
厳しい戦いを切り抜けられたのはシーダへの恩義を果たすためだからだった。
彼女が育っていくと、オグマが腹に抱えていた思慕の感情は強くなったが、それでも彼女にはアリティアのマルス王子というやがて結ばれる相手がいることを知っていた。
だからこそ、秘していた。
タリスのために戦うことで、思慕の感情を満たすことができたから。
だが、王子が死に、シーダがレウスの
もしかしたならレウスの立場は自分だったかも知れない。
あの場でレウスを殺せば自分のものにできたのかも知れない。
長い時間をかけて熟成された思慕はオグマの常ならざる思考をさせていた。
それはノルダの剣闘士として長年に渡って晒された悪意が伝染し、萌芽したのかもしれない。
芽吹かぬはずの感情が育ってしまったのは誰が悪いわけでもない。
だが、結末としてはオグマは自らの終わりを定めたことになる。
身に余るほどの悪感情が誇り高いはずの一人の傭兵を殺したのだ。
「オグマ、ごめんなさい
私はあなたにも側にいてもらうべきだったのです」
「姫は優しいな……だが、オレはもうあなたに優しくしてもらう価値を自ら捨ててしまった
ガトー様が何を考えているかはわからない
だが、レウスを明確に消そうとしているのは確か……」
(愚かだった、オレがやるべきは……
姫とレウス、そしてその御子を生涯通して守ることだと……ようやく気がついた)
だがそれは口には出さない。
借り物の力を命とともに失い、冷静になった自分がようやくそれを言う資格がないことに気がついた。
「姫、どうか……幸せな日々を」
消えゆく意識の中で思うことはナバールの言葉だった。
もしもナバールと肩を並べて戦うような世界であったなら、自分はどうなっていただろう。
剣の道に邁進し、浅ましい感情に支配されなかったのだろうか。
いいや、『
後悔が尽きなくとも、それが結果だとオグマはそれを死の途上で受け止めた。
(ああ、我が魂にどうか苦しみあれ)
どうか我に罰あれ、ただ罰のみあれと願いながらオグマの意識もまた死へと解け消えた。