ベントの部下の一部は逃したものの、大部分は捕らえることができた。
とはいえ、タリスに留め置くことは難しいのでガルダへと移送し、サムスーフ領の貴族に賠償を迫る形となった。
それで解放されるのは一部の騎士などに留まるであろうし、残りの者はどのように扱われるかはわからない。
とはいえ、ガルダもモスティンのお膝元ではあるから無体には扱われないだろう、というのが家臣団の話であった。
オグマを弔ったあと、サジマジバーツはそれぞれの道を選ぶことにしたらしい。
ガルダに戻り漁師になったり、木こりを目指したり、タリスの兵に志願したり、とのことだ。
彼らはオレに対して敵意でも向けるかと思っていたが、特にそういうこともなかった。
そうした行いは彼らが隊長と慕ったオグマの名誉を穢すものだと考えたのかもしれない。
モスティンはオレに約束を守ってもらうぞと凄む。
何事かと思ったが、結婚のことであった。
どうやら内外にそれを知らしめるための結婚式を行いたいようで、オレはそれに反対する理由もないので好きにしろとだけ伝えた。
もっとも、式の準備でてんやわんやの忙しさにはなった。
オレとシーダは海を一望できる王城の離れを現在の居室としていた。
シーダと何となしに流れる時間を過ごすのがはじめてだったせいで、当初はオレ側がぎくしゃくとしてしまっていた。
それを上手く蕩かすように対応するシーダの手並みにアカネイア一の人誑しの才能を見たりもした。
────────────────────────
二人で沈みゆく夕日を見ている。
結婚式まではもうすぐであり、ここさえ乗り切れればといった状況。
段々と島への来客も増え、事前の挨拶回りなどで時間が火に炙られたチーズのように溶けていった。
「なんとか今日も終わったな……」
「ご苦労さまです、レウス様」
「シーダもな」
オレはごろりと寝転び、シーダの膝の上に頭を乗せる。
「前はこんなに距離を近くにとってくださることがなかったと思いますが、お変わりになられましたね」
「いやか?」
「いいえ、前よりもあなたを恐ろしく思わなくて済んで、嬉しいです」
変えたのはリーザであろう。
人の体温に触れると狭間の地で徹底的に削られた人間性が回復していくような気持ちを教え込まれたからだ。
リーザとはまた違うシーダの感触を楽しむ。
まだ成熟しきってはいないが、そっとオレを撫でる手は母性というよりも慈愛を感じる。
ここらへんはまあ、感覚的なものだから説明も難しいが。
「ここの夕日を見てると、レナを思い出すな」
「朱くて綺麗ですものね」
「……」
「そうでした、レナさんとリフさんならご無事ですよ」
「言い切れるのか?」
「はい、捕らわれている時にアンナさんから伺いました
レウス様に話す機会を逸していて……ごめんなさい」
そりゃあまあ、ゆっくり話す時間もなかったしな……。
「いや、それはいいんだが……どうしてるんだ?」
「アカネイアに戻られたそうです、レナさんの実家がそちらにあるそうで」
「ふぅん……ん?」
レナが旅を続けていたのは記憶違いじゃなけりゃ、
マケドニアの現国王であるミシェイルに言い寄られたのが原因だったような。
「むう」
「どうしたのですか?」
「いや、争いに巻き込まれたり、囚われていたりはしないだろうから安心はするが……」
「いつかまた再会できますよ、レウス様なら」
「それまで待っててくれりゃいいけどな」
その言葉の意図を掴みあぐねたようだが、オレが抱えている何かしらの不安は感じ取ったのか、頭を撫でて来た。
「子供じゃないぞ、オレは」
「いいじゃないですか」
「……まあ、悪い気はしないけど」
なんやかんや、オレの人間性はもりもりと高まっていく日々だった
────────────────────────
結婚式は華々しいものであった。
リーザとはこうした式をしてはいないので、新鮮でもある。
参列者は基本的にタリス王国の関係者が中心だ。
アリティアから人を呼ぶには距離もあるし、話もややこしくなるのでアクションは起こさないことにした。
自動的にオレ側の参列者はエルレーンだけである。
多くの人に祝福され、喜びの感情が溢れたせいでシーダが涙する一幕もあったが、それ以外は
ある意味で若々しくなったモスティンに次の王妃の椅子を巡っての熾烈なラブコール合戦があったり、
オレの近習であるエルレーンに唾を付けておこうとする貴人たちもいたり、
盤外でも色々とあったらしい。
ともかく、宴は全て盛況のままに終わり、戻ってくる頃には月が煌々と海を照らすような時間であった。
「あー……終わった終わった……いや、オレよりもお前の方がお疲れだよな」
「いいえ、全然平気ですよ」
「そうか
そりゃあ……、まあ、何よりだが」
このドレスを選ぶのに凄まじく時間をかけたのを知っている。
目的もわかっている。
「シーダ、近々にアリティア聖王国に戻ろうと考えている」
「はい」
「その『はい』は」
「付いていきます、どこまでも、の『はい』です」
オレも今更シーダを置いて戻る気もないが、それでも同意してもらえるってのは嬉しいものだ。
「タリスには暫く戻れない」
「はい」
「この景色も暫くは見納めだ」
「ええ、名残惜しいです」
「ここでまだやるべきことも、一つだけある」
「……はい」
オグマへの売り言葉にしたものではあるが、それはあの場の話だけで終わらせるべきことでもない。
「そのドレス、ベントが渡してきたって奴よりも似合っている」
「あなたのために選びましたから」
竜族にドラゴンキラー、騎兵にナイトキラー。
そしてオレにはシーダが自身で選んだドレスで威力三倍、
ついでに惚れた弱みという必殺効果で更に三倍。
翌日の起床は随分と遅れたものになったことは言うまでもない。