俺が知ってるのと違うんだが   作:三世

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#2 甲斐光という少年①

 

 

 

 

 庭園の中、厳格な雰囲気を出した老人が縁側で新聞を広げて読んでいた。周囲は静まり返っており、鳥のさえずりも聞こえないほどである。

 

 すると突如、甲高い金属音を響かせて、()()()が男の頭に直撃した。

 

 

「ガッ!?」

 

 

 老人は間の抜けた声を出し、即座に庭園の中を見回す。すると草むらの中に、ぴょこぴょこと揺れている茶色の尻尾を捉えた。老人は静かに新聞を丸め、その尻尾の持ち主のいるであろう場所へ向けて投げた。

 

 

「あ痛ァ!!」

 

 

 少し高め声が辺りに響き、茶髪の少女が現れる。それと同時に笑い声を堪えるような声も聞こえて来た。今度は黒色の尻尾が揺れている。

 

 老人は再び新聞を丸め、先程投げた場所の少し横へと投球する。が、茂みから出てきた手に掴まれてしまう。

 

 

「残念だったなヒデ爺!俺に投球は効かん!!」

 

 

 老人は即座に丸めておいた新聞を投げた。

 

 

「痛い!!」

 

 

 先程とはまた違う声が響き、草むらから黒髪の少年が姿を現した。

 

 

「……クソガキどもが、何の用だ」

「俺を弟子にして下さい!!」

「何度も言わせんな、俺は弟子を取らん」

「そこをなんとか!!」

「取らん」

「なんとか!!!」

「いい加減にしねェと魔物の餌にすんぞ」

 

 

 先程よりも少しドスの効いた声で拒否をして、再び新聞を投げる。クリーンヒットだ。

 

 

「痛あ!?」

「……光、ヒデさん普段よりイラついてる、ここは退いた方がいいよ」

「……ぬう……覚えてろよ!!次は必ず弟子にして貰うからな!!」

 

 

 茶髪の少女の言葉を聞き、少年は捨て台詞を吐きながら走り去って行き、少女もそれに追従していなくなる。

 

 

「……嵐みてェな奴らだ」

 

 

 老人の呟きは、静かになった庭園に吸い込まれ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『獣の唄』。

 俺が大体15歳ぐらいの頃に配信が開始され、俺が死んだのが20歳だったから、少なくとも五年は続いているソシャゲである。

 

 “魔物”とかいう異形の存在と戦う騎士団に入った主人公、それを主軸として描かれるストーリーのゲーム。その最大の特徴は、登場人物の殆どがケモ耳キャラであることだ。

 

 ……といっても終盤には、背中に翼を持ち、天使を名乗る頭のイカれた集団も出てくる為、全員がケモ耳キャラという訳でも無いのだが。

 

 そしてこのゲーム、割とキャラが死ぬ。プレイアブルキャラクターだろうがモブNPCだろうが割とポンポン死ぬ。一番人気のキャラが死んだ時はやばかった、ネットでは咽び泣く声が鳴り響き、俺は三日寝込んだ。

 

 まあつまり、この世界では人気があろうがなかろうが、この世界では簡単に人が死ぬ。そこまで殺伐とした世界観でもないのになんでこんな死人が出るんですかね。

 

 ――そして

 

 

「くそ、今日こそはと思ったのに」

「悪戯してる限りは弟子にしてくれないと思うよ」

「そうでもしなきゃあの人取り合ってもくれないんだよ!」

 

 

 目の前にいる少年も、その一人である。

 

 

「やっぱり他の人に教えてもらった方がいいんじゃないの?」

「いや、俺はヒデ爺がいい」

「ふーん」

 

 

 この少年…甲斐光は、物語の序盤から登場するのにも関わらず、主人公を敵対視し続けるせいでアプリの配信から2年間ガチャに出てこない。

 

 結果だけを言うと、彼は主人公達との共闘により正式に仲間となり、そのおかげでやっと光君はガチャで引けるようになる……のだが

 

 

 その数ヵ月後に追加されたストーリーで、彼は主人公を庇って死ぬ。

 

 

 …庇って死ぬ。

 

 ………

 

 いやおかしくねぇ!?

 

 二年だぞ二年!!そんだけ待たせといて死なすか普通!?死なせるとしてももうちょっとストーリーが進んでからだろ!!数ヶ月って!!ゲーム本編じゃ一週間経ってねえぞ!?

 

 ……まあ当然というか、ネットは燃えた、それはもう大炎上、大火事である。

 

 幸いな点としては、ガチャで引いたキャラが死んだからと言って使えなくなるようなことは無かったのは良かった……いや良くは無いが、まだマシだった所だろう。使いたいと思う人がいるかは不明だが。

 

 

「――だから今日あっちの山の様子見に行くって親父が……景?聞いてんのか?」

「え?…あ、ごめん考え事してた」

「お前たまにそうなるよな、なんか悩み事でもあるのか?」

 

 

 お前の事で悩んでんだよ早死に小僧!!

 

 

「無い無い、で、何話してたの」

「西の山で魔物が大量発生してるから、騎士団に言われてヒデ爺が様子見に行くって話しだよ」

「大量発生?」

 

 

 ……大量発生?……妙だ、光君が弟子入りする前ならそのイベントはまだの筈なのだが

 

 

「そ、西の山の麓だってさ」

「ヒデさん一人で?」

「そうなんじゃないか?様子見だけらしいし」

 

 

 西の山、一人、大量発生、ここまで被ることがあるか?

 

 

「……ふーん」

 

 

 取り敢えず念の為後で見に行ってみよう、まだ死ぬとも思えないけれど。

 

 

「……お前、なんか企んでないか?」

「まさか、私は悪戯小僧の君とはちがうんだよ」

「お前こそ悪戯小僧だろうが」

 

 

 はてさてなんのことか、俺は()()()()悪戯をしたことなんてないんだけどなあ

 

 

「ほんといい性格してる、嫌がらせしてきたヤツ全員に同じことやり返すとか」

「あれは寧ろ放っといたら兄さんと姉さんが家の力使って彼ら殺しそうだったし」

 

 

 これは冗談ではない、あの二人だったらやりかねないから言っているんだ。

 

 

「……そういやあいつらはあの二人について詳しく知らないんだもんな」

「教えても嘘吐き呼ばわりされるんだもん、あの二人外ではあんなじゃないし」

「ああ…皮かぶってるもんな」

 

 

 因みに光君は一度消されかけてる。怖い

 

 

「誰も気付かないだろ、華麗な()()()があんなに妹煩悩なんて」

「基本的に他人とコミュニケーション取らないからなぁ…あの二人」

 

 

 “貴族様”、その呼び方は少し懐かしいが、前に出来てしまった距離感はもう感じなくなっている。俺が思っているより仲が良くなっているようでちょっと嬉しい。

 

 

「……そんで何企んでんだ、言えよ」

「西の山見に行こうかなって」

「……正気か?」

 

 

なんだその目は、バカにしてんのかこの野郎

 

 

「いやお前、お前の師匠の命かなんかで自分の刀持ってないだろ、素手で魔物と戦うつもりか?」

「……なんだ、そんなことか」

 

 

 ふふん、それなら見せてやろう、俺の相棒となる刀を!

 

 

「ほれ、刀」

「え、なんで持ってんだ、脱法帯刀?」

「ちがうわ、私の事なんだと思ってんの」

「……まさか終わったのか?全部の修行が?」

「そのまさか、終わったのだよ、あの地獄が」

 

 

 『狼朽』、つい先日師匠に貰った刀だ。これで勝つる

 

 

「……マジで行くのか?」

「もちろん。あ、光は来ないでね、守れる自信ないから」

 

 

 まあまさかこのタイミングで()()()()()()なんて来ないだろうし大丈夫だろ!ガハハ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んだ、こりゃあ」

 

 

 山の麓を覆い尽くす魔物の群れを見て、季周(きしゅう)秀永(ひでなが)は顔を顰めていた。

 

 

「騎士団の隊長格二人は必要な規模じゃねぇか、何が“全部見た”だ、ぬるい仕事しやがって」

 

 

 秀永の脳内には、依頼にやって来た騎士団の男の顔が過ぎった。男は山の中全てを見たと言っていたが、確実に虚偽の報告であろうことは秀永自身の目が物語っている。

 

 

「……ここまで多いと、騎士団が着く頃には町に着いちまうか……」

 

 

 秀永の脳裏に、悪戯好きな子供二人の顔が浮かんだ。

 

 

「……クソッタレ」

 

 

 ここで確実に減らしておかなければ町が壊滅してしまうだろう。秀永は脇に置いてあるライフルを掴み、群れの中心に向けて照準を定める。

 

 

「消し飛べ」

 

 

 轟音と共に、群れの中心で爆風が巻き起こった。

 

 

「……っと……グレイめ……強く作りすぎだ」

 

 

 魔物達は何が起こったのかも分からずにウロウロと歩き回った後、既に死んだ十数体もの死体を睨みつけている。彼らが原因とでも思っているのだろうか。

 

 

「頭の悪い魔物は処理が楽で助かる」

 

 

 彼らからすればいきなり竜巻に巻き込まれた様なものだ、困惑するのも無理はないだろう。

 

 

「それ、二発目……ッ!?」

 

 

 瞬間、突如として背中に衝撃が走り、次の瞬間には秀永は吹き飛ばされていた。

 

 

「ッ!!親玉のお出ましか……!」

 

 

 先程まで秀永の居た場所から、熊の二倍はあるであろう体を持った魔物が現れる。

 

 

「Grrrraaaaaaaaaaa!!!!!!!」

 

 

 目は憎悪によって泥のように濁り、肌はその目よりもどす黒く染まっている。

 ……そして何より、その爪からは、真っ赤な血がポタポタと垂れ、地面を湿らせていた。

 

 

「……テメェ、人間殺しやがったな」

 

 

 秀永は瞬時にライフルを投げ捨て、背負っていた散弾銃を魔物の親玉に向ける。

 

 

「くたばれ」

 

 

 間髪入れずに引き金を引き、魔物の体が真っ赤な炎に包まれる。普通の魔物ならば塵も残らないほどの威力である。

 

 普通の魔物ならば、であるが。

 

 

「Grrrraaaaaaaaaaa!!!!!!!」

 

 

「……なっ!?」

 

 

 少なくとも、この魔物は普通では無いのだろう。大した外傷も無く炎をかき消し、爪を振り下ろしてきた。

 

 

「こなくそ……ッ!!」

 

 

 即座に散弾銃の銃身で爪を防ぐが、衝撃は殺しきれない。そのまま麓まで吹き飛ばされてしまう。

 

 

「ッッ!!!」

 

 

 地面にぶつかり、二回ほど跳ねる。そうして着いたのは、魔物の群れの中心であった。

 

 

「……クソが」

 

 

 魔物たちは、いきなり現れた人間に対し警戒を顕にしたが、危険がないと判断したのか、ジリジリと近付いて来る。

 

 

「……光、景」

 

 

 脳裏には、二人の子供の顔が浮かぶ。こんな事になるのならば一度くらい銃の使い方を教えてやるのだったと、柄にも無いことを考えてしまう。

 

 魔物達は少しづつ近付き、血の匂いを嗅いだ瞬間、一斉に飛び掛ってきた。どうなるのかなど、分かりきったことだった。

 

 

「……悪ぃな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「させるかァッ!!!」」

 

 

 少し高めの、二人の声が辺りに響いた。

 

 

 

 






 ちなみに登場人物の名前は全員犬種がモデルになっています。
柴木景、夜、夕→柴犬
大館秋→秋田犬
甲斐光→甲斐犬
季周秀永→紀州犬
 みたいなかんじ
 日本の犬種は六種しかいないので強制的に日本系の名前のキャラが少なくなりますね。いずれはシベリアンハスキーあたりも出せたらいいなと。


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