宇宙だよ、ハル。
「宇宙ですか」
そうとも!宇宙だ。
宇宙を作ります。
「途方もないですね」
わかる〜。
まぁでも、それほど難しい話でもないんだ。
要するに、この世界をもう少し拡張したいってだけの話なんだから。
この世界は広大だが、地球のように球体ではなく、平面の世界である。
“空ノ目”の影響が及ぶ範囲は100万年経過した今、半径10万kmをカバーするようになっていた。
確か地球を一周した距離が4万kmという話だったので、この世界の面積はすでに地球の表面積を上回っていることになる。
勿論、それは私の目と耳が届く範囲までの話。その外にも限りなく世界は広がっており……きっと、私が望む限りは広がり続けていくのがこの世界なのだ。
このまま横方向に伸ばして行くのもオツなものだが、私はそろそろ三次元、縦の方面にも世界を充実させたいと考えた。
浮島や空に浮かぶ国はすでにいくつか作ったが、さらにその上はどうだろうか?
つまり、それが宇宙である。
“比翼連理”。
「!」
私の身体と、ハルの体がふわりと浮かび、ゆっくりと、徐々にスピードを上げながら上昇して行く。
「空を飛ぶのは、初めてです」
すぐにそれが当たり前の世界になるとも。
ハル、君に私以外の友人が出来る日もそう遠い話ではない。
「……私は、ご主人様がいれば、それで……」
うん?なんだ、風のせいでよく聞こえなかったな。
「……なんでもありません」
ふむ。
私がいればそれだけでいいって?
熱烈な愛の告白だね。
「死んでください」
死ねねンだワ。これが。
おっと、ハルと戯れているうちに、いつのまにか“天井”に辿り着いてしまった。
「……何もありませんね」
そうだね。ここは地上から高度50kmほどの高さにある、この世界の“天井”だ。普段は侵入防止結界の役割も果たす青空に阻まれてここまで来ることはないが、それを抜ければ待っているのは、ただひたすらに無機質な白い天井だ。
ちなみにこの世界の太陽や月も、この高さを48時間周期で回っている。現実の世界に比べれば例えようもなく小さな天体たちなのだ。
それにしても久しぶりに見たよ。この白さ。
「この天井を押し上げるんですか?」
そうだね、そのつもりだけど……全部じゃない。
ここ一帯、5kmほどの天井だけを押し上げる。
なにせ、この世界は広いからね。全ての天井を押し上げようと思ったら、“OFA”をとんでもない量使わなければならなくなる。
どうせ、ほとんどの天井は結界のおかげで見ることもできないんだ。宇宙に繋がる入り口だけを開けておけばいい。
はい、ってわけでドーン!と天井を押し上げます。
「……先が見えません。どれくらい伸ばしたんですか」
うーん、ざっと100万kmくらい?
「広いですね、宇宙」
まぁ地上に比べれば、そりゃね。これでも全然短い見積もりだ。多分今後もっと伸ばす可能性が高い。
リアルの宇宙を再現しようと思ったら、その瞬間僕の身体は消滅してしまうだろうから。まずは今作りたい分だけのスペースを確保する。
そして今度は宇宙に渡るための手段だ。なんだと思う?
「……宇宙船?」
惜しい!それもロマンがあって、とっても良いと思うんだが。
今回は“軌道エレベーター”を作ろうと思っている。
「軌道エレベーター……」
そうだとも。宇宙ステーションと地上を一本の線で結ぶエレベーター。
これまた現実ではまだ成功していない夢の発明。しかし理論上は、エレベーターの耐久そのものに問題がなければ実現できる。地球ではその材料にカーボンナノチューブを使おうとしてたかな。
しかしここでは私がルール!素材なんてダンボールだろうが問題ないのだ。
「乗りたくありませんね、それ」
うむ。まぁぶっちゃけ普通に耐久度の高いものを使います。
万が一があるからね。
ってワケで、はい宇宙ステーションドーン!エレベーター、ビーン!!
完成!!
……。
ねぇハル、私最近思うようになったんだけど。
チートって、便利だけどロマンがないよ。
「今更すぎるでしょう」
はい、おっしゃる通りで。
出来上がるのは一瞬。それは変わらない。
では早速中に入ってみようか。
「……ところで」
うん?
「宇宙とは言いますが、ここは無重力空間にしないのですね」
…
……。
忘れてたわ。
無重力空間になれーッ!!ってやったら無重力空間にすることはできたが、範囲指定をしてなかったせいで世界全体が一瞬無重力になるという大惨事を引き起こし、その後始末に数十年をかけた後。
あ〜、疲れた……。
「……一応、お疲れ様でしたと言っておきます」
ありがとう。
いや、本当にお疲れだったので……。
ハルの指摘により、軌道エレベーターがただの“バカでかいストロー”になるのは避けられたものの。
世界規模に影響を及ぼすような能力の行使は随分してなかったせいで大惨事を引き起こしてしまった。“空ノ目”と各種結界、一部エリアの機能停止システムまで作動させてようやく粗方始末がついた。
さて、気を取り直していこう。
エレベーターと宇宙ステーション。これは完成したが、肝心の宇宙がまだステーションの周辺にしかないのはあまりにも殺風景というものだ。
というわけで広げます。バーっとね。
……大丈夫だよな。下界にはなんの影響もないよな!?
「異常は起きていませんよ」
うん、私も確認した。大丈夫だったわ。ありがとね。
さて、この軌道エレベーターだが、ステーション自体はエレベーターの全長から見て、半分ほどの中継地点にある。そこからは反対方向にエレベーターが伸び……反対側のエレベーターの頂点に位置するのが、地球からの重力を相殺するための遠心力を生み出すカウンターウェイト……“おもり”となる。
エレベーターの全長は約10万km。なので宇宙ステーションの位置は、地上から高度5万kmほどの地点に存在することになる。
別にここまで再現する必要はないけどね。ロマンだ。
さてさて、じゃあ早速宇宙ステーションの中を……。
……。
ハル、問題発生だ。
「? なんですか?」
“ユグドラシル”で火災が起きてる。
「ユグドラシル……エルフの里ですか?」
うん。ちょっと急いで向かおうか。
私は手元に“
よいしょ、っと。
「……本当だ。燃えてますね」
うん、盛大にね。いや、なんでこんなになるまで気づかなかったのか。
“ユグドラシル”。
そこでは、森人達……いわゆる“エルフ”が集団で暮らしている。
天をつくほどに巨大な世界樹。その枝先に、ツリーハウスの要領で建てられる家々。まさに“自然との共存”を体現したかのような静かで美しい秘奥の里。
それが“ユグドラシル”…だったはずなのだが。
うん、“火災”がシャレにならないね。
「言ってる場合ですか」
すいません。今すぐ消すとしよう。
私は“世界編集”を開き、ユグドラシルの上空に、小さな“ワームホール”を開いた。
そしてもう一つのワームホールを、ここから遥か南……大陸の外側にある“エデンの海”の水底に繋ぐ。
接続は一瞬。
しかしその一瞬で、ユグドラシル上空には……太陽光を丸々覆い隠してしまうほどの“水”が出現した。
次の瞬間、爆発にも似た轟音と共にユグドラシルに“大雨”が降り注ぐ。
「雨というより、完全に“水害”ですが……」
火災よかマシである。
ユグドラシルの炎は、一瞬で鎮火した。
「ご主人様」
うん?なんだい?褒めてくれてもいいよ。
「エルフの家が倒壊しているようですが」
…
……。
ふむ。まぁあれほどの質量を持った水が降り注いだのだからね。そのような結果になるのも、むべなるかな。
……。
家建て直すの、手伝おっか。
「……了解です」
やめてよ、そんな……“もっと良い方法あっただろ”みたいな溜息吐くの。
傷つくじゃん。
私が手を貸せば、再建作業も実に早く終わる。
一晩で元の姿を取り戻したユグドラシルだが、肝心なことがわからない。
火災の“火元”だ。
確かにユグドラシルは火災に弱い。それは以前から気づいていた。それでも尚なんの対策もしていなかったのは、そもそも火事なんか起こるはずがないからだ。
だって、誰も火なんか扱わないからね。
しかし現実に火事は起きた。それも、火の手は驚くべき速度で燃え広がり、ユグドラシルを包んだのだ。
“元凶”があるはずなのだ。
そこで、私たちはエルフたちに聞き込み調査を行うことにした。
「ヒ、コワイ」
「アツイ、クルシイ、コワイ」
「ミズ、コワイ」
エルフたちは、カタコトながらも……確かな意思を持って、私たちの質問に対して答えてくれていた。
そう、彼らには”意思“が芽生えつつある。
”マナ“の散布は順調に進み……かつてはただの”人形“でしかなかった彼らに“言葉”を与えたのだ。
「ヒ、ドコカラ、アッタ?」
ハルは彼らに対し、同じようにカタコト言葉で話しかけている。
実は、彼らに言葉を教えているのはハルなのだ。
ハルは、私と共に行動していない間は自由に行動している。今までは音楽を聞いたり、街をぶらぶらと歩いたりと好きなことをしていたようだが。
エルフのように、この世界に“人形”として存在している彼らに意思が芽生えつつあることに気づいたハルは、自ら率先して彼らに言葉を教え、教育をするようになったのだ。
その姿は……なんだか、子を育てる母親のようで。
「アソコ」
「……アリガトウ。エライ」
「エライ?」
「アナタ、エライ」
「……エライ」
エルフを抱きしめ、頭を撫でるハルは、とても優しい表情を浮かべていた。
……なんなら、彼らには私よりもハルの方が慕われてるな。
「ご主人様、どうやら……この火災は、意図的に引き起こされたようです」
ほう。と言うと?
「……エルフたちの中に“炎”を操る者がいると」
……ハル。
それは、とても大変なことだよ。
「はい」
つまりそれは。
彼らの中に、“魔法を操る者がいるってことじゃないか。
500万年。
それが、私がこの世界に生まれてから今までに経過した年月。
しかし、この世界の一日は48時間。現実世界で換算すれば、すでにこの世界は生まれてから1000万年の時が経過していることになる。
1000万年。1000万年である。
私はそれだけの年月を、この世界で過ごしたのだ。
それだけの時間を私が生き続ける目的は、いったいどこにあったのかと言われると……答えるのは難しい。
飽き性な私は、コロコロと目的を変えてしまう。たった一つの物事に時間をかけて集中するということが苦手なのだ。
だから、この世界がこんなにも発展したとしても、私は最初からそれを目指していたわけじゃなかった。やりたいことをやっていたら、いつの間にかそうなっていた。ただそれだけの話。
だけど、その中で……私は“生命を作る”ということに関してはずっと目指していた到達点だった。
それは私にとって、何よりも困難なことだったからだ。いわば、長大に伸びたスキルツリーの、その頂点……最終目標。
1000万年もの間、私がついぞ達成できずにいた難題なのだ。
それは今も同じ。私の手で生命を作り出すことは、未だできていない。遠大な時間と、大いなる自然の流れが合わさってようやく、最初のスタートが切れるようになった。
さて。
では“生命”とは何なのだろうか?
例えばハルは“生命”だろうか。きっとそうだろう。ハルには間違いなく命が宿っている。
未だ言葉がつたない、幼児に似た“彼ら”は生命だろうか。きっとそうなのだ。生命はすでに生まれている。
そう、私はいつの間にか、“生命を生み出す”という目標を達成していたのだ。
“生命”とは明確に定義できるものではない。私がそれを生命と認識できるか。その差の話でしかないのだ。
私は今まで、そう考えていた。
……だが。
……君が、ユグドラシルを焼いた犯人かな?
私はその時、初めてこう思った。
「……ダレダ、オマエ」
その“女”は、警戒心をむき出しに、右手に“炎”を浮かび上がらせた。
「オマエモ、ワタシノテキカ?」
私に対する明確な“敵意”。
明らかに……他のエルフよりも発達していると思える“知能”。
私はその時、こう思ったのだ。
彼女こそが、最初の“生命”だと。