悪の組織の元幹部、釈放されたらダンジョンが出現していた   作:水色の山葵

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第13話 孤児

 

 朝日がカーテンの隙間から差し込む。

 

「それにしても、どうして急に迷宮島が欲しくなった訳?」

 

 隣で横になる玲が、そう聞いて来る。

 

「この島は、世界の中心なんだろ。

 ここに来て一週間くらいしか経ってねぇ俺でも分かるぜ。

 この島は、世界で一番武力が集まってる。

 世界征服を目論む悪の組織がそれを狙うのが、何か不自然か?」

 

 言いながら、俺は玲に背中を向けた。

 

「2つ、おかしな所があるわ」

 

 玲は、俺の背中を直に触り「1」を描く。

 

「まず、貴方はそんな細かい計算をしない。

 嫌いな物を嚙み砕いて進む。

 それが、黒木棺(くろきひつぎ)なのだから」

 

 続けて「2」が描かれる。

 

「貴方にこれ以上の武力は必要ない。

 世界【征服】では無くて【滅亡】なら……」

 

 背に玲の吐く息が当たる。

 

「いつでもできるのでしょう?」

 

 ゾンビウイルス。

 それは、確かに終末を招く事ができるとされた能力だ。

 

 だが、実際にそれが証明された事は無い。

 今はまだ、机上の空論だ。

 

「まぁ、これ以上強くなりたいと思った事は、今の所ねぇな」

 

「だって、貴方は一番強いもの。

 この島の探索者よりも……

 あのヒーローよりも……

 貴方の方が、ずっと」

 

 肩に、玲の唇が触れた。

 

「教えて。

 貴方はこの島を見て、何を思ったの?」

 

 ハァァ……

 

 玲が息を吸い込んで。

 柔肌を背中に密着させる。

 

「教えてくれるまで、逃がさないわよ」

 

 カプリッ。

 

 玲は、俺の首に噛みついた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 街の中を俺は歩く。

 目的地はソーラの住んでいる場所。

 最近は、そこへ迎えに行ってからダンジョンへ向かっている。

 

 どうせ、俺の住んでる場所からダンジョンまでの通り道だ。

 

 都心とは少し離れた廃墟が立ち並ぶ場所。

 スラムと言って差支えないだろう。

 家賃が掛からない代わりに、自衛が必要。

 そんな場所だ。

 

 廃墟の中で最も、大きな建造物の跡地。

 寂れた、教会。

 

 そこに、俺は入る。

 

 無人のそこには、頭の落ちた女神像がある。

 数年前、この辺りがテロ組織の根城になっていたらしい。

 だから、この島の探索者はその組織を壊滅させる為に。

 この場所を破壊し尽くした。

 

 それは、俺がこれから辿る運命なのかもしれない。

 

 けれど、もしも女神が居て。

 滅びの瞬間を目の当たりにしたのなら。

 

 俺が宣言して置こう。

 

「次は勝つ。

 そこで、見てろ」

 

 そう、俺が呟いた瞬間。

 

「ぐっ!」

 

 俺の身体は地面に叩きつけられた。

 腕が捻り上げられ、顔を押さえつけられる。

 

「シールドロック」

 

 足首が何かに縫い留められる。

 ばたつかせる隙間も無ければ、力を込められない。

 

 1秒の抵抗する隙間もなく。

 俺は、完全に拘束された。

 

「手荒な登場だな」

 

 皮肉気に、俺はそれを行った人物の名を呼ぶ。

 

「立花吟……」

 

 彼女は静かに語る。

 

「昨夜、貴方と私で拘束した男を護送中の車が襲われた。

 襲った犯人は、こう名乗ったらしい。

 元ニーズヘッグ幹部、デビルアンデッドと」

 

 力が強まり、怒気が高まる。

 

「犯人は行方不明。

 白の教会の全団員に、貴方の手配書が回ってきた。

 名実共に、貴方は私が捕らえるべき相手になった」

 

 基本、口数の少ない奴だ。

 だが、正義面してる時のこいつは違う。

 どれだけ拒絶されようと、躊躇いなく己の想いを叫ぶ。

 子供染みていて、理想的で、美しい。

 そんな、夢物語を。

 

「どうして……

 もう、あの組織は壊滅したのに」

 

「してねぇ。

 俺が残ってる」

 

「貴方一人で何ができるって言うの」

 

「俺一人じゃ、世界は取れないと思うか?」

 

「……9年で、変わったと思ってた。

 この島での貴方は、昔よりもずっと優しかったから」

 

 戯言だ。

 俺は優しく何か無い。

 考え過ぎだ。

 

「貴方がどれだけの悪人でも、私は必ず貴方を止める」

 

「それは、無理だな」

 

「……どうして」

 

 憂う様に。

 震えた声で。

 彼女は、泣く様に呟いた。

 

「なんで、そんなやり方しかできないの?

 今の貴方なら、本当にやり直せるかもしれないって。

 そう、思っていたのに」

 

 随分な過大評価だ。

 俺に、やり直す事なんか何も無い。

 人生が、また一から始まっても俺は同じ人生を歩む。

 確実に、総帥や幹部が死ぬとしても。

 

「貴方の言葉は、私の心に響いたよ。

 お願いだから、私の声も聴いてよ」

 

「俺にだって響いてるさ。

 お前を疎ましく思ってたが、羨ましいとも思ってた。

 輝くお前と、それに照らされた人間は、確かに幸せそうだった」

 

 けれど。

 それでも。

 その光の影響を、全ての人間が享受できる訳じゃない。

 

 お前一人が良い奴でも、世界にとっては些細な事だ。

 

「お前は、この島に正義があると本当に思うのか?」

 

「それは、秩序を乱す理由にはならない」

 

「見下ろしてばかりのお前には分からねぇさ。

 地べたを這いずる人間の行動原理なんざ」

 

「どういう意味……」

 

 立花吟という人間が、この島でどういう風に扱われているのか。

 

 少しは俺も噂を聞いた。

 

 迷宮島最強の探索者。

 正義の守護者。

 

 けれど、それは民衆の意見だ。

 彼女と接した事のある。

 特に、同じ白の教会の団員からは。

 

 立花吟は『疫病神』と呼ばれている。

 

 理由は簡単だ。

 全く、誰の特にもならない弱者救済の仕事を請け負ってくるから。

 白の教会からすれば、そんな慈善活動に付き合う人員も余裕も無い。

 

 けれど、『最強の探索者』を手放さない為。

 彼等は立花吟に嫌々付き合っている。

 

「変わったのは、戦いの上手さだけか。

 がっかりだぜ。

 お前はまだ、ヒーロー気取りなんだな」

 

「私はただ、誰にも傷ついて欲しくないだけ」

 

 カチャリと。

 鉄の鳴る音がする。

 シルバーイーグルが、俺の後頭部に密着する。

 

「貴方を捕まえる」

 

 そう言った。

 

 その時だった。

 

「やめてよ!」

 

 幼い声がした。

 教会の女神像の裏から。

 男女混合10人近くの子供が飛び出してくる。

 

 ボロボロの服と、汚れた身体。

 それを見て、お前は何を思う?

 

「――なんでこんな所に子供が」

 

「おじちゃんを放せ!」

 

 立花吟の周りを、子供たちが取り囲んでいく。

 幼げな蹴りや突進を、立花吟に浴びせる。

 

 そんな物で、この女に傷はつかない。

 

 だが、背中越しでも、唖然とした雰囲気は伝わる。

 

「やめて皆、私はただ……」

 

 多くの困惑と。

 多少の後ろめたさで、立花は呟く。

 

「あいつ等の仲間だろ!」

 

「同じバッチつけてるもん!」

 

「おじちゃんを放せよー!」

 

 おじちゃんじゃねぇけどな。

 

「この子たちは何。

 貴方はここで何をしてるの」

 

「なんだよ、来た事ねぇのか?」

 

「毎日、都心で活動してたから……」

 

 視野が狭く。

 思慮も無く。

 それでいて、正義感だけは人一倍。

 

 その成り果てる様は、今も昔も同じ。

 

「お前等、やめろやめろ。

 こいつは俺の知り合いだ」

 

「でも、ヒツギ!

 こいつバッチつけてるぞ!」

 

「あぁ、こいつはスパイだスパイ。

 かっちょいいだろー」

 

 ガキの頭をくしゃくしゃに撫でて、そう言って聞かせる。

 

「でも、あんまり仲良く無さそうだったじゃんか」

 

 女は目敏い。

 それが幼女でもだ。

 

 さて、どう誤魔化すか。

 

 小さく、立花に耳打ちする。

 

『俺に合わせろ』

 

「え?」

 

 困惑を無視して、俺は立花の肩を抱き寄せる。

 

「きゃっ」

 

「ほら見ろ、仲良し仲良し。

 な? 俺らマブダチだよな?」

 

「え……いやその……」

 

 合わせろって言ってんだろこいつ。

 

 俺は立花の肩から手を回し、頭を胸に抱き寄せる。

 

「ほら見ろ」

 

 ピースして、少年少女に見せる。

 小さく、立花にも「合わせろよ」と耳打ちした。

 

「ほらピース」

 

「い……いぇーい……

 ピ、ピース……!

 えへ……」

 

 ぎこちない手の動きと。

 ぎこちない笑みと表情で。

 

 ……言うもんだから。

 

「ップ」

 

 吹き出しちまった。

 

「はぁ……?」

 

 人形みたいに首が動く。

 立花が睨んでくる。

 

 悪ぃって。

 

「なんだそうだったのかぁ」

 

「スパイなんて初めて見たぜ、かっけぇ!」

 

「お姉ちゃん、さっきはごめんね」

 

「い、いや……大丈夫」

 

「俺たち先に飯食ってるから、おじちゃんも早く来いよ!」

 

「おじちゃん……ップ……」

 

 このクソ女マジで……

 

「おじちゃんじゃねぇっつの!」

 

「わぁ! 怒ったぁ!」

 

「……お前等、先に地下室に行ってろ」

 

「おじちゃんもさっさと来いよな。

 今日は俺の隣の日なんだから!」

 

「ハイハイ、さっさと行け」

 

 そう言うと、ガキ共はさっさと下に降りて行った。

 

 立花吟は、まだ少し笑ってる口元を隠しながら、俺に問い直す。

 

「それで、あの子たちは?」

 

「ここの孤児共だよ。

 別に、珍しい話じゃねぇだろ」

 

「それは知ってる。

 白の教会も、炊き出しとかしてるし。

 なんで、貴方に懐いてるのかって聞いてるの」

 

「炊き出しなんてしてる割に、ガキ共からの反応が気にならなかったかよ?」

 

「それは……まぁ……」

 

 バッチを見て、ガキ共の反応は敵対的だった。

 けれど、それは当然の事だ。

 

 お前は、知らねぇんだろうけどな。

 

 もし、ここで行われている事を、お前が知っているのなら。

 お前が、止めない訳がねぇ。

 

「俺もここで行われてる事を知ったのは最近だ」

 

 この島は、一種の独立国扱いされている。

 この島でダンジョンが発生した時、複数の大国は所有権を主張した。

 その間で戦争にすらなりかけた。

 

 だから、大国の間である条約が成された。

 それは、全ての国家に対して平等に取引する事を条件に、この島をどの国家にも所属しない島であるとする物だ。

 

 だから、この島では他国の法律は適応されず。

 軍や警官もやってこない。

 居るのは、島の支配者(トノサマ)からの指名団体。

 たった3つのクランだけだ。

 

「ソーラから聞いて、正直ムカついたぜ」

 

 ソーラは孤児だ。

 幼い時に両親が探索で死んだ。

 その後は、ここで育ったらしい。

 

「何が行われてるって言うの……」

 

 お前には知らされてない。

 って時点で、正義のセの字もねぇ話だ。

 

「別に、何のことはねぇさ。

 ただの……」

 

 俺は、立花吟に真実を告げる。

 

 

 

 

「――人身売買(ドレイ狩り)だ」

 

 

 その主犯の名は、白の教会団長。

 ユア・オリオン、というらしい。


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