悪の組織の元幹部、釈放されたらダンジョンが出現していた   作:水色の山葵

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第18話 白い剣

 

 荒い呼吸が、暗い地下室に木霊した。

 

 拳銃を持つ手は震えている。

 足は今にも崩れ落ちそうだ。

 

 黄金の髪に、一条の赤い線が走り。

 髪先からは、ポタポタと鮮血が滴る。

 

 満身創痍。

 

「何、その剣……」

 

 最強と謡われた英雄は、目の前に余裕の笑みを浮かべる男に、問いかける。

 

「たった一度。

 一度だけの力だ」

 

 白い握りと柄を持つ、藍色の影の直剣。

 地面に突きたてられたそれが、床に影を伸ばしている。

 

 その時。

 

 藍色の剣は、物理的な衝撃を一切加えられていないにも関わらず、ヒビを帯びた。

 

「聖剣シャングリラ。

 現在発見されている遺物の中では最高位、ランクSの逸品だ。

 この剣から発生する影は、あらゆる異能に優先される」

 

 地面から影色の腕の様な物が飛び出る。

 5本、10本と腕は増え。

 一斉に、それは立花吟に襲い掛かった。

 

「フレイム」

 

 呟きながら放った弾丸には、青色の炎が付与される。

 

 けれど、炎は着弾と同時に掻き消される。

 

 銃弾の衝撃を受けても、腕は止まらず。

 

 炎の掻き消えた銃弾では、腕に風穴を開けるには至らない。

 

 その間、ユアは地面に突き刺した聖剣の柄に手を置いているだけだ。

 

「っ……」

 

 その余裕な態度を一瞥し、吟のスキルが起動する。

 

「ブースト」

 

 身体能力を強化するブースト。

 この力だけが、今の状況でも十分に使える異能だ。

 

 3種の異能を持ち、それを並列、複合させる事が吟の真価であったが、それは完全に封じられていると言っていいだろう。

 

 腕の猛攻を、何とか身体強化(ブースト)で掻い潜る。

 

 しかし、影の腕の物量は圧倒的。

 (ダメージ)は着実に増えて行った。

 

「いつまでも、そのまま逃げ続けるという訳には行かないだろう」

 

 微笑むユアの鼻先に、銃弾が飛来する。

 圧倒的な超速移動。

 その合間でも、腕の隙間を縫う様な精密射撃。

 

 しかし、ユアの周囲は常に腕が這い寄り、その身をガードしていた。

 

 圧倒的な戦闘の才(センス)

 それでもまだ、銃弾は敵へ届かない。

 

 歯がゆさを抑え、吟は冷静に腕を凌ぐ。

 

「ブーストは、スタミナまで強化しない。

 鍛えているとは言え、体力は常人の領域。

 逃げ続ければ、限界はくる」

 

 それは、立花吟自らの口より、ユア・オリオンに伝えられた。

 彼女の弱点だった。

 

「逃げ続けるだけ無駄。

 観念した方が賢明だ」

 

「観念しても、私もソーラ君も殺すんでしょ」

 

「あぁ、殺す。

 この剣の力は一度切り」

 

 パキリと、刀身に亀裂が増える。

 

「刀身が砕ければ二度目は無い。

 君を倒せる保険も無し。

 このまま、君を部下には置いておけない」

 

 だから殺すと。

 暗に彼は言う。

 

「私にとって人を殺すとは。

 その程度の事なのだから」

 

 聖剣の柄を握る力が少し増す。

 その様が、吟には何処か悲しんでいる様に思えた。

 

「……そろそろかな」

 

 立花吟が呟いた。

 小さな声ではあったけれど、その通りの良い声は地下牢に響く。

 

 立花吟の動きが完全に停止した。

 

「まさか諦めたのか?」

 

 独り言のように呟いたその言葉を、ユア・オリオンは即座に否定する。

 

 彼女の性格を誰よりも知っている。

 立花吟というヒーローは、絶望では止まらないと……知っている。

 

「シールド」

 

 展開された一枚の半透明な板。

 

「無駄だ」

 

 けれど、それに手が触れた瞬間、一瞬でシールドは砕け散る。

 

「×シールド」

 

 けれど、その一瞬があるのなら。

 

 使う意味は、多いに存在する。

 

「なんだ……?」

 

 多重展開。

 視界を埋め尽くす大量の分割された結界が、立花吟の周りを囲った。

 

 立花吟は、3種の異能を持つから最強なのではない。

 

 立花吟は、3種の異能を極めているからこそ。

 

 

「――キャッスル」

 

 

 最強なのだ。

 

 手が触れる。

 一瞬で結界は砕ける。

 けれど、その一瞬を圧倒的に超える生成速度。

 

 腕一本、掻い潜る隙間の無い様に精密に計算された配置。

 

 小さな結界が生成され続ける。

 

「化物か……」

 

「フレイム×」

 

 立花吟の胸の前に、青い火の球が顕現する。

 

「ブースト×」

 

 ボン!

 

 と、音を立てて火の玉が巨大化した。

 

 更に、炎の巨大化が連続的に響く。

 

 驚くべきは、キャッスルと呼ばれた結界の大量生成と、この技の構築を同時に行っている事だ。

 

 更に重ねて、立花吟は口にする。

 

「シールド」

 

 巨大な炎の球に覆う様に、結界が展開される。

 

 そして、炎を圧縮し始めた。

 

「止めろ!」

 

 ユアの叫びを受け、影の腕たちの狙いがその球体に向かう。

 それは、探索者としての危機察知。

 あれを止めなければ、悪い事が起こる。

 

 それだけは分かったからこその言葉。

 

「キャッスル」

 

 けれど、その球体を守る様に、更に数百枚の結界が展開される。

 

 その時、ユア・オリオンの視界は捕らえた。

 その作業を行っている立花吟の視線は、己の手の中にある『スマホ』に向けられている。

 

 まるで、今時の若者がするような『ながらスマホ』。

 

 それを見て、温厚優男で通っていたユアの頭にも、血が上る。

 

「増えろ!」

 

 藍色の聖剣の傷が増える。

 同時に、影から伸び出る腕の量が30以上増えた。

 

「行け! 必ず殺せ!」

 

「団長」

 

 スマホの画面を見せる様に振って。

 

「上の人たちの避難、完了しました」

 

 立花吟はそう言った。

 

「は?」

 

 その宣言を聞いても、ユアには一瞬理解できなかった。

 今、全く関係の無い話。

 そのように思えたからだ。

 

 けれど、吟の視線が先ほど浮かべた炎を圧縮した球体に向く。

 

 その球体は既に、ビー玉程度のサイズまで縮小していた。

 

 そのビー玉の間近へ、立花吟が銃口を密着させる。

 

 その射撃方向は天井へ向いていた。

 

 

「戦闘を激化させて、上に被害がでるのが嫌だった」

 

「何を言っている……

 意味が分からない……」

 

 きっと、それは理解したくないだけだ。

 己の用意した奥の手が、しかし対象に一切通用していなかった。

 

「だから、接戦を演じる必要があった」

 

 そんな、絶望的な事実に。

 

 引き金に掛かった指が、引かれた。

 

 

「――天召蒼龍(サファイアドラグーン)

 

 

 世界は、真っ蒼に包まれた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 地か、もしくは空から見ていた者だけが、その光景を目に入れた。

 

 青い龍が、下より上へ立ち上る様。

 炎であり、光であり、奔流で。

 

 幻想的なその光景は、5秒間の持続を終えて、夜天へ消え去った。

 

 残った物は、深淵と天空を繋ぐ巨大な穴。

 

 ただ一つ。

 

 

「これほどまでか……」

 

 天を見上げれば、輝く星々と月が見えた。

 空を覆った雲さえも、一条の青い奔流が吹き飛ばしたのだ。

 

「本気を出す相手は、島には居なかった。

 そもそも昔だって、悪者は私を見ると逃げていったよ。

 だから、貴方が私と相対するって言った時は驚いた」

 

 見据える金眼が、恐ろしい。

 

 カツと鳴った靴音が、怖ろしい。

 

「私が本気で相手をしたのなんて、今までニーズヘッグの幹部と総帥だけしか居なかったのに」

 

「だが、だが!

 それでも、私の聖剣は健在だ!」

 

「うん、その為に広さが欲しかった」

 

 展開されるは数多の結界。

 

 けれどそれは、守る為の物では無い。

 

 展開された先は、ユアの周囲。

 

 まるで、囲い込む様に面がユアを向いている。

 

 

「ラビット」

 

 

 呟いた瞬間、吟の身体が消失する。

 

 穴の奥底で、足場を踏みしめる音だけが反響し。

 

 その音の間隔が、どんどん狭まっていく。

 

「その技は、映像で見たぞ」

 

 ユアの足元から影の腕が大量に出現し、全方位へ向けて放たれる。

 

「あの時は、2割っていう条件」

 

 何処から聞こえた声なのかも、判別付かない。

 それほどの速度に、既に到達している。

 

 だが、溢れる様に展開された腕は全方位を見ている。

 

 抜ける合間など存在しない。

 完璧な防御の陣形。

 同時に腕は伸び、攻撃へも転じていく。

 

 全ての結界に触れて、破壊すれば。

 自ずと吟も捕まえられよう。

 

 そういう、算段だった。

 

「何……!?」

 

 結界が破損する。

 連続的に響く硝子の割れるような音。

 全ての結界を割り切った。

 

 なのに、何処にも吟が居ない。

 

「何処に行った!?」

 

 その叫びの解答は、遥か彼方の天より落ちて来た。

 

 上空に展開される正方形の結界。

 その中心が、餅の様に奥へ萎んでいるのが見える。

 

 弾力を持った結界。

 引き絞るは、術者本人。

 

「――捉えた」

 

 その声と同じ速度で、彼女は落ちて来た。

 

 まるで、天上より差し伸べられた、純白の腕の様に。

 

「フレイム」

 

 白い炎を、剣に変えて。

 

「第四秘剣・月踏」

 

 ユア・オリオンの目が、己の身体へ向けられる。

 

 右肩から入った火傷の跡が、左の腰から抜けている。

 

 見る事も。

 察する事も。

 

 できず終い。

 

 だが、それ以上に疑問があった。

 

「私は、異能を無効化する手を全方位を守る様に配置していた。

 掻い潜るルート等、存在せぬ様計算して。

 それなのにどうやって……

 異能を保持し続けられた……?」

 

 仰向けに倒れ、月を仰ぐユアに、既に戦意は見受けられなかった。

 

 それを見て、吟は炎を仕舞いながら応える。

 

「貴方の手が、私に触れたと認識する前に、斬っただけ」

 

 そんな、荒唐無稽な解答にユアは目を閉じ笑みを浮かべるしか無かった。

 

「ははっ……

 やはり君は、私の手には余るという事か……」

 

 ユアの手が、月を握り込む。

 

 藍色の聖剣が砕け散る。

 男の信念が、そうなったように。

 

 ユアの握り拳の中から、丸薬が現れた。

 マジシャンの様な手付きで、その丸薬を人差し指と親指で摘まむ。

 

 口を開け、口の上で、その指を離した。

 

 

 ――BAN!

 

 

 いつまで経っても、丸薬は舌の上には乗らなかった。

 

 M.D(モンスタードラッグ)は、空中で撃ち抜かれた。

 

「何故だ……」

 

 呟く言葉の先を、立花吟は待つ。

 

「何故、私を殺さない……?」

 

 その問いに、当然と、当たり前と、疑問は無いと。

 

「貴方には罪を償って貰う」

 

 そのように、彼女は平然と言い放つ。

 

「私は正義のヒーローだから」

 

「ははっ……

 君の光に耐えられる者がいるとするなら。

 それはきっと……

 

 生粋の悪党だけだ」

 

 この島で最も力を持つクランの団長である一人の男は、いつまでも純粋無垢な目の前の乙女に。

 

 

 そう吐き捨てた。


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