悪の組織の元幹部、釈放されたらダンジョンが出現していた   作:水色の山葵

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第2話 迷宮島

 

 赤いワインがグラスに注がれる。

 注ぐ手はブルブルと震えていた。

 

「この店にある最上のワインです。

 どうかこれで、ご容赦下さい」

 

 俺が来たのは、赤羽龍星の侍らせていたホステスの働いていたキャバクラだった。

 丁度開店時間だったらしい。

 

 ワインを注ぐのは、自分を店長(オーナー)と言ったボーイ姿の男。

 

 ホステスから俺の事を聞いても、唯一真面に応対している。

 悪い連中の相手も、それなりに慣れているのだろう。

 

「女の子も直ぐに来ますので……」

 

「あぁ、そりゃ要らねぇ。

 俺たちは大事な話があるんでね。

 一応聞き耳とかは止めてくれよ?」

 

 適当に笑いながらそう言ってやると、男は深々と礼をする。

 

「それに、女なんて侍らすとこいつが嫉妬しちまうからな」

 

「しないわよ、別に」

 

 グラスを回す様に揺らす玲。

 

 じゃあ、テーブルの下で俺の足を踏むのは止めろ。

 

「それと勿論、お代は結構ですので」

 

「ま、黒龍会を半殺しにした奴に酒なんか出したら、この店がケツ持ちに睨まれるか。

 分かってるから心配すんな。

 俺等が無理矢理押し入って奪ってた事にでもすればいい」

 

「そこまでは考えていません。

 ただ、貴方方はVIP扱いするべきだと思っただけでございます」

 

「まぁ、なんでもいいが」

 

 もう一度、男は頭を下げ、奥へ引っ込んでいった。

 個室には、俺と玲だけが残る。

 

「やっと落ち着けたわね」

 

「あぁ、それじゃあ聞かせて貰おうか。

 この9年で、何があったんだよ?」

 

「えぇ、分かっている事は説明するわ」

 

 俺の前にタブレットが立てて置かれた。

 それは、誰も触れていないのに自動的に起動する。

 必要な画像を映し始めた。

 

 それが、東雲玲(しののめれい)の異能力。

 感覚器官で電子情報を読み取り、脳波をそれに干渉させる。

 【電脳】だ。

 

「ダンジョンっていうのは、端的に言うなら別空間への扉よ。

 その別空間には地球上には存在しない物質と生物、法則が存在している」

 

 画像付きで、ダンジョンの扉の説明が始まる。

 

 俺は、ワインを飲みながら頷く。

 言葉は返さず、説明を続ける様に促した。

 

「現在、地球上で確認されているダンジョンの数は9つ。

 1年に1つのペースで増えてるわ。

 形状は塔や神殿、飛行物体と様々だけど、どれも内部は別空間だから外から見るよりかなり広大」

 

 1年で1つって事は、俺が刑務所に入った年に1つ目が見つかったって事か……

 

 そりゃ、随分タイミングの良い話だな。

 

「ダンジョンから持ち帰った道具や、地球上には存在しない素材で造られた品を遺物と呼ぶの。

 これもその一つで、効果はさっき見た通り」

 

 赤羽龍星の持っていた緑の宝石の指輪。

 それを見せびらかして、玲は微笑む。

 

「この力を巡って、世界各国や民間企業は争ってるの。

 産業戦争の中心地は、シリコンバレーからダンジョンに移行したわ」

 

「つまり、天下を取りたいなら行くべきはそこって訳だ」

 

「そうね。

 もし貴方が、まだあの夢を見るのなら。

 世界征服なんて夢を語るのなら、だけど」

 

 彼女は俺を見つめ、少しだけ距離を詰める。

 

 そして、言った。

 

「ねぇ、(ひつぎ)君。

 お願いがあるの」

 

「あぁ、俺もお前に一つ頼みがある」

 

 

 自分の事を不幸だと思っていた。

 どうして、俺の身体は冷たいのか。

 どうして、俺の身体は死なないのか。

 

 悩み続けた。

 その違いと戦った。

 

 だが結果は、最悪な物だった。

 人とは違うという理由で、檻に入れられ。

 実験動物として扱われる日々。

 

 そんな真面過ぎる世界から救ってくれたのは、総帥だった。

 

 俺の居場所は、結局一つしかない。

 

 無くなったとしても。

 崩れ去ったのだとしても。

 

 それなら、また作ればいいだけだ。

 

 悪の組織の元幹部として。

 俺にはニーズヘッグを復興させる義務がある。

 

 

「私と」

 

「俺と」

 

「「世界征服を」」

 

「してくれる?」

 

「やるぞ」

 

 お互いに言い終えて、玲はからからと笑った。

 

「貴方は、昔から強引よね」

 

「悪は急げだ」

 

 先手を取るのは、いつだって悪党なんだから。

 

「それって総帥の言葉?」

 

「いいや、俺の言葉だよ」

 

 俺の目を、彼女は見つめる。

 

「そう。良かったわ。

 貴方が、変わってなくて」

 

「変わったさ。

 ただ、暴れるだけだった昔とは変わる。

 俺は、総帥になるんだからな」

 

 ニーズヘッグの襲名制度。

 総帥が死んだ場合、幹部が序列順にそれを引き継ぐ。

 1番目から7番目の幹部ももう死んだ。

 

 だったら、継がなきゃならねぇのは俺だ。

 

「それなら、私は参謀ね」

 

 玲は、俺の膝の上に跨って、真っ直ぐと俺を見る。

 

「『ガキに興味はねぇ』。

 貴方はそう言って私を拒絶した。

 まだ、そんな言葉が吐けるかしら?」

 

 唇同士が、触れる。

 身体をくねらせながら、玲の舌が俺の口に入って来る。

 

 俺には熱すぎる、人の体温を感じた。

 

 唾液が糸を引いて、薄っすらと彼女は目を開く。

 

「私じゃ駄目?」

 

「はぁ……」

 

「……」

 

 溜息を吐くと、玲は悲しそうに俯く。

 

 こいつは、何を勘違いしてんのか。

 

「別に、俺は総帥に気なんかねぇよ。

 ただ、感謝してただけだ」

 

「え……」

 

「つうか、そっちこそいいのか?

 ままごと見てぇな恋愛を、する気はねぇぞ。

 俺の女になるって事の意味、分かってんだろうな?」

 

 頬を赤らめて、嬉しそうに彼女は俺に言う。

 

「分からないわ。だから言って」

 

「お前はもう、俺から一生逃げられねぇって事だ」

 

「……嬉しい。

 貴方の物にして、総帥」

 

 妖艶な瞳が、うっとりと俺を見て。

 シャツのボタンが外れ、柔らかそうな肌が露出する。

 

 紫色で花柄の下着も、また同様に……床に落ちた。

 そのまま、彼女の手は俺の服に掛かる。

 

「貴方の身体は、冷たいわね」

 

「嫌か?」

 

「……いいえ」

 

 柔肌が俺にしな垂れかかる。

 

 

 その時、勢いよく扉が開いた。

 

 

「ワレェ! 組に手ぇ出して! タダで済むとは思うとらんじゃろうなぁぁ!?」

 

「何を女と乳くりあっとんのじゃあ!」

 

「ド頭ぶち抜いたるけんのぉ! 覚悟しろやゴラァ!」

 

 

 はぁ……

 ドスに拳銃に日本刀まで持ってやがる。

 ダンジョンができたっつっても、誰彼遺物を持ってる訳でもねぇ訳だ。

 

「ケヘ……」

 

 丁度いいや。

 

 丁度、熱が欲しかった所だ。

 

 上着を玲に掛けて立ち上がる。

 

「テメェ等、やっちまえ!」

 

 一番奥で、顔に傷のある男がそう言った。

 

 だが遅すぎるぜ。

 

 殺すかどうか、決めてから来いや。

 

「バカが」

 

 懐に入る。

 一番奥でふんぞり返ってた、そいつに。

 拳を引いて。

 

 胸を弾く。

 

「兄貴ィ!!」

 

 俺の一歩より、随分遅れて。

 

 そいつ等の視線は俺に追いつく。

 

「もう死んでんぜぇ……兄貴君はよぉ……」

 

 胸に穴を開け、血でシャツを濡らす。

 兄貴なんて呼ばれた男は――起き上がった。

 

「アァーヴォー」

 

「あ、あにき……」

 

 隣に居た男の首に、ゾンビが噛みつく。

 

「ぎゃああぁぁああ! いでぇ、痛でぇよあにぎぃぃぃっ!!」

 

 首筋から、血飛沫を上げて、そいつも死ぬ。

 

 ――そして。

 

「アウゥー」

 

「なんじゃ、何が起こってんのや……」

 

 俺は、そいつ等の入って来た扉を閉める。

 この個室の出入り口はここだけ。

 これさえ閉じれば、もう逃げ場はない。

 

「ケヘヘヘヘヘヘ!!!

 ゲハハハハハハ!!!」

 

「なんだこいつ……

 狂ってんのかよ……」

 

 知らねぇよ。

 自分が狂ってるかどうかなんて、自分で分かる訳ねぇだろうがよ。

 

 バカが。

 

 手を前に。指を伸ばし。

 命令を飛ばす。

 

「全員、殺っちまえ」

 

「ヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォ!!」

 

「アァァッァァァァァアアァアアアアアア!」

 

 2匹のゾンビから、ウイルスは電波する。

 

 ゾンビは、撃たれようが斬られようが止まらない。

 頭と筋肉と骨が健在である限り、動き続ける。

 ゾンビを殺すには頭を潰すしかない。

 

 それも、俺以外のゾンビの話だが。

 

「やめろ兄貴!」

 

「俺だ、俺だよぉ! 助けてくれぇええ!」

 

「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁぁ!!」

 

 阿鼻叫喚。

 この部屋の中は今、終末だ。

 

 終末(EX)級異能者。

 異能者の中でも、世界を滅ぼせる可能性を持った者達。

 最上位の特級危険能力者。

 

 それが、俺だ。 

 

「ケヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ!!

 俺の事も、忘れてんじゃねぇよ!

 遊ぼうぜェェェエエエエエエエエ!」

 

 

 3分。

 

 皆が静かになるのに掛かった時間です。

 

 手に着いた血を拭って、俺は残った一人を押し倒す。

 

「興が削がれたかしら?」

 

 玲が、そんな真面な言葉を口にする。

 きっと、俺も冷静になるべきだ。

 

 でも、衝動(ハイ)が止められねぇ。

 

「いや、丁度ノッて来た」

 

 壊さない様に気を付けて。

 優しく丁寧に、女を抱いた。

 

「んんっ……」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「なぁ、俺たち悪の組織だよな?」

 

「えぇ、そうね」

 

 服を着替えた。

 血まみれの服のままじゃ、何かと問題があるからな。

 序でに、服を5着くらい買って。

 

 俺たちは今……

 

「なんで、夜行バス移動……?」

 

「仕方ないじゃない。お酒飲んじゃったんだから」

 

 少し、顔を赤らめて、いつもより少し柔らかい口調で彼女は言った。

 その間も、頭が俺の肩に預けられている。

 

 バスの中に、俺と玲は居た。

 旅行客に紛れて向かう先は、空港らしい。

 

「ダンジョンは日本には無いのよ。

 9つあるダンジョンの中で、民間人が入れる物は3つ」

 

「その内の一つに向かうって事か」

 

「そうよ。

 太平洋の無人島に出現したダンジョン。

 その無人島の所有権を持っていた富豪は、そのダンジョンを使ってビジネスを始めたわ」

 

 そりゃ、随分強かな富豪だな。

 

「誰でも自由に入れる代わりに、関税をかけるって方法でね。

 それ以外にも、観光地や色んな企業が集まって商売をしてるから、世界で一番ダンジョンに潜る探索者が集まる場所。

 迷宮島なんて呼ばれ方もしてるわ」

 

 世界征服の為の一歩目。

 

「ダンジョンは深くに行くほど、希少で貴重な素材や道具を発見できる。

 けれど、それに伴って環境は険しくなる。

 それに、生物も獰猛で強くなるわ」

 

「俺の仕事は、そんな魔境をより深く進む。

 そういう事だな?」

 

 まぁ、俺は頭を使った作業なんかできやしねぇ。

 そういうのは、玲に任せればいい。

 

「えぇ」

 

 だったら、俺がやるのは常に戦いだ。

 今までもそうだったのだから。

 それに、俺は戦ってる時しか温度を感じれない。

 似合いの仕事だ。

 

「それに、黒龍会の仕事を手伝って懐に入れたお金も限りがあるから。

 だから、貴方が稼いでくれないと我が組織は破滅ね」

 

 少し、庄を感じさせる言い回しで玲が言う。

 今の俺はヒモって訳だ。

 実際、一文無しな訳だしな。

 

「わ、悪いとは思ってるって……」

 

「いいのよ別に。

 私の異能なら仮想通貨だってコントロールできる訳だし。

 でも、ダンジョンで手に入る遺物や、探索者の異能は別。

 私の力じゃ、安物しか手に入らない」

 

「探索者の異能……?」

 

「ダンジョンには人の超人的な能力を覚醒させる機能があるの。

 人類はそれを『ステータス』と名付けた。

 探索者の中では、貴方でも中堅以下かもしれないわね」

 

「俄然楽しみだな……」

 

「新しく覚醒する自分の異能が?

 それとも、他の探索者が?」

 

 そりゃあ、まぁ……

 

「……」

 

「答えたくないならいいわよ。

 別に、喧嘩の話なんて興味ないし」

 

 数時間揺られたバスを降り、飛行機に乗り込む。

 その中で、玲は俺に一つの質問をした。

 

「なんで、脱獄しなかったの?

 貴方なら、簡単な事だったでしょ?」

 

 ずっと考えていた。

 世界征服とは、何だったのか。

 

 世界を支配する。

 人間を思い通りに操る。

 全人類が己に屈服し、それらを虐げて王となる。

 

 そんな物は、俺たちの理想じゃ無かった。

 

 俺たちの世界征服は、総帥が、エンテスが居たから成立した物だ。

 

 今となって、同じ方法は使えない。

 だったら、外に出ても無意味だと思っていた。

 

 それを、玲に説明する。

 

「それで、答えは見つかったの?」

 

「いいや」

 

 馬鹿がどんだけ考えても、答えはでねぇ。

 分かったのはそれだけだ。

 

「だが、出て来てお前と会って。

 ダンジョンなんて物の存在を知って。

 少し、可能性が増えた気がしてるんだ。

 考えるのは大事かもしれないが、俺には向かねぇ。

 なら、俺にできるのは行動する事だ。

 可能性のありそうな物を片っ端から試して、もっと可能性を増やしていく」

 

 それが、今の俺が思いつける全力の世界征服だ。

 

「どうだ、将来不安そうだろ?」

 

 笑みを作ってそう言ってみる。

 それに、玲も笑い返す。

 

「大丈夫、私は信じているから。

 貴方が居れば、なんだってできるって。

 少しづつ、初めからやり直しましょう。

 ニーズヘッグはこれから蘇るのだから」

 

「あぁ、お前の言う通りだ」

 

 飛行機は迷宮島へ進んでいく。

 数時間のフライトも、もう終わりかけだ。

 

 ふと、俺は窓の外を見た。

 

 そして、窓は赤で埋まっていた。

 

「既に、この航空機は迷宮島の空域内。

 あれは、この島を警護する龍騎士団よ」

 

 巨大な赤龍が、空を揺蕩う。

 その背には、黒い鎧を纏った男が乗っていた。

 

「龍騎士団団長にして、数少ないSランク探索者の一人。

 龍奏者リドラ・アーカム・ヴァレンティ。

 この島の人気探索者(マスコット)の中でも、群を抜いて人気な男ね」

 

 窓の外から、男が手を振っている。

 甲冑で目も顔も見えない。

 それでも、立ち姿と余裕だけで分かる。

 

 強さを持つ者。

 

「へぇ」

 

「手、振ってるわ」

 

 他の乗客と一緒に、玲も窓の外に手を振り始める。

 

「嫉妬してるの?」

 

「いや、全く」

 

 そう言った瞬間、太腿が殴られた。

 

「しなさい」

 

「お前の見る目がある内は、お前が俺よりあいつを選ぶ事はねぇ。

 だから、嫉妬もクソもあるか」

 

「そう、ね……」

 

 玲の手が、自分で殴った太腿を撫で始めた。

 分かりやすい奴だな。

 

 

 ◆

 

 

 そして俺は、迷宮島へ上陸した。


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