悪の組織の元幹部、釈放されたらダンジョンが出現していた   作:水色の山葵

20 / 22
第20話 悪魔

 

 真っ暗な屋敷の廊下。

 等間隔に並ぶランタンの光だけを頼りに、俺と立花吟は前に向かう。

 

 玲から、この城の構造は教えられている。

 隠し通路やシェルターに関する全て。

 

 及び、状況事に対応したドルイ・バスケットの行動マニュアルの全てだ。

 

 迷いなく、俺は進む。

 それに、立花吟は着いて来た。

 

「お前、大富豪様に面会して何言うつもりなんだよ」

 

 暇潰し程度に話しかけると。

 

「やめさせるに決まってる。

 この島で行われてる事は許せない」

 

 立花吟は、面白みも無くそう呟く。

 

「その、この島で行われてる事ってのは、具体的になんの事だよ?」

 

 こいつを見ると嫌味を言いたくなる。

 その生き様が、俺と反し過ぎるから。

 

「ガキ共を誘拐してる話か?

 他国と奴隷貿易してる事か?

 国際法ガン無視の捜査内容か?」

 

 それを取りやめて。

 お前の知る限りの悪事を、領主様が辞めたとして。

 それで、領主の悪政は消え失せるのか?

 

 最初から、この世に存在するあらゆるルールは、後付けの不完全品だ。

 

 それでも足掻くのは、自分のルールが今の物よりも優れていると思うからだ。

 

 何をするでもなく。

 ただ、他称悪人を責めるだけのテメェを。

 俺は、正義とは認めねぇ。

 

「大国、この島、民衆、お前。

 全部が納得する答えが、あるのかよ?」

 

「貴方は、貴方以外の全てを壊して。

 自分だけが納得できればいい。

 そんな世界を作ろうとしてる。

 それを私は納得できない」

 

「答えになってねぇ」

 

「……ないよ。

 今、私の中にそんな都合の良い正義は無い」

 

 キッパリと、そう言い放つ。

 こいつが嫌いだ。

 

 世界征服。

 その形状として明確な解答。

 それは、俺にもない。

 

 どんな世界征服が理想か。

 どんな正義を貫くのか。

 それは、酷く似ている疑問の様に思えた。

 

 自分の不出来を棚に上げ。

 同じ問題に喘いでいる事を知りながら。

 傷口を抉る様に、俺はしたり顔をしてた。

 

 そんな、自分の表情に気が付かせる。

 こいつの正義感が嫌いだ。

 

「でも、分かる事もある。

 模索を止めた瞬間、私の理想は崩れ去る。

 それだけは分かっていて、それは貴方もきっと分かってる。

 一致してる」

 

「何が」

 

「この城主のやっている事が、許せない。

 そんな、怒りが」

 

 拳に力を込める。

 拳に蒼炎が灯る。

 

「ハッ。

 二度はねぇと思ってたんだがな」

 

「私も。

 また同じ方向を見るとは思わなかった」

 

 目の前に佇む、巨大な鋼鉄製の扉。

 

 両開きのそれを片面づつ。

 

 

 ――ガンッ!

 

 

 巨人サイズのクソデカ扉。

 それは、俺とこいつの拳によって。

 ドアの奥へ。

 

 吹っ飛んだ。

 

 

 この城の最上位シェルター。

 遺物で作られた、絶対に破壊されない扉。

 そんな触れ込みを玲から聞いてたが。

 

「案外、脆かったな」

 

「そうだね」

 

 中は薄暗い、石造りの部屋。

 

 そこに、震える男が居た。

 小太りで、身長も低い。

 臆病な表情で腰を抜かし。

 初老と呼んでいい程度の歳に見える。

 

 少女趣味の寝巻を着て。

 それが、若い女に抱き着いて震えている。

 

「エリスゥゥ……

 どうしよう、エリスゥゥ……」

 

 その様を見て、立花吟が呟いた。

 

「これが、この島の王……?」

 

「随分、ちっちぇ男だな」

 

 顔と名前は知っている。

 有名だから。

 だが、こんなになよなよしい奴だとは知らなかった。

 

 これが、本当にこの島のシステムを造り上げたのか?

 そんな疑問が頭に過る。

 

 探索者を支援する仕組み。

 DPという固有通貨の管理。

 三騎士団を率いての島の防衛。

 何より、大国からこの島を守る交渉力。

 

 どうみても、そんなモンを持ってるようには、視えねぇ。

 

「ドルイ様、ご心配には及びません。

 このエリスが、必ずや貴方をお守りします。

 ですから、涙を流されないで下さい。

 貴方様の涙を見ると、エリスも悲しくなってしまいますから」

 

 赤毛の女の堂々たるや。

 隣の男とは比べ物にならない。

 

 俺たちに対し、明確な敵意と交戦意思を持った。

 全く、諦めの視えねぇ顔。

 

 女は、ドルイの手をゆっくり外し。

 

「エリス……?」

 

「はい。

 エリスは、ここに居りますよ」

 

 頭を何度か撫でて泣き止ませてから、立ち上がる。

 

「お前の方か……本命は」

 

「我が名は、エリス・バスケット。

 貴方達は、ここに居られるお方がどなたか心得ているのでしょうね。

 この島の覇者であり、王であり、盟主。

 そして、私の愛おしき夫。

 その恩恵に甘んじていた身の上で、この狼藉。

 断じて許せる事ではありませんわ」

 

 その言葉を、正義の執行者は。

 悪人を見る瞳で、切り捨てた。

 

「立ち方を見れば分かるよ」

 

 銃口が、女へ向けられる。

 

「貴方は弱い」

 

「えぇ、そうですとも。

 私は探索者でも、正義の執行者でも、秘密結社の一員でもない。

 見ての通り、ただのか弱き女です。

 けれど、私にも私なりの誇りがある。

 貴方達はここで、私が止める」

 

「へぇ、やってみろよ」

 

 俺の拳を見て、それでも女は何もしない。

 ただ、俺と立花吟の姿を凝視して。

 言葉を紡ぐ。

 

「私は武人でありません。

 だが、貴方達は紛い形にも人間でしょう。

 ならば知性ある存在と期待して、問います。

 この島への要求はなんですか?」

 

 政治家と言うより。

 どちらかと言えば商人。

 社長の様な鋭い視線だ。

 

「この島をより良くする。

 その具体的な方策があるのなら、お聞かせ願います」

 

「それは、テメェが知ってる実情を踏まえて、現在が最適とお前が思ったって意味で良いんだよな」

 

「はい」

 

「だったら、答えは一択だ。

 俺がこの島を征服する。

 それが、この島が最も良くなる方法だ」

 

「貴方が支配して、どの様な展開を想定しますか」

 

「この島の現戦力に、俺と俺の部下の力が加わる事になる。

 そうすれば、大国なんざ敵じゃねぇ」

 

 ハナからこの戦いの意義は一つしかない。

 商売上手とか政治が上手いとか。

 そんな所の話は、こっちはとっくに済ませてる。

 

 最初(ハナ)から、お前たちが抱える問題を、俺なら解決できる。

 その戦力提示こそが、今日の意味だ。

 

「下請け業者から、成り上がる。

 それが、この島の歩む道だ」

 

 視線が、俺を向く。

 エリスと呼ばれた女と。

 隣に居る立花吟が。

 

「その為に、この城を陥落させ力を示したと?」

 

「あぁ、惚れていいぜ」

 

「フフッ、私には心に決めたお人がおりますからお断りさせて頂きます。

 しかし、貴方の天望は理解いたしました。

 その上で、断言させて頂きます」

 

「ほう……」

 

「大国以前に、この城すら落とせない」

 

 真っ直ぐと、俺を捉えて。

 エリス・バスケットは、そう言った。

 

「7年前。

 この島にダンジョンが現れた時の事です。

 この島の権利を持っていた我が夫は、不幸のどん底でした」

 

 語る言葉は、誰も知らない。

 この島は繁栄と栄華を極めた。

 そんな領地を持つ。

 最高に幸運な男。

 

 その妻が語るにしては。

 かなり可笑しな導入から。

 話は始まった。

 

「あらゆる国が、総力を上げて、我が夫を追いました。

 追われ続け、知人も捕らえられ、殺され。

 大国は、あの方を捕える為、人道を無視しました。

 裏切られ、騙され、怪我を負い、精神をすり減らし。

 それでも、追われ続けた。

 理由は、この島にダンジョンが出現した。

 そんな、理不尽な不運一つ」

 

「……」

 

 立花吟の銃を持つ手が震える。

 

「貴方もその追手の一人だった筈です。

 人類最強の執行者。

 ヒーローネーム【白銀の天騎士(シルバーヴァルキリー)】」

 

 睨む。

 それを受けて。

 あの立花吟が、委縮していた。

 

「しかし、夫と私はその全てを納得させ。

 説き伏せ。

 現在の迷宮島の形を成しました。

 貴方方はそれを罪だと否定する。

 あの人以上の結果など、出せないクセに!

 何も、知らないクセに!」

 

 その叫びは、残響となって木霊する。

 

「あの人は、とうの昔に壊れてしまった」

 

 ガキみたいに、指を加えてそれを見るドルイ・バスケットが視界に写る。

 

「あの人は、一生分以上の不幸を味わった。

 あの人を、幸せにする為なら……

 私は、悪魔に魂をも売りますよ」

 

 この女はとっくの昔から、死ぬ気だ。

 俺たちと同じ、生死を足掻き生き抜いて来た。

 

「正義を背負う貴方へ問います!」

 

 立花吟は、何も答えない。

 

「悪を背負う貴方へ問います!」

 

 俺は、何も答えられない。

 

「私と夫は、死ぬべき罪人ですか……?」

 

 嘘を吐く奴は、大量に見て来た。

 本心とか本音が分かる訳じゃねぇ。

 

 ただ、そいつが発した言葉をどれだけそいつが信じているのか。

 

 それ位は、分かるつもりだ。

 

「私は……」

 

「俺は……」

 

 

「「――生きて」」

 

 

「より良い世界を目指して欲しい」

 

「俺の部下として働けよ」

 

 受動的に、立花吟は然と言う。

 能動的に、俺は欲望を語る。

 

 エリスは、まるで縋りつく子供の様に、目尻に大粒の涙を溜めて。

 

 助けを請う様に、俺たちに手を伸ばしたのだった。

 

 けれど。

 

 

 

「――それは、駄目だね」

 

 

 

 人と呼ぶには歪過ぎる。

 けれど、人以外と言うには人に近すぎる。

 

 それが、エリス・バスケットの後ろにいつの間にか立っていた。

 

 黒く濁った羊の角。

 ベージュパープルの髪。

 貴族が纏う様な黒と金の衣服を纏い。

 尖った八重歯見せびらかせ、笑みを浮かべてそれは語った。

 

「この夫婦には、僕の為に働いて貰ってる。

 勝手な事は、やめてくれよ。

 

 ――人間風情が」

 

 その殺気は、感じた事が無い程強烈で。

 意思より上位の何かが込められているとしか思えなかった。

 

「へぇ、僕の魔力を受けて。

 意識を正常に保つんだ」

 

 正常……?

 どこが。

 

 足の震えが止まらねぇ。

 横から、カチャカチャと銃が振られる音がする。

 

「なんなんだよ、テメェは……」

 

「序列第三位・悪魔ベルゴール。

 ダンジョンの主にして、次の魔王候補だ。

 この島に、ダンジョンに人間集め、魔力を徴収する。

 その為に、この哀れな女を使ってる。

 この女は、僕の物だ。

 勝手に取られると、困ってしまうね」

 

 圧倒的に次元が違う。

 ニーズヘッグの幹部でも。

 きっと、総帥でも。

 こんなに威圧感は無かった。

 

 ソレは、背より黒色の翼を広げ。

 抱く様にエリスを覆った。

 

「さて、エリス。

 問題だよ」

 

「は、はい……」

 

 恐怖に表情を染め上げ。

 小鹿の様にエリス・バスケットは答える。

 

「この問題は、どうすれば解決する?」

 

 エリスの視線が俺たちを向く。

 

「あの2人が死ねば……解決いたします……」

 

「なんだ、簡単じゃないか」

 

 反射的に、俺の手が立花の肩を突き飛ばす。

 立花と視線が交差して、その手が俺に翳されていた。

 

「シールド!」

 

「っんのやろう!」

 

 5枚のシールド全てを貫通し。

 俺の心臓に、悪魔の腕が突き刺さる。

 

「遅いね。

 脆いよ。

 弱すぎる」

 

 内臓が抉られ、大量の血が口から零れる。

 

「フレイム!」

 

 青い炎が、悪魔に向かって放たれる。

 悪魔の身体がまた消える。

 

 集中しろ。

 俺の目なら追える筈だ。

 

 動体視力強化。

 

「っく!」

 

 立花を庇う様に、身を挟み込む。

 

「死んでない……?」

 

 俺の首に腕を突き入れ、キョトンと小首を傾げ。

 

「よっと」

 

 首が捩じ切られた。

 

 頭が転がり、その頭が踏み潰される。

 

 視界が暗闇に染まった。

 

 この程度の傷!

 

 2秒で再生でき――

 

「ガッ」

 

「あっれぇ、人間ってこんな種族だっけ。

 殺しても殺しても再生するよ」

 

 何度も踏み潰され。

 再生する度に頭蓋が割れる。

 

「じゃあ燃やそ」

 

 悪魔の手から炎が放射される。

 それが俺を燃やすが、再生は直ぐに始まる。

 

「凍れ」

 

 それでもまだ。

 

「痺れろ」

 

 俺はゾンビで。

 

「切り刻め」

 

 死んだ事なんて。

 

「あれ〜?」

 

「なんで……」

 

 その間も、青い炎を纏う銃弾が、何度も悪魔を襲っている。

 

 にも関わらず、悠然と悪魔は立つ。

 豆鉄砲みたいに、銃弾は弾かれた。

 蒼炎は火傷すら負わせられない。

 

「駄目だな。

 何しても死なないやコレ。

 しょうがない。封印しよう」

 

 俺の頭が蹴り飛ばされる。

 

 白い炎で生成した剣を振り上げて、迫る立花吟の腹を殴りつけて、弾き飛ばし。

 

 悪魔の手の上に、真っ黒な宝玉が出現した。

 

 

 

 それを見ながら、俺は考えていた。

 

『こんなに死んだのは、いつ振りだ?』

 

 今だけで十数回死んだ。

 こんなの、研究所に捕まってた時以来だ。

 あの時は、泣き叫んだモンだが。

 今と成っちゃ痛みに鈍くなり過ぎて、声もでねぇ。

 

 あ、口と喉が無ぇだけだった。

 

 俺でも。

 立花吟でも。

 こいつには勝てない。

 

 こいつの雰囲気は圧倒的強者が遊ぶ感覚に近い。

 俺がいつもやってる事だから分かる。

 こいつは全然、本気じゃねぇ。

 

 それに、あの黒い宝玉だ。

 何かも分からねぇのに。

 死ぬ程怖ぇ。

 

「死ぬのか……オレは……」

 

 ダンジョンの主か……

 常軌を逸した強さだ。

 

「勝手に死ぬなんて許さない!」

 

 白い炎を全身より噴出させ。

 青いイナビカリを身体に纏い。

 

 物理限界に迫る速度と力強さを以て。

 

 最強の執行者は、正義を吠える。

 

「貴方を倒して、貴方を捕まえて、貴方に悔い改めさせる。

 それは、決定事項だから!」

 

 ――フレイム×ブースト。

 

「イクスブレイド!」

 

 極大な焔で生まれた純白の大剣。

 

 それを振り上げ疾走する。

 

「――人間ってのは本当に馬鹿な種族だ。

 だって、こんなちんけな力しか使えないんだから」

 

 全ての炎が。

 身体に纏われた青雷が。

 

 ――消失する。

 

 

「なにが……」

 

 

 俺の呟く疑問に、悪魔は喜々として答えた。

 

「魂を抜き取ったのさ」

 

 悪魔の持つ黒い宝玉の中に、真っ白な何かが吸い込まれていった。

 

 同時に、立花吟の身体が軽い音を立てて、パタリと倒れた。

 

 その瞳は、光を失っている。

 まるで、死んでいるかのように、身体は微動だにしない。

 

「さて」

 

 悪魔が俺に近づいて来る。

 

「君の番だよ」

 

 

 これほどまでの死の予感を、俺は感じた事があっただろうか。

 

 けれど何処か、俺はこの瞬間を心地よく感じていた。

 

 やっと、死ねる。

 

 幽霊が成仏を願う様に。

 そんな感情が頭を満たす。

 

 きっと、誰とも違う生涯だった。

 こんな力を授かったばかりに。

 俺には、人の生活なんざ存在しなかった。

 

 この不幸が、やっと終わる。

 

 やっと、諦められ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふざけんな……

 

 

 なんで俺が……

 

 

 死ななきゃ、ならねぇんだぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前にステータスカードが転がった。

 

 ――LevelUp――

 ――NewSkill――

 【黒獄繋鍵(こくごくけいけん)開門一口(かいもんひとくち)

 

 

 ――わしの名を呼べ。

 

 

 何処からともなく。

 そんな声が、耳に響いた。

 

 俺が願っても止まない。

 ずっと、会いたかった人の声。

 

 ずっと、あんたに聞きたかったんだ。

 

 俺、あんたの後を、継いでもいいのかな?

 

「今度は、何をしようとしてる?」

 

 骨でできた扉が顕現する。

 

「けど、もう遅いよ。

 君の魂は、もう吸い終わる」

 

 扉が開く。

 きっとあれは、地獄の扉。

 そうでなければ説明がつかない。

 俺がこの名を口にする、説明が。

 

 

「……エンテス総帥」

 

 

 そう呟いて。

 俺は、意識を失った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「さて、統べるとするか」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。