悪の組織の元幹部、釈放されたらダンジョンが出現していた   作:水色の山葵

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第8話 悪党

 

「ふあぁ」

 

 欠伸が出る。

 何言ってんのか良く分かんねぇ授業。

 ソーラは隣で真剣に聞いている。

 

 俺は、窓から空を眺める事くらいしかする事がねぇ。

 

「黒木棺、真面目に授業を聞いてるの?」

 

 そう、声を掛けて来るのは教員だ。

 俺は、それに軽い声を返す。

 

「聞いてますよ、立花先生」

 

 教壇に上がり、映像機を使って授業を行う。

 その人物は、俺の宿敵だった女。

 

 立花吟(たちばなぎん)だ。

 

「貴方!

 次、不真面目な態度があれば追い出すよ」

 

「へいへい」

 

 つっても、何言ってっか分からん。

 まぁ、追い出されるのも面白くねぇ。

 流石にここで暴れようとは思わねぇし。

 

「あの人が、あんなに声を荒げるなんて珍しいですね」

 

 小声で、ソーラがそう言ってくる。

 だが視線は、ノートから離れる事は無い。

 熱心な奴だ。

 

「知り合いなんですか?」

 

「ちょっとした昔馴染みだ。

 普段はどんな感じなんだ?」

 

「分からない生徒にも、分かるまで根気よく教えてますよ。

 白の教会でも、特に慈善事業や救難活動、街の治安維持に尽力している人です」

 

 あいつらしい。

 けど、性格は良けりゃ良い訳じゃねぇ。

 集まる奴の性格が良いかは別なんだから。

 

 俺は前の席に座っていた男の椅子を蹴る。

 

「何やってるんですか棺さん」

 

「な、なんだよ……?」

 

 男が振り向く。

 それを見て、俺は笑みを浮かべて話す。

 

「お前、なんで授業中に録画なんかしてんだ?」

 

「な、何言って……

 俺はビデオカメラなんか持ってないぞ」

 

 そう言って、掌を見せて来る。

 机の上も椅子を傾けて見せて来る。

 

 盗撮疑われて、ビデオカメラね。

 普通、最初に思いつくのはスマホじゃねぇか。

 

「お前の隣に置かれてる鞄からレンズが見えてんだよ」

 

 鞄のチャックの端が少し開いていた。

 そこから、上向きのレンズが見える。

 

 隠すのも下手だし、ガジェットを弄るテクも無い。

 最近開花した盗撮犯なんだろう。

 

「そんな……!」

 

 鞄を抱えて、それを隠す様に持つ。

 もう、それが証拠だろ。

 

 狙いは十中八九、立花吟か。

 

 あの女は、良くそんな被害に遭っていた。

 そりゃそうだ。

 

 面も良く、立場も人気もあって、その上誰にでも優しい。

 

 勘違いする馬鹿は、死ぬ程量産される。

 

「別に、あの女はどうでもいいけどな。

 カスが俺の前に座ってんじゃねぇ」

 

「ちがっ、これはたまたま持ってただけで……」

 

 焦った様に、男は弁明してくる。

 眼鏡をかけた小太りの男。

 雑な服を着た、雑な髪型の男。

 

「さっさと消えろっつってんだ」

 

 顎で出口を指す。

 それを見て、男は荷物を纏めた。

 纏め終えた男は、音を立てず逃げる様に外へ出て行った。

 

 その男を、立花吟の視線が追っていた。

 

「黒木棺、退室して」

 

 凛々しい声が、俺の名を呼ぶ。

 用件は、排除。

 

「……」

 

「ちょっと待って下さい!

 この人は、ただ注意をしただけで……」

 

 立ち上がったソーラに手を翳して、席に座り直させる。

 

「棺さん……」

 

 立花吟の真っ直ぐな瞳は、俺を貫き続けていた。

 問答は無用だ。

 

「分あったよ」

 

 俺は、さっきの男を追う様に退室する。

 

 白の教会という組織の所有する研修所。

 階段前のエントランスで腰を下ろす。

 さっきの男も、エントランスに居た。

 

「ハッ、ざまぁみろ馬鹿」

 

 男は、そう吐き捨てた。

 そのまま、急ぎ足で階段を下って行く。

 

 殺すか。

 

 いや、俺は大人になったんだ。

 大人は直ぐ殺したりしない。

 

 エントランスの椅子に座り。

 大人しく講習が終わるのを待つ。

 

 これが、大人だ。

 

 

「棺さん!」

 

 闇の中。

 俺を呼ぶ声が聞こえる。

 

「あ……?」

 

「なんで寝てるんですか……」

 

 呆れた顔で、ソーラがそう言う。

 暇すぎて寝ちまってた。

 

「悪の組織が聞いて呆れるね」

 

 ソーラの隣に、立花吟が立っている。

 講義は終わったらしい。

 

「今は真っサラなんでね」

 

「前科持ちが何言ってるの。

 というかなんで貴方がここにいるの?」

 

「お前が研修を受けた方が良いって言い捨てて行ったんだろうが。

 ……で、追い出した割に何の用だよ?」

 

「さっきはありがとう。

 彼から事情は聴いたわ。

 でも……」

 

 言い淀むその言葉の先。

 そこにあるこいつの願い。

 馬鹿らしいそれを、俺は何となく察した。

 

「悪党も善人も関係なく。

 期待するだけ無駄な奴もいる。

 お前は痛い程分かってると思ってたがな」

 

「それでも、私は期待したい。

 全ての人間が、思いやりのある人になれるんだって」

 

「随分、他人任せな言葉だな。

 願うなら、お前がそう矯正してやれよ。

 相手が変わるのを待つだけなら、一生馬鹿は馬鹿なままだ」

 

 殴ってでも。

 殺してでも。

 己の意思を通す。

 

 それが悪党。

 

 その真逆の善人であるこいつは、常に他人を信じ期待する。

 

「他人任せ……

 そう言われても、私はやっぱり人の根底には善意があるって信じてるから」

 

「所詮、俺とテメェは敵同士って事だな」

 

「そうだね。

 でも、今回の事は感謝してる。

 何かお礼でもしてあげようか?」

 

 敵対関係にある組織の、しかも元とは言え幹部に。

 こいつは、底抜けの善人(バカ)だ。

 

「午後は実技なんだよな?」

 

「そうだよ。その人にあった武器や格闘術を提案して、修練して貰うの」

 

「模擬戦とかやんねぇの?」

 

「一応、白の教会の団員同士でデモンストレーションみたいな物はあるけど。

 生徒同士っていうのは無いかな」

 

 ギリギリできそうか。

 笑みが漏れる。

 それを見た立花が、ハッとした表情を浮かべた。

 

 俺が何を言うか察したらしい。

 

「ちょっと、貴方……」

 

「じゃあ、俺の相手してくれよ?」

 

 その提案を聞いて、彼女は目尻を押さえた。

 

 溜息を吐いて妥協する様に呟く。

 

「何割……?」

 

「何割ならいいんだ?」

 

「武器は無し……

 それで3……いや、2だね」

 

「オーケー、2割でいいぜ」

 

「昔から思ってたけど、良く無い性格してるね」

 

「そりゃ、お互い様だろうが貧乳」

 

 そう言った俺の脛を、立花は思いっきり蹴とばした。

 

 痛ってぇ……!

 

「中庭集合ね」

 

 

 ◆

 

 

 研修所の中庭。

 学校のグラウンドに似たその場所には、研修生と教師となる団員が集まっていた。

 

 白の教会の奴等は、白いバッチを胸に付けていてすぐ分かる。

 

 そいつ等も。

 

「あの方が、自分で組手するのか?」

 

「相手は何物だよ。知らねぇ奴だし、団員でもないみたいだ」

 

「立花さんが相手する様な奴なのか……?」

 

 困惑している。

 

 俺が、立花吟と対峙している状況に。

 

「彼はまぁ、特別講師みたいな物だから。

 よく見ていて、探索者同士が戦うとどうなるのか」

 

 俺たちが向き合う場所。

 そこから見物客を30m程離す。

 それで、ギリギリ危険域外だ。

 2割のな。

 

「それじゃあ、始めるよ」

 

「あぁ、掛かって来い。

 胸を貸してやるって奴か?」

 

「勝手に言ってれば」

 

 彼女の身体が、薄っすらと青く光る。

 身体能力がブーストされている。

 

 それでも、全開のコイツの身体強化に比べればカスみたいな出力だ。

 

 全力出すとバチバチ言い出すからな。

 こいつ。

 

「レディ」

 

 短く立花が呟く。

 

「ファイト」

 

 音を発した瞬間、立花の姿が掻き消えた。

 

 いや、その規模の身体強化じゃ速度の出力もたかが知れてる。

 動体視力を完全に振り切る機動力なんざ出せる訳がねぇ。

 

 要するに。

 

「上だ」

 

「残念、下」

 

 上を向いた俺の顎に、強烈な衝撃が走る。

 蹴り上げられた。

 

 後退りながらそれに気が付く。

 しかし、彼女の連撃は続いている。

 

 愛用の銃すら使っていない。

 身体能力は高いが俺程じゃねぇ。

 なのに、押される理由。

 

 それは型だ。

 

 制御された姿勢。

 洗練された動作。

 

 足の幅から、肩の角度に至るまで。

 全てが、計算された物。

 

 胸を押され、顎を打たれ、腹を突かれる。

 腕、足とバランスを崩され、反撃の隙が潰されていく。

 俺の動きを完全に読み切った洞察力。

 

 合わせて、格闘術だ。

 

「うっわ、フルボッコじゃん」

 

「副団長えげつねぇ……」

 

 黙ってろ外野。

 こっからだ。

 

 俺は、頭に力を込める。

 立花の拳撃に合わせて、頭を前に出す。

 

 拳を頭突く。

 

 普通の奴なら、拳が砕ける。

 ブーストされていても、この程度の強化なら骨がイカれる。

 それ位の威力を込めた。

 

「フゥ……」

 

 けれど、立花は余裕を持って一歩下がる。

 間合いを取り直した。

 

「シールド」

 

 小さく呟いたその言葉と共に、俺の視線は腕に行く。

 

 薄く纏われた青い力場。

 シールドで、ガントレットを作ってる。

 

「流石、格闘術も相当だな」

 

「お世辞はいいから。

 真面に戦って」

 

「あぁ、丁度そうしたかった所だ」

 

 足を思い切り上げる。

 相撲取りの様な四股(しこ)踏み。

 を、前に向けて。

 

 

 ――地面に亀裂が走り、沈んだ。

 

 

「相変わらずの馬鹿力」

 

 避けるべく、立花が後ろに飛ぶ。

 

 動きが規則性を持つ。

 それを狙って、腕を振りかぶる。

 

 間合いの外。

 腕を振ったっとて、絶対に届かない距離。

 

 だから俺が殴るのは、空気だ。

 

「オォラァ!」

 

 殴りつけた空気が旋風を巻き起こし、拳の延長に弾かれる。

 

 その風が、立花を襲い行く。

 

「シールド」

 

 全体を覆う、円形の結界。

 それが、風を阻んでいく。

 面倒くせぇ能力だな。

 

 だが。

 

 足に力を溜め終わる。

 

 それは、跳躍力と機動力に転じ。

 

 一瞬で俺の姿を、結界の目前に迫らせる。

 

 ゼロ距離の拳なら、お前の結界なんざ。

 

「紙屑だ」

 

 拳を振り抜く。

 

「重要なのは使い方だから」

 

 結界を割った俺の拳。

 

 しかし、それは空を切る。

 

 蛇のように、立花の身体が俺の突き出した腕に纏わりついて来る。

 

「関節、貰うよ」

 

「やらねぇよ!」

 

 自分で自分の腕を殴りつける。

 それを見た立花は、拘束を解いて俺の拳を掌で受けた。

 

 ガントレットと軽やかな動きで、衝撃を逃がす様にふき跳ばれた。

 

 どうやって空中で体勢を変えたんだ……?

 そうか。結界を足場にした訳だ。

 

「異能の使い方が、随分上手くなったモンだな」

 

「9年あったからね。

 でも、貴方は全然変わってない」

 

「そりゃ、刑務所に居たもんでね」

 

 傷が勝手に再生していくのを見ながら、質問に答えていく。

 

最後(ラスト)一合」

 

 まぁ、妥当な所か。

 

「いいぜ。

 来いよ」

 

「サファイア・ソード」

 

 青い炎が、立花の手の中で剣を象っていく。

 

「武器は禁止じゃねぇのかよ」

 

「文句があるの?」

 

「ねぇよ」

 

 二度、腕を回す。

 再生完了。動く。

 

「ブースト+シールド」

 

 あ?

 何してやがる……

 

 

「――ラビット」

 

 

 空間に対して、小さな四角の結界が大量に配置される。

 その面が全て俺に向き、まるでそれは。

 

「足場かよ……」

 

「正解」

 

 言いながら、立花の姿が消える。

 いや、ギリギリ影が見えた。

 結界を踏み、空中を独歩しているらしい。

 

 しかも、結界(シールド)に弾力がある。

 踏む度に加速してんのかよ……!

 

 俺の身体能力は、一撃の威力に特化している。

 

 力を出せば身体が壊れる。

 その度に、再生の時間が必要だ。

 だから、初速や連続性には優れない。

 

「ピンボールかよテメェは」

 

「行くよ」

 

 どの方向から鳴った声かも分からねぇ。

 もう、視界すら間に合ってねぇ。

 

 何処から来るか。

 完全に分からねぇ。

 

 ならもういい。

 

 俺は目を瞑った。

 

「諦めた?

 いや、貴方にそれは無い」

 

 その声と共に、青い炎の筋が通る。

 

 俺のゾンビの肉体は、身体能力の上限を突破させる。

 それは、筋肉量と骨格だけに止まらない。

 

 動体視力強化。

 反射神経強化。

 

 脳力の限界を突破させる。

 頭がクソ痛ぇから、好きじゃねぇんだけどな。

 

 眼を開く。

 

「見つけたぜ」

 

 俺の視線と、奴の視線が交差する。

 

 上から、剣が振り下ろされ。

 下から、拳が振り抜かれる。

 

「グッ……!」

 

 呻き声を上げて、立花が吹き飛んだ。

 俺の拳を腹に受けたのだ。

 

 けれど、ギリギリでシールドを腹部に展開してガードしやがった。

 軽傷だ。

 

 対して、青い剣が吐き出した炎。

 それは大地を焼き焦がす。

 俺の周りは青い炎で包まれた。

 

「おい! 大丈夫かあの人!」

 

「死んでねぇよな流石に……」

 

「棺さんなら……」

 

 そんな、心配する声が聞こえる。

 数秒程で、炎は小さくなっていった。

 

 まぁまぁ熱ぃ。

 が、俺の再生能力を上回る火力じゃねぇ。

 

「おい、立花吟」

 

 そう言いながら、炎の中から姿を現す。

 

「ん…………」

 

 立花が目を見開いて、停止する。

 

「キャッ!」

 

「服貸せや」

 

 下着(パンツ)以外燃え尽きたわ。

 

「なんで、探索者用の装備じゃないの!」

 

 そんなモン、使った事ねぇよ。

 

 そう考えている所に、一人の男が駆け寄って来る。

 フードを深く被った、顔の良く見えない男。

 

「服と飲み物を、どうぞ」

 

 そう言って、男は着替えとドリンクを手渡してくる。

 

「おぉ、サンキュー」

 

 それを受け取った。

 

 その瞬間。

 

 

 ――グサリ。

 

 

「ハハッ……!!」

 

 俺の腹に、ナイフが突き立てられた。

 

 喜んだ拍子に、男のフードが取れる。

 そこにあった顔は。

 

 さっきの盗撮野郎。

 

「俺の女神に近づくな……

 俺の、俺だけの、俺の唯一の希望にッ……!

 この害虫がッ……!」

 

 そう言った男を見て、俺は拳を構えた。


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