英雄(ベル・クラネル)を嫌いになるのは間違っているだろうか   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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もしも、ヘスティアが2年早く天界から降りてきて、スピネルが2年早く娼館を脱走していたら。

メリバのまま終わりたい方には蛇足です。


IF もしも、ほんの少しだけ何かが違っていたら……

「うぅ……」

 

 ヘスティア・ファミリアのホームである()廃教会の裏庭で、一人の少年が膝を抱えて蹲っていた。

 白髪紅眼の少年、ベル・クラネルだ。

 彼は仲間達に言われた言葉を思い出して、こんな場所でひっそりと泣いていた。

 

『は? ありえねぇだろ……。なんだよ、そのスピード……』

『ふざけんな……!! なんでお前だけ……!?』

『……最近のベル、生意気すぎない?』

『わかる。滅茶苦茶調子に乗ってる』

 

 同じファミリアの仲間達から向けられる、異物を見るような目。

 負の感情に染まった視線。

 それが怖くて、ベルは膝を抱えて泣いていた。

 

 皆との関係がおかしくなり始めたのは、上層でミノタウロスに襲われて、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインに助けられ、そこからベルの急成長が始まってからだ。

 それまでは、皆優しかった。

 一番の後輩で、オラリオのこともダンジョンのこともわからないベルに、手取り足取り色んなことを優しく教えてくれた。

 ずっと田舎で祖父との二人暮らしをしていたベルを優しく迎え入れてくれた、同年代の少年少女達。

 ヘスティア・ファミリアは、本当にベルにとって救いだったのだ。

 なのに……。

 

「ベル」

「ッ……!?」

 

 泣いているベルのところに、一人の少女が現れた。

 ベルより二つも歳下の、金髪紅眼のハーフエルフ。

 

「な、なんでもありません、スピネルさん」

 

 好みドストライクの見た目をしている上に、歳下の女の子。

 そんな相手に、こんな情けない姿を見せたくなくて、ベルは無理矢理涙を拭って立ち上がった。

 男の子のプライドというやつだ。

 

「ベル、座って」

「え?」

「話聞くから、座って」

「い、いえ、大丈夫で……」

「座って」

「…………はい」

 

 彼女の威圧感に負けて、ベルは再び裏庭に腰を下ろした。

 自然と正座になっていた。

 幼い見た目に反して、スピネルから放たれる威圧感はかなりヤバい。

 それはそうだろう。

 何せ、ヘスティア・ファミリアで唯一の上級冒険者(レベル2)なのだから。

 

「……なんで泣いてたのか、大体見当はつくよ。皆に悪口言われてることでしょ?」

「…………はい」

 

 ベルの隣に腰掛けたスピネルの言葉を、ベルは肯定した。

 一つ屋根の下で暮らしているのだから、こういうことで嘘はつけない。

 

「まあ、理由は明らかだね。最近のベルは本当に、目を疑うくらいのスピードで強くなってるもん。

 ずっと頑張ってきたのに、あっという間に追い抜かされちゃったんだ。

 そりゃ、皆だってイライラして当然だよ」

「うぅ……」

 

 慰められるどころか、負の感情をぶつけてくる仲間達の方を擁護されて、ベルはまた泣きそうになった。

 現在のヘスティア・ファミリアは、団員数二十人ちょっとのうち、ベルを含めた冒険者志望の少年少女数人がパーティーを組んでダンジョンに入り、スピネルがその指導と護衛をしている。

 だからこそ、本当におかしいとしか言いようのないスピードで強くなるベルを近くで見てきた。

 

 急成長と言えば聞こえは良いが、急激すぎる変化は必ず『歪み』を生む。

 その歪みによってパーティーの仲に亀裂が入るのを、スピネルはすぐ近くで見てきた。

 

「ああほら、泣かないで。別にベルを責めてるわけじゃないし、君が悪いわけでもないから。ね?」

「ぐすっ……」

 

 スピネルがスッと取り出したハンカチで涙を拭かれ、より情けなさが込み上げてくる。

 いくら上級冒険者とはいえ、歳下の女の子にこういうことをされるのは、結構精神的にくる。

 

「……でも、難しいね。

 多分、吹っ切れてなかったら、私だって皆と同じようになってただろうし、本当に難しい問題だ……」

「え?」

 

 その言葉を聞いて、ベルは驚いた。

 ベルから見たスピネルという少女は、凄い人だ。

 ヘスティア・ファミリア団長、【小さな姉(リトル・シスター)】スピネル・ウェスタ。

 僅か10歳で冒険者になり、そこから2年でランクアップまで果たした。

 現在のホームだってスピネルの稼ぎで修復されるまでは廃墟だったという話だし、現在のベルのような路頭に迷った子供を二十人以上も受け入れられる土台を作った凄い先輩。

 オラリオに来た直後、行き倒れ寸前になっていたベルにとっては、直接手を差し伸べてくれたヘスティアに並ぶ大恩人だ。

 

「スピネルさんも、ですか……?」

 

 そんな凄い先輩でも、ベルに嫉妬していたかもしれないと言われて、自分が凄いという自覚の無い少年は心底驚いた。

 

「そうだよー。昔の私って、強くなって、いっぱい稼いで、それでヘスティア様の役に立てなきゃ存在価値無いとか思ってたから。

 その頃にベルと会ってたら……うん、危なかったかも」

 

 スピネルはありえたかもしれない可能性を考えて身震いした。

 今の彼女はもう、強さと稼ぎだけが全てじゃないとわかっている。

 ベルが来る少し前に、後輩達がピンチに陥って、それを助けるために無茶をした。

 その時の試練(ピンチ)を乗り越えたことでランクアップしたのだが、ヘスティアには喜ぶより先に泣かれてしまった。

 

 それが決定打だった。

 自分は愛されている。

 いなくなったりしたら、本気で泣かれるくらい愛されている。

 強くなるより、いっぱい稼ぐより、ヘスティアの傍にずっといる方が遥かに大切。

 そう心から思うことができるようになった。

 

 だから、そこからは自分が冒険者として強くなることではなく、冒険者を目指す後輩達の指導とサポートに集中するようになった。

 上層にいる間は支援するが、彼らがレベル2に上がり、よりダンジョンの奥深くを目指すようになったら、ついてはいかないだろう。

 その時は、また新しい後輩の面倒を見るか、孤児院じみてきたファミリアの運営の方に専念するかだ。

 そうして吹っ切れた今だからこそ、冷静にベルと向き合えている。

 

「ベルは確か、『英雄』になりたいんだよね?」

「……はい」

 

 この先輩に語った夢。

 物語に出てくるような『英雄』になりたい。

 少年の純粋な夢。

 

「……英雄に、特別な人間になるっていうのは、多分こういうことなんだよ。

 特別じゃない大多数の人達を踏みつけて上に行く。

 多くの人達を嫉妬の炎にぶち込みながら、その人達に『ふざけんなー!』って目を向けられながら、それでも前に進み続けるのが英雄……なんじゃないかな。多分だけど」

「そ、そんな!?」

 

 憧れと現実との、あまりのギャップ。

 英雄譚の綺麗なところだけ見てきた少年は、裏側にある汚い部分を見せつけられて強いショックを受けた。

 

「……ベル。悪いことは言わないから、君は早くウチを出ていった方が良い」

「ッ!?」

「ウチは一応探索系ファミリアって言えないことはないけど、半分以上は孤児院系ファミリアだ。

 冒険者やってるのも皆元孤児か、どこのファミリアにも拾ってもらえなかった落ちこぼればっかり。

 ベルみたいに突然大化けする子も、もしかしたらいるかもしれないけど、可能性は低い。

 君とは才能の差があり過ぎる。

 大きすぎる格差は、お互いにとって辛いだけだよ」

 

 大天才となったベル・クラネルと、弱者ばかりが集うヘスティア・ファミリアは、致命的なまでに相性が悪い。

 弱い奴らが弱い奴らなりに頑張って少しでも強くなろうとしているところに、後から現れた大天才が「テメェらとは格が違うんだよ!」と言わんばかりに、積み重ねた努力を一瞬で抜き去っていく。

 その様を、すぐ近くで見せつけられる。

 しかも、途中までは同類だと思っていた奴が、ある日を境にいきなり大天才に化けたのだ。

 『なんでお前だけ!?』と思ってしまう気持ちを誰が責められる?

 これはもう、巡り合わせが悪かったとしか言えない。

 

「もっと、自分に見合った派閥に行くべきだと思う。

 今のベルなら、きっとあのロキ・ファミリアにだって受け入れてもらえるよ。

 恩恵を刻まれてから一年間は改宗(コンバーション)ができないみたいだけど、あくまでも私達が追い出したのを向こうが拾ったって形なら行けると思う」

「ま、待ってください!?」

 

 出ていけと言わんばかりの台詞に、ベルは取り乱した。

 彼はヘスティア・ファミリアが好きなのだ。

 なんとかして皆と仲直りしたい。認めてほしい。そう思っている。

 なのに、これでは……。

 

「ベル。厳しいことを言うけど、よく聞いて。━━君にいられると迷惑なんだ」

「!!」

 

 そんなベルに、スピネルは険しい口調でそう言った。

 

「ウチにいるのは大抵、あんまり良い人生を送ってきてない子達だ。

 心に余裕の無い子も多い。

 そんな子達にとって、君の才能(ひかり)は眩し過ぎる。

 君に悪気が無いのはわかってるし、君が悪くないのもわかってる。

 けど、ただそこにいるだけで心を焼いてくる光っていうのもあるんだよ。

 ……世の中、どうしようもないことだってあるんだよ」

 

 ベルを嫌う後輩達の気持ちが、スピネルにはよくわかる。

 いくら吹っ切れたとはいえ、努力がアイデンティティである彼女の本質は何も変わっていない。

 ……ベルのステイタスは、既にスピネルが2年かけて鍛え上げたレベル1での最終ステイタスを超えている。

 急成長を始めてから、たった二週間かそこらでだ。

 

 これが常軌を逸した努力をしているとか、冒険者になる前から死ぬほど鍛えていたとかなら、まだギリギリ納得できた。

 しかし、ベルの過去は武器なんて持ったことの無い農民らしいし、鍛錬だってごく一般的な鍛え方しかしていない。

 ズブの素人状態のベルに色々教えたのはスピネルと後輩達なのだから、そのことはよくわかっている。

 なのに、2年の努力を二週間で超えられた。

 正直、彼女としても、反則としか思えないベルの急成長には思うところしかないのだ。

 だからこそ、今のベルを快く思わない後輩達の気持ちが痛いほどよくわかる。

 

「……私は団長として、ヘスティア様の一の眷族として、君にとっても、ファミリアにとっても、最善の道を選ばなくちゃいけない」

 

 滅茶苦茶オロオロしていたヘスティアに相談されたことで、ベルの急成長の秘密は聞いた。

 『憧憬一途(リアリス・フレーゼ)』。

 早熟するとかいう反則的なスキルの効果。

 

 そんな反則スキルが発現した理由は、先日のミノタウロスが上層に出てくるという事件がキッカケ。

 あの時、突然現れたミノタウロスの咆哮(ハウル)でベルを含めた後輩達は強制停止(リストレイト)状態にさせられ、スピネルは彼らを庇いながらミノタウロスと戦うことを強いられた。

 一対一ならまだどうにかなったのだが、腰を抜かした後輩達を守りながらでは、かなり苦戦させられた。

 

 そこに颯爽と現れてミノタウロスを一撃で葬ったのが、オラリオ最強の女剣士と呼ばれる【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインだ。

 そのあまりのカッコ良さと美しさに、ベルは一目惚れしたらしい。

 そして、彼女に追いつきたいという気持ちが、ベルに急成長のスキルを発現させた。

 

 ……正直、聞いた時は、なんじゃそりゃと思った。

 アイズに見惚れていたのはベルだけではない。

 後輩の男子諸君の反応は大体ベルと同じだったし、鼻の下を伸ばす男どもに女子達は冷たい視線を送っていた。

 あれでスキルが生えてくるなら、鼻の下を伸ばしていた全員が覚醒していたはずだ。

 恩恵のシステムはそんな単純ではないとわかってはいるが、少なくとも昔の自分だったら、そんな理由で急成長を始めて、積み重ねた努力をあっさり抜き去られたなんて言われても、到底納得できなかっただろう。

 

 多分、というか間違いなく、後輩達も納得するとは思えない。

 『ベルに凄いスキルが発現した』とだけ言っている今でも不満の溜まり方がヤバくて、どうしてもベルに対してキツく当たってしまい。

 それを冒険者志望じゃない子達に咎められ、ギスギスした空気のせいで小さい子達には泣かれ。

 冒険者志望の子達は、自分達が悪いと知りつつも、どうしようもない黒い感情との板挟みで苦しんでいる。

 そこにスキルの詳細なんか知らせたら、間違いなく火に油だろう。

 だから……。

 

「ウチにいたままじゃ君は絶対に『英雄』にはなれないし、周りの皆は嫉妬に焼かれて苦しむだけ。

 本当に夢を追う気があるのなら、何より皆のことを思うなら。

 君の光に押し潰されないくらい強い人達、『英雄』の仲間に相応しい凄い人達がいるところへ行くべきだ」

 

 スピネルは、ベルを追い出すという汚れ役を引き受けてでも、この状況をどうにかしようと決断した。

 この二週間、ヘスティアと一緒に頭を抱えながら色々と頑張ってきたが、事態は何一つとして改善されなかった。

 ベルの急成長を見せつけられ続けてきた冒険者志望者達と、実情を知らないからこそ、純粋な正義感でベルを擁護するそれ以外の子達の間で大きな溝が生まれ。

 その溝が日に日に深くなって、ファミリア全体の空気がどんどん悪くなってしまっている。

 このままでは、ベルという爆弾によってファミリアが吹き飛ぶのも時間の問題。

 圧倒的な手腕でもあれば上手く纏められたのかもしれないが、下界に降りて2年ぽっちの新米女神と、自分自身が安定したのすら最近のチビっ子団長では荷が重すぎる。

 

 これは自分達の手に負えない。

 だからこそ、彼女は選択して決断したのだ。

 ベル・クラネルを追い出してでも、ヘスティア・ファミリアを守るという苦渋の決断を。

 そうじゃないと、両方とも失うと思ったから。

 

「………………」

 

 スピネルの言葉は、とても12歳の口から出てきたとは思えないほどにしっかりと筋が通っていて、ベルは何も言えなくなった。

 

「……ベル」

 

 そうして押し黙るベルを。

 追い出すという決断をしてしまった後輩を━━スピネルは優しく抱きしめた。

 

「え!? ス、スピネルさん!?」

「ごめんね。でも、これだけは覚えておいて。━━お姉ちゃんは君を応援してるよ」

 

 スピネルは、【小さな姉(リトル・シスター)】と呼ばれる上級冒険者は。

 自分の思うところを飲み込んで、罪悪感も全部飲み込んで、反則としか思えないほど天才な後輩を優しく抱きしめた。

 

「嫉妬されるのはしょうがない。

 だから、嫉妬されても堂々と前を向いて、こいつになら負けてもしょうがないなって思わず周りを納得させちゃうような、そんな立派な男の子になってほしい。

 とんでもない人材を逃しちゃったなって私に後悔させるような、そんな凄い英雄様になってほしい。

 ━━頑張れ、ベル」

「は、はははは、はい!!」

 

 薄くとも柔らかい胸に顔を包まれてヨシヨシとされ、ベルは思いっきり気持ちが上向いた。

 せめてものメンタルケアは、思ったより効果抜群だった。

 それこそ、下手したら『憧憬一途(リアリス・フレーゼ)』が揺らいでしまいかねないほどに。

 好みドストライクの見た目な上に、血の繋がっていない優しいお姉ちゃんというのは、男の憧れなのだ。

 

 

 

 その後、ベルは孤児院(ヘスティア・ファミリア)を追放というか、卒業という形で脱退。

 多くの仲間達に別れを惜しまれ、冒険者としての先輩達には忌々しいものを見る目で見られながら去った。

 彼がいなくなった後のファミリアは、ヘスティアとスピネルが死ぬ気で建て直した。

 滅茶苦茶大変だったが、元凶が遠ざかってくれたのと、団員達が小さな団長に負担をかけ続けるわけにはいかないと思ってくれたのもあって。

 完全に元通りとまではいかないものの、どうにか運営に支障が無いと言えるくらいには改善されてくれた。

 

 そして、去ったベルは裏で話が通っていた(宿敵に頼み込むということでヘスティアは渋い顔をしたが、可愛い眷族のためにプルプルと震えながら頭を下げた)ロキ・ファミリアに、入団試験を受けた上で入団。

 最強派閥の中ですら思いっきり浮く超速成長で曇らせ被害者達を大量発生させたが、さすがにオラリオ最高峰を間近で見てきたロキ・ファミリアの光耐性は中々のもので。

 首脳陣の胃痛及びロキからヘスティアへの度重なる苦情(ぐち)と引き換えに、どうにか最悪の事態だけは避けて、ベル・クラネルは表向き幸運と栄光に満ちた英雄街道を爆走した。

 

 その裏で、ヘスティア・ファミリアは何人もの上級冒険者達を輩出。

 卒業して他派閥に移り、そこで冒険者の高みを目指す者。

 スピネルのように運営側として残る者。

 冒険者を選ばず他の仕事につく者と、それぞれの人生を歩んだ。

 そして、彼らの多くは、路頭に迷っていた自分達を救い上げてくれた優しい主神と団長に、心から感謝していたという。




英雄(ベル・クラネル)を嫌いになるのは間違っているだろうか 〜完〜

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