ペロッ
顔に水滴が滴る。
「分かった起きるよ...飯だろ?」
猪瀬は愛犬のライムに顔を舐められて起きる。
これはライムを飼い初めてから毎日のように起きるイベントだ。
猪瀬は慣れた手付きで餌をお皿に入れる。
「まてだぞ!」
「クゥーン」
ライムは餌を前によだれを滴し、いまかと待っている。
「食べていいぞ。良くできたな!」
「ワンッ」
愛犬は凄い勢いで餌を食べる。
「餌は逃げないって、ゆっくり食べろ。」
猪瀬は少し呆れながらライムの背をなぜる。
「さて俺も朝食にするか。」
猪瀬は早速朝食の調理を始める。
調理といってもパンをトースターで焼くだけだが。
パンが焼き上がるのを待っている間にコーヒーを入れ、ニュースを見る。
チンッ
と心地がいい音が台所に響き渡る。
「待ってたぜ。」
猪瀬はバターを塗りあつあつのパンにかぶりつく。
「ふーん 如月練太郎がまた実写化か。」
猪瀬は携帯でニュースの速報を受けそのニュースを知る。
如月練太郎
猪瀬と同じ出版社で少し後輩の作家でストーリー小説の巨匠とも呼ばれる凄い作家だ。
「俺の作品も実写化とかしねぇかなぁ…無理か。」
猪瀬の作品は鳴かず飛ばずの作品でかたや練太郎は大ヒット。
その大きな差を噛みしめ少しブルーな気持ちになる。
「ワン!」
「俺をはげましてくれるのか?ありがとな」
ライムは俺のブルーな気持ちを察したのか俺に声をかける。
もしくはパンの耳が欲しかったのか。
猪瀬はポジティブに考え、自分を励ましてくれてると解釈した。
そんな時携帯電話が振動する。
「もしもし猪瀬先生ですか?昨日の事で電話したんですが!」
朝から元気だなと思い相槌をうつ。
「あぁ、お詫びですか?」
「お詫び?何か私悪いことしましたっけ?」
「お金抜き取って行ったことですよ!しかも無許可で!」
「あぁ、その事ですか。ごめんですって今度コーヒ豆で煮たウインナーでも奢りますから。」
それはただのコーヒーの香りがするウィンナーなのではないかと思いつつ猪瀬は電話してきた用件を訪ねる。
「それで何で電話してきたんですか。昨日のお詫びじゃないんなら僕には分かりませんよ。」
「そうでした!いやー昨日の猪瀬先生が書いたエルフなんですけどエノーラさん名義で提出したら編集長にばれて大目玉喰らっちゃいましてー」
「本当に提出しちゃったんですか!?そりゃ怒られますよ。」
猪瀬は昨日の話はジョークかと思っていたがこの人にはジョークが通じない事を忘れていた。
「でもせっかく良くできた作品なのにこのまま眠らせておくのも勿体無いので猪瀬先生名義でなら出版させるって」
「本当ですか!?でもエノーラはいい顔しないんじゃ。」
それはすごく嬉しいが元はエノーラの作品だ。
盗作と言われても可笑しくない。
「エノーラさんからの了承は受けとりました。後は猪瀬さんのOKだけです。」
「本当ですか!?なら是非!」
そういい俺は即答する。
「そうですか!ならのちほど書類などにサインなどが欲しいので後程出版社に来ていただけますか?」
「はい!」
猪瀬はすぐ返事をする。
久々の書籍化だ、嬉しくないわけがない。
だがエノーラはいや、夢咲は本当にいいのか?
デビュー作を横取りして書籍化..猪瀬は後味が悪い感じがしていた。
「そうですか...はいOKです。」
夢咲は矢崎からの電話を受けた。
やはりと言うか駄目だった。
そりゃそうだ。
夢咲が書き上げた作品ではない。
ストーリーの大元を考えたのは私だが書いたのは彼だ。
彼がこの作品を出すべきだ。
そう納得できればどれだけ心が楽になっただろう。
本当は猪瀬の久々の出版を祝福してあげるべきなのは分かっている、だが夢咲の心の闇がそれを許さない。
私の子供を横取りして
私が出す筈なのに
私が評価を受けるべきなのに
そんな言葉が心の中から泥水のように涌き出てくる。
そんなとき夢咲の携帯から無機質な電子音が鳴り響く、電話だった。
「もしもし夢咲です。」
夢咲は元気の無い声で電話にでる。
「夢咲か!」
夢咲は今一番聞きたくない声に驚き携帯を落としてしまう。
「夢咲であってるか!」
「えぇ、夢咲よ!!なんで電話番号知ってるのよ!」
夢咲は涙声を誤魔化すために大声で虚勢を放ち電話に出る。
「矢崎さんから聞いてさ。」
「そんな事より用件は何なのよ?用件が無いなら切るわよ」
本当はすぐに切りたい。
なぜならどす黒い心の闇が漏れ出してしまいそうだから。
「昨日矢崎さんが言ったこと覚えてるか?」
昨日矢崎が言ったこと、どれだろう?
コーヒーはミルクマシマシに限るとかそんな事か?と心を明るくするために考えるがそれはすぐ頭から消えていった。
「どれの事よ、いちいち覚えてないわ。」
「二人が合わされば最高って話だよ!」
あぁそんなこと言っていたな。
「それがどうしたのよ?二人が合わさるなんて無理でしょ?」
「それが無理じゃないんだ!お前がストーリーを書いて俺が執筆をする。そうすりゃあいいんだ!二人で書かないか?」
「そんな提案...」
本当ははいって言いたい。
だがこんな才能が無い私が彼の足を引っ張らないかと思えてしまう。
「お前才能が無いとか思ってんだろ!」
「そ、そんなわけないじゃない!私は...」
ここで天才といい放つ事が出来ればどれだけ良かっただろうか。
「俺も才能がねぇってずっと考えた。だがあの小説を書いてから分かったんだ。小説っていうのはストーリーだけでも文才だけでも駄目なんだ。2つが完璧じゃなきゃ最高じゃねぇ。俺は一人でそれが出きるほど天才じゃない。でもお前と二人ならやれる気がするそう思えたんだ。だからやろうぜ!」
あぁ、心の闇が消えていくように感じた。
この人となら最高になれるの?
この人となら傑作が書けるそうかんじた。
「そこまで言うならOKよ!その話受けてあげようじゃない!半端な文章じゃ許さないわよ!」
素直に気持ちが伝えられたらどれほど良かっただろう。
ありがとうと、いつか言えたなら
「なる程~それで本はどうするんですか?」
俺は矢崎さんに電話を書けた。
「二人の合作って事で何とかなりませんか?」
我ながら無理なお願いをしたもんだ。
「元々そのつもりでしたよ~」
「え!?」
驚きの言葉に心が驚かされる。
もしかしてエスパーなのかと思えた。
「最初から二人の合作で発表するつもりでした。猪瀬さんから切り出さなければこちらから切り出すつもりでした。」
「ならどうして」
「どうしてですか...二人の絆を高める為です~
これから二人で書いて行くならそれぐらい出来なきゃ駄目ですから、合格です!」
と矢崎はクラッカーをならす。
矢崎には叶わないなと本当に心から思う。
「それでペンネームは決めてあるんですか?」
待ってましたと言わんばかりに俺は二人で決めたペンネームをいい放つ。
「二人の夢を背負うから夢咲 優也です!」
「いい名前ですねー 二人の名前からとってるんですねー本当におめでとうございます~」
また矢崎はクラッカーをならす。
「矢崎何だこのゴミは!自分で片付けろよ!」
編集長が通りかかり怒鳴りあげる。
矢崎さんは怯えた様子でクラッカーのゴミを拾い集める。
「手伝いましょうか?」
「大丈夫ですよ~では次は二人で来てくださいね~書籍化の話とかしたいので~」
「分かりました!」
俺は嬉しい顔で出版社を後にする。
「嘘なんだろ?」
「え?」
突然の編集長の言葉に矢崎は驚く。
「二人で書くってこっちから切り出す気なんて無かっただろ?」
「やっぱりばれちゃいましたか~」
「そりゃあ何年お前の上司やってると思ってんだ。」
やれやれと編集長は煙草を咥える。
「どうぞ、えぇ、コンビの話が出てこなかったら有耶無耶にしてましたよ。編集長がやっぱりだめとか言った~とか言って」
矢崎は編集長の煙草にライターで火をつける。
「手厳しいねぇ」
「あの二人はもうその道しか残ってなかったんです。それに気づけないようじゃ大ヒット作家になんて夢のまた夢です。編集長もそう思って許可してくれたんでしょ?」
「あぁ、あいつらはハンバーガーだからな。片方だけじゃまったく駄目だからな。」
「編集長こそ手厳しいじゃないですか~」
「そうか?まぁコンビが出来て良かったじゃねぇか」
「まだまだこれからですよ編集長、これからどんな波乱があることやら」
そういい私も煙草に火をつける。
煙草の煙が屋上から天へと高く上る。
「この煙みたいに星まで登るか、雲で消えるかそれは二人次第だな。」
「似合わないですね~」
「この野郎!」
「野郎じゃなくて女ですよー」
矢崎は編集長から逃げその場を後にする。