私は自分の名前が嫌いだった。
姫なんて自分には似合わない名前が大嫌いだった。
「そう?ピッタリじゃん!」
そうある男の子に言われるまでは
そして私の絵も嫌いだった。
凄いイラストレーターには遠く及ばない私の絵が嫌いだった。
後にこう言われるまでは
「俺は凄く好きですけどね姫野先生の絵」
そういい声で彼はそうこたえる。
私の代表的な絵と言われる安藤仁美先生の作品を書いたときも私はその絵に納得していなかった。
これで安藤先生の甘酸っぱくてビターなストーリーを表現できているのか?
そう思い何度も何度も絵を書き直した。
どれだけ頑張ろうと納得がいく作品が作れない自分がイラストレーターになんておこがましいとすら思えた。
矢崎さんは才能があると言って勝手に私の絵を持っていった。
そして安藤先生の小説にイラストを着けることが決まった。
意味が分からなかった。
才能がない自分がない私がなぜ書かせてもらえたのか分からなかった。
安藤先生や矢崎さんの優しさなのか?
いや、他にいい作家が居なくて仕方ない苦肉の策なのだろう。
とにかく私はもうイラストを描くのは止めるつもりだった。
私の絵は他人に迷惑なのだ。
そう思っていた。
あの人とあの作品に出合うまでは
「姫野先生いらっしゃいますか~」
ピンポーンとチャイムが鳴る
姫野はまた絵を書かせようとする矢崎が来たことを確認し、居留守をしようとした。
そんなときカチャという音が私の家に響き渡った。
「な、なんで鍵なんて持ってるんですか!?」
姫野は驚き慌てて布団に隠れる。
「いやー大家さんにちょーと頼めば貸してくれましたよ。私の美貌に感謝ですね~」
大家は矢崎に篭絡されたことに姫野は呆れ軽蔑した。
「ふ、不法侵入ですよ警察よ、呼びますよ!」
姫野は勇気をだし震えた声で脅しをかける。
「そんな怯えたヒヨコみたいな声じゃ誰もビビりませんよ~と」
矢崎は慣れた手つきでカーテンを開け、窓を開け換気する。
「それで今日のようなんですけど~」
「も、もういいです!!どうせまた私に絵を書けって言うんでしょ!?」
姫野は心からの叫びを矢崎にぶつける。
「そりゃそうですよ~才能がある人にお願いするのは当然の事じゃないですか~」
「才能があるなんて嘘つかないでください!」
「嘘なんかじゃありませんってその証拠に安藤先生の『恋のキューピッド恋をする』も売れたじゃないですか~」
「そ、それは安藤先生の力であって私の力じゃありません!絵が私じゃなくても大ヒットしてました。」
「それは分かりませんよ~ 少なくとも半分は姫野先生の絵の力だと思いますけど~」
「そ、そんなことありません!とりあえず出ていってください!」
姫野は矢崎をか弱い力で押し帰らせようとする。
「分かりました。今日は帰りますけど...よければこの小説読んでみてくださいね~」
と矢崎は一冊の原稿のコピーをおき、その場を後にする。
「まったくはた迷惑な人ですね。それにどんな小説を見せたって私はもう絵を書きたいなんて思いませんよ。」
そんな事をいいながら姫野はそのコピーに目を通す。
「はぁー姫野先生はもっと自信を持って欲しいんですよね~。謙虚すぎます。」
「そうだね、私も凄く才能があると思うよ。
私が現役時代なら絵を書いて欲しいぐらいだもん。」
矢崎はまたメイドカフェでコーヒーを飲んでいた。
「おっ、じゃあ現役復帰して書いてもらいます?」
「だーめ 私はもう引退したの。今はメイドさん達の生活もあるし。」
「変わりに私が店長になってあげますよ~」
「駄目駄目!ヤーちゃんが店長なんてやったらセクハラしまくってメイドさん皆止めちゃいそうだもん。」
「私をなんだと思ってるんですか?」
「痴漢常習犯?」
そんな他愛のない会話をし、コーヒーを飲む。
これが矢崎の日常だ。
そんな日常の風景にいつもと違う音楽が流れる。
「あれ?姫野先生からの電話だ。珍しいていうか初めてですね。姫野先生からの電話なんて」
矢崎は驚きながらも何かあったかな?と思いつつ電話に出る。
「す、すいません矢崎さんのケータイですか!?」
いつもと違う凄く動揺した様子で姫野は電話で大声を出す。
「うっさ!な、なんですか姫野先生?」
「この小説なんなんですか!?」
この小説?と疑問を浮かべる矢崎はそういえば姫野の部屋に小説を置いていった事を思い出す。
「あぁ、『少年と愛』ですか?すみません新人が書いたもので、駄目でしたか?」
「新人!?いや、そうじゃなくて、
私この作品に引き込まれてしまって!」
「へ?」
矢崎は電話から聞こえた声に驚き、耳を疑う。
元々駄目元に置いていった本に姫野先生が引き込まれた?
今までこんなことはなかった。
そう驚きながらも話を続ける。
「引き込まれたってどういうことですか!?」
珍しく矢崎は動揺する。
「は、はい特にアイナって子が凄くすきになりました!」
「アイナ?少し待ってくださいね。」
アイナと言う名前を聞き、分からず原稿をみる矢崎。
アイナは二章に登場する女の子で、盲目の少女である。
その少女は目が見えないながらも芸術家になろうと奮闘する少女。
その最後は凄く悲しいものに終わる。
「このアイナのイラスト書いてみませんか!?」
彼女がここまで興奮するのは珍しいと思い、これは好機だと矢崎は勧誘する。
「か、書きたい!で、でも私なんかじゃ..」
「分かりました!なら少女と愛を一番に読ませる権利をつけます!私より先にですよ。」
「ぜひ書かせてください!」
矢崎が提示した条件は破格の物だった。
それは新しく出来たばかりのボジョレー・ヌーボーを一番最初に飲めるようなもの。
これに断れるファンは居ない。
「良かった。ついでに作者の写真とサインもつけちゃいますよー」
矢崎は二つの問題を解決し、上機嫌になったからかおまけをつける。
「あ、ありがとうございます!約束ですからね!早速書かなきゃ!」
と姫野は電話を切る。
「良かったの?作者の写真までつけるって言っちゃって?それ編集長にバレたらクビじゃないの?」
「バレなきゃいいんですよ!私の尊敬する作家さんもこう言ってました。バレなきゃ犯罪じゃないんですよって」
「クビになっても雇ってあげないからねー」
「えぇーそんな~私とつばちゃんの仲じゃないですか~」
「暑い!抱きつかないで!」
矢崎は椿にそう言われても抱き続けるほどの機嫌の良さだった。
そう私は『少年と愛』に惚れてしまった。
アイナだけではなく、多彩なキャラや世界観そして言葉の表現。
こんな傑作は見たことはない程だ。
どんな人がこんな小説を書いてるんだろうか?
可憐な少女を想像していた私の期待は裏切られる。いい意味で
「いっくん?そんなわけないか」
矢崎さんから送られて来た写真の人物を見てどこか私の昔の友達だったいっくんを思い出す。
私が一人ぼっちな時声をかけてくれた天使で虐められていた時には助けてくれた王子様。
そんな友達に恋をしないわけがなかった。
それから私は少しでもこの素晴らしい世界を表現できるように努力した。
そう凄く努力した。
その影響で倒れるほどだった。
「倒れるまで書くなんて馬鹿なんですか?」
目を覚ました私に矢崎さんは泣きながら呆れた声でそういい抱きつく。
「まだ書かなきゃ..」
まだ私は十分にあの世界をアイナを完璧に表現できていない。
こんな所でゆっくりしてる場合ではない。
「本当に死んじゃいますよ!」
矢崎さんは私を押さえつける。
私は書くために暴れる。
「しょうがないですね~医者さんここって電話OKでしたよね?」
といいながら矢崎さんはどこかに電話をかける。
「もしもし猪瀬先生ですか?私の友達があなたの大ファンなんですけど、倒れたのに仕事を止めようとしないんです。なんとか言ってあげてください。」
い、猪瀬先生!?
ってことは『少年と愛』の作者!?
突然の電話に私は驚き、あわてふためく。
「えー、もしもし?友達さん?しっかり休まないと駄目ですよ?」
「は、はい。しっかり休みます!」
私は推しの先生の声に逆らえるわけもなく休む。
猪瀬先生って凄く優しいんだと思いながら私の意識は消えていく。
「先生大丈夫ですか!?」
「大丈夫です。ただ暴れたことで体力が無くなって寝ただけです。」
矢崎は医者のその言葉に安心する。
「これが本当に鶴の一声ですね~それにしても凄い信者ですねーあんなに暴れたのに止まるなんて彼女が出来たなんて伝えられたら死んじゃいそうですね~」
矢崎は笑い、顔を見つめる。
「むにゃむにゃ、いっくん~」
「いっくん?猪瀬先生のことかな?」
矢崎は良く分からない寝言を聞いたあと病室を後にする。
「まさか本当に猪瀬先生の彼女を紹介することになるとは~言霊って奴ですかねー倒れなきゃいいんですけど」
矢崎は呆れ、煙草に火をつける。