ブラック・ブレット Monsters:Rulers of Earth   作:アマナットー
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 蓮太郎、延珠、友幸、リンダ VS カマキラス

 戦闘シーンは苦手です。何度もバトル系小説を読み返して戦闘の表現に苦労したことか……肝心の出来はそうでもないけどね!!


 双剣の死神は彼らに痛手を負わせたようです

「蓮太郎、くるぞ!!」

 

 豪雨の中から自分に迫る湾曲した影を認めると、蓮太郎は身体にムチを打ってその場を飛び退いた。その直後、死神のそれをはるかにしのぐほどの巨大なカマが自分のいた場所へ振り下ろされる。直撃こそしなかったが、カマはこの世のすべてを切り裂くような圧倒的な威力で地面に新たな亀裂を形成し、同時に竜巻のような衝撃波を発生させて周囲の空気を押しのけ、大量の土砂ごと蓮太郎を吹き飛ばした。

 背中から着地するかと思われた身体はしかし、小さな影によって直前で支えられる。見ると、自分の小さな相棒が息を切らしながらも蓮太郎を受け止めていた。

 

「大丈夫か、蓮太郎!?」

「あぁ……すまん、延珠」

 

 疲弊していた蓮太郎はできればそのままでいたかったが、自分より年下の少女にいつまでも受け止められているのはさすがに良心が許さなかったので、延珠にお礼を言って下ろしてもらう。

 蓮太郎は大きく深呼吸して、暴れる心臓を何とかなだめるが、それでも激しい立ちくらみが意識を襲った。

 体力の消耗が極端に少ない『呪われた子供たち』である延珠ならともかく、蓮太郎は影胤との戦闘の後遺症もあってか体力の消耗が早かった。すでに目はぐるぐるとまわり、足も鉛のように重く感じられ、今にも倒れそうなほどふらついている。だが、いま自分が直面している危機に対する恐怖と、体内で過剰分泌されたアドレナリンのおかげでかろうじて避けるぐらいの力が振り絞られていた。

 化け物はカマを引き抜いてこちらを一瞥すると、悔しそうな鳴き声を上げる。

 影胤が去ってから復活したカマキリは、目の前にいた自分たちを追い回し何度も攻撃してきた。食事の最中に攻撃されたのが、完全にその怒りに火をつけてしまった原因なのだろう。

 それをしたのは自分たちではないと蓮太郎は声を大にして叫びたかったが、その犯人はもう遠くへ行ってしまった。だが、仮に伝わったとしても、そんなことがこの化け物に理解されることはないだろう。怒り狂い、闘争本能に駆られた今の巨大カマキリにとっては、目の前に存在するものすべてが攻撃対象だった。

 延珠がつぶやく。

 

「どうにかして、あやつの隙をついて逃げねばな……」

 

 無理だろう。と蓮太郎は思ったが、さすがに口には出せず「あぁ」と曖昧に答えた。

 確かに、当初は全員で逃げるという選択もあった。というより、それしかなかった。実際、隙を窺っては逃げようと何度もその背をカマキリに向けていた。だが、この常識を超えたハンターもやはり、そのようなことを許すはずもなかったのだ。

 

「今度はこっちか!!」

「ああもうくそったれッ!!」

 

 カマキリは身を屈ませたと思えば、同サイズのガストレアも真っ青になるほどの勢いで跳躍し、友幸たちの前に降り立った。そして信じられないスピードで地獄のカマが友幸とリンダへ横なぎに振るわれる。間一髪飛び退いて躱せば、巻き添えをくらった木々がきれいな断面をのぞかせて一気に十メートル近く舞い上がり、同時に発生した風圧でめちゃくちゃにかき回される。カマの進路上にあった岩が粉々に砕け欠片がすさまじい勢いで飛び散り、運悪く当たってしまった木を、命中したところから吹き飛ばした。

 

「はあああああ!!!!」

 

 巨大カマキリが友幸たちに気を取られている隙をつき、死角である真後ろから延珠が蹴りを入れる。蹴り技主体の彼女が出せる渾身の一撃は、ステージⅡまでなら粉砕できるほどの威力だ。延珠は、これならいけるかもしれないという淡い思いを抱いて一気に叩き付ける。だがその思いは、幼い少女が繰り出した鉄槌のごとき蹴りと同時に、硬質な音を立てて化け物を覆う鎧に弾かれた。

 その装甲に、傷は一つもなかった。

 

「そんな、馬鹿な……」

 

――硬い。硬すぎる。まるで戦車だ。

 自慢の蹴りを弾き返された驚きと、効果が見られない化け物に対する恐怖で、地面に降り立った延珠は呆然と巨大な敵を見上げる。

 自然と身体が震えた。

 目の前の現実が信じられなかった。この化け物の前では、これまでの戦闘で培ってきた技術も経験も、なんの役にも立っていない。すべてが、全く通用しないのだ。

 もしこれが甲虫型のガストレアだったなら、延珠はここまで呆けることはなかっただろう。生まれつき強固な外骨格を有している甲虫なら仕方ないと割り切れた。対して、外骨格を有していないカマキリの防御力はそれよりもはるかに劣っている。ならばその外皮も貫けるはずだ。そう思っていたことが、裏目に出てしまったのだ。

 

 実際はどうだ? 圧倒的な強さだ。

 

 どれほど逃げようとしても常に相手の正面へ回り込み、逃げ道をふさぐほどの俊敏性。飽きずにどこまでも獲物を狩らんと追いかける貪欲さ。今にも溢れんばかりの闘争本能。こちらの攻撃を全く受け付けない、鋼鉄を思わせる強固な鎧。そして、ひとたび振るわれれば瞬く間に地形を変え、別世界の大地へと作り変えていく剛力。どれをとっても同サイズのガストレア、ましてや普通のカマキリとは比べ物にならない。ガストレアとはまた別次元に位置する生物だ。

 知っている。自分は、この化け物と似たような存在を、何年も前から知っている。

 

「……怪獣」

 

 延珠は自然と、静かににつぶやく。

 シンプルな単語だったが、それはこのガストレア以上に人知を超えた力を持つ化け物を、最も的確に表した言葉だった。

 今なら、確信を持って言える。この化け物はまさに、自分がまだ蓮太郎と民警として組み始めたころ、彼と一緒に何となく見ていた特撮映画の『怪獣』に限りなく近い存在だと。ふと延珠は、つい先日まで通っていた学校で、男子のクラスメートたちが怪獣の人形とおもちゃの兵器でごっこ遊びをしていたことを思い出した。

 その戦いに勝つのが、いつも怪獣だということも。

 

「延珠、危ねえ!!」

 

 蓮太郎の言葉にハッと我に返る。延珠は、いつの間にか自分をぎろりと見つめている赤い目と、自分の眼前に迫っているカマに気が付いた。

 

「あ」

 

 防ぐには躱す以外に方法はないが、物思いから脱却したばかりで意識がまだはっきりしていない延珠にはそれも不可能だった。

 

「どっりゃああああ!!!!」

 

 小さな命を狩ろうとしたカマは、横から跳んできた影に殴り飛ばされ、わずかにその軌道をずらされる。その間に、延珠は全身に力を入れて後方に跳躍し、蓮太郎の隣に立った。体に傷はほとんどなく、舞い上がった髪を数本持って行かれただけだった。

 そして、延珠の隣にリンダが降り立つ。蓮太郎の隣には、友幸がいた。

 リンダがすさまじい剣幕で怒鳴った。

 

「一体なにしてんだ延珠!!」

「す、すまぬ。思わず物思いにふけってしまった」

「あほんだら、戦闘中に物思いにふけることがあるか!!」

 

 何か言い返したかったが、言葉が出てこない上に正論なのでぐっと飲み込む。リンダもそれっきり何も言わなかった。

 

「さて、これからどうするか、だな……」

 

 友幸はうめくように言った。

 カマキリはすでに刺さったカマを引き抜き、ガチガチと顎を鳴らしながらじっとこちらの様子をうかがっていた。少しでもこちらが動きを見せれば、一瞬にして跳びかかってくることだろう。

 歯を強く噛みしめると、口の中に入った砂利が異音を立てて噛み砕かれる。唾液に絡ませて、ペッと雑草の群生に吐いた。

 上がった息を必死に整え、服についた泥を払いのけると、今更ながら目の前に広がる光景に息をのむ。

 小規模ながらも小ぎれいな緑を保持していた森林は完膚なきまでに破壊され、原形すらとどめていなかった。

 ぬかるんだ地面はまるで、無邪気な子供が単なる遊び心でヘラを使い、何度も切り裂いた粘土のかたまりのようにズタズタにされ、堅そうな岩だったものはただの石ころの集まりとなり、あらゆる角度で切り刻まれた多数の雑木の残骸が無造作に積み重ねられ、無理やり引き抜かれたと思われる、中央から折れかけたカシの樹がそこへ寄り掛かって根本をむなしく大空へ広げていた。

 まるで十年前のガストレア大戦に戻ったかのような印象を受けたが、この破壊を行ったのは多数のガストレアではなく、たった一匹の巨大生物によってもたらされたものなのだ。

 なし崩しに戦闘が始まってからすでに三十分は経過している。たかが三十分、されど三十分。化け物はそれだけの時間で、この悪夢のような惨状を作り上げてしまったのだ。

 連絡した援軍の到着はもうあきらめている。体力が持ちそうにない。

 

「蓮太郎、あの怪獣から逃げるための方法は? 何か手立てはないのか?」

 

 延珠がカマキリから目をそらさず、蓮太郎に聞く。だが、彼の苦々しい表情で告げられた返答はあまりよくないものだった。

 

「ハッキリ言ってかなり難しいな。無理だと言ってもいい。もうわかってると思うけど、あいつの俊敏性はこっちの予想をはるかに超えてる。そもそもカマキリは獲物を待ち伏せしてから一気に捕らえるタイプのハンターなんだ。ある特定の個体を狙って積極的に攻撃するなんてことは絶対にしない。あの化けモンはどれをとっても普通のやつとは行動パターンが全然ちげえから、俺はもう別の存在だと考えてる。それこそ延珠が今言った『怪獣』のような感じでな。だから、カマキリの習性を利用した作戦は効果ねえかもしれない」

 

 蓮太郎は続ける。

 

「あとさ、あいつが俺たちを攻撃してきたのって、影胤にぶっとばされて目を覚ました後だろ? あのブチ切れているような様子を見ると、感情もあるように思えんだ。そして俺たちが逃げようとすれば、すぐに移動して回り込んでいることを考えれば……たぶんだけど、個体を明確に認識しつつ、逃がさないように追い掛け回す程度の知能がある可能性が高い」

「つまり、逃げるための下手な小細工は通用しないってか?」

 

 リンダの言葉に、「そうだ」と蓮太郎は頷いた。

 

「あいつは、俺たちを殺すまで追い掛け回すだろうな」

 

 なんてこった。と全員が同時に思った。

 手持ちの武器はすべて使い物にならないことがわかっている。強固な外骨格は、足止めとけん制をかねて撃ち込んだバラニウム製銃弾をことごとく弾き返した。友幸の剣はまだ使っていなかったが、カマキリが素早過ぎるので斬りこむことはできない。仮にできたとしても、おそらく装甲を貫くことはできないだろう。

 その時、いつまでたっても動かない友幸たちに業を煮やしたのか、カマキリが突っ込んでくる。

 警戒していた四人はとっさに回避したが、カマキリの巨体が音速に迫る速さによって生み出された衝撃波にあてられ、全員が一気に吹き飛ばされてしまった。

 

「ぐぅ……っ!」

「と、友幸!! 大丈夫か!?」

 

 偶然一緒に飛ばされた延珠をかばい、折れた木の幹に叩きつけられた友幸が顔をしかめる。口の中に血の味が広がっていくのがわかった。

 

「……なんとか。延珠ちゃんは?」

「妾は平気だ! それよりお主、口から血が……」

 

 友幸は、なおも心配してくれる延珠をなだめると、叩き付けられた全身の激痛と胃液がせりあがってくる気持ち悪い感触に耐えながら立ち上がった。叩き付けられた勢いは予想以上だったらしく、視界が霞がかかったようにぼやけて周囲の認識を困難なものにしていた。じっと立ち止まって注視すれば、蓮太郎とリンダの姿が見える。どうやら二人とも無事なようだ。

 カマキリはまたも立ち止まって、体節をこすり合わせながらこちらの動きをなめるように観察していた。よろよろと立ちあがった友幸を見て、カマキリはキイキイと鳴き声を上げる。まだ生きているのか、とでも言いたげに。

 

「せめて、あいつの脚を砕いて行動不能に陥らせるようなことができればな……」

「何を言うのだ、あやつの鎧は妾の蹴りを弾いたのだぞ。できるわけが……」

「いや、できるといえばできるんだよ」

 

 延珠は思わず隣の青年を見た。一体、どのような考えがあるというのだろうか。

 

「昆虫やカニなどの節足動物の脚は総じて関節の装甲が薄い。そこへ集中攻撃すれば、脚を折ることだって可能かもしれない」

「しかし、どうやるのだ? あやつのスピードは相当なものだぞ? 逆に避けられてしまうのではないか?」

 

 わかっていると返事をして、さっとあたりを見回す。

 そして、見つけた。

 それは、この作戦にはなくても特に支障はないものだ。だがあの中まで誘い込めば、足止めができて関節の破壊がしやすくなるし、うまくいけばカマキリを気絶にまで追い込めるかもしれない。

 友幸は延珠に向き直った。

 

「延珠ちゃん。悪いけど、あのカマキリをあそこまで誘い込んでくれないか?」

「あそこって、あれか? ……確かに、あの中にはまれば身動きがとりにくくなるかもしれぬが……」

「そう。無理に攻撃しないで、走り回るだけでいいんだ。アイツが攻撃しそうになったら、俺も援護して気を引かせる。途中で蓮太郎とリンダにも伝えるよ」

 

 そういって友幸はジャマダハルを構えた。

 延珠はさてどうするかと考えあぐねていたが、やがてわかったとうなずく。この青年とはつい先日会っただけなので何も知らない。だが、延珠は友幸がそれなりに信用できる人物だと思っていた。彼の提案した作戦が成功する確率がどの程度なのか知らないが、今のままではどのみちカマキリの形をした怪獣からは逃げられないのだ。ならばその作戦がどれほど無謀でも、足止めできるなら実行するに越したことはない。

 

「行くぞ」

「わかったのだ!!」

 

 二人、同時に地面を蹴る。

 蓮太郎は、延珠がカマキリに向かって駆け出したことに驚いた。延珠は、基本的にプロモーターの指令を受けて戦闘を行うイニシエーターの中でも、命令を無視して比較的独断専行することが多いほうだが、それは自らが追いつめられているときと、プロモーターである自分が危険な目にあいそうになった時がほとんどだ。相手がかなり危険な存在であれば自ら突っ込んでいくことはない。彼女が、あの化け物をかなり危険な存在と認識していたと思っていた蓮太郎にとって予想外の行動だった。

 

「延珠!? 何をするんだ!!」

「蓮太郎、リンダ、この怪獣をあそこまで誘導する!! 妾と同じようにこやつの気を引いてくれ!!」

 

 延珠が示す『あそこ』を見る。指し示された先にあるものを見つけると、それだけで蓮太郎は彼女が何をしようとしているのかわかった。

 

「そういうことか……わかった、任せろ!!」

 

 即座にホルスターからXD拳銃を取り出し、死角である真後ろに回り込むと頭部へ向けて発砲する。予想外の位置から攻撃してきた相手を探してカマキリは大きく体を回し、やがて頭を蓮太郎へ向けると、耳障りな金切り声を発して右のカマを振り上げた。

 だが、それが下ろされる瞬間に小さな影が後頭部を殴り飛ばし、カマキリが大きくよろける。

 殴った張本人――リンダは口元を三日月の形にゆがめると、カマキリを挑発するようにガントレットを打ち合わせて叫んだ。

 

「オラオラどうした!? さっきまでのチャラチャラした動きはどこ行ったんだこのウスノロ!!」

 

 挑発を受けたカマキリはリンダに叫び返すと左腕の鎌を振りかぶり、凄まじい勢いで地面スレスレを横一文字に薙ぎ払う。リンダはそれを華麗な身のこなしでかわした。

 追撃を加えようとカマキリは、今度は右腕のカマを振り上げるが、その瞬間友幸が頭部と身体の節を射撃して意識を移す。拳銃の射撃など、あの化け物にとっては蚊が差したも同然の威力でしかないだろうが、気が立っている今なら気をひかせるのに十分だった。

 

 

 

 ――鬱陶しい。

 

 のちに、人類からカマキラスと名付けられることになる種族に属する巨大カマキリの思考は、非常に単純な単語で埋め尽くされていた。

 自分を苛立たせるのは、目の前を動き回るとても小さな存在。最初は、自分が仕留めた獲物のおこぼれをもらうだけの、ただのか弱き存在だと思い、それほど気にしてはいなかったが、こいつらは赤い目をした異形の存在を食おうとした自分の食事を、どこから出したのか不明だが、見えない力で押し飛ばしたのだ。不意打ちとはいえ対処できず吹き飛ばされ、情けなく気絶してしまった自分が気が付いたときには獲物はすでになく、残骸が彼らの足元に転がっていた。

 その瞬間、カマキリは目の前の小さな存在を『不愉快な存在』と認識した。生まれてこの方、自分がこの弱小な存在に攻撃され、あろうことか獲物を横取りされるというのは、生物として上位に位置していると本能で悟っていたカマキリにとって耐えがたき屈辱だったのだ。

 不愉快な存在はすべて葬り去る。これまでと同じように。だからカマキリは何度もカマを振るう。足先の鉤爪にも満たない体躯を持つ存在など、自分と同サイズの赤目の異形共や、餌や縄張りをめぐって争った同族をカマのシミにしてきた自分の敵ではない。

 相手もそれをわかっているのか、カマを振るう自分から必死で逃げ回っている。だが、様子がどこかおかしい。奴らは自分から逃げ回りつつも、色こそ違えど似たような顔をしている存在と連携して攻撃してくる。羽虫が突進してくるような衝撃はすべて、自分を打ち倒すにはあまりにも弱すぎるものだ。

 いたぶるのにも飽きた。そろそろケリをつけて空腹を満たそう。

 目の前には、頭から尻尾が二つ生えている小さいのが一匹いる。彼我の距離は自分の二倍ほどの長さだが、そんなもの一足飛びの間合いだ。奴らは小回りが利く生物だが、動こうとする気配はない。カマキリは、全員が逃げず自分の周りにいるところが手に取るように察知できた。どうやら、別の個体を逃がすためにあの一匹がおとりとなっているというわけではないようだ。

 少し警戒し、いぶかしむ。一体何のつもりで小さいのは、逃げずに自分の前にいるのだろう?

 ひょっとしたら、自分に対して何か策でも思いついたのかもしれない。まさか自分を吹き飛ばした不可視の圧力を再び自分にあてるつもりなのだろうか。

 だが、そいつは何もしなかった。じっとこちらを見つめたまま、まるで草木のように微動だにしないのだ。

 わけのわからない行動に拍子抜けする。同時に、カマキリは愚かな存在を嘲笑った。

 

 ――実に滑稽だ。

 

 おそらく、万策尽きて自暴自棄にでもなったのであろう。もしかしたら、やはり何か策でもあるのかもしれないが、たとえその方法が何であれ彼我の差は絶対的なものだ。数十倍もの体格差を覆し、圧倒的な防御力を貫く術があるのか? 否。あるはずもない。確かに、先ほどの攻撃は少し効いた、だがそれだけだ。装甲を貫くには力不足なもの。少しだけ踏ん張れば余裕で受け止めきれる自信がある。

 足に力を込める。あの二本足どもは、結局は赤目と同じく知恵回らぬ矮小な存在だったのだ。

 ならば、あえて受けて立とう。力ずくで押し切って、彼らに恐怖と絶望を与えながら八つ裂きにしてやる。

 

 ――さて、奴らはいったいどのような味がするのだろう?

 

 

 

 カマキリはいったん立ち止まり、たたらを踏むと、その身をグッと屈め始めた。立ち幅跳びの選手のように。

 延珠は大きく深呼吸し、化け物をじっと見据える。これはスピード特化型の自分でなければできない方法だ。うまくいけば奴を罠にはめることができる。そういって自分を鼓舞するが、それでも、もし失敗したらというヴィジョンが脳裏をよぎってしまう。

 延珠は首を振った。そんなもの、今は気にしていられない。

 ――来る。

 次の瞬間、カマキリは脚に込めていたチカラを開放し、バネのように跳躍した。

 一撃で人間の命など簡単に刈り取ってしまう、地獄の双鎌が次第に迫ってくる。だが、延珠は動かない。

 体を宙に浮かせながらすさまじい勢いで迫りくるカマキリ。その距離はすでにその回避不可能の域まで至っている。このままじっとしていれば、たちまち血の霧となって霧散することだろう。だが、その致命のタイミングこそ、延珠が狙っていたもの。

 次の瞬間、延珠はこれまでにないほど両目を真っ赤に光らせると、その場から消えた。正確には、目にもとまらぬ速さでカマキリの腹の下に潜り込んだのだ。

 

「――りぃああっ!!!!」

 

 急制動をかけ、反動を利用して繰り出された彼女の蹴りは、獲物を見失ってただでさえ混乱していたカマキリのバランスを完全に崩した。

 カマキリはもつれさせたまま狙っていた場所に突っ込み、大量の水しぶきを上げた。

 よし、と延珠がガッツポーズする。

 

 だが、カマキリはすぐに起き上がった。

 

 泥だらけの顔をカマの付け根で懸命に拭い取ると、上半身を大きく曲げて振り向いた。目を真っ赤に光らせた顔は完全に怒り狂っているようだ。

 

 そして、カマキリは恐ろしく甲高い鳴き声を上げると、自分を辱めに合わせた四匹に向き直ろうと、脚に力を入れる。

 

 

 

 

 

 だが、その全身が動くことはなかった。

 

 

 カマキリは、今度は驚きの声を上げて足もとを見やる。

 そこには、泥の中にすっぽり埋まった自分の足が見えた。

 自分が今まで見たこともない未知の現象に悲鳴を上げ、カマキリは必死に足を動かす。だが、力をいっぱいに込めた脚は引き抜かれることなく、逆にどんどん沈んでいくのが見えた。

 友幸が、にやりと笑う。

 

「流砂にはまった感想はいかがかな? 怪獣さん」

 

 流砂。要は“底なし沼”と言えば、よりわかりやすくなるだろう。水分を含んだもろい地盤、又はそこに重みや圧力がかかり、砂・泥・粘土などの粒子が、水分が飽和状態になることにより崩壊する現象である。

 映画などでは、そこにはまってしまったら最後二度と抜け出せず、やがて泥に埋まって窒息死するという描写が定番だが、流砂の比重はかなり高く人間が浮くことができるため、実際に呑み込まれて没してしまうことは少ない。

 しかし、疑塑性流体である特性から、振動を加えると流動性が増す。すなわち、もがけばもがく程沈み込んで行くと言う事実は符合する。それでも、浮力などある程度の上に押し上げる力があるため、通常は慎重に動けば脱出することが可能である。だが、このカマキリがその知識を持ち合わせているわけがなく、完全にパニックに陥ったカマキリは必死でもがき、その結果逆に沈んでしまっているのだ。

 日本では、以前はこのような現象はあまり見られないものだったが、大戦を過ぎてからはこのような森のあちこちで見られるようになった。地中侵攻タイプのガストレアが残した穴が、そのまま流砂となったのだ。

 カマキリがはまった流砂もその一つで、規模は小さく、カマキリがやっと一匹入るものだったが、延珠が巧みに誘導したおかげで、見事に成功した。

 

 普通に考えれば四人はここで逃げればいいのだが、相手は自分たちをここまで苦しめた、下手をすればステージⅢも凌駕するかもしれない規格外の存在。

 間髪入れず、友幸はさらなる駄目押しをカマキリに喰らわせようとした。

 

 目を閉じ、深呼吸。その瞬間、何も聞こえなくなる。

 まぶたを開けると、視界の中の事象が止まったかのように動きが遅くなる。雨粒の一つ一つが、はっきりと認識できた。足に力を込めて、地面を蹴る。

 顔にかかる風圧に目をとつぶり、しばらくして薄く目を開けると、友幸は空中に躍り出ていた。驚愕の表情で、こちらを見上げる蓮太郎と延珠の顔が見える。おおかた、人間である自分があり得ない高度を跳躍していることに対するものだろう。

 だが、今は別のことに集中する。

 眼下に見えるのは、カマキリの形をした怪獣。ぬかるみにはまった脚はすでに半分以上沈んでいる。だが、その動きはパニックに陥った生物のそれではなく、慎重なものだった。どうやら、抜け出す方法を自力で考えることができたらしい。

 だが、それは時すでに遅し。

 

 物体が空中で静止するその瞬間、友幸は両腕を振り上げた。両手に持つのは、使っていたジャマダハル。それを腕を思い切り振り下ろすと同時に、投げつける。その速度は音速に迫るほどのものだった。

 

 繰り出されたジャマダハルは、カマキリのカマの付け根へ吸い込まれるように、残像を残しながら装甲の薄い個所へそれぞれ突き刺さった。

 

「蓮太郎、延珠!!」

 

 友幸の声にはっとして、蓮太郎と延珠は我に返った。互いに顔を見合わせ、頷く。アイコンタクトして、蓮太郎は右の、延珠は左のそれぞれのカマを狙うことに決めた。

 

「天童式戦闘術二の型十六番――」

「はああああ……」

 

 二人同時に構え、跳躍。怪物の懐まで一気に跳躍する。

 そして――

 

「――『隠禅・黒天風』ッ!!」

「――せりゃあああああっ!!」

 

 バラニウム塊が詰まった靴底と、常人をはるかに超える硬さを持つ蓮太郎の右足が、関節からはみ出るジャマダハルへ、ほぼ同時に叩き込まれた。まるで釘という大剣に、金槌という蹴りが放たれるが如く。

 

 バキ、と生々しい音が響く。

 

 次の瞬間、二人は今まで自分たちを狩ろうとしていた死神のカマが、まるで木の葉のように飛んでいくのを見た。

 自然と、頬が吊り上がる。自分たちはカマキリの、最大の武器を折ることに成功したのだ。

 延珠は蓮太郎を抱えると、カマキリの背中を足場にして、岸まで跳躍する。これ以上泥だらけになるのは御免だった。

 

 

 当然ながら、カマキリは自分のカマを折られた精神的ショックと、神経が切断されてたことによる痛みのシグナルを脳髄に送られ、錯乱した。

 あり得ないという概念が、脳内を埋め尽くす。

 自分より小さく、か弱いものが、自分の最大の武器をへし折った。

 生物の連鎖を知るカマキリにとって、それは受け入れがたい事実だった。

 小さいものは、それより弱いものと腐肉をむさぼり、やがて大きいものに食われ、死骸は自然の糧となる。これが自然の摂理だ。だが現実は違う。奴らは従わなかったのだ。絶対的な大地の掟に。

 カマキリは鳴き声を上げて、目の前の小さき四つの存在に問いを投げかける。

 

 ――お前たちは、一体何者なのだ。

 

 だが、カマキリの言葉は通じない。彼が思うことを知られることは、おそらく永遠にないだろう。その問いは四人の耳を震わせ、不快感を与えるだけの雑音だった。

 

「リンダ!!」

「あいよ!!」

 

 ガシャン、と金属質な音と、プシュー、と空気が抜ける音が響き、リンダのガントレットが変形した。ダークグリーンに光る装甲の下から、なにやらコイルのような構造物が露出する。

 リンダはそれを、表面が水で覆われた流砂に突っ込んだ。

 

「全員離れろ!!」

 

 言われるがまま、後方に跳躍、岸から距離を取る。なにやらパチパチと何かがはじける音がした。

 それを確認したリンダは、ニイッと口角を上げた。

 

「――痺れな!!」

 

 次の瞬間、リンダの身体が眩しく光り輝いた。突然のことに、蓮太郎と延珠は発生した閃光から目をそらす。

 ようやく視線を戻した時には、流砂全体と、カマキリの全身に黄金の紫電が駆け巡っていた。カマをへし折られた痛みに続いて繰り出された一撃に、カマキリは悲鳴を上げてもがき苦しむ。それは電流だった。それも、あの巨体を誇る化け物が悲鳴を上げるほどの、強力な電流だ。

 

 十数秒――実際は数秒だったのかもしれない。とにかく時間がたって、リンダは放電をやめる。土壌の水分が電気分解されたのか、あたりに水素やイオンのような臭いが漂い始めた。

 カマキリは全身から湯気を上げている。その動きは、止まっていた。先程まであれだけ無茶苦茶に動いていた身体も、ピクリとも動かない。そのまま、か細い鳴き声を上げると、そのまま、ゆっくりと全身が前に倒れた。

 

「……やったのか?」

 

 延珠がつぶやいた。誰も、何も言わない。

 

 カマキリは、動かなかった。

 

 

 

 

 しばしの沈黙。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………はひぃいぃぃ~~~~」

 

 延珠はこれまでの人生で一番長い息を吐くと、その場に座り込んだ。身体に力が入らない。人は極限状態が解けると本当に脱力するんだなと、どうでもいいことを考えた。

 これ以上の恐怖は今後そうそう体験することはないだろう。二度と体験したくないけど。

 友幸もリンダも蓮太郎も、それぞれ思い思いに座り込み始めた。

 

「一時はどうなるかと思ったよマジで……」

 

 ぜえぜえと蓮太郎が喘ぎながら愚痴をこぼす。四人の中で一番疲労が大きかった彼は、泥汚れなど知ったことかと地面に寝そべっていたが、何かに気付いたのか、ゆっくりと身を起こした。

 

「なあ、最後にリンダが見せたあの放電現象って……いったい何なんだ?」

 

 妾も知りたいのだ。と延珠も話に食いつく。

 リンダは軽く答えた。

 

「ああそれ? 実はあたしね、複合因子(ダブルファクター)なんだ」

「だ、複合因子(ダブルファクター)だって?!」

 

 ――複合因子(ダブルファクター)

 その名を聞いた瞬間、蓮太郎が目を見開いた。まるでシャーロック・ホームズの推理小説で、意外な人物が犯人だったことに驚くワトソン医師のようだった。

 

「蓮太郎、どうしたのだ? 複合因子(ダブルファクター)とはなんなのだ?」

「い、いいか延珠。イニシエーターたちは基本、能力は保菌してあるウイルスのモデル名で識別されるだろ?」

「うむ。妾の場合は『モデル・ラビット』だな」

「そう。だけど、ごくまれにな、複数種の遺伝子を併せ持つ子供が生まれることがあるんだ。わかりやすく言うと、『ラビット』のほかに犬『ドッグ』の能力も持っていたりとか、そんな感じだ」

「ほうほう。ではリンダはその複合因子で、妾の中でもとても珍しいということなのだな」

 

 そういうことだ。と蓮太郎は頷いた。

 

「あたしの場合はモデル・ゴリラのほかに、モデル・エレクティック・エル(Electric eel)、デンキウナギの因子が入ってんのさ。だから電撃が出せたわけ。でもそのまま放電しただけじゃあ、あのカマキリの化けモンを倒すことはできない」

 

 ならばどうやるのだ、と聞く延珠に、「これさ」と両腕にはめたガントレットを掲げた。

 

「このガントレット、正式名称は『ブルガリオ』ってんだけど、これに装備された高圧電流発生装置(テスラコイル)で、電撃の威力を数百倍にまで高めているのさ」

「おお、すごい、すごいのだなリンダは!!」

 

 どうだと言わんばかりにリンダは胸を張ると、スッと髪を手櫛で払った。もともと男勝りでクールなところがあったのでかなり様になっており、そんな彼女をかっこいいと思ったのだろう。延珠が目をキラキラとさせて、リンダをヒーローのように見始めた。

 そんな女の子同士のキャッキャとした明るい会話を見ていると、友幸は頬に自然と笑みがこぼれてくるのを感じた。その様子は、つい先ほどまで化け物と死闘を繰り広げていたとは思えないほどの穏やかな雰囲気だった。

 そんな友幸に、なあと声がかかった。振り返れば、蓮太郎が微妙な面もちで友幸を見上げている。ちらりと二人を一瞥すると、小声で訊いてきた。

 

「こんなこと聞くのもあれだけどさ……あんた、複合因子の特徴って知ってるよな?」

 

 知っているよ。

 友幸も小声で答えた。

 

「知ってるのか。ならその……大丈夫なのか?」

 

 蓮太郎は不安そうにリンダを見やる。そこには、延珠と『天誅ガールズ』について熱く語り合う白人の女の子がいた。どうでもいいが、蓮太郎はこのとき「延珠と趣味が合うやつがいてよかった」と謎の安心感を覚えてしまった。

 

「『呪われた子供たち』の中でも、複合因子は普通のそれとくらべて浸食率が上がるのが早い。ウイルスを二つも保菌しているようなものだからね」

 

 能力を使い過ぎた彼女たちの行く末はあまりにも残酷なものだ。

 『呪われた子供たち』(彼女たち)は、ウイルスの恩恵で超人的な運動能力を備えている。それはバラニウムと共にガストレアに対抗できる数少ない存在であり、民警がガストレアを狩るときにも重宝されるものだ。

 ――しかし、能力の使用や傷の再生は、体内に潜むウイルスの遺伝子改変速度をわずかであるが上昇させ、浸食率を上げてしまう。

 

 そして、それらを過剰使用し、浸食率が五十パーセントを超えた瞬間――『呪われた子供たち』は形象崩壊を起こし『ガストレア』へと変貌してしまうのだ。

 

 これが彼女たちの『呪われた』要素であり、そう呼ばれることになった所以でもある。 二つの能力を併せ持つ複合因子は、その中でも浸食率が上がりやすい『子供たち』なのだ。

 

「……でも大丈夫だよ……先のことを見通せばそうじゃないかもしれないけど……今のところはね。今のリンダは完全に能力を使い分けることができる。二つの能力を同時に使わない限り、急激に上がることはないさ」

「……ならいいけどよ」

 

 そう言って蓮太郎はふっと息をついて立ち上がると、ゆっくりと岸辺まで歩み寄る。

 その後を追って隣に並んだ友幸が訊いた。

 

「蓮太郎君ってさ、こいつの対策を立てていたときはやけにカマキリの生態に詳しかったけど、君は生物学が得意なのかい?」

「あぁ、ガキの頃はファーブル昆虫記とかを読んですごしたからな。そこらの民警よりは知識があると思う」

 

 返事をしながらも、その視線は目の前で倒れている昆虫の怪物へ向けられていた。

 自分たちをさんざん追い掛け回したカマキリは、身体の半分を泥の中に沈めたまま前につんのめるような体勢で横たわっていた。強力な電流を浴びてからその眼に光はなく、いまだ微動だにしないところを見ると、死んでいるのだろう。

 蓮太郎は自然と身をこわばらせた。動いていないからこそ観察できる巨大な昆虫に、改めて自分たちがどんなに恐ろしい相手に立ち向かったのかがわかる。

 

「このカマキリの目、最初は黄色かったけど、俺たちに襲いかかってきたときは赤かったよね」

「『呪われた子供たち』と似たような特徴だったな。もともとそんな性質なのかもしんねえけど」

「でもまあ、あの常識を超えた素早さと筋力を考えれば一概に否定はできないけど。実際は調べてみないとわからないだろうね」

「コイツの死体、知り合いの先生が見たら狂喜乱舞するだろうな」

「ほお、ずいぶんと変わった趣味の持ち主だね」

「ああ、いつも地下室に引きこもって死体を愛でて、俺を変態やロリコン扱いするサイコな人なんだよ」

 

 ――うん?

 思わず蓮太郎を見た。彼の説明した特徴が、自分の知っている人物と完全に一致するのだ。

 まさかと思いつつも、友幸は尋ねた。

 

「ねえ、蓮太郎君。その人って、意外と美人なくせに髪がボーボーで目元は隈で真っ黒。解剖、映画鑑賞、十八禁ゲーム、そして人をからかうことが趣味の女性だったりしない?」

「……………………………………あたり」

 

 ――……。

 

「…………その人ってさ、ある人の後見人になってるって君に言ってたりする?」

「…………あぁ思い出した。知り合いの忘れ形見で世話している最中に中二病を発症して眼帯を着用、その後ガチムチのイニシエーターとペア組んで、フリーで民警やってるやつがいるって以前俺に言ってたな……そっちはなんか聞いてないのか?」

「…………俺もたまに聞かされていたよ。この世のものとは思えぬほどの不幸面の民警がいるって。しかも毎夜相棒のイニシエーターを抱き枕代わりにして寝ているロリコンのド変態。その度合いは海外の辞書にも載るほどって。その人に何か恨みでもあるのかと言いたくなるぐらいひっどい言いぐさだったなぁ……」

 

 しばし沈黙する。疲れた顔で互いを見やると、同時に乾いた笑いをもらし、肩を落とした。

 あのババアいつかぶちのめそう。友幸と蓮太郎は同時に心に誓った。

 

「……そうか、先生にふりまわされてたのは、俺だけじゃなかったんだな」

「……というか、今の今まで俺たちが出会わなかったのが不思議だったね」

「全くだな」

 

 驚愕の事実にお互い目を白黒させていると、自然と笑いが込み上げてくる。だが、二人は顔を真剣なものに直した。

 

「さっさと戻らねえと。影胤はケースを奪い去ったんだ」

「うん、あいつからケースを奪取する依頼は続行されるだろうね」

「ああ、早くしねえと木更さんに殺されちまう」

「そんなボロボロの状態で探すのかい?」

「うちはブラックだからな」

 

 所々破け、泥と埃にまみれた自らの制服を見下ろしてから、蓮太郎は笑った。

 まさに、その瞬間だった。

 

「延珠、早く帰――」

 

 

 

 

 

 轟音と共に、蓮太郎の姿が消えたのは。

 

 

 

 

 

 

「……蓮太郎、くん?」

 

 友幸は突然視界から姿を消した蓮太郎を探してあたりを見回す。

 

「蓮太郎ォォ!!!!」

 

 絹を引き裂くような、甲高い声が後ろから聞こえた。延珠の声だ。

 蓮太郎は自分たちから遠く離れた岩壁に全身を打ちつけられていた。岩はひび割れ放射状に広がっている。その直径は十メートルほど。彼の周りに、鉄の匂いがする赤い液体が広がっていた。

 

 人が消えたと思ったら、いつの間にか岩壁に叩きつけられていた。

 

 あり得ない現象に、全員の思考が停止する。比喩ではない。そんな現象は、戦車の砲弾のような勢いでも喰らわない限り無理だ。いったいどんな力が彼にぶつかったというのだ。

 流砂に目を戻して、友幸はあることに気付く。

 カマキリがいなかった。そこには、なにか大きな物体が引き抜かれたかのような虚ろがあるだけだ。

 翅からヘリコプターのような爆音をあたり一帯に響かせて、カマキリは空を飛んでいた。トンボのようにホバリングし、武器が千切れて使い物にならなくなった前脚から黄緑色の体液の雨と、身体に付着した泥を垂れ流しながら、今までにないほど目を真っ赤に光らせてこちらを睨んでいたのだ。

 

「……不意打ちかっ!!」

 

 誰にも聞こえないように舌打ちした。カマキリは死んだふりをして、不用意に近づいてきた蓮太郎を頭突きで思い切り突き飛ばし、自分たちが呆然としている間に流砂から脱出したのだ。

 

「おのれェェェェェ!!」

「まて延珠!!」

 

 同じく目を真っ赤に光らせ、半狂乱の体で延珠が飛び出す。すぐにリンダがそれを抑えた。

 

「離せ、よくも、よくも蓮太郎をォ!!!!」

 

 暴れる延珠をリンダに任せ、友幸はこの後の行動を瞬時に思い浮かべる。

 戦闘続行は真っ先に破棄した。現状では勝算は限りなく低いどころか、ほぼ皆無だ。この状態で戦闘を継続するのは自殺行為である。やはり逃げるという選択しかなかった。

 

 蓮太郎を抱えた状態で、素早い動きをするカマキリから逃げ切れるかどうかは怪しいが、うまいこと森を突っ切れば或いは出し抜けるかも知れない。だが、問題は延珠だ。蓮太郎を見て死んだと思ったのか、カマキリへがむしゃらに突っ込もうとしている。果たして自分たちの行動に従うのだろうか。

 だが、カマキリが自分たちに与えた時間は僅かなものだった。

 ゆっくりと降下して地面に着地すると、その身を前向きにかがめ始めた。それだけで三人は、自分たちの人生にタイムリミットが迫っているのがわかった。

 

――もう、間に合わない。

 

 友幸は全身の力を抜いた。リンダも延珠の拘束を解く。だが、延珠は一歩も動かなかった。

 カマキリは足に力を込める。獲物を横取りし、あまつさえ自分の武器をへし折った小さな存在を許すつもりはなかった。

 カマキリは一声鳴くと、邪魔者をなぶり殺しにしようと力を蓄えた脚の力を開放しようとした。

 誰もが死の一撃を覚悟したその時だった。

 

 

 

 視認できないほど高速で飛来してきた物体が、爆音とともにカマキリの身体に多数ぶち当たった。

 それらの大半はカマキリの鎧に弾き返されたが、カマキリの姿勢を崩すには問題ない量だった。

 友幸は足元に転がってきた物体を見て息をのむ。

 それは三十ミリ自動機関砲の銃弾だった。

 続いて小規模の爆発がカマキリの周囲で発生し、衝撃と爆風が熱をもって、こちらに押し寄せる。三人は飛び散る粉塵から顔を護った。

 顔を上げると、爆音を響かせてカマキリに攻撃する三台の浮遊する物体。対戦車用の戦闘ヘリコプターだった。遅れに遅れてやってきた援軍の到着に、友幸たちは心から安堵する。ヘリコプターがまるで救世主のように見えた。

 カマキリは怒りの声を上げると、翅を広げてヘリコプターに威嚇する。ヘリコプターの乗員は返事としてロケット弾を多数発射した。炎の嵐が降り注ぎ、カマキリは爆炎に包まれた。

 矢継ぎ早に繰り出される攻撃に、威勢が良かったカマキリは一転して恐怖と困惑の声を漏らす。

 よしいいぞ。このまま倒されてしまえ。

 すると、カマキリが翅を広げた。威嚇かと思ったが、カマキリはそれをはばたかせ始める。まさかと思った瞬間、台風もかくやといわんばかりの暴風が吹き荒れた。爆炎を吹き飛ばし、爆煙を広範囲へ拡散させ、ヘリコプターの姿勢をも崩す。

 気付いた時には、カマキリはすでに遠くへと飛び去っていた。

 その方向は都市部ではなく外周区の、さらにその先。モノリスの遥か彼方だった。

 追撃のためか、ヘリコプターがその後を追い始める。だが、カマキリの飛行速度は尋常ではなく、みるみるうちに遠さがっていった。

 巨大カマキリは、東京エリアから逃げ出したのだ。

 

「た、助かった……」

「あいつら……今頃助けに来やがって」

 

 おせーんだよこのバカヤロウ!!!!

 リンダは地団太ふんで、遠ざかっていくヘリコプターへ怒鳴った。それには友幸も同意見だった。

 

「蓮太郎ッ!!!!」

 

 延珠の声にハッと我に返る。

 あわてて蓮太郎のそばまで駆け寄ると、延珠が涙を流しながら彼を介抱していた。

 ひどいありさまだった。どこを怪我しているのかまるで判別がつかないほど血まみれだった。このようすだと骨も複数折れているかもしれない。

 

「蓮太郎……死ぬな、死んじゃいやだぁ……」

 

 血で自らの服が汚れるのにもかかわらず、延珠は彼を抱きしめる。血が抜けで徐々に冷たくなっていく身体に、延珠はいやいやと首を振った。端正な顔は顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。

 その時、蓮太郎が大きくむせこんで血を吐いた。そして、うっすらと目を開けた。

 全員目を見開く。蓮太郎はまだ生きていた。まだ助かるかもしれない。

 

「友幸、リンダ!! はやく救急車を!!」

 

 延珠が叫ぶが、それは杞憂だった。

 どこからともなく、バラバラとローターの音が聞こえてきた。

 延珠は見上げると、空から『それ』は視界にぐんぐん大きく迫ってくるのが見えた。

 純白に輝く機体の中央には杖に巻きつく一匹の蛇。

 ドクターヘリが、彼らの近くに着陸した。






 蓮太郎は犠牲になったのだ。カマキラスのしつこさの、その犠牲にな……。


 劇中に登場した複合因子(ダブルファクター)という設定は、このハーメルンで執筆活動している緑餅さんのブラック・ブレット二次創作作品『ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-』から許可を得て登場させています。緑餅さん、ありがとうございます。




【ちょっとした特撮ネタ】
 リンダの名前
>実は本名の「リンダ・レイ」にはモデルがあり、1933年のオリジナル「キングコング」の絶叫ヒロインことアン・ダロウを演じたフェイ・レイと、東宝特撮映画「キングコングの逆襲」のヒロインを演じたリンダ・ミラーから。
 これに加えて、放電可能なモデル・ゴリラは「キングコング対ゴジラ」でのキングコングのオマージュだったりする(劇中で高圧電流を浴び、その後電撃が出せるようになっています)。


『ブルガリオ』
>「幻星神ジャスティライザー」や「超星艦隊セイザーX」に登場した巨獣『ブルガリオ』から。特技監督の川北紘一氏いわく、メカニコングのオマージュ。
 実はガントレットの名前、ついさっきまで『ブルガリオ』と「チェルノ・アルファ」(パシフィック・リムの人型ロボットの名称)のどっちにしようか迷っていたりする(演出や効果はチェルノ・アルファを参考にしたため)。塗装がダークグリーンなのはその設定の名残。


 初めてですよ、一万文字超えたの。カマキラスでこれなら、ゴジラとスコーピオンの戦闘はどれだけ長引くんだろう…………。







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