ブラック・ブレット Monsters:Rulers of Earth   作:アマナットー
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 蓮太郎が寝ていた間、他の人は何をしていたのか?

 自分なりに保管していきます。あと二~三話は続くかもしれません。


 描写するのは空白の時間のようです

 

 

 

 

 甲高い音をたてる空気清浄器にナースコールの電子音、あらゆる薬品のにおいが充満する勾田病院に友幸はいた。時折すれ違う患者や看護師を避けてつつ、あるところに向かう。

 途中、寝たきりの患者と面会し楽しそうに話している家族や、老人が医師の診断を受けているのを見た。からからと笑っているところを見るとそれほど深刻な事態ではないようだ。だが、友幸はそんな微笑ましい光景を尻目に、早歩きで進む。

 周りの喧騒が遠くなってきたところで、友幸は目的の場所に近づいているのがわかった。

 視界に入るのはとある病室。その外に備えつけられた来客用のベンチに、誰かが座っている。頭を俯かせており、病院の光をすべて吸収するかのような濡れ色の黒髪が端正な顔を覆い隠していた。

 食い込んだビニールひもに右手の指が痛みを訴え、左手に持ち替える。見舞い品のリンゴが袋の中でゴロリと転がった。

 

「天童社長」

 

 濡れ色の髪を持つ女性がすっと顔を上げる。さっきまで泣いていたのだろうか、いまだに涙で潤んだ目の周囲と鼻の頭は、白い肌と相まって真っ赤に腫れており、そこに以前見た凛とした佇まいはなく、十代後半の年頃の少女がそこにいた。

 

「芹沢さん」

 

 すんと少し鼻をすすって、天童木更が立ち上がった。手を前に回して、友幸に深々と礼をする。友幸も答礼すると、見舞いの品を彼女へ差し出した。

 

「リンゴですか。わざわざありがとうございます」

「いえいえ……それで、蓮太郎君はどうなんですか?」

 

 病室にいったん目をやってから真剣な目で聞く。ぴっと木更が口を真一文字に結んだ。

 

「……まだ、目を覚ましませんか?」

「……はい。容体は安定していますが、昏睡状態が続いていますね」

「中に入っても?」

「ええ、大丈夫です」

 

 里見蓮太郎と書かれたプラカードが張り付けられた病室の扉を開けられ、友幸は中へ足を踏み入れる。暖房のきいた暖かい空気が廊下のひんやりとした空気を押しのけた。

 小物が一切配置されていないからだろうか、個人用のがらんとした病室がさらに広く感じられた。窓際にぽつんと、患者用のベッドが置かれている。そこで、安らかな寝息を立てている人が二人いた。一人は来客用のベンチを列車のようにつなげて簡易ベッドに改造し、そこで腕枕を敷いて寝ている延珠だった。木更か看護師がやったのだろうか、彼女に毛布が掛けられていた。

 

「延珠ちゃん、里見くんのそばを離れなくて。結局根負けして、この部屋でのお泊りを許可してしまいましたよ」

 

 延珠の顔にかかった髪の毛をそっと払い、木更が苦笑して説明する。友幸にはその時の様子が簡単に想像できた。

 

――愛されているな。

 

 もう一人、薄緑色の病衣に身を包み目の前のベットに横たわった蓮太郎に、心の中で声をかける。

 病衣に包まれたその躰には、点滴も、心電図もついていない。呼吸も規則的だ。

 しかし頭や腕など、大怪我を負った箇所にはいくつか真白い包帯がぐるぐると巻かれており、その姿は非常に痛々しかった。

 

 

 

 昨日、蓮太郎が病院に運び込まれた時のことを思い出す。

 蓮太郎がカマキリの化け物に負わされた怪我はひどいものだった。

 

“岩の破片と、巨大生物の外骨格にある突起物による腹部の刺傷”

“ありえないGによる打撲傷と、それによる内出血で青紫色に腫れ上がった身体"

“肋骨など複数個所が罅および骨折しかけている”

 

 医師から渡されたカルテを少し見ただけで軽くめまいがした。蓮太郎は本当にいつ死んでもおかしくない状態だったのだ。

 その診断結果にリンダは唖然とし、延珠はとにかく蓮太郎の容態が危険なものであると把握して医者に詰め寄って抑えられ、後から駆け付けた木更は気絶した。

 すぐさま蓮太郎は緊急病棟に移され執刀されたが、それはそれは大手術だった。担当した執刀医の、手術後の疲れ切った表情がありありと思い浮かぶ。手術はベテランの執刀医でさえもあやうく匙を投げかけてしまったほど大規模なものだったらしい。そのおかげだろうか、蓮太郎の心臓は最後の最後で動き出し、無事に手術を乗り切って事なきを得た。その時はそろって胸をなでおろしたものだ。

 今日は蓮太郎が昏睡状態に入ってから二日。聞けば、医師の判断によると、予定ではあと数日以内で意識が戻るそうだ。

 

「そうですか。それなら安心ですね」

「ええ、ですが……」

 

 ぽつりと零れた、か細い声音。

 その言葉尻に篭るのは恐怖と怯え。

 たった一言で、一瞬にして木更の雰囲気が変わったことを感じ取り、友幸は蓮太郎から視線を移した。

 

「天童社長?」

 

 恐る恐る声をかける。

 木更はまたうつむいていた。握りしめていたハンカチを顔に当てて静かに嗚咽を漏らしている。どうやら泣いているようだった。

 木更は鼻をすすると「ごめんなさい」とつぶやいた。

 

「……私、怖いんです」

「怖いって……何がですか?」

 

 友幸の問いかけに木更は少しばかり沈黙する。友幸もその間は何も言わず、じっと彼女を見る。

 

「里見くんが、死んでしまうことです」

 

 木更は喉の奥から絞り出すようにそう言うと、ベッドのそばによって布団からはみ出した蓮太郎の左手を両手でさすって、そしてぎゅっと握りしめた。とくとくと脈打つ蓮太郎の、血の通った左手から熱が伝わって、外気で冷え切っていた手がじんわりと暖かくなっていくのを感じる。木更の両目から一粒ずつ、涙が落ちた。

 

「それは、なにゆえに?」

「私と里見君は、民警では上司と部下ですが、同時に十年来の幼馴染みでもあるんです。ですので、里見くんのことはよく知っているつもりでいます」

 

 なるほど。と友幸は頷く。つまり、蓮太郎は木更にとって大切な幼馴染みだから死んでほしくないのだろうか。そう自己完結しかけたところに、驚くべきことが耳に入った。

 

「里見くんは一度死にかけたことがあるんです。これよりももっとひどい怪我で」

「なんですって?」

 

 友幸は目を剥いた。まさか、蓮太郎はこれよりもひどい、それこそいつ死んでもおかしくない重傷を負っていたというのだろうか。

 

「要点だけ話しますが、十年前、里見くんはガストレア大戦で両親を喪い、私の実家に引き取られました。私と知り合ったのもその時です」

 

 頷いて先を促し、耳を傾ける。

 

「それからしばらく経ったとき、実家に、ガストレアが侵入したんです」

 

 友幸は絶句した。そこから先の展開が、なんとなく予想できてしまった。

 

「……まさか」

「はい。ガストレアは私の両親を目の前で食い殺し、さらに私へ襲い掛かりました。その時に里見くんが……」

「身を挺して貴方をかばった……ということですね」

 

 こくり、と木更はうなずいた。

 

「その時に里見くんは致命傷を負ってしまいました。執刀医の懸命な治療により命は助かりましたが」

 

 片手をそっと蓮太郎の手から放す。木更はその手を自分の腹に当てた。

 

「両親が殺された上に、親友の大怪我。それらを直視してしまった私はストレスで持病の糖尿病が悪化し、今では腎臓の機能がほぼ停止してしまいました」

 

 友幸は黙っていたが、その表情は暗かった。持参していたペットボトルのふたを開け、中に入っているミネラルウォーターでのどを潤す。ぬるくなった水の味がひどく苦いように感じられた。

 

「芹沢さん」

 

木更が問いかけた。

 

「里見くんがなぜ民警をやっているかご存知ですか?」

 

 友幸は黙って首を振った。

 

「両親を探すためだそうです」

「御両親を?」眉をひそめて首をかしげた。「亡くなったはずでは?」

「たしかに里見くんの両親は、彼が引き取られてからしばらくしないうちに、遺骨として私の家にやってきました。ですが、彼は変わり果てた両親の姿が信じられなかったんです」

 

 友幸はなるほどという表情を浮かべた。「現実逃避ですね」

 

「そうかもしれません」木更はうなずいた。「私もその気持ちはわかります。いまだに目の前で殺された両親が現実のものとして受け入れることができませんから」

 

 腹にあてていた手を、再び蓮太郎の左手に重ねた。

 

「それに加えて、里見くんは自分の出生についてはあまり記憶にないそうです。ご両親はすでに先立たれ、親戚筋もいないため、自身のルーツも知らない。ですからIP序列向上による『機密情報へのアクセス権』を得て自身のルーツを調べるため、民警を選んだんです」

 

 なぜそこで民警なんだ? 自分も人のことを言えたものではないが、自らの出生を知りたいのなら、調べる方法はほかにいくらでもあるはずであろうに。何か理由でもあるだろうか。

 気になって聞いてみると木更は吹き出し、「里見くんは良くも悪くも直情型ですからほかに思いつかなかったんでしょう」と答えられた。そういうもんかね。

 はぐらかされたようで、友幸は妙なむずがゆさを覚えて顎をかいた。無精ひげが少しだけ生えていた。どうやら剃るのを忘れていたようだ。

 

「でも、今の里見くんを見ていると、その目的すらも曖昧なものになっているようで、それが私には不安で仕方ないんです。今はまだ大丈夫かもしれませんが、そのうち目的を見失ってしまい、民警のお仕事を惰性でやるだけになってしまったらと思うと」

「いつか、ふとしたことで死ぬかもしれない。貴女はそれが怖い」

 

 友幸の言葉に木更は何も言わなかった。

 木更は、彼の言葉を聞いて、ゆっくりと咀嚼している。まさにその通りだ。惰性で行う作業ほど恐ろしく、危険なものはない。活動が鈍り、注意力が散漫する。特に、死と隣り合わせの民警ではそれが命取りになりやすい。民警の死亡率が高いのはその危険性もあるだろうが、彼らの割合がひとえに行き場を失い、その後の人生が決まったも同然の犯罪者や元囚人が多くを占めているからだ。戦争でさらに就職困難になりつつあるこのご時世に、経歴で真っ先にはねられるような彼らの将来にどのような目的、目標があるだろうか。否、一部を除けばあるはずもないだろう。

 

――木更は、恐怖した。

 目標を何もかも見失って、自分の存在意義すら崩れてしまった――そんな蓮太郎を想像してしまって。

 

 そして昔のように、ガストレアに喰われる蓮太郎を想像して。

 

 そして、自分の目の前で『自分がやること』に加担して、抵抗なく『人を殺していく』蓮太郎を想像して。

 

 彼を信頼している自分がいると同時に、初恋であり今でも思いを寄せる彼にまともな人生を送ってほしいと願っている自分がいる矛盾に。コートを着ているはずなのに寒気を覚えて、二の腕をこする。

 確かに自分が出ていくときに手伝ってほしいとは言った。彼も『それ』を了承している。だがそれでいいのだろうか? 彼は自分のために――

 

 今自分は『何』を考えた?

 

――木更は、恐怖した。ああ、まただ。また関係ない思考が入った。『これ』は今回のことに全く関係ないのに。

 自己嫌悪した。足元がグラグラと揺れている気分になる。そのまま、ズルズルと何かを考えてしまいそうになり――

 

 と、甲高い電子音が思考の沼にはまっていた自分を引きずり出した。自分の携帯の着信音だ。見ると、友幸の携帯もなっている。二人とも病院に入る前にしっかりマナーモードにしていたはずだ。

 これが示すのは一つしかない。

 

「もしもし」

 

 通話状態にして、二人同時に出る。

 

 内容は、この間と同じように政府直々の招集だった。






 キャラの心情描写って難しいですね。脱線しやすくて。自分でも途中から何かいているかわからなくなりかけました。

 どうでもいいかもしれませんが、感想がなかなか増えなくてちょっと寂しいです。評価はもちろん、感想が多ければそれだけ創作意欲が湧いてきますから、どんな人でも感想いただけたら幸いですね。







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