ブラック・ブレット Monsters:Rulers of Earth   作:アマナットー
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 空白の三日間最終章。

 そして――――


 描写するのは空白の時間のようです その五

 

 

 

 

 蓮太郎が目覚めたのは、彼が昏睡状態に入ってから三日が経ちはじめたばかりの時だった。

 

 その日木更は、学園で本日の学業を終えてから早々、延珠と一緒に蓮太郎のいる勾田病院へ見舞いに赴いていた。

 鞄をデスクに置き、ほうと息をついて木更は来客用のベンチへ座る。

 その間に延珠は、蓮太郎の眠るベッドへと駆け寄った。

 

「蓮太郎、喜べ。ふぃあんせの妾は今日も来てやったぞ」

 

 だから起きろ。今すぐに。

 そう言って延珠はペチペチと蓮太郎の頬を軽くたたく。

 その様子に目を細めると、今度はすうすうと寝息を立てている蓮太郎へ目をやる。

 医者の診断では、今日中に目覚めるらしい。

 その時、くるるぅと可愛らしい音が病室に響いた。

 

「……あら?」

 

 視線を音源に向けて、思わず木更は吹き出す。

 そこには、お腹を押さえて顔を真っ赤にした延珠がいた。

 

「延珠ちゃん、なにか食べる?」

 

 こくりと延珠がうなずいたのを確認すると、木更は冷蔵庫から友幸が見舞い品として持ってきたリンゴを取り出し、事務所から持ち出してきた果物ナイフを手に取って皮をむき始めた。

 木更はこの年代の女子と比べてかなり、いやいっそ清々しいほど料理が下手だったが、リンゴの皮をむくぐらい造作もなかった。

 

 

 

 

「木更さん……?」

 

 一個目が無事にむき終わり、二個目に入ろうとリンゴへ手を伸ばしたのとほぼ同時に、弱々しくかすれた声が耳に入った。

 たった数日ぶりの、しかし木更にとっては何か月ぶりに聞いたように錯覚したほどの、自分が一番聞きたかった声。

 それが蓮太郎のものだとわかった瞬間、胸から何かこみあげてきて思わず泣きそうになったが、腹に力を込めてかろうじて抑え込む。

 木更はあくまで平静を装って蓮太郎へ向いたが、それでも数日前よりやつれていた彼を見た途端、それがまたぶり返してきた。

 

「おかえりなさい。里見くん」

 

 淑女らしく彼の生還を祝いたかったが、結局涙腺が崩壊し、泣きだした木更は延珠と共に半身を起こした蓮太郎へ飛びついた。

 蓮太郎が病み上がりの重傷人ということを忘れて。

 

「痛っでえええええええええ!!!!」

 

 次の瞬間、空気を震わすほどの絶叫が勾田病院全体を駆け巡った。

 

 

 

「What's the fuck ?」

「……さ、さあ?」

 

 階下では、風船ガムの自己ベストを邪魔されて大層ご立腹なリンダと、手渡された氏名記入欄へ名前を書いていた友幸が悲鳴の事情を察して冷や汗を流していた。

 完全に余談だが、文字はまったくズレていなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 背後に敵の気配を感じ取る。相手は自分の後頭部へ掌打を繰り出そうとしていた。

 蛭子影胤はそれにいち早く気付き、首を傾けて回避。その勢いを利用して一回転し、回し蹴りを放つ。

 

「おっほ~うぃ」

 

 相手はそれを楽しそうに左手でつかんで難なく受け止めると、トンと右掌で軽く一撃。すさまじい衝撃が全身を襲い、壁まで吹き飛ばされる。

 即座に影胤は壁を足場にし全力で蹴り飛ばす。一瞬で間合いを詰め、有無を言わせず左拳を振り上げた。相手に当たる寸前で腕を掴まれ阻まれたが、これはフェイク。

 右拳を掬い取るように振り上げ、鳩尾へ一気に放つ。

 しかし、これも相手の掌で阻まれた。

 その事に影胤は一瞬驚くが、直ぐに手を振り解く。同時に、打ち上げるように足を振り上げた。相手は背後に跳ぶことでそれを回避するが、その一瞬の隙に態勢を整えた影胤の鞭の様な蹴りが襲う。しかし相手はその一撃を腕で弾く。そして地面を踏みしめ、凄まじい速度で前に出た。

 

「ヌハハハハあッ!!」

 

 勢いをそのままに肘鉄を放つ。影胤はそれを両腕でガードするが、衝撃で一瞬後退する。それを追撃するように蹴りが放たれるが、影胤は上半身を逸らすようにしてそれを回避した。だが相手は動きを止めずにそのまま体を回転させ、逆の足で放たれた回し蹴りが影胤を捕らえ、蹴り飛ばした。

 

「ぐぅ!?」

 

 身体ごと吹き飛ばされたが、足を踏ん張って耐え抜くことが出来た。

 間髪入れず両腰のホルスターから愛銃のサイケデリック・ゴスペルとスパンキング・ソドミーを抜き打ち。マシンピストル化した拳銃から合計数十発もの弾丸が吐き出され、相手へ殺到した。

 音速で迫る弾幕、避けなければ間もなくハチの巣になる。

 

「ほれ」

 

 しかし相手は避けるどころか、スッと軽く手をかざす。それだけですべての弾丸がそいつの目の前で、まるで時が止まったように空中で静止した。

 驚いたのもつかの間、相手が指を一振り。次の瞬間、銃弾が百八十度回転して自分へと襲い掛かってくる。

 これには影胤も反応が僅かに遅れたが、ギリギリのところで斥力フィールドを展開し事なきを得た。

 

「……まさか、これほどとはね……」

 

 影胤はシルクハットをかぶりなおすと、仮面の奥で歯を食い縛りながら、上がりはじめた息を整える。

 この身体になってから何年振りの経験だろうか。苦戦し、その上戦闘中に息切れしたのは。

 それ以前に、この短時間の戦闘でここまで自分の技が通用しないことなど今までにあっただろうか。

 

「うぅん、地球人にしては悪くない腕だ」

 

 無意味だけどね。

 ひょうひょうとおちゃらけた声に、ぞわりと精神が逆なでされる。

 顔を上げれば、月をバックにトレンチコートを着込んだ男が薄気味悪い笑みを浮かべて立っている。

 影胤の前に突如現れ、斥力フィールドを素手で弾き返した男は、悔しいことに、傷一つないどころかまるで疲れている様子もなかった。

 

――手加減されている。

 

 男を見ていて、影胤はそう判断していた。

 自分がどれほどあがこうが、相手はそれをいとも簡単にいなし、受け流し、そして吹き飛ばす。

 男は本気の攻撃など一度もしてこなかった。まるで自らの絶対的な優位を示すように。

 どうしても認められないその事実はしかし、現実となって影胤の背中にのしかかる。

 あまりの屈辱に、どうしようもなく腹が立つ。

 と、影胤の後ろに何かが放り投げられてきた。

 

「がはっ!!」

 

 背中から地面に叩きつけられた小比奈は、肺から空気が漏れるような声を吐きつつも素早く起き上がり、影胤の後ろに立つ。フリルのついたスカートはボロボロで、裂けた箇所からところどころ肌が露出し、その間から擦り傷が見える。肩は呼吸と共に大きく上下し、膝がわずかに震えていて疲れているように見えたが、真っ赤に光った目は怒りに燃えていていまだ闘志は衰えていない。小比奈は得物の小太刀を交差させて歯をむき出しにし、投げ飛ばした相手を威嚇するように睨みつける。

 闇の中から、ザリザリと砂利を踏みしめる足音が二つ。

 ガツン、と鉄塊が地面にあたったような金属音が響いた。

 

「ねえねえちっちゃいの、それでおわりなの? もっとあそぼうよ」

 

 肩に担いでいたドリルを地面に突き刺し、寄り掛かったテーダが不満そうな声をあげる。隣に立ったシーズが呆れたようにため息をついた。

 

「テーダ、当初の目的を忘れないで。あの子とは遊ぶんじゃなくて足止めするの」

「あ、そーだったね。わすれてたあ」

 

 指摘され、テーダは誤魔化すようにでへへと笑う。まるで姉妹のようだ。

 小比奈をここまで追い詰めたシーズとテーダの二人も、主人と同様全くの無傷だった。

 まずいな、と影胤は危機感を覚える。

 彼は当初、この三人をあなどっていた。

 突然現れたこの怪人たちの実力は未知数だったので警戒こそしていたが、心の奥底では自分たちの勝利を信じていた。それがこの結果だ。

 どちらの実力もこちらを圧倒し、その上無傷。そして自分たちは挟み撃ちにされて完全に追い詰められているときた。

 内心で嘆息する。百三十四位の超高位序列者と言う自覚が、いつの間にか傲慢と慢心という枷を生み出していたらしい。

 

「さあて、抵抗しても無駄なことが分かっただろう? そのケースをこっちによこしてくれないかい?」

「……一つ、聞いてもいいかね?」

「時間稼ぎなど――」

「よせ」

 

 飛び出そうとしたシーズを制する。彼女が引き下がるのを確認すると、男は続けろと言うように顎をしゃくった。

 

「君は先ほど、どの組織の差し金でもないと言ったな」

「うん、言った」

「なら、君は個人で動いているのか?」

「いいや、私はちゃんとした“ある組織”の一員だ。この行動もそれの命令さ」

「その言葉、矛盾していないかね?」

「いや、別に矛盾していないよ。言葉は足りなかったけど、私はこの世界の、表裏含めたどこの組織にも所属していない。それ以外の組織にいるのさ」

「この世界以外の、ねえ……」

 

 影胤は仮面の奥で眉をひそめる。

 

「なら、君は何者なのかね? まさか、宇宙人だとでもいうのか?」

 

 ほぼ冗談のつもりで問い返した。

 しかし影胤が見たのは、なにか笑いをこらえている様子の男。

 

「……宇宙人、か……ムフフ、フフ――」

 

 それを皮切りに、男は大きく背をのけぞらせて爆笑した。

 月明かりのもと、細い身をよじらせて壊れたように笑い続けるさまは、怪奇映画の怪人を連想させた。

 しばらく笑うと、男はひいひい言いながら口を開いた。

 

「宇宙人! 複数の言語単語音節語彙を組み合わせるこの国の複雑な言語体系にしては何ともシンプルかつすっきりとした響き!! この国の言語を覚えたときから気に入っていたよ、そうその通り大正解だ!! 私は宇宙人何も間違っていない完璧だその認識であっているよ!!」

 

 かろうじて聞こえるぐらいの早口で言い切ると、またもや爆笑し始めた。

 

「では聞くが、宇宙人は一体何が目的でこのケースを狙うのかね。このようなものを使って何をなそうと考えている?」

「研究して解明するのさ」

「研究?」

「そう、その中身にあるガラクタがなぜステージⅤを呼び寄せることができるのか? その理由と原因、メカニズムを解明したいだけなんだよ。ガストレアウイルスは地球生物そして人間にも感染する。ステージⅤが感染した人間の成れの果てだと仮定すると、その中身が関係している可能性が高い。うまくいけばステージⅤを意のままに操り、ゆくゆくはガストレア全体を統括できるかもしれない!!」

 

 その言葉に影胤は片眉を上げた。

 ステージⅤ、果てはガストレアそのものを操る。

 それを実行することがいかに難しいだろうか。

 

「ガストレアを君たちの手駒にするのか?」

「そう。ガストレアと言わず、人間だって使えるものはすべて使っていくつもりだよ。当然、いま世界中を騒がせているゴジラと言う巨大生物も例外ではない」

「それで、なにをするのかね? 宇宙人なら宇宙人らしく地球征服して人類を奴隷にでもするのか?」

「まっさかー、別に私たちは地球の資源はともかくとして、科学力も軍事力も遥かに劣り、ガストレアに押されいまや滅亡に向かいつつある原住民の世界や文化なぞ、今のところこれっぽっちも利用価値なんて見出していない。私は人知れずこの星できたるべき戦いに備えて戦力を集め、増強し、整える。その命令を受けてこの世界を動き回っている、それだけのことさ。もっとも私はこの星に来たばかり、な~んにも知らないのが現状だがね」

 

 男はひょいと掌を突き出した。

 

「とにもかくにも、そのためにはどーしてもそれが必要なのさ、さあ、そのケースを、『七星の遺産』というガラクタをこっちによこしてくれないかい?」

「断ろう。私には私の理想があるからね」

「ほうほう、それはなんですのん?」

「簡単なことだ」

 

 影胤は仰々と手を広げる。

 

「私の目的は戦うことだ。殺すために作られた私は戦うことでしか存在意義を見出せない。これでステージⅤを呼び出し、モノリスが破壊されれば戦争は再開する。その時こそ出番だ、私は必要とされ、その存在意義を証明されるッ!! 戦争が継続している世界こそが私が求める理想郷なのだ!!」

「く、だ、ら、ない!! その理想はじつに不合理で、じつにくだらないよ!! ただ己の力で敵を無双し一掃し、周囲にそれを見せつけ支持と尊敬を得たいがために無関係かつ不特定多数の同胞を巻き込んで混乱を引き起こす。それで起こった被害にはまるで頓着しない。なんと君は無責任かつプライドと自己顕示欲の強い人間だろうかッ!! そんなもんこの国のネットワーク用語でいうところの中二病とまるで変わらないじゃないかッ! 変態にツエー能力を与えた結果がこれだよ!! ってかッ?」

「ああ、そうかもしれない。つきつめればそれは幼稚な思考といえるだろう!! 強い力を持った者がそんな思考の元動くことは許されざる行為だ。だがそれがなんだというのだ? 私にはそんなもの関係ない。戦えればそれでいい。この見解は世間から見れば間違っているかもしれないが私は答えよう、それは君が最初に言った人間の数多ある個性というものの一つなのだと!!」

「おもしろい、君は本当におもしろいよ蛭子影胤。変わっている、狂人だッ!! 人として生まれてから数十年、しかるべき教育と道徳をおそらく受けておきながらたどり着いたのは周囲に新しいおもちゃを見せつけ自慢したいという子供のような欲求!! 大の大人が子供に見せていいもんじゃない!! しかし、しかしだ。君はそれを確固たる信念として持っている。それこそダイヤモンド並み、いや君の斥力フィールド、いやそれ以上の硬さだ!! 君より多くの知恵をつけているはずのどの有識者よりも硬い!! それはある意味単純明快で簡単な欲求だからこそそこまで強く持てるのだろう!!」

「なんとでも言いたまえ。とにかく私はこの信念を捻じ曲げるつもりなど毛頭ない!! 戦争が始まって早々に殺されるような存在は私の理想郷には最初から不要な奴らだ!! 人間だろうと宇宙人であろうと私を止めることなどできない!! それでも理想の実現を邪魔するのであれば、全員殺してやるッ!!」

「いやはや、人間の個性と言うのはなんと複雑で単純なのだろうね!! まさに矛盾、ここに極めれり!!」

 

 男はダンサーのようにその場をグルリと一回転すると、ズビッと勢いよく指差した。

 

「いいぞ、蛭子影胤。その強烈な個性と信念は実に興味深い。私は君を一人の人間として非常に気に入った」

「ほう、宇宙人に気に入ってもらえるとは私も光栄の極みだ。確実に仲間へ自慢できるだろうね」

「そうか、そうだろうね。そこで君に提案だ。今回は君に免じてケースを持ち去るのは諦めよう。しかし条件がある」

「なんだそれは?」

「簡単なことだ、君は君のやりたいことをすればいい。この国では昔から努力すれば夢はかなうというだろう? 君の理想郷を作るためにそこまで強固な信念を持っているならば、ぜひ成功させて私にみせてくれたまえ。この世界で『悪』と定義される存在が、人類の数ある中でも最悪な事態を『夢』としてかなえる。成功するかしないか、その結果は、この星で繁栄し多数存在する人間ホモ・サピエンス族を分析するのに必要な、多数あるデータのなかの特別な一つとなるだろう」

「そうか私は被験体か、モルモットか。いいだろう、その程度ならたやすい御用だ。喜んでそのデータを提供しよう。もちろん、私にとって『最高な結果』をね」

「ありがとう蛭子影胤。最高のデータを、首をキングギドラのごとく長くして待っているよ」

「キングギドラ?」

「こっちの話だ、忘れてくれ」

「なら忘れよう」

 

 忘れるな。

 

「では、そろそろおいとまするとしますか。君の追手が来たようだし」

 

 そう言って男は空を見上げる。夕焼けの空の向こうから、ヘリコプターのローター音が影胤の耳に響いてきた。

 

「最後に一つ聞かせてくれ」

「なんだい?」

「もし君が宇宙人だというのなら、せめて君の星の名前を聞きたいものだね」

「いやあ無理だよ。僕たちの星の名前は地球人には発音できないからねぇ」

「そうか、それは残念だ」

「でもまあそうだね、どのみち名前は必要だろうし……」

 

 顎に手を当ててしばらく考え込む。

 やがて何か思いついたようにピンと人差し指を立てた。

 

「まあ一応僕たちのことは……“X星人”とでも呼んでおいてネ♪ シーズ、テーダ、行くぞ」

「はい、統制官」

「りょーかーい!!」

 

 男――『X星人』はそう言ってにんまりと笑うと、身体を発光させる。

 光が収まった瞬間、X星人はまるでその場にはじめからいなかったかのようにふっと消えていた。

 小比奈がハトが豆鉄砲を喰らったような顔をして、影胤に問う。

 

「パパ……消えたよ。アイツも、あのわけわかんない二人も」

「ああ、そうだね娘よ。どうやら彼らは本物の宇宙人だったようだ」

「どうしよう、わたしまだ信じられない」

「安心しろ、私もだよ」

 

 ふと影胤は、小比奈と相対していた二人の少女を思い出す。

 

「小比奈。あの二人はどうだった?」

「すごく強かった。わたしよりも、延珠やリンダよりも強かった。わたしあの二人斬れなかった。斬れない奴がこんないっぺんに現れるなんて、わたしはじめて」

「……そうか」

 

 影胤はもう一度空を見上げる。

 ヘリコプターの音が、一際大きく聞こえるように感じた。

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――見つけた。

 

 

 広大な太平洋の冷たい深海の奥深く。いまだ人類の探査が届くどころか、ガストレアの活動すら許されていない海底。海が誕生してから永劫に続く時間の中では、地上で起こっている出来事も大きな影響を与えることはできず、ただひっそりと静まり返っている。

 地球のポケットとも称されるそこは無限ともいえる闇で覆われ、星を照らす太陽の光すらその全貌を明かすことはできない。

 そんなすべての光を拒絶するほど闇の中で、『奴』は目覚めた。

 身を起こし、長い休息の倦怠感を振り払うようにかぶりを振ると、ある方角を睨みつけて小さく唸る。

 矮小な異形の存在どもが、まるで何かに歓喜するように騒いでいる。『あいつら』が近くにいる証拠だ。

 赤い目をした生物――否、生物とはかけ離れた存在。自分ですら吐き気を催す異形、世界の『理』を根本から否定するこの世の異物。

 それらの親玉たちといえる、複数いるそれらの内の一匹の存在を、奴は感じ取ったのだ。

 

 奴はそれらの正体を知らない。奴にとっても、自分の生命を脅かす可能性など欠片もない、取るに足らぬ存在だ。しかし、奴はそれらに激しい憎悪を抱いていた。

 目覚めてから、それらの存在を初めて認識した瞬間、本能で悟ったのだ。

 

 

――この異形どもは、敵だ。

 

 

 何を以てそいつらを敵としたのか、それは奴自身もわからない。だが、奴にとってそれはどうでもいいことだった。

 食う食わないを問わず、自分はこの敵をすべて葬る。

 その理由、その理屈。奴はそんなものなど持ち合わせていない。敵だから殺す。ただそれだけだ。

 敵を殺して、責められることなどなにもない。なにより、それを責める者などただの一匹も存在しない。

 自身の腹の奥底から溢れ出る衝動に従うまま行動すればいいだけだ。

 

 

 奴は海底であるにもかかわらず咆哮を上げた。海水が鳴動し、遠くまで響いたその声は、聞く者を震え上がらせるほどこの世のものとは思えない。

 遥か遠くにいるはずの矮小な存在は、その声を聞き取った瞬間ピタリと鳴き止んだ。

 天敵から避けるため奴の近くにいた深海魚たちは哀れにも、音の波に巻き込まれ腹を上に向けてそれきり動かなくなり、奴の身体に張り付いていたエビのような生物のごちそうとなった。

 

 ずるり。

 

 海底で“均衡を維持する調停者”と称された『奴』は、その巨体を動かし始める。

 

 自身の障害となる敵を排除する。

 

 ただ、それだけのために。

 

 

 

 

 

 





 ショッキラス 魚が捕れて 「メシウマやw」



 怪獣王がようやくアップを始めました。










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