ブラック・ブレット Monsters:Rulers of Earth   作:アマナットー
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決意と覚悟、時々怪獣(視点)

 午後八時三十分。

 友幸は月明かりと照明によって明るく照らされた駐屯地の滑走路をリンダと歩いていた。めったなことで使用されることのないこの飛行場も月の明かりと照明によって明るく照らされ、本来の機能を発揮している。

 カツカツと硬質な音を立てる靴音が、招集された民警たちのざわざわとした喧騒と活気にもみくちゃにされ、消えていく。集合場所は見渡す限りの民警で埋まっていた。おおよそ数百人ほどだろうか。友幸はひとつの場所にここまで多くの民警が集まっているのを見るのは初めてだった。

 上を見れば、航空機を飛ばすために広めに作られた、遮る物もない飛行場を見下ろすように、透き通った光を放つ月が星を眷属のように従えた夜空が眼前に広がっていた。

 視線を前に戻しふっと息をつくと、肩をいからせて背中のものを背負いなおす。両肩にぐっとすさまじい重さがかかったが、何とか踏ん張る。その重さを感じて、友幸はまた「コレ」を使うことの重大さを改めてかみしめた。

 

 

 

 出撃前の大学病院でのことだった。

 菫と個人的な話を終えたのか、地下室から出てきた蓮太郎に先に行くように促すと、今度は入れ替わりで友幸が中に入る。

 相変わらずの薄明かりの中、少しだけ目元を赤くしていた菫の顔をよく覚えている。何かに懺悔し、救われたような顔。普段なら絶対に見せることのない表情だった。

 そんな彼女に告げるにはいささか抵抗があったが、友幸は意をけして「そのこと」を彼女に伝えた。

 

「もう、向こう側に話はつけています。もうすぐ引き渡されるでしょう」

「……そうか」

 

 長い沈黙の後で菫は一言、静かに言った。

 てっきり、もっと辛辣なことを言われると思っていた友幸は一瞬だけあっけにとられてしまった。

 

「そのことについて私は特に反対しないよ。君のことだからあれを使うのは薄々わかっていた。第一、蛭子影胤はそうでもしておかないと倒すのが厄介な相手だっていうのは言われずともわかることだ。でもね、友幸くん……」

 

 菫は足を組み替え、手櫛で髪を軽く払う。伸び放題な前髪の下にある飴色の瞳が、薄暗い室内にあっても光を失うことなく、友幸を見つめていた。

 

「それを使うことがどういう事態を引き起こすのか、ちゃんと理解しているんだろうね」

「……えぇ」

「この作戦の経過はおそらく、いや、確実に政府の小型ドローンで監視されることだろう。その中で使用すれば、君は多くの為政者たちの目にさらされる。そうなれば、彼らが黙ってみているはずがない。かなりの確率で君を監視下ないしエリアの戦力として利用するに決まっている。あれは個人が保有する戦力の上限をはるかに超えているんだ。なにより私が一番危惧しているのが……」

「自分が『人間じゃない存在』として扱われること……ですよね」

 

 そしてそれが、父への裏切りであることも。

 その言葉に、そうだと菫は頷いた。

 

「君が人間でいられること。それが君の親父さんの願いだ。そしてそれは死ぬ直前まで変わらなかった。私に君が託された時も、だ。そして、君もそれを望んでいたはずだ。それなのに、君はそれを自ら破ろうとしている。その行動はこれまでの日常を壊しかねない。その重圧に君は耐えられるのか? その責任を、君は一人で背負いきれるのか?」

 

 気が付くと、いつの間にか椅子から立ち上がっていた菫が友幸の両肩にゆっくりと手を置いていた。

 

「先生、あなたの言うことはもっともです。自分のやろうとしていることは、人間であることを望んだ父の願いを踏みにじるうえに、自分が自分であるという自己の否定にもつながるでしょう。…………それでも、自分はやります。やらなければならないと思うのです」

 

 なぜか、とは聞かれなかった。菫は何も言わなかった。

 よかった、と友幸は内心ほっとする。今の言葉に理由は含まれていなかった。だが、胸の奥で渦巻く何かが、決意を抱かせたのだ。

 

「そこまでいうのなら、私もこれ以上言うことはない。だがこれだけは言っておく。君は、自分が化け物と蔑まれる覚悟はできているのか?」

「愚問です。それは、初めて自分という『個』の存在、そしてその『本質』を認識した時からできています。第一、そんなことをいうやつがいたら、自分は鼻で笑ってやりますよ」

 

 腰に手を当て、友幸は続けた。

 

「自己観測できる限り、自分がどんな存在であるか、自分で決めることができる。自分は化け物ではありません、人間です。ひとつの体に、ひとつの人格と意思を備えた人間なんです。たとえ自分が『化け物』と呼ばれようが、確固たる意思を持つ己は『人間』として相違ないのです」

 

 クスクスと笑う声が聞こえたかと思うと、すっと肩が軽くなった。目を開けると、菫はまた椅子に腰かけていた。

 

「そこまで己という存在を認識できているなら、行っても大丈夫だな」

 

 菫はいつものようにふてぶてしい態度で言った。目元の赤みはすでになくなっていた.

 背もたれによりかかり、菫は垂れた前髪をいじった。

 

「しっかし、正直君をここまで人間らしくしたあのおっさんには敬意を覚えるよ」

「珍しいですね。先生が父のことを褒めるなんて」

「なに、私だって人を敬う気持ちぐらいあるよ」

 

 今度はポケットから写真入れを取り出し、ふたを開けては閉じるという動作を繰り返す。その中に、ガストレア大戦で亡くした恋人の写真が入っているのを友幸は知っている。会ったときからたびたび目にしていた彼女の習慣だった。

 

「あのおっさんは……芹沢博士は私なんかよりずっと高潔な人間だった。十年前、ガストレアが人類を駆逐してから、私の世界は激変した。恋人を殺された私は復讐心に駆られ、常軌を逸し、外道に堕ち、新人類創造計画に携わった。そこに『人類のため』などという崇高な目的なんて、なかった。だが、博士は違った。あの人は常に人類の幸福と戦争の早期終結を願っていた。人類が少しでも長く生存できるようにするためには、専門外であるはずの分野にも手を出し、自尊心をかなぐり捨ててでも他人に教えを乞うた。その結果、レーザー核融合の発電および構造の簡略化を実現させ実用化、エリアの乏しいエネルギー事情を改善し、マイクロオキシゲンによる驚異的な成長促進効果で、配給すら困難になるほど困窮していた食料自給率をも復旧させた。その間、私は何をしていた? ただただ、奴らを殺しつくすためだけに精神を費やしていたんだ。人類に貢献することなど、ついぞできなかった。いや、しなかったんだ……」

「先生……」

「あの日もそうだ。死の淵をさまよう中で、彼は君の命を私に託した。以前、博士から君の存在と履歴を初めて聞かされた時、私は君を人間扱いしなかった。嫌悪すら覚えた。そんな人間に託したら、さらに化け物にすることもあり得たのに、最悪見殺しにする可能性もあったのに、彼はただ一言『信じている』と言って、息を引き取った。あのまっすぐな視線は今も忘れることはできない。……完敗だとその時悟ったよ。頭脳としては優秀かもしれないが、人として、科学者としては、私は何もかも負けていたんだって」

「先生」

 

 友幸は菫の言葉をやんわりと止めた。

 

「先生、あなただって十分に人類に貢献していますよ。浸食抑制剤を作らなければ、ガストレアは今より増えていたかもしれませんし、ひょっとしたら、リンダとも会えなかったかもしれないんです。それに、バラニウムをあなたが発見し実用化しなければモノリスもなく、人類は間違いなく滅亡していました。モノリスによって時間が与えられたからこそ、初めて父の功績が光るんです。父は、そんなあなたを尊敬し、信頼していました。だからこそ、自分をあなたに託したのではないでしょうか」

 

 友幸は右手を心臓がある位置まで移動させた。トクン、と心臓が静かに脈を打っている。まぶたを閉じて、友幸は口を開いた。

 

「事実、あなたは、僕の命を救ってくれた。父の願いを、かなえてくれた。それが何よりの証拠です。感謝こそすれ、恨むことなんてことはありません」

 

 ちらりと菫を見やる。彼女は黙っていたが、その顔は晴れやかだった。

 時計を確認する。予定時刻に近かったが、急げばまだ間に合いそうだ。荷物を手に取って踵を返す。

 

「では、行ってきますね」

「あぁ、行って来い。まったく、面倒な奴の後見人になったもんだ…………親父さんとの約束、絶対に忘れるんじゃないぞ――――そして、生きて帰ってこい」

 

 

 

「芹沢、やっと来たのか」

 

 不意に声をかけられ、現実に引き戻される。振り向くと、見知った二人がそこにいた。

 

「やあ蓮太郎君、延珠ちゃん」

「おぉ、友幸とリンダもやはり参加するのだな! 知り合いがいると何とも心強いものだな」

 

 友幸たちと比べるといささか軽装だが、それなりに装備を整えた蓮太郎と延珠がいた。

 リンダも趣味が合う友達がいてうれしいのか、延珠と手を取り合ってキャッキャとはしゃぎ始めた。

 まだ時間に余裕があったため、蓮太郎も友幸に話を切り出す。

 

「ちっと時間かかってたけど、先生となに話してたんだ?」

「いや、たいしたことは話してないよ。まぁ、死ぬなよとは言われたけどね」

「そっか、それは俺も言われたな。それで芹沢、ちっと気になることがあるんだけど……それ、なんだ?」

 

 蓮太郎は友幸が背負っているものを指差す。彼が見ているものは、巨大な金属製の箱だった。

 丸みを帯びた直方体で子供一人が余裕で入りそうなほど大きく、側面にジャマダハルが設置されていた。月光を反射する表面のぬめりを帯びた金属特有の光沢が独特の重厚感を醸し出す。本人が何の気もなしに背負っているところを見るとそれほど重くないのだろうが、正直、見ているこちらが疲れそうだ。

 

「なっ、にって……んまぁガンケースみたいなもんだよ。詰め込むだけ詰め込んでいるから、けっこう肥大化しちゃったけど」

「どれぐらい?」

 

 こういう時は確か――――

 友幸は少しばかり視線を泳がせると、暗記したことを言い始める。

 

「アサルトライフル、ショットガン、グレネードランチャーをそれぞれ一丁。対人手榴弾八つに閃光弾二つ、弾丸その他が合計数百発……」

 

 あっけらかんと告げられていく内容に、蓮太郎の背筋にすっと隙間風が入った。

――――それ多分、いや確実に、すごく重いのではないだろうか?

 民警の研修時代に一通り銃器の扱いを学んでいた蓮太郎はその異常性に困惑する。単純に計算すれば、どんなに低く見積もっても百キロは優に超えてしまう。

 蓮太郎は、背中にアイロンのような漬物石のような、前方が左右に開いて鏡が露出する飛行物体がのしかかったようなわけのわからない感触を覚え、思わず肩をもんだ。自分には想像できない重さに理解が追い付かない。仮に事実だとしたら、それを軽々と扱う彼の細い体はいったいどんな仕組みになっているのだろう?

 まさか、と蓮太郎は一つの仮説に行き当たる。今の自分の知識の中ではこれしか導き出せない。

 

「なぁ、あんたって――――」

「ゆーこー! 蓮太郎! 出発の時間だぞ!」

 

 さらに聞き出そうと口を開きかけたが、リンダの快活な声にさえぎられ、同時にフライトジャケットが投げ渡された。

 確かに、ヘリコプターの数が心なしか増えている気がする。ほかの民警たちもぞろぞろと移動し始めていた。

 

「いよいよか」

「……だな」

 

 あまり意味はないが、出撃前に最後のチェックを行う。確認したところ、自分たちは同じヘリコプターに乗るようだ。

 

「蓮太郎君」

 

 友幸はおもむろにこぶしを突き出した。

 

「頑張ろう。そして、生きて帰るんだ」

「……あぁ、もとより、そのつもりだ」

 

 蓮太郎はクスリと笑い、無言でこぶしを突き出す。

とん、とこぶしをかわし、互いの健闘を祈りあった。

 

 

 

 

 

 

 

 “彼”には、怒りがあった。

 ボキリ、と枝とは違うかたいものが折れる生々しい音が響く。

 グチュグチュとべたつく水気を多く含んだ何かがまさぐられ、ブキ、ブチュリと引きちぎられる。口に含み舌の上で転がすが、次の瞬間“彼”は忌々しげな唸り声をあげてそれを吐き出した。足元に落ちたそれはベチャリと赤黒い液体をまき散らしながら地面のシミとなる

――――嗚呼、不味い、不味い。

 雨上がりの陰鬱とした森の中、月の光がまともに届かない密林の中を“彼”は落ち着きなく鼻を鳴らした。

 原因は自分の目の前に鎮座する物言わぬ屍。つい先ほど仕留めた獲物だ。

 大きく裂けた腹から飛び散った、むせ返るような血と臓物の不快な臭いは、森の奥から時折吹き抜ける生ぬるい風ではぬぐいきれず、むしろ周囲へまき散らされる。

さらに、経験したことのない湿り気のじっとりとした空気が不愉快な臭いを倍増させ、鼻孔の奥へ嫌がおうにも染み込んでいく。段々と苛立ちが募り、その都度、周囲を破壊したい衝動にさいなまれるのだ。

 目覚めてから“彼”は満足な食事を得ることができないでいた。

食欲は満たされる。食べ物を手に入れること自体はそれほど苦労しない。だが、満足はしない。できない。

 少し足を動かしただけで容易に遭遇する、赤い目をしたこいつら。こいつらを食べたって意味がない。食えないわけではないが、ほとんどが不味いのだ。

 だが、満足のいく食べ物に出会うことなど、目覚めてからこれまでいっさいなかった。だから、“彼”は我慢してこいつらを食ってきた。だが、今回仕留めた獲物はそれまでをはるかに上回る不味さだった。生き物はここまで不味くなれるのかと感心さえした。

 それでも、食わなければならない。食わなければ生きていけないのだから。

 “彼”の機嫌はすこぶる悪かった。

 苛立ちを振り払うようにかぶりを振り、再び獲物に牙の並んだ大あごをつけようとしたその時だった。

 空から、パラパラと聞いたことのない音が鼓膜を小さく震わせた。なんだ、と“彼”はそちらを見た。

 月明かりの下を、どこか見覚えのある飛行物体がたくさん飛んでいる。

あぁ、と“彼”は納得したように喉を震わせた。

 いつの間にかできていた大きな黒い板。赤い目の奴らが唯一近寄らない場所。そこから時折湧き出る小さな虫だった。

 普段は一匹、多くて数匹行動するのが常だった虫たちが、大急ぎで飛び去っていく。

 彼は興味を持った。あいつらは、いったいどこへ行くのだろう?

 








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