ブラック・ブレット Monsters:Rulers of Earth   作:アマナットー
<< 前の話 次の話 >>

22 / 34
gdgdやでぇ……。


逃走と発見、また逃走。

 あれから十分ほどしたところで、捜索を再開した。

 今度は慎重に、目を凝らしながら歩いていく。ガストレアは当然として、もう一度スフランのような危険な植物に遭遇する可能性がないわけではないからだ。

 周囲を警戒する中、先行する蓮太郎は足元にも目を配っていた。そこらで拾い上げた長い木の枝で地面を払い、時折つつくようなしぐさをしていた。

 

「なんで、足元にまで気を配っているの?」

「この辺りまで来ると、大戦の残りカスが埋まっていたりするのさ」

 

 友幸と、並行して歩いていたリンダと延珠が互いに目を見やった。残りカスとはなんだろう?

 そんな友幸の疑問を察したのか、説明する。

 

「不発弾だよ。第一次、第二次関東大戦で自衛隊が撤退時にばらまいたものだ。習わなかったか?」

 

 なるほどとうなずいた。たしかに、民警の訓練時代にそういうことを習ったのを思い出した。そのようなことをせずとも自然とわかってしまうので、友幸はうっかり忘れていたのだ。

 忘れていることを蓮太郎に告げると、ジトリとした目でにらまれる。その反応も当然だった。苦笑し、ごまかすように頭をかく。さらにジトリと陰湿な目で睨まれた。

 その後も危険物のサンプル画像を端末に転送してもらい、歩きながら簡単なレクチャーを受けながら進んでいく。もちろん、周囲への警戒は怠らない。

 すると、突如茂みが途切れて、切り立った崖が彼らの前で口を開けていた。眼下では、微風にあおられた森の木々がざわざわと波のように揺れているのがはっきりと確認できる。月光に照らされる地面との距離感からしておよそ二十メートル。降りられない高さではなさそうだが、ほぼ垂直に切り立った粘土層の岸壁は足をかけられそうな岩場が見受けられなかった。不用意に足を滑らせたら滑落は免れないだろう。

 

「迂回できそうな場所は……だめだな、遠すぎる」

 

 友幸の言うとおり、迂回できそうなルートは視線の彼方にあった。時間配分を考えれば、ここを降りたほうがずっと時間を短縮できる。ここで周囲の景色と見比べて、自分たちが降り立った所が房総半島でも比較的標高が高い場所にあることに気が付いた。

 

「時間も押しているし、ここを降りたほうがいいんじゃない?」

「そうしてえのはやまやまだけど、序盤で滑ったらおしまいだぜ」

「大丈夫だ。こんなこともあろうかと……」

 

 そういって腰に下げたバッグのふたを開けると、そこから降下用のハーネスと筒状の道具にきれいにまかれた細いロープの束、そしてそれが取り付けられた、先端にダーツが付いた銃のようなものが出てきた。

 手近なところにあった木の幹へ狙いを定め、ダーツを撃ち込む。ダーツは深々とめり込み、ぎっちりと固定された。

 

「なあ、それなんだ?」

「帝洋グループ開発の新型ワイヤーガンだよ。ひもはパシフィック製薬会社が開発した新世代ワイヤーロープ。“鋼よりも強く、絹糸よりしなやか”が売り文句」

 

 聞き覚えがあった。

 帝洋グループにその傘下であるパシフィック製薬会社。日本どころか世界に巨大なシェアを誇り、大戦後の東京エリアをはじめとした日本各エリアの経済を立て直し、大きく発展させた超巨大コンツェルンだ。

その財力は凄まじく、私設の軍隊を持ち、海外の支社に原子力潜水艦と核融合駆動の原子力空母を極秘所有しているという噂が都市伝説レベルで信じられているほどだ。そこと比べたら、自分のパトロンなど下町の町工場にすぎないだろう。いや、さすがに言い過ぎかもしれないが、それほど大規模な企業であることは事実だ。

極めて高い品質と性能を持つグッズも販売しているが、値段も相応に高く、もし自分がそこから装備を買ったら借金を負うことは確実だろう。

 ハーネスにワイヤーガンのグリップの底についたフックを取り付け、延珠とリンダに使い方を教えている彼を見やる。

 フリーの民警で、大企業から装備を買えるぐらいの財力はある。

……何者なのだろうか、この人は。蓮太郎は割と本気でそう思った。

 いや、やっぱり考えるのはよそう。

 でかいガンケースを背負い込んだ友幸が、降りた先の警戒もかねて降下していく。説明によると、ピストン輸送をするそうだ。

 その後、特に問題はおこらず、全員が崖下に降りることができた。

 

「これでよし」

「……にしてもお前、用意がいいよな」

 

 ワイヤーガンのボタンを操作し、高周波振動によって木から外れたダーツ部分が回収されたところで、声をかける。

 蓮太郎としては、彼の手際の良さを褒めたつもりだったのだが、それを口にした瞬間、友幸の動きがぴたりと止まった。

 あれ、何か悪いことでも言ってしまったか?

 

「失礼を承知で言うけどさ、蓮太郎君ってサバイバルなめてない?」

「へ?」

 

 一瞬、蓮太郎は眼前の相手が何を言っているのか理解できなかった。

 友幸はさらに語る。

 

「正直さ、飛行場で君の姿を見たときはびっくりしたよ。野戦服、ないしなにかサバイバル用の服を着込んでいるわけでもなく、学生服のままで、こういった事態を想定した道具類をほとんど持ってきていないし……」

 

 言われ、自分の格好を見下ろした。

 自宅から持ってきた替えの制服。スーツそっくりの色合いで、胸元に縫い付けられた勾田高校の徽章。さすがに靴はスポーツシューズに変えている。

 サバイバル装備らしいものといえば、ウエストポーチに入った救急セットや携帯食料などを含めた各種道具に小型ライト、それとブッシュナイフ。連絡用の無線機と、役に立たなかった地図は政府からの支給品なので除外だ。

 

「いや、俺はそういった装備品はあんまつけたがらないからな……」

「そうかなぁ? 自分としてはこういう時だからこそ、それを想定して開発された専用装備のほうが動きやすいような気がするけど……」

 

 対して友幸の装備は、暗めのグレーと黒色で配色された革製のパイロットスーツにも似た細身のボディアーマーを着込み、その上に超強化性のプラスチックでできたプロテクターを、胸や背中、手足などに装着している。そして、背中の超巨大ガンケース。

 

「そ、それはほら、かさばると機動性が低くなるし……」

「そうは言うけど、最近の野戦服だって従来の防御性に機動性を確保したものが出回っていたりするよ? 大戦で技術がいくらか衰退したとはいえ、十年前からそのまんまってわけじゃないんだし……」

「こ、こういう機会事態、そもそもそんなないし……」

「君、自分たちが現在どういう事態にいるかわかってて言ってるの?」

 

 底冷えした一言に言葉が詰まる。何か言おうと口を上下させるが、舌がのどの奥をふさいでうまく反論ができない。

 見かねたのか、延珠が前に出てきた。

 

「友幸、別に良いではないか。現に妾たちは五体満足であろう?」

「今は、ね。でもそのあとは? いくら君だって怪我をしていられない保証なんてないんだよ?」

「そんなのは簡単だ、怪我をしないように気を付ければよいのだ!」

「いやー、そりゃそーなんだけどさぁ……」

 

 胸を張って得意げに言う延珠に、友幸は額を抑え、蓮太郎はため息をついた。まったく、普段は同年代より冷静で聡い部分があるのに、時折こういう年相応なところを見せる。

 実際、本心なのだろう。『呪われた子供たち』である彼女自身、幼少から何かしらの暴行を受けていたことは確実であり、それを避けるためのスキルや退きどころも磨いている。しかし、それはあくまでエリア内での話。ガストレアがはびこる場所での行動と装備という前提状況からしてそもそも違うのだ。

 友幸もそこはわかっているらしく、どう言えばいいか考えあぐねていた。

 

「なあ、延珠、ちょっといいか」

 

 すると、リンダが延珠の肩に手を置いた。

 リンダは目線で二人にその場にとどまるようメッセージを送ると、延珠を連れて数メートル離れ、後ろを向いて何かを小声で話し始めた。

 時折「なぬ!?」とか「そ、それは……」とか「あうあう」と延珠がうろたえる声が聞こえてくるが、内容はさっぱり聞き取れない。

 

「……何話してんだ? あいつ」

「さあ、なんだろう?」

 

 蓮太郎が見てくるが、こればかりは友幸にもどうすればいいかわからない。

 やがて、話を終えたのかこちらに戻ってくる。

 

「れ、蓮太郎。妾も、その、ヤセンフクというもの、着たほうがいいと思うぞ? 妾も着るから」

 

 リンゴのように顔を真っ赤にさせ、もじもじしながら言う延珠。

 二人の目が剥き、ざっと視線を隣に集中させる。

 お前一体なにを吹き込んだ?

 そんな疑問を多分に含めた目線を軽く受け流し、リンダは無言でサムズアップするだけだった。

 

「……まあ、別にさ。責めているわけじゃないんだ。ただね、こういう仕事についている以上、自分のライフサポートは大事にしてほしいんだよ。自分たちは政府の依頼でここにいるけど、自分の生殺与奪の権利は、あくまで自分にあるんだから」

 

 声の雰囲気を柔らかくしていう友幸に、蓮太郎は答えられなかった。

 自然と、自分の右手に視線を落とす。

 死にたくなければ、生きろ。

 そんな声が、聞こえてきたような気がした。

 

「わかった。つぎから考えて――」

 

 蓮太郎は最後まで言えなかった。重低音の爆発音が、びりびりと森の空気を震わしてきた。友幸から見て二時の方向に、一瞬だけ赤々と輝いたものと、小さい煙が見えた。

 

「なんだ、フハツダンか?」

「ちげえ……どっかの馬鹿が爆発物を使いやがったんだ!!」

「……I have a bad feeling about this(……あたしなんか嫌な予感がしてきた)」

「フォースもライトセーバーもブラスターもねえぞ、チューイ。あとファルコンも」

「あたしゃそんな毛むくじゃらじゃないよ!」

 

 どちらにせよ状況が一気に悪くなったのに変わりはない。

 見上げれば、音におののいたコウモリと小鳥の群れが一斉に空に舞い上がっていき、さながら小さな雲のように夜空を飛んでいる。東京ドームを丸々覆い尽くしそうな、その桁違いの規模からして、極めて広範囲に爆音が伝わったことが容易に見て取れた。

 まずいぞ。その場にいた全員が思った。

 その時、ずしん、という先ほどとはまたちがう重低音が足下から伝わり、それ以外にも地を這うようなおぞましい咆哮が森の奥から聞こえきた。

 

「逃げるぞ!」

 

 とっさに蓮太郎が叫び、四人は全速力で崖の壁沿いに入りだした。どこへ逃げていいかわからない、でたらめな逃亡。だが、ここにいれば間違いなく死ぬことは誰もが理解していた。走るさなか、どこか隠れる場所がないか探す。せめて人並みの大きさの洞窟があれば、ステージI以降のガストレアは入ってこれない。

 だが、タイムリミットは早々にやってきた。

 百メートルくらい走ったところで、生木がべきべきと折れる音が連続して響き、おぞましい色彩をした二本指の足が目の前に振り下ろされた。あわてて急ブレーキをかけ、つんのめりそうになりながらも停止し、見上げる。

 ガストレアだ。爆発音にたたき起こされ、森の闇から月光の元に躍り出た化け物は、四人の行く手を完全にさえぎっていた。

 三角の頭から光る、二対に増えた赤い目はしっかりとこちらを見据え、大きく裂けた口から糸のように細い二又の舌が、真夏の炎天下の道路に放り投げられたミミズのようにのたうちまわり、機関車のように甲高い排気音を立て、卵が腐ったようなひどい臭いが息として吐き出される。

 鎌首を上げたその高さはおおよそ五メートル。コブラに似た頭部が、でっぷりと腹が突き出た、絵の具をぶちまけたようなでたらめな配色の羽毛で覆われた体に直結し、くるぶしの関節が後ろ向きについた鳥のような細い足がその体を支えていた。間違いなく、鳥と爬虫類の因子が混ざり合っている。

 冗談じゃない! 友幸は叫びそうになった。彼らの前に現れたのはステージIIIだ。これが相手では、ちょっとやそっとの軽火器では対処することができない。

 なにより、相手は獲物を狩らんとすでに臨戦態勢に入っている。重火器を用意する暇すら自分たちに与えられていなかった。

 

「森だ!!」

 

 今度は友幸が叫んだ。

 四人は少しだけたたらを踏みながらもあわてて回れ右をする。

 わざわざ敵がわんさかいる場所に踏み込む愚をおかすのは憚られたが、背に腹は代えられない。あんな巨体なら森の木に阻まれて、あまりスピードを出せないはずだ。

 少ししてから、ギャー、と、後ろから生理的嫌悪を抱かせる咆哮が遠巻きに聞こえる。

 それを合図に、天然アスレチックの中で、こけたら終わりのスリリングな鬼ごっこが始まった。

 

 

 

 同時刻。

 太平洋上で海上自衛隊所属の対潜哨戒機P-3が、飛行型のガストレアの襲来を警戒しつつ飛んでいく。

 機内では、潜音響員、ソナー員、レーダー員、すべてがそれぞれの監視装置に目を注ぎ、手が空いているものは双眼鏡を手にして、窓の外に広がる大海原をしきりに監察していた。

 目標はただ一つ。この海のどこかに、これから東京エリアへ進む巨大な化け物が潜んでいるのだ。一片の見逃しがあってはならない。

 もっとも、たとえ見つけられたとしても、自分たちで対処できるかどうかはわからなかったが。

 そんなギターの弦のように張りつめた機内の空気とは裏腹に、眼下に広がる大海原は驚くほど凪いでおり、機内の乗員は、自分たちに与えられた任務をつい疑いそうになってしまう。

 だが、その時――

 ソナーのけたたましい電子音が、センサー群の駆動音を押しのけ、機内全体を駆け巡った。

 機内要員の視線が一斉にソナーのディスプレイへと集まる。殺気立ったプレッシャーの中、ソナー要員は額の汗をぬぐおうともせず、冷静に報告する。

 

「十時の方向、距離三千、浮上する巨大な移動物体を確認! 速力、三十ノットで北上中! 繰り返す、十時の方向、距離三千、浮上する巨大な移動物体を確認! 速力、三十ノットで北上中!」

「了解、これより確認に入る」

 

 機長の抑揚のない声とともに主翼のターボプロップエンジンの奏でる音が一段と高くなり、機体が大きく左に傾いた。

 移動するさなか、観測員たちが緊張した面もちで“それ”が見えるのを待っている。ソナーの画面は依然として、海中から浮上する物体を緑の点として表しながら定期的に報告していた。

 やがて哨戒機がその地点まで移動したときだった。

 

「いたぞ!!」

 

 誰かが叫んだ。

 その場にいた全員が、窓に額を当てそうなほど顔を近づけて眼下を覗き込む。

 だれもが驚きで目を見開いた。サーチライトで照らされた深淵の青の中で、巨大な黒い影が滑るように猛然と突き進んでいる。暗くてよくわからないが、それが巨大であることは確かだ。

 クジラより何倍も巨大なその影を、はじめは魚群の見間違いかと思ったが、光を反射する波間の向こうに見える、統率されすぎた動きはどう見ても一個の生命体のそれだった。

 

「目標は急速に浮上中、深度二十、十五、十……浮上します!!」

 

 海面が大きく盛り上がり、細かな泡が周囲を白く染めあげたかと思うと、巨大な切り立った岩のような物体が三列、波間を切り裂くようにして現れた。

 事前に渡された写真と見比べる。サメのように背びれを突き出す泳ぎ方が、完璧に一致していた。

 直ちに手元の観測機を駆使して、怪物の大きさを調べると、頭頂部から尻尾の先までの長さがおおよそ三百五十メートル以上であるという結果が出た。

 予想を超える大きさに戦慄を覚える。めまいがしてきた。背びれだけでも並みの巡視船とほぼ同等の大きさなのに、その下にはいったいどんな巨体が身を潜めているのだろう? そして、その破壊力はいかなるものなのだろうか?

 

「直ちに司令部へ報告、“我、ゴジラヲ確認セリ”」

 

機長は手のひらから染み出てくる冷や汗をごまかすように、操縦桿を強く握りしめた。

 

 

 

日本国家安全保障会議では、だれもが言葉を失っていた。

大型パネルに、哨戒機から送られたカメラ映像が映し出されている。

太平洋を邁進する伝説の怪獣。画面越しでもはっきりと感じ取れる、言葉にできない威圧感が会議場に静寂をもたらしていた。

 

「現在、ゴジラは三宅島八十二海里の地点を北上中です」

「ゴジラ以外に何か確認できないか?」

 

重々しく紡がれた菊之丞の言葉に、オペレーターはいえと首を振り、会議場はますます不安を募らせていく。

 

「ですが、進行方向から見て、ゴジラがステージVを追っているのは確実です」

 

つまり、ゴジラもこの東京エリアを目指していることになる。

山根は黙って、映し出される映像を見やる。祖父の代から長い年月をかけて研究し、姿を追い求めていた偉大なる生物を、カメラ越しとはいえ見られることにすっかり心を奪われていた。

 

「山根博士」

 

聖天子が声をかけ、現実に引き戻される。

 

「あのゴジラの進行を止める、ないし遅らせることは可能でしょうか?」

「遅らせる?」

 

聖天子は頷いた。

 

「東京エリアにはステージVとゴジラの二体を相手取れるほどの戦力はありません。ゴジラがステージVを追っていることが確実である以上、上陸を阻止することは絶対条件。今のうちにゴジラを撤退させることができれば、こちら側の負担を軽減できます」

「……なるほど」

 

聖天子の真剣な表情に、わずかながら動揺が見られた。当たり前だ。十代後半で即位してから初めて遭遇する大きな危機。彼女にのしかかる責任の重さは、並みの為政者なら裸足で逃げ出すほどのものだろう。焦燥感を覚えないほうがおかしい。

だからこそ山根はじっくりと考え、正直に答えた。

 

「おそらく、可能です」

「おそらく、とは?」

 

会議室にいる全員が、耳を澄ませた。

 

「ゴジラを撤退させること自体、不可能ではないでしょう。ですが、そのために多くの戦力を割かなければなりません。仮に成功させたとしても、そのあとは?」

 

そういってゴジラが映し出されたモニターを指差した。

 

「彼が追跡しているステージV。ゴジラのせいで少ない戦力を割いた状態で、果たして勝てる保証はあるのでしょうか?」

「ですが、肝心のステージVの所在はいまだつかめられていません」

 

片桐が口を挟んだ。

 

「我々としても、七星の遺産の回収に全力を注いでいます。再び遺産を封印すれば、召喚は止まり、ゴジラも撤退するでしょう。それでも、このエリアに迫る脅威は今のうちに、少しでも多く排除していきたいのです」

 

そう続ける聖天子の切実な言葉に、山根は何も言えない。

その時だった。

 

「ゴジラ、潜水します!」

 

切羽詰まったオペレーターの声が、全員の視線をモニターに向けさせた。

すでに、ゴジラの背中の半分が、泡立つ波に消えようとしている。あの巨大な怪物があんなに素早く、イルカのように潜水するとは山根も思わなかった。

ソナーが姿を消した怪物を追うが、全身を海中に没したゴジラは、最新鋭の潜水艦でも出せない恐るべき速さで海底に向かって泳いでいく、やがて反応は弱まっていき、最後には姿をとらえることができなくなった。

 

「ゴジラ……追跡不能」

「……これで、逆戻りですね」

 

山根を除く全員が顔をしかめた。まるで自分たちの会話がすべて聞こえていて、それを馬鹿にされたような気がした。

 

 

 

目の前に広がる森の闇、おぼろげに入る申し訳程度の月光。極限まで活発化した脳の光学処理能力がその中に広がる起伏の激しい倒木や岩を鮮明に映し出す。これまでにないほど頭の回転が早まり、どのルートを通ればいいのかマイクロ秒単位で算出されていく。

途中で何度か小型のガストレアに遭遇して冷や汗をかいたが、そのたびに踏み台にするなり、持ち前の身体能力を駆使して蹴り飛ばすなどして難を逃れた。

息は荒く、心臓は爆発しそうなほど大きく跳ね上がり、足もマリオネット人形のようにがくがくと揺れていうことをあまり聞かない。しかし、立ち止まったら最後、ジ・エンドであることは間違いない。

鳴り止まない地鳴りと連続して、木々が無理やり押し倒される音が背後から迫る。ギャ、と時折混ざる、押しつぶされたような悲鳴は、果たしてどの生物が発したものだろうか。

 友幸は背後を振り返った。地鳴りの主が放つ強烈なプレッシャーに、胸が恐怖で締め付けられる。粉塵と木くずを舞い上げながら、ぶれることなく自分たちを木々の間より見つめる二対の赤い目。未踏査領域で鍛え上げられた獰猛なハンターが、しつこく自分たちを追いかけてきていた。

 全身にたまる疲労感を無理やり振り払い、世界記録に到達しそうなほど走り続ける。明日は筋肉痛確定だ。もっとも、それは明日があればの話だが。

 階段のようになった岩塊を飛び越えて着地すると、がくん、と足元が崩れて転びそうになった。踏み込んだ枯れ木が重さに耐えられず崩れたようだ。あわてて跳躍し、受け身をとりつつも体勢を立て直して走りだそうとしたその時だった。

 不意に足元が何かにすくわれたかと思うと、それまで走っていた勢いがすべて引き留められたように停止し、気が付いた時には泥の中に顔をしたたかに打ち付けていた。何が起こったのか足元を見やると、左足首に巻き付く。コンブのような植物。

 目を見開いた。ちくしょうなんてこった、またスフランか!

 

「グオォォォォ!!」

 

 背後の空気がびりびりと震え、木々の奥から獰猛なハンターが押し寄せてくるのが見える。それを見た友幸は、足元を見て巻き付く葉を無理やり焼き切って立ち上がるが、緊急警報の音が響き始めた。後ろを見て、驚愕に目を見開いた。

 暗闇から見えたのは二対の目ではなく、なぎ倒された大木が宙を舞いながらぞっとするような勢いで迫ってきた。

 あっという間の出来事だった。

 全身にトラックが正面衝突したかのような衝撃が走り、うねりのあるごつごつとした木の幹が顔面を擦り、折れた木片がボディアーマーの表面に突き刺さる。反応する間もなく、友幸の体は宙に投げ出された。

 目を開ければ、がばっと口を開ける、ガストレアの牙だらけの顎。唾液が滴る舌や、赤黒い喉の奥まではっきり見えて、行きつく先を容易に連想させる。

 

「こんなろおぉ!!」

 

 だが、次の瞬間、ガストレアの口に収まったのは緑生い茂る木だった。

下を見れば、引き抜かれた木の幹を駆け上がり、ステージIIIの頭を思い切り殴り飛ばし、反動を利用して友幸に迫る小さな影。

 ぐっと首元が引っ張られ地面に落ちたかと思うと、直後に感じる、何かに引っ張られるような浮遊感。

 

「大丈夫か!?」

「平気だ、そっちは?」

「万事オーケー。しっかりつかまってろ!!」

 

 友幸は頷き、リンダの背にもたれかかるようにして首に両腕をまわした。

 それを確認し、リンダは土を踏みしめたかと思うと、ロケットのような勢いで加速した。

 顔面をたたく強風に目を細めながら周囲を見ると、自分と同じく蓮太郎を背負った延珠が見えた。

 咆哮がとどろいて思わず後ろを見る。ガストレアは、長い足で喉の奥から木を引き抜き、裂けそうなほど口を開けていた。そして、再び一歩踏み出した。

 しつこいやつだ! 友幸は悪態をつく。いい加減諦めてくれ!

 右からごうごうと川の流れる音が聞こえてくるなか、蓮太郎の悲鳴が響いた。

 

「崖だッ!!」

 

 それを聞いて前を向いた瞬間、友幸は絶望で意識が遠のきかけた。

 森が切れて、その先は切り立った崖になっていた。先ほどとは比べ物にならない、おおよそ数百メートルはくだらない断崖の下は、豊かな水をたたえた広大な滝壺になっている。

 振り向くと、ガストレアの姿がそこまで迫ってくるのが見えた。

 リンダが大声で言った。

 

「飛び降りっぞ、延珠!!」

「おう!!」

「おい、冗談だろ!?」

「二人とも無理言うなッ!!」

「無理でも飛んでやらぁ!!」

「しっかり掴まれ、蓮太郎!!」

「一、二の……」

 

 三ッ!! と叫ぶと同時にリンダと延珠は崖の淵をけり、空中へ飛び出す。直後に、後ろでバチンと硬質な塊がぶつかり合う音が聞こえた。

 瞬間、世界が止まったかのように四人の体が空中で静止する。

 その永遠にも思える一瞬の中で、友幸は様々なものを見た。

 目の前に広がる森の、一本一本の木。それぞれが、遠近法を無視したように巨大だった。三百メートルは余裕でありそうで、まるで自分たちが巨人の世界の空を飛んでいるような錯覚を覚えた。

 そしてその先、そんな森の中でひときわ目立つ棒状の塔。月と森に挟まれた丘の上で、それは東京湾を見守るように鎮座していた。機能性を重視した無骨に光る装甲、その全長は二キロにも及ぶだろうか。

 たしかあれは――

 だが、名前を思い出そうとした瞬間、友幸の身体はすでに自由落下を始めていた。

 森のざわめきが急速に遠のき、猛烈な勢いの風が耳を切る音しか聞こえなくなる。

 滝つぼの水面が徐々に迫る中、四人は落下速度を遅くするため両手両足を広げた。

 妙に友幸のほうが早かったが、背中を見て納得する。ベルトに手をやり、そこにあったボタンを強く押し込むと、空気が抜ける音がして背中が軽くなった。遠隔操作で背中のケースをパージしたのだ。

 そして水面との距離が十メートルに迫ったとき、四人は大きく息を吸い込み、足を下にしてほとんど同時に着水した。泡のベールをやすやすと突き破り、冷たい水が全身を覆う。そのまま落下の勢いで水中深くまで沈んでいったが、やがて水底に足がついて止まった。

 友幸は底を思い切り蹴って、素早く浮上して水面から顔を出した。背後では、大量の水がどうどうと流れていた。息を吸い、咳き込みながらあたりを見渡せば、他の三人も浮かび上がっていた。どうやら滝の流れに巻き込まれることはなかったようだ。

 四人はふらふらの状態で岸にたどり着くと、そのまま砂利の上に倒れこむ。

 我慢していた疲れがどっと押し寄せ、まぶたが無性に重くなってきた。

 ずうっと大きく息を吸い込めば、濃い酸素が肺を満たし、体が徐々に活力がみなぎってくる。この時ばかりは、危険な森の自然に囲まれた環境に感謝した。

 沈んでいくまぶたで狭まっていく視界のなか、友幸はたったいま落ちてきた崖の上を見やる。

 遠く崖の上で、ガストレアが翼の生えたドラゴンに頭からかじられているのが見えた。

 友幸はわずかに目を見開いた。

 ぼやける視界の中見えたのは、宙に浮かぶ巨大な獣。

 顔の周りを飾るように角が生え、背筋には剣山のごとくとげが並び、肩の位置から、コウモリのような薄い皮膜が張った翼が月光に透けていた。

 不意に、蓮太郎の話が思い出される。

 

――村には、大昔に生息していた巨大な肉食恐竜の化石が発掘されていたんだとよ。

――四足歩行のうえ背中からコウモリのような翼が生えていたんだとか。さながら、ドラゴンのように。

 

 名前はなんだっけ?

 

――そこの住民があがめていた独自の神様の、確か……そう、バラダギなんとかって変な名前からとってヴァラノポーダって名づけられる予定だったらしいけど――

 

 ねぇ、蓮太郎君。

 次第に混濁する意識の中、首だけを動かし、二列横に寝転んだ同僚を見やる。水にぬれた延珠を冷えないように抱きしめる蓮太郎の目は、すでに閉じていた。

 ヴァラノポーダって、あんな姿なのかなあ?

 そう場違いな質問が脳裏をよぎった後、友幸の意識はすっと暗闇に包まれた。

 




 バラダギさま(チョイ役で)ログイン。一巻での活躍はこれだけです(無慈悲。でもこの先活躍させないとは言わない)。

 それと、中盤で友幸が蓮太郎に言ったことですが、あの意見は筆者の主観が強く出ています。
 原作では機動性が落ちるので野戦服を着ることはない蓮太郎ですが、「正直言ってそれはどうなの?」って思いました。アニメ的な考えだと映像映えしないのでしょうが、小説ならその限りじゃないし、なにより、「そういう展開を想定して開発された」のが野戦服だと思いますから。
 あと、サバイバルグッズですが、この場合蓮太郎の手持ちの詳細が不明なのもあり正直悩みました。だって彼がそんな想定をしないわけないと思うんですよ。第一そのシ-ンはガストレアに追いかけられていたので、紐を括り付ける暇がそもそもありませんし。








<リンダと延珠が話していた内容>

リンダ「なぁ延珠、あんた、スカートのなかを誰かに見せたい?」
延珠「なぬ!? 急に何を言い出すのだおぬしは!?」
リンダ「質問を変える。だれにだったらスカートの中見せてもいい?」
延珠「そ、それは……(チラチラ」
リンダ「あ、やっぱりか、蓮太郎なんだな? あんたあいつにホレてるな? あいつにだけならスカートの中見せてもいいんだな?」
延珠「う、うみゅ」
リンダ「でもさ、さっきのスフランに逆さまにつりさげられたときさ、ゆーこーにも見られそうになっただろ、もしあの時両手がふさがっていたら……」
延珠「ん……む……」
リンダ「それだけじゃないぜぇ? もし今後ガストレアがらみの依頼で怪我こそしなくても、服が破れて、スカートどころかハダカまで蓮太郎以外に見られたら……」
延珠「そ、そんなのいやなのだ! わ、わらわのスカートのなかや、は、はだかを見せていいのは蓮太郎だけなのだ!」
リンダ「(フフフ……)だるぉ? だったらさ、破れづらくて防御力もある野戦服を着こんだほうがいいだるぉ? 思い人以外に恥ずかしいところを見られない、まさに乙女の鉄壁スカートだ(全然違うけど)」
延珠「あうあう」
リンダ「似たようなことは蓮太郎にも言える。もしも蓮太郎が似たような目にあったとしたら……(誰得だそりゃ)」
延珠「あうあうあう」
リンダ「わかったか? 野戦服着て身を守ることがどれほど大事か? だったらあいつにもすすめて来い」
延珠「わ、わかったのだ……」







※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。