ブラック・ブレット Monsters:Rulers of Earth   作:アマナットー
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一人、二人、そしてもう一人。

「Ladies and Gentlemen――」

 

張りつめた空気の中、月を背にした影胤は流暢な英語で語りだす。芝居がかった口調はしかし、実に身のこもった響きとなって鼓膜を震わす。

 

「幾多の困難を乗り越え、ついに物語は最終局面に入った」

 

ゆるりと吹く潮風が、桟橋の上で対峙する者たちの極限まで敏感となった肌をピリピリと撫であげる。

影胤は右手を心臓の位置にあてると軽くお辞儀をする。

 

「これから始まるのは黙示録だ。お互い、盛大にいこう――マキシマムペイン!!」

 

それが開戦の合図だった。

影胤が手をふるうのと、爆発的な勢いで斥力フィールドが広がったのは、ほぼ同時。

何度もその圧力を味わってきた青白い壁が迫ってくるが、あらかじめ読み取っていた蓮太郎が延珠に抱えられて後方に飛びのいた。障壁は、腐りかけていた木造の桟橋をスナック菓子のように圧砕、粉砕し、斥力の余波を受けた海水が霧となり、それに混じって周囲の硝子片や破片となった残骸が音速に迫る勢いで吹き飛ばされ、蓮太郎の頬をかすめる。見て冷や汗をかいた。何度見ても肝が冷える勢いだ。

一気に二十メートル近くまで跳躍する中、後ろから殴りつけられるような風圧に目を細めつつも、蓮太郎はもう一人の同僚の安否を確かめる。

いた。重そうな背中のケースを早々にパージし、身軽となった友幸が自分の少し前を跳んでいる。視線の彼方で、ケースが海に沈んでいくのが見えた。判断としては正しいかもしれないが、中に入った銃火器の損失額をつい考えてしまうのは、自分の貧乏癖ゆえか。蓮太郎は、必要とあれば簡単に道具を切り捨てられるその決断力の高さに舌を巻く。

その友幸が叫んだ。

 

「くるぞっ!!」

 

ハッとして視線を戻すと、突然渦巻く霧の中から小太刀を構えた小比奈が現れた。

何も言わず蓮太郎と延珠の懐に飛び込んだ小比奈は空中で一気に小太刀をふるうが、直前にそれを察知していた延珠は蓮太郎を横に突き飛ばして事なきを得る。蓮太郎はすぐに体勢を立て直すと、タイルが張られた埠頭へと軟着陸する。友幸も一緒だ。延珠は向こうで小日向と相対している。蓮太郎は舌打ちした。それはプロモーターとイニシエーターの戦力分散という、できれば避けたかった事態に他ならなかった。

「やれやれ、小比奈はどうしても君のペアと遊びたいらしい」

 

――実に困った子だ。

タン、タン、と舞い上がる粉塵に長身の男の影が差す。

 

「ねェ、里見くん――」

 

月明かりのもと、影胤が問いかけてきた。

 

「私はね、初めて会った時から、どうにも気になって仕方ないんだ。キミは、何故かいつも私の心のどこかに必ずいる。私は強さを求め、また強いものを求める。今までの圧倒的な敗北、圧倒的な恐怖を体験したキミが、私のこの気持ちにこたえられる何かを持っているというのか?」

「んなもん聞かれたって、答えられるワケねぇだろうが」

 

今度は友幸が、低く押し殺した声で影胤に問いかけた。

 

「蛭子影胤、『七星の遺産』を壊せばステージⅤの召喚は止められるのか?」

「う~ん、それはわからない。ただ事実として言えるのは、君たちには『七星の遺産』に指一本触れることはできない。なぜなら――」

 

影胤は肩をすくめて笑った。

 

「私が立ちはだかっているからだ」

「だったら、ぶっ飛ばす」

「そして、通る。なんだ、簡単じゃないか」

 

友幸と蓮太郎は不敵に笑った。

 

 

 

午前四時十分。

ゴジラを発見こそしたが、再び見失った日本国家安全保障会議は今、蛭子影胤と里見蓮太郎、芹沢友幸の対峙を専用の小型ドローンから贈られる映像を見ていた。

議長席についた聖天子が、オペレーターに尋ねる。

 

「現在、付近に他の民警は?」

「一番近くにいる民警でも、到着には一時間以上かかるかと思われます」

 

出席していた政治家たちは不安を抑えられなかった。

何せ、つい先ほど十四組のペアと一人の民警が、なすすべもなく蛭子影胤に斃されたのを見たばかりなのだ。

 

「聖天子様、ご決断を」

 

菊之丞が聖天子に耳打ちする。

彼が最悪のシナリオとして考えている、民警側の敗北とステージⅤの召喚。そして、それに伴うゴジラの出現。

上位序列者の民警がいとも簡単に倒されたのを見ると、この戦闘も極めて短期に、それも蛭子影胤の勝利で終結する可能性があったのだ。

このまま作戦を続行しても状況が変わらない可能性を考慮した菊之丞の腹案は、東京エリア全市民の避難の本格化と、シェルターに入れる人数の制定だった。

しかし聖天子は黙考の後、首を振った。

 

「まだ、希望はあります」

 

そうでしょう? と流し目に後ろを見やると同時に、シチュエーションルームの扉が開け放たれた。

つられて後ろを見た菊之丞は入ってきた人物を見て凍りつく。

 

「木更…ッ!?」

「さりげな~く私を無視しないでいただきたいものだねェ、天童閣下。せっかく出てきてやったんだから」

 

会議室がにわかに色めき立つ中、黒髪の少女天童木更と、正装も化粧もなしに長い白衣をずるずると引きずった室戸菫が、空いている席に腰を掛けた。

 

「この戦いはもはや、里見・藍原ペア、そして芹沢友幸にかかっているといっても過言ではありません。ペアの上司たる天童社長と、芹沢友幸の後見人である室戸教授はこの会議に出席する義務があります」

「しかし……」

 

なおも菊之丞が抗議しようとする中、木更はニコリと儀礼用の笑みを浮かべて会釈した。

 

「ご機嫌麗しゅう、天童閣下」

 

怒気を露わにしかけながらも、菊之丞は黙って歯ぎしりする。

交わる両者の視線。細められた瞳の奥に揺らぐのは、把握できない憤怒と憎悪。底知れぬ汚泥は意思を持って硫酸のような劇薬をまき散らすようにドロドロと滴り落ちる。

二人の間に漂う剣呑な雰囲気に、周囲のざわめきも小さくなっていった。

隣の席で座り、一部始終を見ていた山根も息苦しさを覚えてネクタイを緩めた。果たしてこの二人を本当に血のつながった祖父と孫娘だと見る人間はいるのだろうか。

ある程度二人の事情を知る数少ない人物である聖天子は冷や汗をかき、菫はやれやれと言わんばかりにため息をついた。

 

「早速ですが天童社長に室戸教授、率直にお尋ねしますが、里見ペアおよび芹沢友幸の勝率は如何程と見ますか」

 

問いかけられた聖天子の質問に、木更は顎に手を当て、菫はだらしなく口を開けて天井を仰ぐ。菫のふざけた態度に幾人かが顔をしかめたが、だれも注意しないのはひとえに彼女の功績か、はたまた無駄だと分かっているからか。

 

「三十パーセント程かと。私個人の期待を加味しても良いなら――勝ちます、確実に」

「そーだねー。私なら五十パーセントといきたいけど、死体になって戻ってくる期待を込めりゃ二十五パーセントってところかナぁ?」

 

山根を含めた閣僚たちは思わず、低下していないか? と口を挟みそうになったが、会議室の厳粛な空気を考慮して疑問にとどめる。さすがは室戸菫、一筋縄ではいかない性格は聞きしに勝るようだ。

 

「天童社長、貴社の社員を信じたい気持ちはわからないわけではない。私としてもそれはぜひとも尊重したいところだ。しかし、彼らより高位序列の民警は皆、影胤によって殺害されてしまっている。機械化兵士というアドバンテージあってこその実力を考慮しても、その確率はいささか高いように思えてしまいます」

 

官房長官の武上弘隆が額の汗をぬぐいながら疑問を口にする。菫の発言は完全に除外したらしい。

しかし木更は泰然自若とした態度で言った。

 

「確かに、皆様の思う『里見蓮太郎』ならそうかもしれませんね」

「あ~、こっちもいいすかぁ~?」

 

どこか確信めいたその言葉に会議場は当惑する。

菫は、それをさえぎるような声で続けた。

 

「私だって別に、友幸君がまけるたぁ思ってませんよ」

「……どういうことでしょうか」

「なにせ、彼だって『普通』ではありませんもの」

 

自分たちの思わない里見蓮太郎がいる。

芹沢友幸は『普通』ではない。

――一体、どういうことだ?

 

 

 

吹き飛ばされ、ドシャリと尻餅をつく。

背もたれるコンクリートが粉砕され、少なくないダメージが腰にひびく。将来腰痛に悩まされないか心配だ。

蓮太郎は立ち上がろうとしたが、腕が生まれたての小鹿のようにがくがくと震えてうまく力が入らない。

満身創痍とまではいかずとも、食らったダメージは決して少なくない。くわえて、巨大カマキリとの戦闘で負った傷が、再び開こうとしていたのも大きかった。もっとも、全力の状態で立ち向かっても、まともに戦えるかと聞かれればそうではないのだが。

 

「やれやれ……あの身の程知らずの民警共といい、キミといい、本当に期待外れだよ」

 

目の前に立つ怪人に、汚れは一つもない。

その時、影胤の後ろから凄まじい速さで刀剣が振り下ろされた。不意をとったと思われた一撃はしかし、青白い障壁によっていとも簡単に阻まれる。

突き立てられたジャマダハルの切っ先は、ドライアイスに触れた金属板のごとき金切り声をあげてきりきりと軋んだ。

 

「当然、君もね……ッ!」

「ガッ!」

 

そう言って斥力フィールドの出力を上げれば、高音を響かせながら弾き飛ばされる。

背中から打ち付けられた友幸はうめき声をあげながら、なおも立ち上がろうとしたが、不意に力が抜けてそのまま片膝をついた。

 

「そりゃあ、悪かったな……」

「……ご期待に副えず、本当に、申し訳ない」

「……芹沢君はともかくとして、私はずっと自分の中の声を信じて、里見君、キミを待っていた。なのに――これだもの」

 

影胤が手に持っていたものを放り投げると、乾いた音を立てて蓮太郎のXD拳銃が地に落ちる。

興味が失せたのか、影胤は二人に背を向けた。

 

「あきらめ給え。君たちは弱すぎる。そこで東京エリアの終焉を見届けていたまえ」

「……待てよ」

 

蓮太郎がヨロヨロと立ち上がりながら声を紡いで、息を荒げながらも、正面を睨み据えた。目の前の、倒すべき敵を。

 

「キミは諦めを知らないのかね? 弱いくせに、まだ立ち向かうのかい?」

「あぁ、弱いさ……俺は、確かに弱い。だから皆が後悔した。だから信じなくなった……けど、例え弱かったり、運が悪かったりしても、それは諦めの言い訳にならねぇ!!」

「……一体何を言っているのかね、里見くん?」

「……蓮太郎君……?」

 

友幸は顔を上げる。

不自然な音が聞こえた。ごくわずかな音だったが、何かが裂けて剥離するような、乾いた音を。気のせいだろうか、彼の右手右足が不自然に蠢き、左目が一瞬だけ青白く光った気がした。

 

 

 

「官房長官、詳しくは省きますが、十年前、里見くんが天童の家に引き取られてすぐの頃、私の家に野良ガストレアが侵入、父と母を食い殺しました。その時のショックで私は持病が悪化し、腎臓の機能がほぼ停止しています」

 

急に話が変わったことに武上は狼狽する。それとこれにどんな関係があるのだろう。

 

「た、確かに不幸な出来事だと思うがそれが一体―――」

「その時里見くんは私を庇って、右手右足と左目を失ったのです」

 

全員がモニターを注視した。画面内で先ほどまで影胤と近接戦闘を繰り広げていた青年は、どう見ても五体満足にしか見えない。

その中で、科学技術庁長官の五十嵐が何かに気付いた。素肌が露出している右手の手の甲が、わずかであるが不自然に光を反射したのを見たのだ。しかも、皮膚がまるでパズルが崩れ落ちるようにだんだんとはがれていく。

他の閣僚もやがてそれに気付いたのか、ざわめき始めた。

聖天子が菫を見やった。

 

「室戸教授、例のものを」

「了解しました~」

 

菫は笑いをこらえながら恭しく一礼をすると、手持ちのタブレット端末から各席のモニターにデータを転送する。表示された情報を見て、閣僚たちの顔が青ざめた。それを見ていた菫が、心底愉悦を覚えた表情で肩を揺らす。

 

 

 

右手と右足の袖をまくり、腕をピンと真横に突き出す。

 

「たとえ弱くても俺は諦めねえ。お前を絶対に止める。どんな手を使ってでも!!」

 

みしり、と音がした。

腕と足に、亀裂が入った。

皮膚が、剥がれ落ちた。

左目が青白く光り、幾何学模様が浮かび上がった義眼が演算を開始する。

 

 

 

菫が両手の指をからめ、ふてぶてしい態度で告げる。

 

「ま、よーするにぃ? 十年前に私が彼を執刀したのだよ。セクション二十二で」

 

義肢と義眼に使われている金属は、無重力状態で各種レアメタルを混ぜ込んだ、従来のバラニウムの数倍の硬度と融点を持つ超バラニウム。蛭子影胤が属していたセクション十六がステージⅣの攻撃を止められる防御思想を表したものなら、セクション二十二は真逆の攻撃力重視の思想。人をしてガストレアを葬るべくして生まれた『新人類創造計画』の個人兵装。

そう言った基本スペックが、彼女の口からぺらぺらと吐き出される。

 

「では、芹沢友幸もそうだというのですか?」

「いえ、彼はちょっと違います」

「……なに?」

 

五十嵐の疑問に、菫はこともなげに否定する。

 

「お察しの通り、芹沢友幸は七賢人の一人、芹沢猪四郎の息子ですが、地はつながっていないことはご存知ですか?」

「えぇ、養子だったと聞きます。」

「はい、彼はガストレア大戦後の混迷期の中、身元不明の人間として彼に保護されました。ただし、事情は非常にややこしいものだったんです」

 

 

 

「やっぱり、そうだったんだ……」

 

それを見ている友幸は思い返した。

カマキリの怪獣に突き飛ばされ、重傷を負った彼を運び込んだ時のことを。

あの時、瀕死の状態だった彼をストレッチャーに乗せるとき、救急隊員を手伝って彼を運んださいにたまたま触れた彼の右手が、不自然に重く、冷たかった。それは、血が抜けたからだと思っていた。

しかし、寝込む彼の手のひらの切り傷から除いたのは、流れる血ではなく、やけに光沢の入った黒い何か。

それは泥汚れだと思っていた。でも違った。

その正体がはっきりと、目の前で起こっている。

漆黒の光沢が、光を反射しながら徐々にそのまがまがしくも機能美にあふれた機械を露出させていく。

やがてすべてが剥がれ落ちた時、蓮太郎の体から真っ黒な腕と足が現れた。

構成するのはタンパク質ではなく、バラニウム金属。空気穴から蒸気が噴出し、関節に当たる部位から、炭素繊維で構成された人工筋肉が力をためるように蠕動する様子が見えた。

 

「――だからか」

 

その時になって初めて理解する。蓮太郎がなぜ影胤に立ち向かうのか。なぜ影胤をそこまで止めようとするのか。

そして、なぜそれを今使うのか。

 

「――なら」

 

俺も使わなきゃ、不公平だね。

友幸はベルトに手を添える。

次の瞬間、遠く離れた海面がゴボリと泡立った。

 

 

 

それを感知できたのは奇跡だったかもしれない。

 

「?」

 

影胤はその瞬間、自身の背後、海辺から『何か』が迫ってきているということを直感的に感じ取った。それはわずかな風圧の変化、本来なら気にも留めないものだったが、長い戦闘で培った経験が迫りくるものに警鐘を鳴らす、背中をぞわりと逆なでする悪寒。

とっさに振り向く。

そこには巨大な金属製のケースが、影胤に突進してきていた。

 

「ヌンッッ!!」

 

わずかに反応が遅れたが、当たる直前になって影胤の体内から発生した斥力フィールドがその勢いを正面から無理矢理押し殺す。

音速に迫る速度で激突した物体は、斥力フィールドに干渉した結果に生じた衝撃波をまき散らしながら空中で静止する。しかし、その勢いは衰えることなく、逆にフィールドを突き破らんと甲高い音を出しながらノズルから放出されるバーニアの出力がどんどん増していった。

影胤は歯を食いしばりつつ斥力フィールドの出力を上げるが、それに比例するように吹き上がる炎の長さは増していく。

 

「なッ!?」

 

激突した物体に、影胤は見覚えがあった。記憶が正しければ、芹沢友幸が背負っていたものだったか。だが、あれは海に捨てていたのではなかったか?

それが後ろの推進装置と思しきノズルからエメラルドグリーンに輝く炎を思い切り放出している。

最初は何の変哲もないガンケースだと思っていたことを大きく覆された驚愕と、蓮太郎の変貌に気を取られていた影胤にとって、それはまさに不意打ちだった。

 

「……このぉ!!」

 

血液が沸騰するような気迫を込めて、影胤は斥力フィールドを変形させ、勢いをそらす。行き場を失ったケースは反対側から同様の炎を噴射して制動をかけると、直方体の身を起こして空中である程度ホバリングしたのち、ゆっくりと下降して着地した。

 

「……芹沢くぅん?」

 

怒気を喉の奥に押し込めながら影胤はぐるりと首をまわし、ケースの持ち主を睨みつけた。

 

 

 

また話は変わりますが、と前置きして、菫は朗々と語る。

 

「皆さんは、超人兵士計画において、新人類創造計画のほかに、様々なプロジェクトが進んでいたのをご存知ですよね?」

「あぁ、機械工学のほかにも、複数の分野を用いた改造を人体に施す実験があったことは知っている。そのうちの一つなのか?」

「はい、新人類創造計画は、被験者との合意がなけりゃ作れないうえに、消費資材の価格も半端ではないので十分な数をそろえられない」

 

おまけに一人につき一つの機能に特化していては、汎用性に欠けてしまう。

それは間違いなく大きな欠点だった。どんなに質を極めても、戦場では結局のところ数が勝敗を制する要因であることに疑いの余地はない。ましてや数の暴力の象徴であるガストレアを駆逐するのに、果たして足りるであろうか。その答えは否。

――そんな中注目されたのが、強化外骨格、すなわちパワードスーツだった。

 

 

 

蓮太郎が隣に立った。

 

「そのケース、銃器は入っていないだろ?」

「……あぁ、これはガンケースじゃない。飛行場で言った武装は全部嘘だ」

 

特に否定せずにうなずく。大体、世界のどこにロケットを噴射しながら空を飛びまわるガンケースがあるのだろうか。

それに、せっかくの同類が三者そろっているのだ。お披露目するには絶好のタイミングと言えるだろう。

友幸はじっと正面を見据えた。

 

――目標は戦闘態勢。敵と認識。第四種警戒態勢。敵の殲滅を許可。これよりリミッターを解除します。

 

脳髄に眼球をえぐりだされるような痛みが一瞬だけ走り、ココナッツとメタルの味が舌の奥に広がる。どこか懐かしさを感じる、嫌な味わいだった。

友幸は顔に手を当てかけていた眼帯を掴み、払うように外し、ジャマダハルをパージして目を閉じると、小さくつぶやく。

 

「――起動」

 

そう言って目を開ければ、黄色に染まった視野が飛躍的に広がった視界。視神経とつながった義眼が周囲の状況を三次元的にとらえ、自動的に捕捉しながら演算を開始する。周囲には、自分の右目がこの視界の色と同じ色が光っているように見えるだろう。

視界の端から、人の形をした立体映像がポップアップし、それに重なるように『起動』の文字が表示される。

背後のケースが、それに呼応するように大きく変形した。

 

 

 

「ガストレアを葬る機能を持ち、訓練を受ければ万人が使用可能の汎用性を持つパワードスーツ。誰が着けても圧倒的な性能を発揮する強化服はしかし、暗礁に乗り上げることになった。なぜか? それは装着者の肉体的限界その他諸々を完全に凌駕し、たとえ訓練を受けた人間でも、やがて肉体の限界を超えて死ぬというデメリットがあったからだ」

「それは失敗では?」

「失敗も失敗、大失敗。そんな非人道的な兵器なんぞ量産できるわけがない。結局この計画も凍結しましたが、その技術を応用して当初より大きくスペックダウンしたものが、今のエクサスケルトンです」

「結局何が言いたいのだ!? 彼はエクサスケルトンの装着者なのか!?」

 

防衛大臣の轡田が手をついて声を荒げる。しかし菫は無言で首を振った。

 

「彼はエクサスケルトンの装着者ではありません」

「じゃあなんだ!? 開発当初のパワードスーツでは通常の人間は耐えられないのだろう!?」

「確かに私は通常の人間では耐えられないと言いました。では、そうでなかったら?」

「は?」

 

 

 

半歩下がり、足場のように露出した金属製のブーツのようなものに足を入れ、強く踏み込む。それを皮切りに、蓮太郎と影胤、そして上空で静かに滞空しているであろうドローンを介してこちらをのぞく政府用人たちが見ている中で、友幸の体は自動変形した鋼鉄の鎧に包まれ始めた。

耐衝撃性に優れた積層装甲が足元から順番に装着され、いびつだった形状から徐々に人の足に類似したシルエットに変形していく。

上からかぶせられるように降りてきた胸部の装甲が、すでに腹部まで覆った装甲のつなぎ目とドッキングする。同時に、背中の装甲に背負われた複式直結の小型レーザー核融合発動機が甲高いうなりをあげ莫大なエネルギーを発生させる。

広げた両腕に波のように迫る装甲が覆いかぶさり、これもまた徐々に人の手となった。

背面装甲に収納されていたアームが伸び、フレームが顎に固定され、頭部全体を覆うように装甲が展開。最後に顔面を覆うようにフェイスヘルメットが閉じ、立体ホログラム状のディスプレイが表示され、頭部装甲の双眼の丸いゴーグル状レンズが点灯する。

最後にジャマダハルを拾うと、同じく複雑な変形プロセスを経て、腕の装甲と一体化した。

 

 

 

「当時の技術者連中は思った。普通の人間に使えないなら、使える存在を生み出せばいいのだと」

 

菫を除く、その場にいた全員がその意味を察し、目を見開いた。

木更が震える声で尋ねる。

 

「彼は……まさか」

「そう、彼は遺伝子操作によって生み出された、世界唯一の遺伝子強化体の人造人間です」

 

ざわり、と会議場の空気が揺れた。

 

「馬鹿な……そんな非人道的なことがあってたまるか!!」

 

立ち上がった五十嵐が口の端から泡を飛ばしながら、もともとの強面をさらに歪ませ激昂する。科学技術庁長官の立場にいる彼であるからこそ、人の道を大いに外れた事実は受け入れがたかった。

 

「私もそれを知った時は耳を疑いました。ですが、事実です。芹沢博士はそんな彼を保護し、養子として迎え入れていたのですよ」

 

悲痛な面持ちで聖天子が顔を伏せる。

戦争という世道人心が乱れた時代が生み出した、殺戮能力に特化した『生きた兵器』。

国家元首である立場上、芹沢友幸という存在はあらかじめ目を通していたとはいえ、こうして直に言われてしまうと胸に来るものがあった。

 

「そして、彼は最初で最後の人造人間兵器となり、その試作第一号となりました。計画名は――」

 

 

 

影胤が小さく身を震わせていた。

 

「里見君、芹沢君、二人は一体……」

「元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』里見蓮太郎」

「右に同じく、芹沢友幸。着込む鎧は一二四式特殊装甲服――」

 

 

 

 

 

「『ジンラ號』それが、彼の本当の名前なのです」





「百二十四式特殊装甲兵ジンラ號」
 元ネタは映画『ミカドロイド』より同名の兵器。当然外見はスタイリッシュだが、文字なのでどうせわからない。
 変形プロセスはアイアンマンを思い浮かべてください。
 はてさて、知っている人はいるのだろうか……。

 人外系じゃない主人公を期待していた皆様方、この場を借りて深くお詫び申し上げます。実はこの設定は最初から決まっていました。今の自分の才能ではこうでもしないとお話が続かないのです。実は前々から超微妙な伏線があったり。

*一話で母親の存在を言及しない友幸。
*カマキラスとの戦闘ですさまじい跳躍量を見せたとき。
*重そうと蓮太郎に思われたケースを楽々と持ち上げる怪力。

…………わかりませんよね。


 なんでジンラ號なのかというと、仮面ライダーじゃベタベタじゃないかと思ったからです。
 ですので、せめて日の目があたっていないような作品はないかと思って探していたら、東宝映画コンプリートボックスでたまたま発見したミカドロイド。
 アレンジすれば普通にかっこよさそうなジンラ號の外見で即決しました。







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