ブラック・ブレット Monsters:Rulers of Earth   作:アマナットー
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援護。

トリガーを引く。

かちりと単調な音が鳴り、次の瞬間銃口から三発分の火が噴きだされた。骨の髄まで震わせる反動を、能力使用による筋力増加で無理やり固定する。

音速で吐き出されたバラニウム製の鉄鋼榴弾は空気抵抗をものともせずに、怪物の脳へと吸い込まれるように着弾した。こうなれば再生は不可能。目の前の怪物は脳幹をたやすく貫かれ生命活動を停止し、その場でゆっくりと崩れ落ちた。

そんな相手を振り返ることなく、千寿夏世は次の標的へ狙いを定める。今にも彼女にとびかからんと立ち上がっていたイノシシのような怪物は、見ただけで戦慄するほどおぞましい鉤爪の間を縫って、さらけ出された無防備な腹に撃ち込まれた銃弾によってその命を散らした。

倒れ伏した巨体を盾に隠れ、マガジンに残された弾数を瞬時に確認する。いくばくも残っていないことがわかると、夏世は三点バーストからフルオートに切り替え、肉の盾から身を乗り出し、薙ぎ払うように掃射する。先ほどと比べ物にならない反動が襲うが、歯を割らんばかりにくいしばってそれを耐えた。

襲いかかるタイミングを見計らっていたガストレアのいくつかはその凶弾に倒れ、傷ついた個体は慄きながら少しだけ後退する。

その間に夏世は外したマガジンを投げ捨て、弾がぎっしりと詰まった新しいマガジンをフルオートショットガンに装着する。

戦闘中のアドレナリンの過剰分泌だろうか、反応速度が飛躍的に上昇した夏世は、排出された薬莢が地面に落ちる音がゆっくりと聞こえた。

 

「しつこい……!」

 

独り呟き、夏世は次の射撃場所へと駆けていく。

手ごろな場所につくと、夏世は静かに、大きく息をついた。

海から運ばれる潮風特有の磯の匂いに、硝煙の臭いと、撒き散らされた血や臓物、生きたまま焼ける死体の臭気が混ざり合って鼻孔に侵入する。あたりには薄く煙が立ち込めていた。辺りを埋め尽くすガストレアの肉片。けれどそれを踏みつけて襲ってくるガストレアの数は一向に減らない。

これまでに倒したガストレアの数は合計で何体になっただろうか。最早数えるのも億劫になっている。事実として言えるのは、いま相手にしている怪物の群れは、自身が民警として活動してから倒してきたガストレアの総数を容易に上回るということだけだ。

 

「……チッ」

 

上からの殺気を感じてショットガンを掲げ、煙の向こうに目を凝らしながらおもむろに一発。銃弾が真上で夏世を狙っていた猿のガストレアの頭部から尾部まで貫通する。青々と生い茂る葉にまき散らされ、滴り落ちる血潮と脳漿を全身に浴びた。夏世はここに長くとどまる危険性を察知し、その場から駆け出す。

だが、数歩進んだところでその足を止めざるを得なかった。三百六十度にわたって自分を囲む、無数の赤い光点ブリップ。いつの間にか包囲されていたようだ。

一向に減らない敵の数に、夏世は舌打ちする。着実に倒しているはずなのに、蛆虫のように湧き出て、むしろ増えてさえいるように感じる。

並みの民警なら即座に撤退を選ぶであろう、絶望的な状況。しかし夏世はそれでも逃げるという選択をしなかった。

もしこの先を通すことを許せば、多数のガストレアが、彼らのもとへ殺到することになる。それだけは絶対にさせてはいけない。自分が守ると決めたあの四人と自分の相棒に、指一本触れさせるつもりなど毛頭なかった。

夏世は腰に下げた二つの手榴弾のピンを外して適当なところへ投降する。刹那に生じた爆発に巻き込まれる怪物の普通な悲鳴や怒号の飛び交う中、生じた包囲網の綻び、その隙を逃すことなく、夏世はその隙間を一気に駆け抜けた。

動揺をする残りのガストレアたちの間をすり抜けながら、ショットガンを乱射する。最初にナメクジのようなガストレアの頭部をつぶした。ダンゴムシのガストレアは二発の銃弾を甲殻で弾いたが、三発目を食らったとたん身体がザクロのように裂ける。徐々に斃されていく小型ガストレアを踏みつけながら、夏世は闇の中を疾走する。

と、煙ったジャングルの中で何かが動いた。枝や木の幹がバリバリと砕ける音が聞こえ、巨大な黒い影が揺らぎながらこちらへ向かってくる。

かくして、それらはあらわれた。

 

「……まさか」

 

夏世は瞠目する。

現れたのは、ステージⅣのガストレア。トカゲに似た頭部に、鳥のような翼をもつ身体、鎌首を上げたその体高は六メートルほどだろうか。それは、おとぎ話に出てくるドラゴンのようだった。

絶望的な状況だった。

今まではステージⅠからⅡのガストレアを相手にしてきた。だからここまで持ちこたえられたといえる。しかし、このステージⅣを単独で、しかも手持ちの火力で撃破しようとするのは困難を極めることはよく理解していた。理解していたからこそ、夏世はその挙動を一瞬だけ止める。そして、その一瞬が致命的だった。

夏世とガストレアの黄金の瞳が合った。同時に、振り上げられ、自分の眼前に迫っている腕に気が付いた。

 

「――チィッ!」

 

かわせたのは奇跡だったかもしれない。

つま先のわずか数センチ先で地面が割れ、大量の土砂が飛び散った。宙に浮く中、銃を突きつけ引き金を引いてけん制する。散弾がステージⅣの表皮を激しくたたき、苦悶のうなり声を上げわずかに後退する。

それを見た夏世は着地して場を離れようとしたその時、不意に、自分の影が覆われているのに気が付いた。

その一瞬だった。

 

「――え?」

 

気が付いた時には、夏世は宙を舞っていた。直後に、全身を思い切りたたきつけられるような衝撃が襲う。

いや、実際に叩きつけられたのだ。

 

「……え?」

 

IQが二百を超える頭脳を総動員して、現状を確かめる。自分が大木に背持たれているのがわかった。自分は突然襲い掛かってきた衝撃に吹き飛ばされ、この木に叩き付けられたのだ。だが、いつの間に? 誰が私をここまで飛ばしたの?

甲高い叫び声が聞こえて、夏世は意識を上に向ける。その途端、全身が凍りついた。

最初は衝撃を受けて耳鳴りがしているのだと思った。だが、見上げた先にはステージⅣのガストレアの隣で舌を鳴らす、クマのような姿をした二体のステージⅢがいた。このうちの一体が、夏世を弾き飛ばしたのだろうか。

夏世は絶望した。これまでにない最悪の状況、一人で相手するのはまず不可能な規模。悲鳴を上げようにも、喉の奥が張り付いてまく声を出せない。

血染めのワンピースやスパッツはずたずたに引き裂かれ、端正な顔は泥にまみれて、再生が追い付かない全身の切り傷のあちこちから血がにじみでていた。骨は折れていないが、叩きつけられた衝撃は全身に及んでいて、まるで力が入らない。

 

「ヒッ……!」

 

気圧されて思わず倒れこんだのが幸いした。倒れこんだ頭上を暴風が通り過ぎる。だが、そこまでだった。ガストレアの赤い目が小刻みに動き、夏世のほうに向ける。横たわったまま、夏世は自分に死が迫っていることをおぼろげながらも感じた。

唯一動く腕で、夏世はずるずるとほふく前進する。それを見逃すガストレアではない。

躱したわけではなく倒れただけの今、体勢など作っていない。無防備な背中をさらけ出したままの状態で、再度振り上げられた腕を呆然と見上げた夏世は観念して目を閉じた。

 

 

 

いつから自分で自分を『道具』と割り切るようになったのだろう。

ふと、これから死ぬという間際にそんなことを考えてしまう。

人間と『呪われた子供たち』の違いって、なんだろうか。

生物学的に見れば、自分たちは紛れもなく人だ。姿かたちも人そのものだろう。唯一の違いを上げるとすれば、ガストレアウイルスを体内に保有している。ただそれだけ。しかし、その一つの違いだけで、自分たちは誰からも人間として扱われないのだ。

実際、生まれてから今まで人間扱いされたことはなく、モノリスの外から時折侵入してくる異形の化け物と同列に扱われてきた。

いわく、化物。

いわく、人殺し。

いわく、東京エリアのごみ。

いわく、人の形をしたガストレア。

いわく――他にもあるが、その数が非常に膨大なため割愛させてもらうが、そのどれもが悪い意味合いとして使われる言葉なのが大半だ。

でも、自分たちは、彼らに何かしたわけでもない。民警になる前は稀に食料品を盗むことこそあったが、少なくともその時は人間に危害を加えたことはなかったはずだ。彼らに傷つけられることはあっても、傷つけるなんてことはしなかった。

それでも、人間は自分たちを恐れる。目が赤く、普通より力が強いというだけで。

そして、『人間』ではなく『呪われた子供たち』として扱い、生物としての存在すら否定する。

 

 

 

過去に一度だけ、『人間』として生きる道を選んだことがあった。

人間は、自分たちにとって渇望の象徴だった。

自分たちよりおいしいものを食べている。

自分たちよりきれいな服を着ている。

自分たちより幸せそう。

あの中に入ることができれば、自分も同じ生活が遅れるのではないか。

姿かたちが全く一緒なら、できるかもしれない。

でも、それは赤い目じゃだめだ。赤い目のままであそこに行けば、自分たちはぶたれてしまう。じゃあ目を赤くしなければいい。そう自問自答して、自分は赤目の制御に励んだ。

幸か不幸か、自我を取得したころからあった持ち前の頭脳の良さと、生来のおとなしい性格もあってか、感情と力の抑制が自力でできるようになり、瞳の色を制御できた。

水面に映った自分を見たあの時、心のどこかで喜ぶ自分がいたのをよく覚えている。

水たまりを覗き込めば、そこにいたのは、ちょっと大人びていることを除けば、どこにでもいる普通の女の子。

これなら人間にまぎれて『人間』として生活できる。そう淡い期待を込めて自分は街に繰り出した。人間と交流して、一定のコミュニケーション能力と社会性を得るため。それは人間観察としての意味合いもあった。

人間と触れ合い、学習する。それは『人間』がどういうものなのか知ることであり――自分が人間として生きられる道を見つけられる。

そうやって『人間』としての生き方を夢見た夏世の決意は、街に繰り出した途端に浴びせられた、悲鳴と、罵声によって無残にも打ち砕かれた。

――思えば、もっと早く気付くべきだったのだ。人間にとって、ボロボロの外周区から、やつれた汚い子供が出てきたら、それはまぎれもなく『呪われた子供たち』なのだという共通の認識を。

そしてそれは、子供にも存在することを。

 

尖った石を投げられ、さびた鉄棒で滅多打ちにされ、足で腹をけられる。

いつものようにふるわれてきた、いわれのない暴力はしかし、大人によるものではない。

自分を取り囲む、数人の男の子。どれも自分より背が高くて、力も強そうな、健康的な子供。

舞い上がる埃で覆われる視界のなか、薄く眼を開けて、子供の無垢であるはずの目を見た。そこにあったのは、自分たちを化け物と蔑む大人たちと一緒で、ひどく濁っていた。

吐き気にも似た嫌悪感を覚えたのは、その顔を見たからなのか、見た直後に腹をけられたからなのか。それはわからない。

怖かった。呪われた子供たちのことを見る同年代の子たちが。笑顔で蔑み、呪詛を吐き捨てながら殴る姿を。

 

気が付けば戻ってきていた寝床には、雨の降る音がやさしく響いていた。

屋根の下にたまたまできていた、小さな水たまりを、ちょっと覗きこむ。

そこにいたのは、ちょっと大人びていて、泥だらけで、赤く光る瞳の、どこにでもいる『呪われた子供たち』。

風が吹いてきて、雷が大きく鳴り響いた。

ぼんやりと視界が揺れ動いたのは、侵入した雨粒が目に入ってきたからだと思いたい。

その時に夏世は、『人間』と『呪われた子供たち』の違いがなんとなく分かった。

彼らと私たちは、共存してはいけないのだと、悟った。

あっちは人間で、こっちは化け物。

形は似ているけど、中身は別物。

決して混ざらない、水と油。

 

――どんなに小さな命にも、生まれてきた理由がある。

 

街を歩いていたら、たまたま聞こえてきた曲のフレーズ。

でも、もう生まれてきた理由も、価値を見いだせなくなって。

そして民警として登録されてから、初めて会ったパートナー。

 

――テメェは、俺の道具だ。

 

出会いがしらに言われた、自分の役割と、存在意義。

夏世は反発することなく、はいと答えた。

素直に、自分から自分を道具と割り切るようになっていた。

その瞬間から、夏世は『人』でいることを永遠にあきらめた。

 

だからこそ、彼らに出会った時、あまりにもまぶしいと感じてしまった。

人間として見られて、何不自由なく生き生きとしていたあの少女。その子をやさしく見守る、保護者のようなプロモーター。

それは、まるで太陽のように、まぶしかった。

彼女は気づかないうちに、嫉妬していた。

かつての自分が、捨ててしまったものを持っていたから。

 

 

 

夏世は自然と、涙を流していた。

それは、自分の役割が果たせなくなることの失望か、生きることの欲求か。

同時に、もういいんだ。と心のどこかで安堵するように思った。

自分は道具として最後まで戦ったのだ。自分は人間としてではなく、道具として生きて、戦うことを選んだのだ。そこに充実こそあれ、後悔なんて、ない。ないはずだ。せめて、この化け物たちがこれで満足して去ってくれますように。

そして、蓮太郎たちが、影胤に勝利することを祈るしかない。

なのに――

 

「……助け、て……っ」

 

それでも、彼女は助けを求めた。

言って、わずかに自嘲する。助けなんて、来るはずがないのに。

 

 

 

ぐしゃりと、音が鳴った。

衝撃は来なかった。来るはずの痛みもなかった。

生暖かい液体が、夏世の顔を濡らした。

不審に思って目を開けた夏世は、眼前の光景に目を剥いた。

最初に見えたのは、翻る黒い刃と、それを構える男だった。

分厚い刀身はドラゴンのようなガストレアの脳天をやすやすと両断する。ガストレアは何が起きたのかもわからないまま、赤黒い脳漿をまき散らしながら地面に倒れ伏せた。

倒した巨獣に目もくれず、男は無理やり引き抜いてもう一体へと斬りかかる。全く予想していない事態についていなかったのか、反応が少し遅れたガストレアも瞬く間に首を切り落とされた。

 

「……どうして」

 

やっと異常に気が付いたのか、最後に残ったステージⅢが仲間に援護を求め咆哮しようとたたらを踏んで口を開ける。

しかし、大きく開かれた口から声が出る前に、巨大な岩塊が投げ込まれ、まるで栓をするようにふさがれた。頑丈そうな歯をいとも簡単に砕き、頬肉を割いた岩塊を喉奥までめり込まれた反動で、ガストレアは上を向く。

 

「……どうして」

 

その間に生じた隙を見逃さず、男は超人的な加速度で即座に間合いを詰めると、その刃を翻した。

紫電一閃――月光をギラリと反射したバラニウムブラックのバスタードソードが、喉笛を神経、肉、骨ごとまとめて断ち切る。

男は分かれた首を空中で蹴り飛ばすと、反動を使って夏世のところまで降り立った。

口を半開きにしながら、夏世は呆然としていた。自分は、夢を見ているのだろうか。

同時に、ツンと鼻の奥が痛くなり、段々と視界がぼやけていく。

 

「怪我はねェか、オイ」

「……どうじ、でぇ……ッ」

 

知らず、嗚咽を漏らした。

にじんだ視界と、逆光でよく見えなかったが、夏世にはそれが誰なのか分かった。

手を組んでから長年、常に三歩後ろで見てきた筋肉の塊。

足りない知能を炎のように燃やすような、逆立った頭髪。

 

「どうじで、ごこにいるんでずかぁ……将監さん」

「決まってんだろ」

 

口元を覆うドクロパターンのフェイススカーフはなかったけれど、その口から響く声は自分を道具という、ぶっきらぼうな聞きなれたもので。

 

「道具ってのは、愛着つくと長く使い続けたくなるからなぁ」

 

千寿夏世の見まごうことなき相棒がそこにいた。

 

「お二人さ~ん、水を差すようで悪いけどさ、やつら来るぞ!!」

「り、リンダさんまで、なぜここに!?」

「心配だったか……らッ!!」

 

連れてきてあげた上に、岩塊を投げて援護した張本人は、そう怒鳴りながら襲いかかってきたステージⅠの頭部を脊髄ごとぶっこ抜く。

見ると、上位のステージが倒されて及び腰になっていた低級のガストレアが勢力を巻返したのか、木々の間から一斉にほえたてているのが聞こえる。

増える赤く光った斑点、その数はおよそ数十を超えていた。

 

 

 

「いやぁ、それにしても、こりゃすげぇや」

 

夜の森を抜け、こちらに接近してくるガストレアの群れを見て、リンダ・レイは半ば呆れ交じりにつぶやく。

赤い光点が見えるところからも、見えないところからも数多くの鳴き声が響いてきて、内部に蠢く無数のガストレアの存在が手に取るように分かった。

いまでも、自分の周りには多くのガストレアがとびかかる頃合を見計らっている。

大半はステージⅠが占めているが、いかんせん数が多いせいで骨が折れる。

だが、こいつらを一匹も通してはいけない。

もし、少しでも奴らを自由にさせれば真っ先に市街地へ向かうだろう。その分だけ市街地で戦っている相棒と、その仲間の負担は増し、蛭子影胤はステージⅤを呼んで東京エリアを滅ぼす。

ステージⅤ。たった一匹の超巨大ガストレアによって、脆弱な人間は特に抵抗できずに蹂躙され、東京エリアは大絶滅へと向かう。それだけはさせてはならない。

それが、どれだけ戦力差があろうとも、戦わなければならない理由だ。

今夜はまさに、東京エリアの命運をかけた夜だった。

 

「おい、ゴリラ女」

 

バスターソードを構えた将監が、背後から忍び寄ってきたイモリのガストレアを両断し、隣に立つのをリンダは感じ取った。

見れば、威圧的な三白眼が横目でリンダを見下ろしている。リンダも吊り上った目を細めて睨み返した。

 

「アイツらの援護、しにいかなくていいのか?」

「いんや、大丈夫。あいつらは……ゆーこーと蓮太郎と延珠はきっと勝つよ」

「理由は?」

 

リンダはさも当然とばかりに笑った。

 

「強いから」

「理由にならねぇぞ」

「理由なしに行動するような奴に言われたくないねェ」

 

嫌味交じりの言葉に、ほざけと傍らの人間が小さく笑った。

リンダは自分の身の丈ほどもある巨大ガントレット『ブルガリオ』を構えると、内部にあるスイッチを入れる。握られた手の甲の指の間から刃が三つ伸び、高周波振動による音叉作用で相手を威嚇するように甲高い音をかき鳴らす。

ゴリラなのにクズリとはこれいかに――この装置をもらって何年か経つが、いまだこの機能には苦笑する。

そういえば、相棒もアメリカン・コミックスのヒーローではないものの、鋼鉄の鎧をまとっているっけ。

 

「こちとら、お互い腕力とスタミナに頼る馬鹿同士――やりますか」

 

闘魂を刺激されたのか、将監もバスターソードを構えた。

 

「フン、望むところだ。まとめて狩りつくしてやる」

「でもま、司令塔は必要だよな。効率は大事だし」

 

そう言ってリンダは後ろを振り返った。

 

 

 

夏世は唖然とした。

まさか、こんな圧倒的な戦力差でも彼らは立ち向かおうというのか。

その時、将監が振り返り、自分を静かに見据えた。

 

「夏世、援護できるか?」

「え?」

 

戸惑う夏世を無視して、静かに身構える。

そして有無を言わせぬ様子で、もう一度促した。

 

「できなければ司令を出せ。お前ェがいねぇと効率よくぶった斬れねぇからよ」

 

夏世は、違和感を覚えた。

将監の威圧的な三白眼に込められていたのは、仕事始めにする、いつものような冷たい眼差しではなかった。

絶望的な状況にもかかわらず、しかし焦燥や絶望感といったものは全く無い。凛とした佇まいで、威厳すら感じられる。

自分に対するそれも、作戦をいやいや聞いているときのものでもなく、見下したものでもない、芯のある眼光。

彼自身が、自分を安心して後衛を任せられるという安心感が伝わってくる。

その目にこもっていたのは、信頼だった。

隣を向けば、リンダもまた夏世を見ている。

 

「……いえ、大丈夫です」

 

数瞬の間だけ自身の状態を確認すると、頷く。

なぜだろう。どう見てもこの状況下は絶望的で、立ち向かうのは無謀なはずなのに、なぜか大丈夫だと思ってしまう。

 

「任せるぞ、夏世」

「えぇ、任されました」

「IQ二百十の実力、見せてもらうぜ」

 

瞬間、リンダが力を解放してロケットスタートし、瞬く間に数匹のガストレアを血祭りに上げた。

わずかに口角を上げ、それに負けずと将監は雄叫びを上げて敵陣へと突っ込む。

夏世もフルオートショットガンを構えると、その後を追った。

ガストレアの悲鳴がこだまする中、自然と笑みが浮かんでくる。

――まったく、今日は論理的に考えられないなぁ。

知能指数二百十の少女は自嘲気味に笑う。不思議と、嫌じゃない。

トリガーを引く。

かちり、と単調な音が鳴った。

 








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