ブラック・ブレット Monsters:Rulers of Earth   作:アマナットー
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The Dinosaur Appears.

 リンダ・レイ、伊熊将監、千寿夏世。

 彼ら彼女らの戦いの舞台は既に元いた場所から大分離れていた。戦闘をしながらの移動によって、何時の間にか此処まで来ていたのだ。彼らの姿は森の奥に存在する開けた場所。そこは上空から見れば、いびつな楕円を描き、ローマの闘技場のような広場がある。面積は東京ドームほどの広さがあり、日本の数少ない平地を存分に堪能できそうだ。

 その中心に近い場所で、ガストレアの群れを相手に激戦を繰り広げていた。

 シオマネキに似たシルエットを持つステージⅠの幼体ガストレアの、振り上げられた巨大なハサミをリンダは正拳突きで粉砕する。甲殻類の頑丈な外骨格でも、ゴリラ特有の怪力で繰り出されたバラニウム鋼の拳の前では紙と相違ない。

 返り血が顔に降りかかり、生臭いにおいが立ち込めるが、このバトルスタイルを貫いてきた自分にはもう慣れたこと。戸惑う幼体の無事だった小さいハサミを掴んで、ハンマー投げのように振り回して迫るガストレアを殴り飛ばす。

 ある程度振り払ったのを確認し、用済みになったカニを全力で放り投げれば、群れの中央で地面に激突、圧潰し、衝撃で爆散する。ケラチン質の破片は天然の榴散弾となって四方八方に散らばり、周りにいたガストレアの体を切り裂いた。痛みにパニックを起こしたのか、角の生えているカバが暴走し、巻き添えを食らったほかのガストレアがキイキイと悲鳴を上げる。

 都合がいい。相手が多数の場合、こうやって混乱に陥れることができれば、自分たちへの攻撃がある程度やむ。

 頼むから喧嘩はなるべくよそでやってくれよと、リンダは最後に一瞥してからその後の経過を一切無視し、別のガストレアに注意を切り替えた。

 

「おっとッ!?」

 

 空から滑空してきたムササビタイプの奇襲を間一髪で避け、カウンターで頭から刃で切り裂く。綺麗に四枚おろしにされたムササビはそれぞれ四方向に墜落してから別のガストレアに踏みつぶされた。

 どこかにガストレアの製造機かなにかが設置されているのではないかと錯覚するほど、倒しても、倒しても、まるでゲームの雑魚キャラのようにわいてくる。

 それでも、リンダは百を超えるだろう敵を前にして不敵に笑った。

 傍らにひびく戦闘の音。出所を見やれば、蜂球のように群がったかと思えば、次の瞬間には旋風を巻くようにして吹き飛ばされるステージⅠの群れ。

 中央で鎮座する伊熊将監の動きは人間を軽く超越した速さでバスターソードをふるい、迫るガストレアを、容易く切り伏せ、そして叩き伏せる。

 背後を狙って牙を剥き出しに突進して来たガストレアの頭は、千寿夏世によって撃ち込まれた散弾で破裂し、四方に飛び散る。

 いとも簡単に粉砕されるガストレア、奴らは決して弱いわけではない。

 一般人が相手にすることはまず不可能だし、動きの速さはウイルス感染以前の動物の比ではない。ステージが上がれば、普通の重火器による攻撃もそう簡単には通さない。だから、今出回っている銃は何かしらの改造が施されている。傷ついたってすぐに再生する治癒力の高さの影響か、生命力も高い。

 ただ、相手が悪いのだ。

 極端かつ短気な性格を如実に表した体格を全力で生かした、将監の荒々しくも豪快な立ち振る舞いと、夏世の高い知力を生かした計算された大立ち回り。

 相反する二人の性格を見事に組み合わせた彼らの前では、ステージⅠには彼らの相手としてはあまりにも不釣り合いだ。

 さすが、高位序列者の立場は伊達ではないな、と感心しながらも、リンダは襲いかかってきたステージⅠを地面に叩きつけながらも、死角からの一撃をうまくいなしてから背負い投げ、白目を剥いた相手の頭を思い切り踏みつぶしてとどめを刺した。口に入った体液を吐き飛ばしながらもリンダは別の獲物を探す。

 ふと、とびかかってきたヘラジカのガストレアの突進を、真正面から受け止めた。角を掴んで踏ん張れば、勢いを殺し切れなかった身体が首を支点に直上へ持ちあがる。その瞬間、その場で高速回転して一気に相手の首をへし折ってから、脳天を蹴り飛ばした。とっさの思いつきでやったが、これはこれでかっこいい。スクリュー投げとでも称そうか。

 自分でもダサいと思うネーミングセンスに辟易しながらも、蹴り飛ばした際に折れた木の根のようにうねり絡まった造形の角を振り回し、射程内に入った哀れなガストレアを瞬く間に針山地獄の刑に処した。

 その後も、向かってくる雑魚を体力の消耗を最小限にしながらも吹き飛ばし、引き裂き、切り裂いて、殴り飛ばす。

 近接格闘術に関する語彙をすべて使い切りそうな勢いで、ガストレアをダース単位で殲滅すれば、勢いが自然とおさまっていくのを肌で感じる。

 それを見た将監がつぶやいた。

 

「よし……ビビりはじめたか……」

 

 ガストレアの動きが見るからに鈍り始めた。

 次に、困惑と恐怖のざわめきのような音が戦場の空気を支配する。

 将監の言うとおり、仲間の血で血まみれになりながらも一騎当千に戦う三人を見て恐れをなしたのだ。

 もともと市街地からの音に引き寄せられた雑多な群れで統率力がなかったのか、複数のガストレアに混乱が連鎖し、混乱は拡大する。立ち向かっても、立ち向かっても倒される仲間の姿を見て完全に戦意を喪失したのか、中にはその場から離れようとして別の個体と激突し、同士討ちをし始めるものもいた。

 

「……やったか」

 

 目の前で徐々に後退していく愛物の群れを見て、リンダは肩で息をしながらも不敵に笑う。

 正直、これ以上戦い続けるのには限界があった。リンダ自身、一日でこれほどいっぺんに動いたのは生まれて初めてであり、なおかつ、今の時間帯は彼女のような十代の未成年者には睡眠を要する時間帯だ。それに備えて仮眠こそしてはいたものの、ただでさえ精神を摩耗する未踏査領域の環境下で多大な運動と、頭脳を駆使して行う戦闘を同時にこなすには、いくら呪われた子供たちである彼女でも体力不足に陥るのは否めなかったのだ。

 しかし、その安堵は唐突に断ち切られる。

 

「……?」

 

 最初に気が付いたのは夏世だった。

 銃声とガストレアの悲鳴のせいで起こった耳鳴りとはまた違った、キーンという甲高い音が聞こえたのだ。

 続いて、ピリピリと首筋に走る、異様な空気。

 森を見やる。ガストレアが逃げようとしている先の、さらに奥まったところを注視した。

 

「……何でしょう?」

「あ?」

「え?」

 

 一見すると、何の変哲もない森。

 さらにその先には、数百メートルはある木々の群れ。

 だが、夏世はそこに違和感を覚えた。何も無いはずなのに、何かがあるような気がする。

 ふと思い出す。確か自分のモデル因子となったイルカは、暗い海中でも獲物を探せるように、超音波を発してその位置を探るという。

 途端に、なんだか嫌な予感がした。何かが、こっちに接近しているような気がする。

 その時、雷鳴のような雄叫びが森の中からこだました。

 耳をつんざくような叫び声に、三人とも思わずその場に凍りつく。撤退しようとしていたガストレアの群れも、ぶるぶると振動する空気にあてられその動きを止めた。

 次に、ずしんと足音が響き、地面が少しだけ揺れる。

 またさらに、ずしんとまた少し地面が揺れた。大地を揺るがす重々しい足音に、三人の顔がこわばる。

 これで地震かと勘違いするほど彼らは楽観的ではないが、この時ばかりは突発性の地震だと思いたかった。

 森の奥からまた一声鳴き声が聞こえたかと思うと、隙間なく群れていたガストレアが何かに道を譲るように左右へと分けていく。

 やがて茂みの中から、通常のガストレアにしても怖れる存在が現れた。

 

「……嘘でしょう?」

 

 夏世が小さく声を漏らす。

 それは、今まで見てきたガストレアの中でも、その怪物の大きさ。咆哮。凶暴な顔つき。気持ちの悪い体格。それらのすべてが彼らにとって真新しく、また、ぞっとするものだった。

 尻尾をなくしたワニのような体からはえた象のような太い足が大地を踏みしめ、背中にある魚のうろこが月の光に反射して虹色の燐光を発し、その隙間から所々鞭のような触手が伸びている。首に当たる部分からは筋骨隆々としたゴリラのような胴体が連結し、クマのような両腕からは巨大な鉤爪が生えていた。そのシルエットは、さながらギリシア神話に登場する、人間の上半身と馬の首から下の全身を有しているケンタウロスのようだ。顔はヤギのようで、象を彷彿とさせる長い鼻を有し、水牛のような角が生えていたが、歯茎がむき出しの口からは草食動物にはない鋭い牙が不規則に並んでいた。

 ぼたぼたとよだれがしたたり落ち、離れていても漂ってくる腐臭に吐き気を覚える。

 

「ステージ……Ⅳ?」

「だとしても、デカすぎる……」

 

 なにより、それは巨大だった。普段から往々にして巨大なガストレアだが、それでもその大きさは常軌を逸していた。

 小山のようなシルエットはまたしてどれぐらいあるのだろうか。彼我の距離感から換算しても、五、六十メートル近くあるのではないだろうか。

 ガストレアの最終進化系であるステージⅣ。小さく十数メートルから、大きくて数十メートルが成長限界ではあるものの、ここまで巨大化した存在などいるわけがない。

 だが、完全に心当たりがないわけではなかった。

 かつて世界中を蹂躙したステージⅤの一体である金牛宮、タウルスの腹心的存在として暴れまわったアルデバランも、同じステージⅣが小柄に見えるほどの巨躯を有していたという。このステージⅣもそれと同様だと考えたほうが、つじつまが合う。

 しかし、しかしだ。

 仮にそうだったとしても、自分たちの状況がさらに悪いところまで追いつめられたことには変わらない。

 これほどの怪獣じみた巨体を相手にすることなど自分たちにはできない、それこそ軍隊が出動しない限り、殲滅は不可能だ。

 開けた空間に躍り出たステージⅣは、逃げようとする小型のガストレアを追い払うように吠えたてたが、すぐに首をめぐらせ、やがて三人に血のように赤い目を向けた。

 睨み付けると同時に放たれたプレッシャーに、三人は思わず数歩ほど後ずさった。間違いなく、自分たちをこの事態の元凶だと認識している。

 将監は両隣にいた夏世とリンダにアイコンタクトをとる。ここはタイミングを計って逃げ出したほうが賢明だ。

 しかし、その考えは後ろから響いてくる獰猛な鳴き声によってかき消された。

 リンダは舌打ちする。振り返らなくても、後ろに広がる光景がどんなものかわかる。自分たちは完全に囲まれてしまったのだ。

 ステージⅣは三人に目を据え、ゆっくりと歩いてくる。まるで自らの絶対的優位を誇示するように悠然と。圧倒的な存在感を目にした三人にも反撃する気力など存在せず、いかにしてこの絶体絶命の状況から安全に逃げ去るか、考えに精神を集中させていた。

しかし、考えれば考えるほど自分たちの状況の悪さに追い詰められる。どうあがいても絶望しかないと悟った時、夏世は背嚢をおろし、ありったけのグレネードを身にまとった。

 

「夏世……?」

 

 将監の問いに、夏世は黙って後ろを向く。将監はとっさにその手を掴んで阻止した。

 

「何してやがる!!」

「自爆します。これだけあれば、きっと退路が……」

「馬鹿野郎!!」

 

 言い終わらないうちに、夏世の頭に拳骨が振り下ろされる。

 頭を押さえ、うずくまった夏世が驚いたように上を見上げた。

 

「……なぜ、止めるんですか? 私は、あなたの道具、ですよ」

 

 瞳に涙が混じり、声に嗚咽が入りながらも、夏世は反論する。

 しかし、将監はそんな夏世を冷たく見下ろしながら、言った。

 

「もし道具なら、持ち主の言うことは最後まで聞きやがれ」

「なぜ、ですか。道具と、して、戦って、道具として、死ぬ。そう教えたのは、あ、貴方じゃないですか。今が、さ、最後の、使いどころなん、ですよ」

「テメェの都合のいい時に、道具なんて言うんじゃねぇッ!!」

 

 将監の今までにないほどの怒号。その気迫に、夏世は一時静まる。

 しかし、夏世も怯んでいるわけにはいかなかった。

 

「……だっで、私は、貴方に死んでもらいたくないんです。死んでほしくない。だってあなたは……生まれた意味を見いだせなかった、私を……私に……」

 

 私に、存在価値を与えてくれたから。

 涙を流しながら、思ったことをそのまま言うために言葉が支離滅裂になる。

 しかし、夏世にとってそれは紛れもない本心だった。生きる価値の見いだせなかった自分に、彼は初めて『道具』という存在意義を与えてくれた。

 だから最後まで道具として死ぬ。それにためらいはない。

 不意に頭に手を当てられたかと思うと、ぐいと無理やり持ち上げられる。

 将監はぴしゃりといった。

 

「さっきも言った。使いやすい道具ってのは長く使いたくなる。だから、自分から進んで死のうとするんじゃねぇ」

 

 夏世は静かに頷くと、グレネードを外す。

 それを横目に見ていたリンダは、同時に、ぐるる、と低いうなり声が聞こえてきて意識を前に移す。

 立ち止まってこちらの様子をうかがっていたステージⅣが、群れを率いながらその巨体を再び前進させていた。しばらく立ち止まっていたところを考えると、まるでこちらの会話を理解していたかのようだ。

 妙なところで空気を読むガストレアたちの奇行に若干の違和感を覚えながらも、三人は身動きできずにいた。

 彼我の距離が数十メートルまで迫った時、ふいにステージⅣが一声鳴いた。相手を威嚇するには程遠い、短く乾いた発声。

 

「……あいつら、会話しているのか?」

 

 とある有名な映画のワンシーンを思い出したリンダが疑問を口ずさむ。

 それは恐竜を題材にした映画だったが、その中で小型の肉食恐竜が仲間同士でコミュニケーションをとるように短い鳴き声を上げていた。

 そういえば、前述したタウルス、およびアルデバランも、多数のガストレアを配下に世界中を暴れまわった記録がある。つまり、支配し、統制するだけの力があることは明白だ。

 もし、この鳴き声がそれと同一のものだとすると……。

 

――あれ、これ詰んだ?

 

 答えは奴らの行動によって示された。

 変化はすぐに表れた。鳴き声を聞いた小型のガストレアが、それまでバラバラだった歩調を一斉に合わせ始めたのだ。

 目に見えて変わる挙動に、冷や汗が噴き出る。ガストレアは『言葉』と『会話』の概念を理解していたのだ。だから、将監と夏世の会話中は一切しかけてこなかったのだ。

 何故か? 決まっている。

 シャチが獲物のアザラシを仲間同士でつついて徐々に弱らせるように、知能が高い生物は、狩りの前にまず獲物を徹底的にいたぶることが多い。

 奴らはそれ以前の、いたぶる前に、まずは獲物に人生最後の猶予を与えたのだ。同種族間で会話できる、最後の猶予を。そして、その猶予が過ぎたとたったいま判断したのだ。

 推測ではあるが驚いた。ガストレアの知能はここまで進化していたのか。

 やがて、小型ガストレアの群れが前に出てきた。

 見つめる目は、完全に捕食者そのものだった。

 

「おい……これ」

 

 無言で首を振った。相手はたっぷり三分間待ってくれたようだが、あいにく自分たちは起死回生を起こす滅びの呪文など知らない。三人は、自分たちの人生にタイムリミットが迫っているのがわかった。

 足音が大きくなっていくうちに、肩の力が抜けていく。いよいよ最後。万事休すか。

 そう思って座り込んだその時、ずしん、とわずかに地面が揺れた。

 きっとステージⅣの足音が混じったのだろう。

 また、ずしんと地面が揺れた。

 その瞬間、静寂があたりを支配した。

 

 

 

 いつまでたっても襲いかかってこないことに違和感を覚えて顔を上げると、威勢の良かったガストレアの群れが進行を止めていた。

――おかしい、なにがあった?

 

「……なんか、変だな」

 

 将監があっけにとられながらもつぶやく。

 ずしん、とまた地面が揺れた。だが、それはどう見ても目の前の群れのものではない。

 ふと、夏世が視界の端に映ったものに視線を下に見やった。

 そこには、踏み荒らされ、足跡が付いた土に、ガストレアの血がたまっている。

 再び地面が揺れて、その表面に波紋が起こった。

 最初こそわずかだったものの、地面の揺れはゆっくりと、しかし確実に大きくなっている。そして波紋も大きくなる。

 その時、小型のガストレアたちが興奮したような唸り声をあちこちで上げはじめた。

 今度はこちらを見据えながらも正面を向いたままぞろぞろと後ずさる。まるで、何かにおびえるように、でも、いったい何から?

 立っていられないぐらいに地面が揺れ、血だまりに水滴が飛んだところで、やっと足音だと気が付いた。

 それは、後ろから来ている。だが、そっちにも小型ガストレアがたむろしていたのではなかったか?

 正体を確かめようと後ろを向いた途端、三人の目の前に何かが落ちてきた。リンダがそれを拾い上げると、ぎょっとして放り投げる。

 

「……ヤギ?」

 

 夏世がつぶやいた。

 太ももから先はちぎれてなくなっていたが、白い体毛に覆われた二本の蹄を見る限り、丸太のように太く巨大なものの、ヤギの後ろ脚だ。でも、なんでこんなところに?

持ち主はどこだと三人は上をむき、降ってきた位置を見やる。

 そして、見えたものに思わず凍りつく。

 

――それは、鋭く尖った牙の中にいた。

 

 ヤギ型のガストレアが、か細い鳴き声を上げながら、多数の牙に貫かれている。刺さった箇所から血がだらだらと流れおち、地面に滴り落ちていく。

 仲間に助けを求めるような弱々しい鳴き声が、くぐもって聞こえる。ガストレアの死ぬ前の最後の抵抗は、ごろごろとうなる巨大なあごの、真っ暗な喉の奥に押し込まれるまで響いていた。

 巨大なあごの持ち主は、数メートルはあるはずの巨体を噛まずにごくりと飲み込むと、雷雲のような唸り声をあげてこちらを見下ろす。

 その瞬間、目の前のガストレアたちが威嚇するように一斉にほえたてた。それに反応したのか、今度は聞くからに不機嫌そうな唸り声をあげる。

 木々の間に張っているツタが気になるのか、体躯に見合わない小さな手で強度を確認する。二、三度揺らして、さしたる強度もないことが分かったのか、十数本のツタをその大あごでまとめて口にくわえると、首を振って一気に引きちぎった。ちぎれたツタが鞭のようにうねりながら地面をたたき、風圧で土埃が舞い上がる。

 ずしん、と一歩踏み出す。体の芯まで響く足音は、とてもではないが生物が発したものとは思えない。

 ずしん、とまた一歩踏み出す。月光にさらされて開けた視界を“それ”はあたり一帯をなめるように見回す。

 リンダも、将監も、夏世も、はてはガストレアも、その場にへたり込みながら息を殺し、巨大な生物が動いているさまを目で追った。

 生命力と躍動感に満ちた、筋肉の盛り上がった三本指の足を覆うごつごつとしたうろこは、戦車砲の砲弾すら弾き返そうなほど頑強そうな印象を与える。

 数千年生きた木のように、太くがっしりとした後ろ脚が支えるのは、小山のような体躯の胴体。遠近法を無視したその大きさは巨大すぎて詳細に把握できないが、おおよそ七十メートルはあるのではないか。背中には甲羅と見間違えるほど厚みのある背面装甲が、頭から尾の付け根まで覆っている。

 連なる尻尾は幾重にも束ねた貨物列車のようで、尾の先にはハエタタキのように平べったい形になっている。スパイクで覆われているそれがひとたび振るわれたら、かすっただけでも大半の生物は重傷を負うだろう。

 口には尖った牙がずらりと並び、万物をかみ砕きそうな大あごを剣山のごとく彩って、凶悪そうな顔立ちをより一層の拍車をかける。

 

「……Dinosaur ?」

「恐竜だぁ? ば、馬鹿いえ、あんなデカい恐竜が――」

 

――いるわけないだろ。

 そう言おうとした将監の言葉は最後まで続かなかった。

 またずしんと一歩踏み出したかと思うと、恐竜に似た巨大生物が大きく息をすったかと思うと、いきなり身をかがめて、まるで目の前のガストレアたちに己の存在を示すように高らかに大きく咆えた。

 夜の森をぶるぶると大きく震わす咆哮は一種の衝撃波となり、あてられた木々が大きくのけぞる。

 鼓膜が破れるかと思うほどの大音響に、とっさに耳をふさいだものの、至近距離にいた三人はあまりの音圧に全身の内蔵がシェイクされるような気持ち悪さを覚え、息を止め全身に力を入れてその場にうずくまるしかなかった。

 衝撃波にあおられて仰向けになってしまった夏世は、薄く眼を開けて上を見やる。身をかがめ、ためた力を絞り出すように咆哮し、裂けてしまいそうなほど大きく開かれた口の持ち主である巨大な恐竜。

 すべてを射殺さんと大きく見開かれた金色の瞳には、間違いなく憤怒があった。

 間違いない。夏世は確信する。

 

 

 

 この恐竜こそが、『戦場の巨大恐竜』なのだと。

 

 

 





 原始恐竜 ゴロザウルス
 体高:約70メートル
 体重:不明

 ペルム紀末期に出現した怪獣の一体。
 種別は現在の爬虫類に続く主竜類で、放射線濃度が劇的に減少した時期に生息していたため放射線はあくまで副次的エネルギー。恐竜を初めとした主竜類が絶滅を逃れ、中生代に発展したのはもっぱらこの個体群の性質による影響。まさに『原始恐竜』である。
 正面を向いて両眼視できる目、頑健な顎など、風貌はティラノサウルスに酷似しているが、これは収斂進化によるものなので全くの別系統。
 生存競争の激しいペルム紀の環境に適応した結果、非常に柔軟性に富んだ骨格をしており、巨体に似合わぬ素早さに高低差の激しい場所での立体的な行動も可能。また頭骨は同時代の生物の中でもトップクラスの頑強さを誇り、核兵器数発でやっと破壊できる。前足は三本指である。体表はワニのようなウロコで覆われている。





 本編にちょくちょく入った“彼”の正体はこいつです。
 出現シーンは……何がモデルかわかりますよね?







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