ブラック・ブレット Monsters:Rulers of Earth   作:アマナットー
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 実はこの話の戦闘シーン、ある二つの恐竜映画のそれをもとにしていたりする。


 


決戦!! ゴロザウルス対ステージⅣガストレア

 これはどう反応すればいいのだろう。

 千寿夏世は眼前に広がる己の理解と常識を超えた光景に驚きを隠せないでいた。

 見上げるほどの恐竜に似た巨大生物とガストレアたちが互いを睨み合っている。両者の荒い息遣いからは並々ならぬ憤怒が感じとられ、複雑に絡み合った因縁が双方の闘争心を駆り立てているように思えた。

 ステージⅣのガストレアが象のような低いラッパ音を立てて威嚇すれば、恐竜も原始の響きで喉を震わせ数倍の音量で咆え返す。

 あまりにも非現実的な光景。だが、彼らが足踏みをするたび大地は震え、雄叫びをあげるごとに空気は鳴動し、空間の揺れとなって矮小な自分たちを巻き込み、叩き付ける。

 鼓膜を破りそうな轟音、獣臭い空気に混じる血の臭い、奥歯に絡まる雑草の苦さに、舌を覆う土と鉄錆のブレンドされた味、擦れた痛みに、際立った肌の産毛を撫で上げる空気の流れ。

 いま、五感のすべてに叩き付けられるすべての現象が、全ては現実であることを如実に物語っている。

 踊らされる自分たちはまるで古生代の羽虫になってしまったかのようで、そんなちっぽけな存在など、すでに彼らの眼中にはないようだった。

 夏世は自分たちが彼らの対象から外れたことに安堵した。すぐにその場から離れようと立ち上がろうとするが、しかし立てない。力が入らない。それは将監もリンダも一緒だった。

 ふとしたところで、気力どころか意識すら刈り取ってしまいそうな目に見えない圧力が、巨大な重石となって背中にのしかかる。

 自分たちは身動きもとれず、山のような巨体をただただ見上げるしかなかった。

 その時、群れの中でひときわ目立つ巨躯の持ち主であるステージⅣが短く咆哮する。相手を威嚇するには程遠い、乾いた発声。

 すると、その鳴き声を聞いた小型のガストレアたちが吼えたけると、甲虫のような甲殻を身にまとったガストレアたちを先頭にして恐竜に向かって一斉に突撃した。

 ぐらぐらと揺れる地面に、座っていながらも思わずよろけそうになる。

 軍隊蟻は数を持って巨獣に挑み、骨身を食い荒らす。死の絨毯とも称されるその戦列はジャガーをも恐れさせ、道を明け渡す。

 小型のガストレアたちは、仁王立ちのまま構える恐竜へひしめき合いながら殺到する。相対距離はもはや目と鼻の先だ。夏世はじっとりとした感触が頬を伝っていくのに気づく。いつの間にか大量に冷や汗を流していた。

 いくら小型種とはいえ、徒党を組んで津波のように押し寄せる様は総身を凍りつかせるのには十分な迫力を有している。以前の自分だったら失禁し、絶望しながら戦意を喪失し、戦闘を放棄するだろう。このような圧倒的な数の暴力を前に、果たして耐えうることのできる生物などいるのだろうか。

 夏世はおそるおそる顔を上げる。

 恐竜はごろごろと喉をころがすと、興味なさげに鼻を鳴らした。まるで心底軽蔑するかのように。

 ぶおん、と鈍い音がしたかと思うとガストレアの群れの頭上を大きな影が覆った。

 

 

 

 それは一瞬だった。

 唸りを上げて振るわれる、恐竜の尾。

 地面に叩き付けられたヒレのように平たい先端は、一瞬にして数体のステージⅢを押しつぶし、重機関銃の銃弾を弾き返す甲殻をあっさりと粉砕し、地面に体液で彩られた挽肉の押し花を作成した。

 そのまま横薙ぎに尻尾を振るう。

 右から左へと移動する圧倒的な質量は、瞬く間にガストレアの軍勢を飲み込み、全てを物いわぬ躯へと変えていく。

 うろこから突き出たスパイクによって、頑強なはずのアルマジロ型があっけなく串刺しにされ、バラバラになる。

 丸太のように太いそれに充てられた小型種は、何が起きたのか理解できぬまま磨り潰され、血の霧となって霧散する。

 切っ先に抉られ、破砕された岩塊が頭上から榴弾のように降り注ぎ、砲丸大の穴を穿つ。

 衝撃にあおられた数体ものガストレアが遥か彼方に吹き飛んで行き、地面に叩き付けられる。全身の骨が砕かれ、あらぬ方向を向いた頭部に、赤い光はない。

 やがて尻尾がその勢いを収めるころには、ガストレアの群れは一匹残らず全滅していた。

 

「……え?」

 

 あれだけ威勢よく突撃してきた群れが、ただ一回の『尻尾の薙ぎ払い』ただそれだけで殲滅された。

 血糊を振り払う恐竜に、疲弊した様子は全くない。ひょっとしたら、恐竜にとって、あの薙ぎ払いは軽い気分で繰り出しただけなのかもしれない。

 夏世は、戦慄した。今なら、あの興味なさげだった態度にも納得がいった。

 それは、圧倒的『強者』と圧倒的『弱者』の実力差。それを知っているからこそできる余裕。

 正に一方的な戦い、いや戦いとさえ言い難い『蹂躙』だ。

 ここに、数の暴力を、さらなる暴力で『蹂躙』する者がいる。

 ガストレアはまさに、そいつに踏み潰される『虫けら』も同然だったのだ。

 恐竜は残ったステージⅣへおもむろに向き直ると、頭を低くして戦闘態勢を取る。一瞬にして配下をすべて失ったステージⅣも、それに対峙する。

 二頭は睨み合い、互いに吠えて威嚇した。まるで、一連の戦闘が前座で、本番はまだこれからだというように。

 そして、どちらかともなく恐竜とステージⅣは同時に突進した。

 

「……」

 

 ここで現実逃避して、地面に蹲ってもよかった。

 悪い夢だと思い込んで、そのまま意識を失ってもよかった。

 それでも、夏世はしかとこの光景を目に焼き付ける。

 圧倒的な力を持った巨大な恐竜を見上げる。

 超然かつ憮然とした佇まいの恐竜は、やはりこちらに興味を示さない。そもそも気づいているかも怪しい。

 それでも、夏世はなぜか、この戦いを見逃してはいけないような気がしていた。

 

 

 

 

 両者がぶつかり合う寸前、ステージⅣは頭を振り上げ、下あごをめがけて象のように長く伸びた鼻を叩き込もうとするが、恐竜は巧みに首をひねってかわし、首筋に噛みつこうとする。ステージⅣは四本の脚を巧みに操り、その全体重を乗せて体当たりし軌道をずらして受け流すが、すぐさま体勢を立て直した恐竜は、ステージⅣの胴体部分の背中へその牙を突き立てた。ステージⅣの口から苦悶の鳴き声が漏れる。どうにかして振り払おうと身もだえる。鱗の隙間から触手を伸ばし、目といった急所を突こうと振り回す。そして、眼前で揺れる尻尾を長い鼻で強引に手繰りよせ、横から思い切り噛みつき、引きずりおろすように頭を振った。

 だが、恐竜の頑強な顎はまるで離すそぶりすら見せず、むしろより一層の力を込めて牙を食い込ませる。しかし、ワニのような皮骨板で覆われた背中は牙の侵入を防いでなかなか脊椎にまで至らせることはできない。

 その間にステージⅣは丸太のような足で恐竜の指を思い切り踏みつけ、痛みで噛みつきが緩んだところを狙って身をしならせて拘束から逃れると、噛みついたままの尻尾を思い切り振り回し、その巨体を大きくよろめかせる。

 そしてバランスを崩した恐竜にもう一つの胴体から延びるクマのような両腕を唸らせ、顔面へ叩き込もうとしたが、恐竜はまたもやうまく立ち回って間一髪のところでかわすと、今度は大きく身を回転させて、尾のスパイクをステージⅣの胴体へ叩き込んだ。鱗の隙間に入り込んだ切っ先が肉を裂き、内臓を傷つけ、衝撃であばら骨が砕けるくぐもった音が響き渡る。

 ステージⅣは悲鳴を上げ、ふらつきながら後退するも、恐竜は手加減せずに猛追して首の横に噛みつき、上から一気に体重をかけて押さえつけ、身動きを制限させた。当然、ステージⅣは恐竜の顔に鉤爪を突き立て、血反吐を吐きながら必死に抵抗するが、首を噛まれて満足に呼吸ができず、押さえられて思うように身動きが取れなくなっていた。

 

 

 

 目前で繰り広げられている死闘。ほぼ互角の体格でも全く恐れずに立ち向かい、圧倒していく恐竜の威容に、観戦していた夏世は感嘆した。

 遠くから見てようやく分かったことだが、恐竜の全身にはあちこちに当の昔に治ったと思われる傷跡が点在していた。古傷の状態からみても、相当な数の熾烈な修羅場をくぐってきたことがわかる。戦いの経験が豊富で、慣れているのだろう。

 

「……すごい」

 

 円形状のフィールドで、月光のもと繰り広げられる人智を遥かに超えたその戦いは、何物も寄せ付けることのできない神聖かつ暴力的な、神話世界の怪物同士の戦いを見ているかのようだ。

 己の高い知能指数をフル回転させた思考でもこれ以上の喩えは何も浮かんでこず、夏世は、ただ恐れおののいた。自分ではどうしようもできない事象。はるか太古の時代から飛び出してきた猛者に対し、瞳に畏敬にも似た念を宿す。あれと比べると、自分がいかに矮小な存在であるか、ありありと理解できた。むしろ、比べるのが間違いなのかもしれない。

 

 

 

 だが、この激しい死闘の中で、ステージⅣは徐々にガストレアとしての真価を発揮し始めた。

 ステージⅣは突如として抵抗をやめると、攻撃を耐えるように今度は体を丸めてぐるぐると唸りだす。あまりにも唐突に思える出来事に夏世は違和感を覚えるが、恐竜はそれに気づいた様子はない。

 血反吐を吐き、苦悶の声で喉を震わせながら、ステージⅣは全身の赤目を真っ赤に光らせる。同時に、ぐちゃぐちゃ、ばきばきと気色の悪い音が響いて、背中が大きく膨みはじめた。

 それを見た瞬間、夏世はある光景を思い出した。

 ガストレアウイルスに感染した人間は遺伝子を書き換えられ、許容浸食率を超えると形象崩壊を起こし、ウイルスが保有していた生物因子に酷似した姿になる。仕事柄、ウイルスに感染した人間がガストレアに変わる瞬間はそれなりに見てきた。いまのステージⅣの異常はそれに酷似していたのだ。まさか?

 次の瞬間、背中に一本の亀裂が入り始めた。そして破裂した殻の下から何かがうごめいたかと思うと、韋駄天を突くように不気味な突起が出てきて、思い切り恐竜の頭へと振り下ろされた。ステージⅣの背中から飛び出し、今もなお不気味に蠢いているのは、サソリの尻尾だった。

 恐竜は全く想定していなかった一撃に驚き、思わず顎を放してしまう。その隙をついて、拘束から逃れたステージⅣは恐竜の腹に突進し、渾身の頭突きを食らわせる。大きくバランスを崩した恐竜はたたらを踏んだ。

 再度突進してくるステージⅣに、恐竜は懐に潜りこみ、前足に噛みついて転倒させようとしたが、長い鼻と熊の腕、そして尻尾の叩き付けをもろに受けてしまい、ついにその場に倒れこんでしまった。そこへ、ステージⅣは今までの報復といわんばかりの猛攻を加えた。

 ステージⅣは、すべてのポテンシャルを駆使して、ただひたすらに、殴り、蹴り、踏みつけ、掴みかかり、締め上げる。

 下半身の前足で踏みつけると、衝撃で地面が大きく揺さぶられる。腹の奥を無理やり押し出されるような痛みに、腸が捻じ曲がるような気持ち悪さが腹の底から襲い掛かってくる。頑強な顎がきしんで、鼻腔の奥で血管が切れる。鼻息を噴き出せば小さな赤い霧が発生し、大気に溶け込んだ。

 剛腕の鉤爪が顔に振り下ろされると、鉄壁の鎧のように堅牢なうろこが割れて、鮮血が宙を舞った。唇が裂け、数本の歯が根元から折れて真珠のような光沢を放ちながら地面へ降り注ぐ。

 そして、生々しい傷口に尻尾の先端に生えた鋭い毒針を叩きつけてくる。見るからに毒々しい色合いの針が肉を大きくえぐり、さらに血がにじみ出る。激痛が走り、恐竜はたまらず苦痛の雄叫びを上げた。そのまま毒液が注入されそうになったが、こればかりは体を大きくよじらせて無理やり引きはがす。しかし、即座に繰り出された蹴りに下顎がはじきあげられ、ぶつかり合った牙にありえない形のヒビが入った。

 ステージⅣはさらに鼻で恐竜の首を巻き付けると、持ち上げて一気に叩き付ける。重みに粉砕され、衝撃でめくれ上がった土が広範囲に飛び散り夏世たちにも降り注いだが、将監が二人に覆いかぶさって破片から身を守った。

 

「やべぇ……このまんまじゃ負けちまう!」

 

 腕の間から這い出たリンダが言う。彼女の言うとおり、戦いの主導権はガストレアが握りつつあり、恐竜は押されていた。

 しかし、将監は違った。

 

「オメェ何言ってんだ!? 負ける負けない以前に、こっからどーやって逃げっか考えんのが先だろ!!」

「どっちみちこんな地面が揺れてちゃまともに逃げれねーっての!!」

 

 将監の言うことは正論だ。いつまでもここにいたら、踏みつぶされるか瓦礫の下敷きになる可能性が高い。

 しかし、リンダの反論もまた事実だった。この戦闘で今でも地響きと揺れが一帯を襲っているが、それはとても立っていられないほどの規模であり、無理に走ったら数歩走っただけで転倒するだろう。それでステージⅣの注意をひいてしまう可能性もあった。

 

「なら、私に考えがあります」

 

 平行線をたどろうとしていた議論は、参謀役の一言で止まる。

 

「夏世、そりゃなんだ?」

「簡単です」

 

 そういうと、夏世は背嚢からあるものを取り出した。予備として持ってきていた二丁の単発式グレネードランチャーだった。

 

「火力をステージⅣの頭部に集中し、恐竜を援護します」

「な、正気か?!」

 

 将監は思わず狼狽える。あの恐竜が味方だということは、まずありえないのに。

 だが、夏世は泰然とした態度で言った。

 

「もちろん、これが危険な提案だというのは重々承知しています。あの恐竜はたまたま私たちの前にあわられた謎の生物。それ以外は何一つ分かっていません。ですが、ガストレアと敵対していることは事実。そして、現状あのステージⅣと唯一互角に戦える生物です。ならば、私はそれに賭けます」

 

 あのまま放置していれば、ステージⅣは間違いなく当初の獲物である自分たちにもその手を伸ばすだろう。そうなった場合、疲弊した自分たちは果たして一体いつまで逃げ切れるだろうか。ならば、恐竜を援護してステージⅣを倒してもらい、少しでも自分たちが助かる可能性に賭けに出ることにしたのだ。

 

 

 

 恐竜は弱り始めていた。深くえぐられた傷口から血がしたたり落ち、幾度も頭部に強い衝撃を受けて意識がまばらになりかけていた。

 傷口からの失血は体温を奪い、末端の感覚を徐々に鈍らせていく。赤く染まってゆがんだ片目の視界に、朧げながら敵の存在が認知できた。

 倒れたまま苦しげにうめいている恐竜に、ステージⅣが近づき、まるで勝ったことを周囲に誇示するように前足を腹に乗せる。体内の空気が押し出され、ヒビの入った肋骨の痛みにうめき声を上げる。振り払おうと足を前後させるも、その勢いは弱々しく、おまけに距離感の掴めない視界ではむなしく宙を切るだけだった。

 

 

 

 ステージⅣは歓喜に打ち震える。遠くない昔から幾度となく死闘を繰り広げてきた相手と遂に決着がつくのだ。 こいつとは、始まりから殺し合いだった。

 出会った時は獲物として襲った。完全な奇襲で、それまで負けなしだった自分は、そのとき初めて完膚なきまでに叩きのめされる屈辱を知った。それから、自分は因子をむさぼり、自身を強化し続けた。こいつを殺すために。

 この興奮は、簡単にはおさまりそうにない。この瞬間をどれほど待ち望んでいただろうか。こいつを殺せば自分はここら一帯の絶対的な支配者となって君臨できるのだ。前任者はここで徹底的に破壊し、蹂躙し尽くさなければ、安心してはいられないだろう。

 とどめを刺そうと相手の首めがけて腕を振り上げる。鉤爪がギラリと月の光を反射した。

 まさに、その時だった。

 突如、眼前で真っ赤な光が灯された。いきなりのことにステージⅣはしばしの間それに気を取られる。怪しい光を発するそれは、しゅうしゅうと音を立ててゆっくりと地面に落ちていく。ステージⅣはそれを目で追い、そして頭ごと動かしてそれを追った。

 そして光の勢いが消えて完全に消滅した時、ステージⅣは地面に『何か』がいることに気が付いた。

 

「今です!!」

 

 次の瞬間、打ち上げられた二発のグレネード弾が瞳に直撃して爆発四散。ばら撒かれたバラニウムの榴弾は間もなく眼球を穿ち、瞬く間に視界を奪った。いきなりのことにステージⅣは声を上げ、片手で目を押さえて腕を振り回しながら暴れまわる。しかし、肝心の標的はすでにいない。超人的な脚力ですでに離脱していた。

 しかしいくらバラニウムを使用していても、ほんのわずかな時間がたてばステージⅣの傷は完全に再生した。

 だが、その攻撃は無駄ではなかった。

 その隙に目を覚ました恐竜が、ステージⅣの右前脚に噛みつき、思い切り引きずりおろして転倒させたのだ。

 そして、逆襲が始まる。

 背中を思い切り踏みつければ、『何か』が粉々に砕かれる破砕音が聞こえてきた。恐竜は憤怒に満ちた唸り声を上げながら右腕に噛みつくと、そのまま思い切り頭を振りあげる。瞬間、ありえない角度で無理に動かされたステージⅣの右腕が、肩関節ごと引き千切られ宙を舞った。ステージⅣはこれまでに聞いたこともないようなおぞましい金切り声を上げて暴れようとするが、背骨が砕かれた状態では身動きするたびに地獄のような激しい苦痛に襲われ思うように動けない。

 恐竜は攻撃の手を緩めずに体当たりと噛みつきを繰り返し、相手を押していく。ステージⅣも反撃に転じようと攻め込まれながらも機会をうかがうが、恐竜はそんな猶予を与えることはない。

 もはや、戦いの主導権は完全に恐竜の手に渡っていた。

 怒り狂ったステージⅣは鳴き声を上げたが、それは唐突に途切れる。恐竜が真横からがっちりと喉笛に噛みついたからだ。

 動脈を突き破ったのか、牙が食い込んだ箇所から噴水のように血が流れ出し、ひときわ伸びた牙は声帯をずたずたに引き裂いてガストレアの甲高い声を奪った。

 そして、恐竜はそのまま頭を押し回すと、ステージⅣの首はめきめきと異音を立てて、あり得ない方向へと曲がった。ぐしゃりと四本足の力が反時計回りの順に抜け、ステージⅣは力なく倒れこむと、二、三回痙攣したのち、二度と動くことはなかった。

 ステージⅣの、あまりにもあっけない最期だった。

 恐竜は片足を物言わぬ躯に乗せると、大きく息を吸い、月に向かって高らかに、大きく咆哮する。

 十年前から続いた因縁に、いま、決着がついた。

 

 

 

 やがて、静寂が訪れた。

 先ほどまで充満していた威圧感が嘘のように霧散し、こわばっていた肩の力が次第に抜けていく。その反動か、手に持ったグレネードランチャーがひどく重く感じられる。

 夏世は銃床から手を放し、何の気もなしに地面へ落とす。がちゃり、とやけに音が大きく反響した。開かれた手先がぶるぶると震えている。

 耳が痛くなりそうな静寂は、鳥獣の鳴き声どころか、虫の音も聞こえなかった。

 先ほどまで一帯を覆い尽くすようにひしめいていたガストレアの群れは、いない。その代わりに、物言わぬ大量の肉塊が無造作にばら撒かれているだけだ。

 周囲に潜んでいたと思われるガストレアも、逃げ出してしまったようだ。

 最早この場に戦う力を持った者たちは居ない。いるのは、一頭の巨大恐竜と、夏世と将監と、リンダの三人。

 その時、恐竜が大きく息をついて、夏世ははっとする。

 上を見やると、恐竜の視線がこちらに向けられていた。恐竜もまた三人を見下ろし、じっと見つめている。

 頑丈な鱗に覆われた体躯は数えきれないほどの傷を負い、呼吸に合わせ上下する腹の鱗甲から剥き出した赤黒い傷口はまるで火山が脈動しているようだ。顔の右半分には、鋭い爪で抉られ見るからに痛々しい引っ掻き傷が縦長に走っており、裂けた上唇から血まみれの歯が一本むき出しになっている。

 しかし、少しだけふらつきながらなお地に足を下して立ち上がる姿は、地球が生み出した捕食者たちとはまた違う、孤高かつ勇猛な気高さと気品が感じられた。

 金色に彩られた鋭い視線に射抜かれ、目も眩む迫力に、将監とリンダが大きくたじろいでそろそろと後ずさる。彼らに、もはや戦う力は残されていなかった。仮にあったとしても、圧倒的な数の暴力に余裕で耐えきり、ステージⅣさえも屠った恐竜にとって、自分たちなど吹けば飛ぶ落ち葉と同等でしかない。瞬く間に蹂躙されてしまうのは目に見えている。

 しかし、恐竜は二、三度鼻をひくつかせると、それ以上彼らには目もくれずに踵を返した。

 何もせずに去って行ったことで、リンダと将監はそれぞれ安堵のため息をつく。

 しかし、その中で唯一夏世だけが直立したまま、恐竜を凝視していた。

 恐竜は雷鳴のような足音を響かせ、森の中へ悠然と分け入っていく。

 自分たちを見逃したのは、見えていなかったからなのか、単純に興味がなかったのか、思わぬ援護に恩を感じたのだろうか、そもそもにして援護したのが自分たちだと気づいていたのだろうか、本当のところは誰にも分からない。

 彼女は、無言でその後ろ姿を見送った。

 やがて恐竜は、うっそうと生い茂る植物群に包まれ、暗闇へと姿を消した。




 正解は

『恐竜グワンジ』のグワンジと象の対決。
『ジュラシック・ワールド』のティラノvsインドミナスfeatラプトル。







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