ブラック・ブレット Monsters:Rulers of Earth   作:アマナットー
<< 前の話 次の話 >>

31 / 34
 これから投稿していくお話は、シン・ゴジラ公開前に収録されたお話です。と、シン・ゴジラ登場前にゴジラを登場させなかったことを言い訳しておく。


決着

「蓮太郎ッ!」

 

 叫ぶのと、無意識にスラスターを目いっぱいに噴かしたのは同時だった。友幸は姿勢を制御するのも忘れ、がむしゃらに蓮太郎と延珠のそばまで跳躍する。着地すると、受け身もとれずに転倒する。友幸はそれほどまでに気が動転していた。油断していた時に突如降り注いだ事態についていけない。

 延珠が半狂乱の体で蓮太郎の名を叫んでおり、その周囲はまるで赤いペンキをぶちまけたように真っ赤に染まっていた。嫌な予感がする。

 フェイスガードを開けると、強烈な血臭が漂って思わず咳き込んだ。

 よろめきながら近づくにつれて見えてきた惨状に呆然とした。

 海のように広がった血溜まりの中に横たわる人の形をした物体。その正体はいうまでもなかった。分析システムが蓮太郎の体内をスキャンし始めるが、そんなことしなくても彼の現状がありありと視界に叩き付けられた。

 

「……そんな……」

 

 蓮太郎の右横腹が、ゴッソリと無くなっていた。そこには、冗談のような虚ろがあるだけで、崩落したダムからあふれ出た洪水のように濁った血が流れ出て、臓器が零れ落ちている。血まみれの口から時折笛を吹くような呼吸が聞こえるが、今の彼は正しく虫の息だ。

 友幸は思わず顔をそむけ、装甲に包まれた腹を押さえながら片膝をついた。喉の奥からせり上がってくる苦くて酸っぱい液体が口の中に広がっていく。ツンとした臭いが鼻の奥を刺激し、目の奥から涙がわずかににじみ出てきた。

 かつんかつんと音がし、まだ残っていたのであろうカスタムベレッタの弾倉を取り換える音が聞こえてきた。白貌の仮面が今もなお広がる血溜まりの光沢に映し出された。

 

「いやはや、戦場で友を失うのは、実に悲しいものだね」

 

 どこか他人事のように軽く言うその態度に、かっと腹の底が熱くなる。

 友幸は何も言わずにヘルメットを閉じると蓮太郎と延珠を庇うように立ち塞がった。視線のみで射殺さんとばかりに影胤を睨みつける。爛々と輝くその双眼には、まごうことなく憤怒があった。

 

「友幸……」

 

 延珠が聞くからに弱々しく声をかけてきたが、振り返らずただ一言「そこにいろ」と言った。友幸は今の彼女にこれ以上戦わせるつもりなど毛頭なかった。せめて、相棒の最期には付き添わせてやるつもりだった。だからこそ、それを邪魔する影胤にはこの場から遠く引き離す必要があった。

 機関砲に砲弾を装填すると、瞬時に展開して影胤に狙いを定めると同時に、弾体が砲身内部の超電導リニアで誘導され、銃口から発射された。この間はわずか数秒にも満たず、まさに不意打ち。しかし、何度もこの手の攻撃を受けてきた影胤には予想の範囲であり、パチンと指を鳴らして再び青白い結界を瞬時に構築する。

 だが、はきだされた砲弾、三式徹甲炸裂焼夷弾は斥力フィールドにあたるその直前に、近接信管の反応で爆発した。網膜を焼き尽くすような猛烈な光と耳をつんざくような爆音をまき散らし、煙が影胤を覆う。榴散弾として開発されたと同時に付け加えられた閃光弾としての効果だった。

 

「ぐ!?」

 

 再び目くらましを食らい、思わずフィールドの展開を中断した影胤はとっさに腕を交差する。ホワイトアウトした視界に代わって感じた、背筋を駆け抜ける嫌な感覚。無意識のうちに脅威を感じ取ったがゆえにとったポーズは、煙幕に混じって高速で突撃してきた友幸の鋼鉄の足蹴りを図らずも防ぐ形となった。

 鳩尾を狙えなかったことに友幸は舌打ちするも、そのまま脚部のパワーアシストとバックパックの噴射機構の出力を上げて全力で押し出す。大規模な質量をもった打撃に、影胤の強化された骨格が悲鳴を上げる音が聞こえた。大きくノックバックした影胤は前屈状態のまま木製の甲板に十数メートルほどの長い擦過痕を残しつつ停止する。だらりと下がった腕は折れてはいないようだが、痛みによる麻痺は避けられなかったらしい。

 その隙を逃さず、ジンラ號としての能力をフル活用し、噴射、加速。凄まじい速度で影胤に肉薄する。

 

「らぁあッ!!」

 

 右腕のブレードを展開し、首をめがけてストレートに放った。しかし、渾身の力を込めたその刺突は頭を後ろにそらされることで寸前のところでかわされる。

 即座に右腕を引くと、間髪入れずに左腕を突き出して、突き出された腹部めがけてブレードを刺突して追撃。だが、影胤は首をそらした勢いをそのまま運動に変え後方へ転回し、左腕を踵で蹴り上げた。向きを強制的に替えられた友幸は、左腕を大きく突き出した中途半端な格好になる。重心が不安定になった姿勢は大きな隙を生み、その間に立ちあがった影胤は友幸の懐へ踏み込み、手首と肩をつかんで一本背負い。あまりの早業に反応するまもなく投げ飛ばされる。

 腐食した甲板が叩き付けられた重さに耐えられず砕け散り、湿った木片が宙を舞った。吸収しきれなかった衝撃が背中から全身へ広がり、突き抜ける痛みに友幸は顔をゆがめる。なんて馬鹿力だ。そこそこあるはずの重量をものともしない影胤に、心中で悪態をつく。

 

「『デス・スラッシュ』」

 

 不意に強い殺気を感じる。わずかに片目を開けば、青白く光る円陣をまとわせた手刀を大きく振りかぶる白貌の仮面が視界いっぱいに広がった。

 ただならぬ予感を覚え、あわててスラスターを吹いて離脱。次の瞬間振り下ろされた爆速の掌が甲板を穿ち、下の階層にまで至る穴を開けた。しかし、それとは別に影胤は拳を振り下ろしたばかり。その瞬間の彼は非常に無防備だ。

 立ち上がって体勢を立て直すと、背中のガトリングと両腕のマシンガンを展開し、連続射撃。弾幕が影胤に殺到する。

 

「『ネームレス・リーパー』」

 

 嫌な予感を覚えて射撃の手を止め、反射的に体をそらしたのは正解だった。

 友幸の眼前、つい先ほどまで自分の頭があった場所を何かが飛び去っていく。

 その直後、ガシャンと音を立ててに足元に落ちたものを一瞥すると、そこには三連装の銃身があった。まさかと思いつつも肩を見やる。恐ろしいほどきれいな切断面を覗かせたガトリングがからからと回転していた。

 そんなのありか。友幸は驚愕を隠せない。おそらく、一連の技は斥力フィールドを応用した切断技だ。あんなものをまともに食らえば損傷は避けられないだろう。

 ほんの少しだけ、呆然とする。だが、それは影胤の接近に気づくのを遅れさせ、なおかつ懐を許すのには十分すぎる時間だった。

 

「『エンドレス――」

 

 その瞬間、軽く腹にあてられた影胤の右掌底が赤い燐光を放った。

 

「――スクリーム』!!」

 

 やばいと思うのも束の間、繰り出された斥力の槍が友幸を襲った。戦車砲が直撃したようなすさまじい衝撃が、命中した腹部を中心にコンマ数秒で身体中に広がっていく。肺の空気がすべて押し出され、全身の筋肉が瞬く間に力を失う。勢いを殺し切れなかった友幸の身体が「く」の字に折れ曲がると、重力を無視した超速度で宙を舞う。木造の甲板を数回バウンドすると、船室の壁面に激突し、大きく陥没した。

 

「――かはっ」

 

 硬直した横隔膜を無理やり動かし、息を吸おうと必死にあえぐ。膨張した肺に急激に押しのけられた肋骨がきりきりと悲鳴を上げるが、知ったことではない。

 立ち上がると、内臓をミキサーでかき回されたような鈍痛が胃を直撃し吐き気を覚え始めた。受身などとる余地もない斥力の槍の衝撃は、装甲に包まれている友幸を気絶寸前まで追い込むのには十分過ぎる威力を持っていた。

 がんがんとアラームがひっきりなしに鳴っている。装甲服の異常を示す赤いサインがいくつかホップアップされていた。どうやら一部機能に支障が出始めたらしく、発動機の出力が二十パーセントほど下がっている。下を見ると腹部の装甲が数か所ほどめくれ上がり、むき出しの配線がぱちぱちと火花を上げているのが見えた。

 想像以上の威力に友幸はぐらつく思考の中で目を見開いた。対物ライフルの狙撃をノーガードでもはじく装甲なのに。単純な威力ではなく当たり所が悪かったせいだと思いたい。

 つくづく規格外な仮面の化け物の能力に戦慄する。だが、驚いたのは影胤も一緒だった。

 

「まさか、私自慢の一撃を受け止めるとは、ね……」

 

 もっとも、長くはもたないようだがね。と付け加える。

 友幸は何か嫌味の一つでも言い返そうと口を開きかけたが、不意にがくんと膝が崩れ落ちそうになってたたらを踏んだ。衝撃でどこか配線でも切れたのか、各関節のパワーアシストがやや不調気味になっていた。

 そんな友幸を不利と見たのか、影胤は足元にフィールドを展開するとそれを足場にして跳躍し、眼前まで一気に詰め寄った。

 

「――キャストオフ」

 

 しかし友幸もこのままではない。使い物にならなくなったガトリングと、銃身が曲がったマシンガンを強制射出し、少しだけ身軽になる。自動修復装置を作動させ、ほかの配線を強引につないで代理にすると立ち上がって機関砲を展開したほか、シャッターのように開いた胸部装甲から小型のパラボラアンテナのようなものが現れた。高電圧の殺人加粒子光線『クロスアタックビーム』を発射する砲口である。

 機関砲も通常弾とまた違う、高周波をかけられたガスが銃底で熱電子にあてられることで発生したプラズマを電磁誘導で発射する『プラズマキャノンモード』に機能を変換していた。

 

「ぅらあッ!!!!」

 

 限界までチャージし、喉も張り裂けんばかりに一喝する。その気迫を体現するかのように、両肩の機関砲と胸元の砲口が爆発と誤認するほど青白く輝き、雷のような軌道を描きながら標的に向かって空間を切り裂いた。

 

「ッ!!」

 

 影胤が咄嗟に両手を前にかざす。恐らくバリアの強度を上げたのだろう。

 直後、発生した青白い燐光に摂氏数万度近い超高熱線が全弾直撃した。

 しかし、光線はそれ以上進むことはなく、またその高熱で敵を焼き殺すこともないままフィールドに弾き返される。だが、衝撃だけは殺し切れなかったのか、反動を受けた影胤は大きく後ろに吹き飛ばされた。

 友幸は仮面の下で大いに焦った。クロスアタックビームとプラズマキャノンはエネルギーを大幅に消費する欠点も持っていた。ほぼ捨身と言える覚悟で発射したのだが、まさかフィールドが自身の切り札にほど近い熱線まで弾き返すとはさすがに予想外だった。

 

「マキシマム――」

「やらせるかよッ!!」

 

 影胤がフィールドを展開させようとするが、その瞬間友幸はスラスターから噴射炎を迸らせながら加速、影胤に向かう。展開を中断した影胤はベレッタで応戦するが、表面に火花を散らせるだけで効果はなかった。

 友幸は飛行姿勢から思い切り体当たりすると瞬時に影胤の胴へ腕を回して抱きかかえ、そのまま真上へ飛翔する。あっというまに船外へ飛び出した友幸は客船から目も眩むような上空まで上昇すると、影胤の仮面を空中で掴みあげる。

 

「下へ参りまぁすッ!!」

 

 高高度から手を振り上げ、頭から落下した。

 装甲の重量に加え全力噴射による加速も手伝い、どんどん速度が増していく。発生した風切り音がまるでサイレンのような唸り声へと変わる。

 着地点は思っていたよりも早く近づいてきた。

 仮面を掴む手を一気に振り下ろした直後、白貌の仮面は前方の風化して脆くなった木製甲板に激突し、さらに下の鉄筋コンクリート製の下地まで大きくめり込む。遅れて時速数百キロまで加速していた友幸が地面に押し返されて急減速する。予想外の衝撃に耐えきれなかった甲板は容易く圧潰し、蜘蛛の巣状の罅を広げていく。反動で数百メートルを超す客船が大きく揺れた。

 骨の髄まで響く強烈な振動に内臓から無視できない痛みが走り、友幸の顔が歪む。今の衝撃で身体の血管の何本かが耐えられずに破裂したようだ。だが、彼は歯を食いしばりながら振り払った。

 下を見る。

 これでこのまま押しつぶされていれば御の字だったが、粉塵の先に煌めく青白い光を目にして舌打ちする。友幸は掌により一層の力を込めると、ノズルの向きを変えて姿勢を変化。噴射機関の出力を最大にすると、影胤を押し付けたまま前進した。

 ガリガリガリ、と目の前でコンクリートの床がすさまじい破砕音を立て、暴力的な勢いで粉砕されていく。溝を掘りながら突き進む友幸の周囲に、粉塵や破片が飛び散った。

 

「ぐ……がぁっ!!」

 

 常人ならばまず間違いなく肉体の原形をとどめていないであろう状況で、影胤は背後に斥力フィールドを展開することで何とか致命傷をしのいでいた。しかし、内蔵している斥力の発生装置にかかる負荷も並大抵のものではない。

 

「『マキシマムペイン』ンンッ!!!!」

 

 血液が沸騰するような気迫を込めて、影胤は斥力フィールドを膨張させ、勢いをそらす。発生装置が設計上の限界を超えて軋みをあげ、耐えがたい激痛が影胤を襲う。しかし、拘束から逃れ、反動でその場から飛び出すことに成功したことを考えればやっただけの価値はあった。

 吹き飛ばされた影胤は紙屑のように宙を舞うと、着地地点を見極めつつ斥力フィールドで勢いを殺し、木製の甲板へ再び着地した。

 粉塵で白く染まった視界の中で辺りを警戒する。

 上空から影が差した瞬間、影胤は上を見ず大きくバックステップした。

 

「――あああああぁ!!!!」

 

 直後、質量と重力を最大限味方に付けた破滅的な一撃が、咆哮と共に甲板へほぼ垂直に突き刺さる。

 もはや言葉では言い表せない音が闇夜のしじまに轟く。友幸を中心に、決して小さくない範囲の木板が文字通り消え飛んだ。同時に竜巻のような衝撃波が吹き荒れ、影胤は姿勢を崩さないよう必死に姿勢を維持しながらも吹き飛ばされる。もはや怪獣大戦争だ。今の衝撃で船が折れないか心配だよ、とどうでもいいことを考えてしまった。

 刹那、前方にて立ち込める煙から友幸が飛び出してきた。

 ノズルが赤熱化するほどの爆炎を迸らせ、今までにないほどの加速を見せた友幸は、風を切りながら腕部のブレードを展開し、影胤に切りかかった。

 

「『デス・サイズ』!!」

 

 影胤が両腕を交差させて叫ぶと、手刀が青白く光った。斥力フィールドを剣のような形状にして相手を切り刻む、近接攻撃の切り札と言える代物。

 断頭台の一撃は死神の鎌によって受け止められる。眼前には、怪しく輝くオレンジ色の双眼があった。

 それぞれの得物を打ち合わせたまま拮抗するが、パワーアシストを含めた単純な力では友幸の方がはるかに上だ。腕を軋ませながら、影胤は想像以上の重い一撃に両足を地面に陥没させていく。交差されたブレードと斥力の境目から悲鳴とも取れる金切り声が響いた。

 

「らぁっ!!」

 

 友幸は大喝しながらブレードを思い切りふるって影胤を弾き飛ばすと、脚部のスラスターを輝かせ爆速の蹴りを振るう。デスサイズに阻まれたが、間髪入れずに逆の脚を振るって影胤を挟み込むと、そのまま錐もみ回転した。混乱する影胤より一足先に着地し、再加速。一気に影胤の背後に回り込む。肘の装甲が展開し、エメラルドグリーンに輝くスラスターユニットが顔をのぞかせる。

 背後からの一撃は、影胤の長年培った勘と経験によって躱された。

 掌に斥力をまとわせ、カウンターを二発叩き込む。一発目はヘルメットに打撃を与え、二発目の拳は胸部装甲に火花を散らせたが、勢いそのままに長い足で放った回し蹴りは、あえなく宙を切った。

 その直後、昼間のような閃光が視界を覆った。とっさに上体を反らすと、一瞬前まで影胤の頭があった場所を一条の熱線が通り過ぎる。遅れて仮面越しから顔に熱が走り、整えられた髪が焦げるにおいがした。

 咄嗟に体を起こせば、肩のキャノン砲の砲口から冷却ガスが排出されていた。

 らちが明かないと判断し、影胤は距離を取ろうとバックステップしたが、しかし友幸はそれ以上の反応速度で影胤に追いすがる 。

 正面からの殴り合いは、まさに人智を超えた速度で繰り広げられた。

 激しく火花を散らしながら、二つの影が交錯した。かと思えば二人は再び軌道を変え、再び激突する。

 拳を突き出し、足を蹴り上げ、掌を打ち出し、肘を刺し出し、膝を突き上げ、手刀を振り下ろす。

 すべての動きが連動し、目にもとまらぬ速さで繰り出される連撃。それでありながら、一挙一動が驚くほど重い。

 友幸の、四肢のスラスターによる加速を存分に発揮した超高速の拳撃。

 普通の人間が同様のことをやればまず間違いなく人体のあらゆる器官が崩壊するであろう殺人的な機動。尋常ではない速さに、影胤は防戦の構えをとることが多くなる。数、十数、数十。繰り返し交錯する中で、その重さも尋常ならざる域に達していた。

 一際強く拳と拳がぶつかり、僅かに間が開く。それはほんの刹那の間でしかない。しかし、影胤はその刹那の間に友幸の鳩尾へ足を滑り込ませる。

「く……のォ!!」

 

 

 まとわせた斥力が膨張し、大きく押し出す。胸元の装甲が陥没し、稲妻が走る。

 突き抜けた衝撃波に肋骨にひびが入り、友幸の表情が苦悶に歪む。思わず後ろに飛びのき、影胤も同時に跳んだ。

 

「君は化け物かね……?」

「お前にだけは、言われたくない……なぁ」

 

 突如友幸が咳き込み、膝をついた。歪んだヘルメットの隙間からどろどろとした赤い液体が漏れだしている。呼吸もかなり荒くなっていた。

 ほう。それを見た影胤は仮面の下で笑みを浮かべた。

 

「ヒヒ、ヒ、一体どうしたんだい? ずいぶんと気分が悪そうじゃないか」

「……るっさい」

 

 気分が悪いことを、自覚していないわけではなかった。

 制動のない高高度からの落下は両足の骨に大きな負担を与え、現に小さなひびが走っている。

 加速で繰り出す高速打撃にかかる負担も決して並大抵のものではない。視認が困難になるほどの高速移動と急停止にかかるありえない重力場は骨格を軋ませ、血管を破裂させ、内臓に甚大なダメージを与える。

 いくら人工的に強化された肉体とはいえ、無茶な軌道による戦闘で友幸の身体は、数えきれない皮膚の裂傷、そして打撲傷とそれによる内出血がいたるところで発症していた。

 

「芹沢君、君は素晴らしいよ」

「……なに?」

 

 不意に聞こえた独り言のような嘯きに、友幸は片眉を吊り上げる。

 仮面の道化師は、いつ戦闘が再開されてもおかしくない空気でありながら、鷹揚に腕を広げる。ひょうひょうとした態度は、舞台の狂言回しのようであった。

 

「我々の間でも伝説とされていた、一説には旧軍の極秘計画を起源に持つジンラ號。一騎当千、鎧袖一触の強さを持った鎧を身に纏う、不死身の人造人間。究極の生体兵器。その性能、その能力、実に魅力的だ。私は君を殺すのが惜しい。実に惜しいんだよ。君のような若者がまさか使用者だとは思いもしなかったがね」

「……嬉しくもない」

「だが、だからこそ分かった。その力、使い始めたばかりだろう? 戦ってみればおのずとわかる。薄いのにありえないほど頑丈な装甲、加速器の見えない殺人光線、収束し直進するプラズマ、どれもこれも現在の技術力を大きく超えている。その力の真髄はなんだ? その技術の出所はなんだ? あらゆる技術を凌駕する性能を持っていながら、そのテクノロジーの出所、その他もろもろが一切不明。まるで『幽霊のように唐突に表れた』謎だらけの兵器。芹沢君、君はまだ自らの価値に気づいていない。君は東京エリアには過ぎた存在だ。断言しよう、このままでは君は、東京エリアの体のいい駒として使いつぶされるだけだ。誰も、君を英雄として迎え入れない。私のもとに来れば、その力を、さらに有意義なことに使える」

「……誰が行くものか」

「いくらあがこうとも無駄だ。里見君は死に、ステージVは召喚された。もう幾らもしないうちに東京エリアまで到達する。勝負はすでについた。この先に起こるのは戦争だ。我々が本来いるべき場所だ。君も私も『呪われた子供たち』も、その中で生き残り、存在意義を得る。実にすばらしいことだと思わないかね?」

「……ふっざけるな」

 

 双眼が山吹色に光ると、傷だらけの装甲服が、さながら幽鬼のようなおぼつかない足取りで立ち上がる。

 たった数歩動くだけで全身の骨、筋肉が軋み上げ、悲鳴をあげる。いくらアシスト機能を駆使しても補いきれない発狂しそうな痛みの中、友幸は口に広がる鉄錆の味をかろうじて飲み込んだ。

 

「お前の望むものがすべてだと思うな。お前の勝手な都合で、一体、何千、何万、何億の人間に犠牲を強いるんだ!? そんなモノのためにッ! 関係のない俺たちを巻き込むんじゃねぇ! 戦争だと? 俺たちの、『呪われた子供たち』の存在意義だと? 笑わせるな!! 俺の望む世界にッ! そんなモノはッ!! 決してないッ!!」

「これは私の壮大な実験なのだよ!! どのみち戦争が始まって早々に殺されるような存在など、私の理想郷には最初から不要な奴らだ!! 世界のあるべき姿は、『大絶滅』の果ての『戦争』にこそある!! 力を持ち、優れた能力を持つ者、我々次世代の人間だけが生き残る世界にこそあるッ!! 私に付け、芹沢友幸、いや、ジンラ號!! 私とともに行くその先にこそ正しい世界があるのだッ!!」

「んなわけあるかぁ!! そんな世界に生きる奴は次代の人間じゃねえ、それこそただの化け物だ!! 秩序もモラルも理性もへったくれもない世界で暴れまわる野獣だ!!」

「わからないのかね? いや分かるはずだろう!? 遺伝子をいじくられ、鉄の子宮の中で生み出された君ならば!? 人から人として生まれなかった人の形をした君を周りからどう思われた? どういう反応をされた!? 人間として扱われたか!? 否、初めから兵器として扱われただろう!! なにせそのように生まれることを望まれたのだからな!! 結果として君は人を超えた存在となった!! 『呪われた子供たち』と同じ、次世代の人間として生まれたのだ!! なのに何故、そのような力を持っていながら、何故なおのこと君は人間に肩入れする!? 人間でいようとする!?」

「確かに、俺たちは人間とは違うかもしれない。けどよ、心はどうなんだ? 理不尽なことあらば怒り、悲しきことあれば嘆き、悩み、楽しいことがあれば笑う。改造を受ける前のお前は、それまで何も感じすに生きてきたのか!? そうだったと断言できるのか!? たとえ手足を金属に変えられようとも、物事を人としての物差しでしか測れない以上、俺たちの心は人間のままなんだよ!! どうしようもないぐらい、人間なんだよ!! てめぇはただ酔っぱらっておもちゃを自慢する、精神が子供のまんま大人になった世間知らずのガキそのものだ!! そんなガキの妄想なんかに、俺は、絶対に、従わん!!!!」

「残念だ残念だ、残念だよおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 影胤が飛び出すのを見て、友幸も構えた。酷使された身体は既に限界に近い。骨の至るところには亀裂が入り、激痛を発している。

 影胤の放った拳を受け流し、振り上げた右脚はそれを予測していた影胤の左腕に阻まれる。レバーを狙った回し蹴りをバックステップで回避すると一瞬で間合いを詰め、有無を言わせず左拳を振り上げたが、寸前で拳を受け止められ阻まれる。

 即座に右拳を鳩尾をめがけて一気に放つ。

 しかし、これも影胤の掌で阻まれた。

 友幸は直ぐに手を振り解こうとしたが、影胤は逆に引き寄せて友幸のバランスを崩し、同時に、打ち上げるように足を振り上げた。

 鳩尾を蹴り飛ばされ宙に浮き、回避行動もままならない。走る激痛に息を詰まらせながらも、友幸の目に影胤の憎悪に満ちた視線がうつり、如何ともし難い危機感と焦燥感が走る。

 咄嗟に腕を交差させ、膝を丸めて防御姿勢を取ろうと手足に力を込めた。防げるかどうかわからないが、無防備に受けるよりかは断然マシだ。

 突如、鈍い金属音と共に、全ての関節から火花がスパークした。

 

「ネェェムレェェェス――」

 

 画面に映るエラーの大量表示に、友幸は意識が遠くなりかけた。

 戦闘の過負荷に耐えきれず、全てのアシスト機能がほんの一瞬だけ不調を起こしたのだ。

 そしてその一瞬は、致命的な一瞬だった。

 

「――スリイィィパァァァァ!!!!」

 

 一撃目は、火花が大量に飛び散った。

 二撃目は、その中で塗装が剥げた。

 三撃目は、少しだけ装甲が削れた。

 四撃目は、衝撃で配線が千切れとび、逆流した電流が友幸の身を焼いた。

 五撃目は、重要防御区画(バイタルパート)の胸部装甲に、亀裂が走った。

 

「エェェェェンドレェェェェス――」

 

 その亀裂に、影胤は掌を当てる。

 その光景を、友幸はどこか空虚な目で見ていた。

 

「――スクリィィィイィィム!!!!」

 

 瞬間、斥力の槍が容赦無く貫く。突き抜けた衝撃はあばら骨を数本砕き、肺をつぶし、体組織を脆くなった箇所から破壊していく。

 

「――ごふぉッ」

 

 友幸の口からおびただしい量の血が吹き出し、ヘルメットの隙間から漏れ出す。跳ね返りが、顔面を赤く染めた。

 更に一瞬後、友幸は衝撃と共に紙屑のように吹き飛ばされる。

 何回も、何回もバウンドし、吹き飛ばされた友幸は、錆だらけの壁際に激突した。予想外の衝撃に、放置され脆くなっていた壁は容易く圧潰し、瓦礫が飛び散った。

 

 

 

 バチバチ、と不規則になる火花の音と、サー、と細かく破砕された瓦礫が静かに落ちる音が、集音装置にかろうじて拾われる。

 あれだけ喧しく鳴り響いていた警報音も、顔面を覆うほど表示されていたホログラムもすっかり鳴りを潜め、目の前にある二つの超強化ガラスから、月光と登り始めた太陽の光が降り注いでいる。そこから見えるものが、今の友幸が唯一見ることができる世界だった。ただし、血の入った右目の視界は真っ赤に染まっていたのだが。

 粉塵がやんでいく中、かつかつと足音が響き、瓦礫の山に身を預けていた友幸はゆっくりと顔を上げる。

 

「ここまで頑丈だと、逆に大したものだ」

 

 蛭子影胤はそういうと、掌を首にかけ、一気に壁沿いに持ち上げた。

 なんて馬鹿力だ。と思いつつも、友幸は何も抵抗しない。できない。

 限界を超えた身体はこれ以上の稼働を痛みで否定していた。全身の骨の至る所にひびが入り、全身の筋肉はボロボロ。腱もいくつか千切れかかっているようだ。負担を無視して無理矢理機動を続けた代償がこれだ。

 ジンラ號も、もはや無傷な箇所を探すのが困難なほどに損傷していた。エンドレス・スクリームの直撃は、胸部装甲を完全に貫通させるには至らなかったものの、大きく抉るようにへこませ、衝撃は使用者に致死的なダメージを負わせていた。

 今でも身体中のあちこちで火花が燻り、まともに起動しない。

 マシンガンの遠隔操作は断線してできないし、ペンシルミサイルも弾切れ。

 プラズマキャノンは砲身が歪み、暴発の危険性により自動的に強制停止させられ、クロスアタックビームも発射口が完全に潰れた。発動機の出力は既に四十パーセントを切っている。もはや飛行するのがやっとだ。

 頼みの自動修復装置はエラーを起こし、今は温度調節機能だけが正常に作動している。

 笑ってしまいたくなるほどの、不利な状況だった。

 

「……これで最後だ。何か、言い残すことはあるかね?」

「……ちょっと、待ってくれ」

 

 空気の抜ける音がして、ヘルメットが開いた。

 

「ひどい顔だ。だが、潔い」

 

 生身の顔をさらすことに戸惑いを抱かない人造人間に、影胤は感心した。

 血まみれの顔は、これからの展開に絶望するものでもなく、恐怖に染まったものでもない。覚悟を決めて居座った表情だ。元戦士として、人間兵器として、影胤は興奮に身を打ち震わせる。

 

「では、聞かせてもらおうか」

「この戦い『俺たち』は敗けんぞ。蛭子影胤」

 

 文字通り、命を握っている相手の姿を見据え、胸の中で十字を切る。

 思えば、まともにダメージを受けたのは何年振りだろうか。そう思うと、これから殺してしまう事が惜しく感じてしまう。だが、それもすぐに終わるだろう。彼は、これからもう一人の同類と共に自分の記憶に永遠に記憶されるのだ。今まで屠ってきた中で、特にしがみついた名誉ある一人として。

 

「では、これから里見君のところまで送ってあげよう」

「あー……それは……」

 

 大きく手を振りかぶろうとする影胤に、友幸はしどろもどろになった。一つ咳き込んで溜まった血を吐きだすと、いままで閉じていた右目が裂けんばかりに大きく見開かれる。

 その瞬間、義眼から閃光が迸ったかと思うと、影胤の胸を一条の光が貫いていた。

 

「……?」

 

 刹那、あまりにも刹那の出来事に、影胤は恐る恐る胸元の傷に触れる。白煙と、肉が焦げた臭いが立ち上る。血は流れていない。膨大な熱量を持つ光線が、傷口を焼き固めたのだ。

 さらに転瞬、影胤は衝撃と共に紙屑のように吹き飛ばされた。影胤の拘束を振りほどいた友幸が、思い切り体当たりをしたのだ。

 仮面の下で、影胤は喀血した。

 

「切り札ってぇのは、最後まで取っておくもんだねぇ」

 

 義眼からのレーザー。

 友幸に残された、実質的な最後の攻撃手段。人体を貫く程の火力を有するが、実質一発しか撃てないのが弱点だ。逃走中に絡まれたスフランの葉を焼き切ってエネルギーを消耗したことが心残りだったが、うまくいった。

 友幸は笑みを浮かべると、振り返らずに後ろの人物に声をかける。

 

「なぁ、もういいだろ? そろそろしゃべるネタが尽きそうだ」

「あぁ、無理させて悪かったな」

「ほんとね、待たせすぎだよ」

 

 突如響く第三者の声。

 はじかれるように顔を上げると、その光景に影胤はまるで幽霊でも見たかのように刮目した。

 

「どういう……ことだ」

「賭けに勝った。それだけだよ」

 

 影胤の呟きに答えともつかない言葉を返す彼は乾いた血だらけであったが、その瞳には闘志が灯り力強い輝きを放っていた。

 何故だ。槍状に編み上げた斥力フィールドは確かに腹部を貫いた。即死とまではいかなくとも、確実に致命傷のはず。仮にまだ息があったとしても、激痛で身じろぎすらも出来ないだろう。なのに、なのに……。

 そこには、傷が残らずふさがった里見蓮太郎がいた。

 

 

 

 

「何故だ……何故だああぁぁぁああぁぁああ!!!」

 

 再び自分の前に立ちふさがる蓮太郎に、影胤は激昂した。

 これが怒りなのか憎悪なのか、悲しみなのか、もはや彼自身にもわからない。様々な感情が、混ざり合い、ぐちゃぐちゃにかき乱され、化学反応をおこし、爆発していた。

 絶叫しながら狂ったかのように、しかし的確に銃弾をばらまく。対して蓮太郎は友幸の前に飛び出し、義眼による演算で軌道を見切り、義肢で弾きながら庇う。

 その間に友幸は、いつの間にかエラーから回復した自動修復装置である程度回復したジンラ號のシステムを操り、ホップアップさせた一つのホログラムを選択すると、装甲の下で腕の脈に何かが突き刺さる感触がした。

 変化はすぐに訪れた。生命維持装置は心拍数の急上昇を数値で、体温の上昇をサーモグラフィーで淡々と伝える。呼吸が荒くなり、体は灼けるように熱い。ばくんばくん、と自分の鼓動の音が大きく聞こえてきた。

 やがて、頭部、胸部、腹部に負った傷が目に見えて再生していく。ふさがれていた視野が劇的に広がった。急激な再生によるけだるさが残っているが、痛みもなく、いつだって動ける。

 AGV試験薬は、友幸をガストレア化させることなく、見事にその効力を発揮した。

 それを見た蓮太郎は、影胤に向かって駆け出した。

 

「何故分からない里見蓮太郎ッ?! 今の人間に! 世界に! 守る価値などないということに!!」

「分かってんだよ、ンなことは……けどなぁ――」

 

 至近距離まで接近した後、腕部のカートリッジを解放。腕のカートリッジが炸裂した。三発分の薬莢が吐き出される。

 天童式戦闘術一の型八番『焔火扇・三点撃(バースト)』。

 

「――お前の言う『理想の未来』だけは、断じて!! 許容出来ねぇんだよォッ!!」

 

 加速した拳が展開された障壁を突き破り、猛烈な速度で正拳突きが影胤の顔面に炸裂する。影胤はガードも何も出来ず、吹き飛ばされた。

 

「あんたが、この事件を引き起こしたのは、自分たちが必要とされない世界になることを極端に嫌がったから、戦争を起こすためにやったんだよなぁ!?」

「そうだ。我々は奴らと戦うために生み出された。この力を持って戦いに身を投じ、多くの功績を挙げたとき、我々は崇められた。私は言い知れぬ昂揚に身を震わせた。あれだけのガストレアをまとめて殲滅するその強さは、私を新たなる存在へと導かせたのだ。なのに、モノリスが出来上がると、世界は我々をないものとして切り捨てた!! あれだけの活躍を、あれだけの功績を、全て闇に葬った!! そして、殻に引きこもった臆病者達は、我々を必要としなくなった!! 我々は、生きる道を閉ざされたのだ!!」

「ッんでだよ!? 人間として生きることもできたはずだろうが!! それは延珠たち、『呪われた子供たち』よりも、簡単なはずのに!! なぜ、お前は人として生きる道を選ばなかった!? 現に俺は一般人として、芹沢もついこの間まで、民警の一人として生きていたんだぞ!!?」

「我々がこんなぬるま湯の世界で生きていくことなど間違っている。戦場で戦うことこそが、我々の生きる唯一の道なのだ!! これしか生きる道はないのだ!! それ以外は、死だ!!!!」

 

 追撃として、ジンラ號を再起動させた友幸が飛び掛かる。

 腕のブレードを斥力場で形成した刃で激しい剣戟を打ち合わせながら、影胤は吠えた。

 

「君もだ!! 芹沢君!! 何故、そのような素晴らしい力を持っていながら、何故、何のために!? 全く理解できん!!」

 

 友幸の眼が凄みを帯び、影胤の双眸と正面から睨み合う。

 

「生きるか死ぬかの問題じゃない、どう生きるかなんだよ!! 一つの生き方が失われたなら、また新しい道を見つければいいだけの話だ!! なのに、なぜそれをしない!? なぜ、失われた、望まれぬ過去に立ち返ろうとする!? 俺たちはその新しい道の一つを選んだだけだ。それを否定する権利など、咎める権利など、決してありはしない!! 貴様は次世代の人間でもなんでもない!! 過去の栄光にしがみついた、ただの弱い人間だ!! 卑怯な弱虫だ!!」

「そんなもの、敗残兵の戯言にすぎん!! 人を超えた力を持っていながら世界に順応して適応していくことなど、自ら負けを認めて隷属する行為であり、機械化兵士の生き方ではない!!」

「あぁそうさ、それは『人間』の生き方だ!! だから俺は人間になろうとした!! 人間として生きようとした!! 機械化兵士としても、人造人間としてでもない、『芹沢友幸』という一人の人間としてな!! 俺は生きた兵器として生きることを、捨てたんだ!! なのに、お前はそれを滅茶苦茶にしたんだ!!!!」

「ならば、君は人間として生きてどうだったというのだね!? 生体兵器としての過去を隠しながら生きておいて、それが露呈した時の周りの反応を恐れずに生きていられたのかね!? 君は民警として活動しているが、そうする理由は、人目を避けられやすい仕事だから、ではないのかね!? 結局は、君も戦場を離れられないから、なのではないかね!!?」

「そうじゃない、守るためだよ!!」

 

 振るわれる刃を弾き飛ばし、友幸はがら空きになった影胤の腹に突き出すような蹴りを叩き込む。

 蹴り飛ばされた影胤は、それを利用して距離を取りながら影胤は銃を乱射するが二人には当たらない。

 

「守る? 何を守るというのだ、こんな守る価値のない、クソッタレな世界の、何を守るのだ?」

「この世界に、守る価値はないといったな、蛭子影胤!! けど、それは間違いだ!!」

 

 蓮太郎が跳躍し、影胤に踊りかかる。踏みしめた甲板に、大きなひびが入る。その跳び方は、彼の後ろで見守っている幼い相棒に酷似していた。

 

「こんな世界にだって、俺たちには守るものがある。たくさんの仲間が……そして、何よりも――!!」

 

 言いながら友幸は、今もなお戦っている相棒と、自宅にいるであろう双子の義妹を思い浮かべた。

 

「残念だッ、非ッッ常に残念だなあッ!!!! 残念だよ二人共!!!!!!」

 

 詰め寄った蓮太郎と友幸を相手に格闘戦を繰り広げる。それぞれの躰に染み付いた拳技が、技術が、戦技が繰り出され続けている中、影胤は語った。

 

「私とキミたちはッ、根っこの所では同じだと思っていたが、私が間違っていたようだ!!」

 

 わずかな隙をついて、フィールドを広げる。距離を取られた二人は、特にダメージもなく着地する。

 距離を取った影胤は、仮面の下でおぞましくも、楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「認めよう!! 君たちは私の最大の脅威だ!! 決して弱くなどなかった!!」

 

 影胤はおもむろに両手を前にかざすと、掌に何かが集約し、収束していく。

 斥力の槍か。友幸と蓮太郎は同時に身構えた。

 

「君たちは、守るといったな!? だがすべてを守りきることはできんぞ!? 必ずどこかで犠牲が出る!!」

「承知の上だ!! たとえ俺一人がどんなに力を持っていたとしても、犠牲となる奴らすべてを救う力はねぇ!! けど、俺は延珠に言われたんだ!! 出来ねぇことはねぇってッ!! なら、せめて手の届く人々は、救っていいってやる!!」

「その過程で、化け物染みた力を行使することになってもか!?」

 

 影胤の問いに、今度は友幸が答えた。

 

「この力を使うときは、守る時だ。俺は、守るためにこの力を使う。そうして、俺は、俺たちは、『希望』になるんだ。芹沢友幸という、一つの希望になるんだ。たとえ、この身が『世界に仇名す者たち』によって生み出されたものだとしても!! たとえ――」

 

 ここで友幸は目を閉じる。一つ深呼吸すると、一気に見開き、啖呵を切った。

 

「――この身が、『芹沢猪四郎のクローン』だとしても!!」

 

 え? 蓮太郎は自分の耳を疑った。

 クローン。間違いなく彼はそういった。だが、いったい誰のだと言った? それに『世界に仇名す者たち』とは一体……?

 ちらりと横目で彼を見やる。

 そして、気づいた。

 長い戦闘によって傷ついたジンラ號の装甲。はげた塗装の下に、何かが英語で刻まれていた。

 

 Sacred Hegemony Of Cycle Kindred Evolutional Realm

 

 直訳で『同種の血統による全体の、神聖なる支配権』と読める。そして面白いことに、大文字を組み合わせると、一つの言葉として発音できるのだ。

 

「では、さらばだ!!」

 

 だが、蓮太郎はその考えをすぐに捨てる。今は、そんなことを考えている暇はない。

 

「やるぞ!! 蓮太郎!!」

「おぉ!!」

「エェェェェンドレェェェェス――」

 

 改めて向き直った直後、影胤の両手よりそれぞれ巨大な斥力の槍が形成された。

 

「エルボーロケット、レベル伍――」

「天童式戦闘術、一の型十五番――」

 

 友幸の肘の装甲からスラスターが展開。過負荷を超えた限界の一撃を放つため、空気を取り込む甲高い音がいつにもまして高鳴っていく。

 ほぼ同時に蓮太郎の腕からカートリッジが炸裂。空薬莢が一発分、空を舞った。

 

「スクリィィィィイィィムゥゥゥゥ!!!!」

「『雲嶺毘湖鯉鮒』撃発(うねびこりゅう・バースト)ォォォォ!!!!」

「ファイアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 二つの槍と二つの拳が激突し、落雷のような轟音が響き渡った。

 スペースチタニウムと超バラニウムで出来た剛拳と、対戦車ライフルをもはじく斥力の槍、両者の凄まじい激突の余波が衝撃波を嵐のように撒き散らしながら、発生した燐光が周囲を昼さながらの明るさに染め上げる。

 蓮太郎の腕から、薬莢が連続で排出された。友幸も、フルパワーで稼働する発動機エネルギーの大半を腕のスラスターに回す。

 上がり続ける斥力と膂力。ジンラ號の腕と蓮太郎の義手が設計上の限界を超えて軋みをあげ、至る所から火花を散らせる。握り締められた拳と槍の激突に大気が金切り声を上げて絶叫する。踏み込んだ脚に耐え切れず、互いの足元の甲板が砕け散る。ただ突っ立っているだけでこれほどの威力を生み出すほどまでに、両者は拮抗していたのだ。

 そして、気が遠くなるほど長い一瞬、矛盾した刹那ののち、蓮太郎と友幸の超音速のアッパーが槍を押し返し、巻き込まれた影胤は上空高くまで吹き飛ばした。

 

「行くぞ芹沢!!」

「わかってる!!」

 

 二人はほぼ同時に跳躍し、蓮太郎は足の薬莢を撃発。友幸はすべての噴射機構に出力をまわして影胤と同じ高さまで飛び上がる。

 友幸は、空中で前転すると、空を背にするようにして左足を突き出す。そして、スラスターの向きを後方に変えた。

 蓮太郎は、体を半回転させて頭を地面に向けながら脚部の残りの薬莢を全てまとめて撃発させる。

 

「天童式戦闘術、二の型十一番――」

「俺の必殺技、パートワン。本郷猛直伝の――」

 

 黄金の空薬莢がまるで雨のように降り注ぎ、ジェットのエンジン音がその中で反響し不思議なハーモニーを奏でる中、二人は不意に影胤と目が合った。

 

「――そうか、私は負けたのか」

 

 小さく、しゃがれた声でそう言った彼は、諦めたように目を閉じる。

 その瞬間、全ての時間が加速した。

 

「――隠禅(いんぜん)哭汀(こくてい)全弾撃発(アンリミテッド・バースト)ォォォオォォォ!!!!!!」

「――ライダァァアァァアァァキィイィィィイィイック!!!!!!」

 

 オーバーヘッドキックの要領で放たれた乾坤一擲の超バラニウムの蹴りと、重量物の落下エネルギーとジェットパックの推進力で放たれたスペースチタニウムの跳び蹴りは、弱まっていた影胤の斥力場を突き破り、胸部の肺を潰し、肋骨の幾数本をまとめてへし折りながら吹き飛ばす。

 影胤の細い体は、凄まじい速度で空から海へと落ちていき、海面に激突。何度か水面を水切り石のように水飛沫を盛大に上げながら跳ね回り、巨大な水柱を作ってから漸く止まった。

 

「蓮太郎ぉ!!」

 

 蓮太郎が自身で放った蹴りの威力を殺し切れず、反動でくるくる回りながら落下しそうになる。あやうく地面と激突しそうになったそのとき、彼を受け止める影があった。

 

「悪い、心配かけたな」

 

 延珠は何も言わずに、正面から抱きつく。耳元で嗚咽と啜り泣きが聞こえてきて、蓮太郎は優しくその体を抱きとめた。

 蹴りの姿勢のまま地面に着地した友幸はレーダーサイトに映された影胤のシグナルが消失したのを確認しながらも、ヘルメットを開けて油断なく海面を見据える。しかし、数十秒たっても上がってくる気配は無い。

 隣に、延珠を抱きかかえた蓮太郎が立つ。

 

「……やったな」

「あぁ、やった」

 

 蓮太郎はゆっくりと息を吐きだし、友幸に笑顔を向けた。

 お互い疲れきった顔で見つめあっていると、自然と笑いが込み上げてくる。

 どちらからともなく互いの右手を差し出す。

 ガチン。

 金属製の腕で景気のいいハイタッチを交わし、無言で互いの勝利を称えあった。




>テクノロジーの出所、その他もろもろが一切不明。まるで『幽霊のように唐突に表れた』謎だらけの兵器。

Q:じゃあジンラ號はどこから来たの?

A: 『S』acred
   『H』egemony
   『O』f
   『C』ycle
   『K』indred
   『E』volutional
   『R』ealm

 『SHOCKER』

 多分、五翔会よりやばい組織。







※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。