ブラック・ブレット Monsters:Rulers of Earth   作:アマナットー
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 ここまで長かったなぁ…………。


迎撃中、そして侵入。

地上戦における主な火力とはすなわち大砲である。

『大砲』

 頑丈な筒の中で火薬を燃焼させることによって生じた燃焼ガスのエネルギーを用いて砲弾を高速で発射し、弾丸の運動量または弾丸自体の化学的な爆発によって敵および構造物を破壊・殺傷する兵器だ。

 前線から十数キロメートル以上離れた位置から射撃できる特性は歩兵や機甲部隊に火力支援を提供し、航空機が発達し敵地への爆撃が可能となった近代戦においても、航空機の爆撃と比較して低コストの砲弾を多量に投射出来る大口径の火砲を多数並べて一斉に射撃する攻撃では、よほど極端に堅牢で強固な陣地や構築物でもない限りそのほとんどを地に耕してきた。それはカノン砲や榴弾砲を持つ砲兵の有無や火砲の数と配備位置が勝敗を決した戦闘記録が残るほどである。

 これを見てある為政者は大砲を「戦場の神」と評したこともある。

 時代が進むにつれてより強力かつ精密な爆撃が可能となった航空機が登場し、地球に沿って弧を描き目標へ到達するほどの弾道弾が発達した現代でも、その地位が揺らぐことはない。

 戦場に炎と鉄の暴風雨を巻き起こす圧倒的な火力は、自らの位置が露呈しない限りは地上戦において敵軍に対する非常に有効な攻撃方法の一つなのだ。

 地上戦において敵軍を大量に消耗ないし無力化させることは絶対条件であり世界各国の陸上軍事組織は、より優れた兵力を集めると同時にすなわちより優れた火砲の開発に奔走した。

 より多く、より大きく、より強力な大砲を、と。

 その結果、カノン砲、榴弾砲、迫撃砲、臼砲、無反動砲、はては電磁誘導によって弾体を高速で射出する電磁投射砲といった種類が登場するまでに多用途化、威力に比例するように巨大化し、戦場における絶対的な支配者が君臨していくことになる。

 そして二〇二一年、人類はその究極系とも言える破壊兵器を生み出していた。

 

『天の梯子』またの名を線形超電磁投射装置。

 

 ガストレア大戦末期、対ステージⅤ用として日本が威信に懸けて建造した全長二キロにもわたる超巨大兵器。

 驚くなかれ、その口径は百センチ一門。第二次世界大戦中のドイツ軍が使用した史上最大の炸薬推進式火砲である八十センチ列車砲、通称『グスタフ/ドーラ』をも上回る。

 火薬ではなく内部に設置された全長一.五キロのレールによって千ミリ以下の金属飛翔物を亜光速まで加速して撃ちだし、理論上は戦略弾道弾ほどの射程を誇る。

 当時の日本、ひいては世界の超最新技術を惜しげもなく投入され、人類の威信をかけて建造された『天の梯子』はやがて完成の日の目を見るも、ガストレアの予想以上の浸食率と津波のような侵攻によって人類の戦線が崩壊し、ついに一度の試運転もないまま陣地放棄を余儀なくされ、そして敗戦を見守ることとなった。

 その天の梯子がいま、十年もの時を経て本来の開発コンセプトに沿った運用をされているなど、ましてやそれを自分たちが行うことになっているとだれが想像したであろうか。

 友幸は、自分の眼前にそびえたつ鋼鉄の巨大砲台のステージⅤを抹殺するただ一点のみを追求され、その果てに生まれた機能美ともいえる雰囲気から醸し出された威容を前に圧倒され、ふと手を止めてしまった。

 

「っと、いかんいかん……」

 

 我に返り、友幸は懐から出した端末から施設のサーバーにアクセスすると、画面に青いバーが表示される。数秒経てバーが端まで満たされると、施設の伝統が一斉に点灯した。これは本土側からの送電網を通じて入れられた電源なので関係ない。

 さらに操作し、自分と、これからやってくる蓮太郎たちの証明写真をデータに入れ込み入場許可を得る。これなら不法侵入者として施設全域にハリネズミのように設けられた自律兵装群にハチの巣にされる心配はない。

 あとは自分がいる歩哨施設のボタンを操作すれば、入り口のロックが解放される。

 

「よし、開いたぞみんな」

 

 友幸は耳元に手をやり、ジンラ號のヘルメットに装備された通信機を通して連絡した。

 身体能力に秀でた『呪われた子供たち』より高速で飛行し移動できるジンラ號の特性を生かし、友幸は一足先に『天の梯子』までたどり着いていた。

 やがて延珠に背負われた蓮太郎とリンダ、そして将監と夏世のペアがたどりつく。

 コンソールを操作して地下へのゲートを解放すると、窓口から友幸は顔を出した。

 

「中央電算室は地下にある。急いで」

「あぁ、わかった」

 

 蓮太郎は頷くと、延珠と並んで向かおうとする。だが、友幸のペアと伊熊のペアが一向についてこないことに気付き、足を止めた。

 彼らは蓮太郎に背を向けていた。全員が思い思いの装備を身に着けて身構えている。

 既視感を覚えた蓮太郎がまさかと思いつつも、尋ねた。

 

「お前ら、行かないのか?」

「あぁ、こんな馬鹿でかくてうるさそうな標的を見逃すガストレアはいないだろう」

「そういうわけですよ、蓮太郎さん、延珠さん。悪いですけどまた残らせてもらいますね」

 

 将監と夏世が気軽に答える。彼らが言うに、ガストレアの群れとの戦闘中に『恐龍』の援護を受けたためそれほど戦っていないそうだが、浅いとはいえ生傷だらけの身体を見せつけられていては説得力のかけらもない。

 

「聞いたところによると、『天の梯子』は単独で操作できるみたい。だったら少し行かせてあとは外のガストレアに対処するのが妥当でしょ?」

「一緒に行っといてそこにいる意味なしって状況になんの、アタシいやだし」

 

 ジンラ號を装着した友幸とブルガリオを構えたリンダがそれに続く。連続して戦っていたリンダもそうだが、先ほどまで大破寸前だったジンラ號は自動修復装置のおかげである程度回復していたものの、長期戦に耐えられるかと言えば微妙な状態だった。

 

「早く行きなよ、東京エリアが滅びちゃうよ?」

「さっさとしやがれ。序列十二万の足手まといなんぞいらねェんだ」

 

 蓮太郎は数秒ほど彼らと目配せすると、頷いた。

 

「わかった、ここは任せる。無事でいてくれよ」

「もとより、そのつもりだよ」

 

 友幸たちに向けていた視線を『天の梯子』に戻すと、蓮太郎と延珠はそろって『天の梯子』に向かって走り出した。

 

 

 

 蓮太郎を見送ってしばらくした後、ほどなくしてレールガンモジュールが大きく揺れて動き出した。

 

「――なあ、ほんとにここにいて大丈夫なのか?」

「そろそろ銃弾のストックが怪しくなってきました。この状態で戦闘するのはいささか心もとないかと……」

 

 将監と夏世が爆音に負けじと、声を張り上げてそれぞれ友幸に尋ねる。

 当の友幸は構えを解除するとおどけるように肩をすくめた。彼の見ているレーダーには、ガストレアを示すシグナルが一つもない。

 

「近くに長期戦用の弾薬庫があった。弾薬云々はそこから補充できる。後はまぁ、特に問題はないと思う。それに、半径数キロにガストレアの反応は一つもないし、あったとしてもここの防御兵器がぶっとばすだろうし、ここに着地した時には死にかけているさ」

「本当かよ……」

 

 将監は訝しんだ。これは全ての動物にも言えることだが、ガストレアは音に関してはかなり敏感だ。中には数キロ先から音を聞きつけて集まってくるのもいる。現在進行形で稼働しつつあるこのレールガンモジュールが発する轟音はかなりのものだ。なのに、なぜ?

 

「……あのキョーリュー、かな?」

 

 そう言ってリンダは不敵に笑う。合流直後に聞いた話だが、彼女と伊熊たちは夏世が言っていた『戦場の巨大恐龍』に遭遇したらしい。

 まさかとは思ったが、どう考えても彼らでは実行不可能な破壊の痕跡と、森の中で見たあの三本指の巨大足跡を見れば信じざるを得なかった。写真を撮って本部に送ろうかとも思ったが、今そんなことすれば二重の混乱に陥るのが目に見えているので、ほとぼりが冷めてからにする予定だ。

 なるほど、その恐龍がここら一帯を縄張りにしてガストレアたちを追い払っているのならば一応の説明はつくだろう。

 それに、たとえ小型のガストレアに侵入されたとしても、それを想定してこの施設全域に数えきれないほど据え付けられた七十六ミリ速射砲や小型地対空対地誘導弾、三十五ミリ対地対空機関砲の集中砲火を受けるためおいそれと近づけないだろうが。

 突如地面が一瞬だけ激しく振動し、思わずたたらを踏む。みると、『天の梯子』の砲身から射出された固定装置が地面に打ち込まれたのだ。

 

 

 蓮太郎は延珠と並んで内部を疾走する。目的地は地下の二階にあったが、地下施設は迷路のように入り組んだ複雑な構造をしており、たどり着くまでに少々の時間を要した。

 ドーム状に作られた部屋になだれ込むようにたどり着く。広く取られ部屋は多人数による運用を想定しているかのような作りだったが、友幸の言うとおり自動化が進んでいるため一人でも最低限の操作を行えるらしい。

 中央のコントロールのパネルに飛びつくように座り込み、携帯電話とつないで操作する。電話無線によって木更から的確に指示を受けているため、特に問題はないようだ。ある程度操作したのち、『天の梯子』が動き出す。ここまでしたら防衛省の方が遠隔操作でレールガンを発射する手はずになっている。

 

『システム起動。メインモニターに目標を映し出します』

 

 ほどなくして三面パネルの映像が切り替わる。そこに表示された映像を見てその場にいた二人に怖気が走った。

 

「あれが……ステージⅤなのか」

「あぁ、またの名をゾディアックガストレア・スコーピオン。十年前、世界を無茶苦茶にした一体だよ。覚悟はしていたが、こりゃ気持ち悪ィな……」

 

 その生物と形容することすら難しい異形の生命体に苦い顔をする。

 彼らだけではなくその光景を見ている全員が三者三様の反応を見せていた。共通するのは、ステージⅤに対する嫌悪感だ。

 ステージⅤガストレア、通称スコーピオンは百メートル近い体躯を東京湾で佇ませ、自衛隊からの集中砲火を受けている。

 その時、ふと蓮太郎が何かに気付いた。

 

「木更さん、自衛隊の攻撃が効いてないか?」

『え?』

 

 蓮太郎はモニターを注視する。スコーピオンの姿は自衛隊からの飽和攻撃によって発生した爆炎と煙によって覆い隠されていて全貌をうかがい知ることができない。

 やがてミサイルの炸裂によってまき散らされた爆炎が晴れる。スコーピオンの体表はひび割れて内側から赤黒い膿のような粘液がドロドロと流れ出している。これは以前確認された時にもみられたスコーピオンの体液だ。

 だが、今回は違った。いつもなら瞬く間に海水で洗い流され、跡形もなくなるはずのそれが収まる気配がなかったのだ。

 

「再生、していない?」

 

 蓮太郎がまずありえない推測を立てた。電話口の木更は思わず隣にいる聖天子と顔を見合わせた。菊之丞や山根たちもなにを言っていると言いたげな視線を電話の向こうの彼に向けている。

 ステージⅤは他のガストレアと違ってバラニウムの磁場の影響を受けないため、再生が阻害されたり、忌避反応を見せたりすることはない。だから人間を除けば人類の生命線たるモノリスを破壊しうる唯一の存在であり、そしてそれを食い止める方法もほとんどないはずなのだ。

 

『嘘……? ほんとに再生していない……遅れている?』

 

 電話口から木更の困惑する声が聞こえる。人のどよめきもわずかに聞こえるあたり、大勢の人間がこの事実を認識し、困惑しているのだろう。

 

『里見君、しばらく、いえほんとはしてほしくないけど、待って。いま、自衛隊が新型ミサイルを撃つみたい』

 

 ふと、パネルに炊飯器のような形をした飛行物体が映った。

 縮尺からして五十メートル近い。蓮太郎は先ほど聞き流した木更の会話にスーパーXという単語が含まれていたのを思い出した。あれがそうなのか?

 

 

 

 スーパーXのスキャナーは司令本部で交わされた会話を拾った。にわかには信じがたい内容だった。ステージⅤの再生が遅れている? そんなことがあるのだろうか。

 疑問をよそに本部から通信が入った。たったいま、特殊兵装の使用許可が下ったのだ。

 

「フルメタルミサイル、D-30削孔弾、スタンバイ」

 

 黒木が命じると、多目的誘導弾ランチャー内部でガトリング式ミサイルポッドが回転する。弾薬庫からフルメタルミサイルと削孔誘導弾が二発ずつ換装され、発射態勢に入った。

 

「フルメタルミサイル、D-30削孔弾、いつでも撃てます」

 

 雨沢の報告に、黒木は了解と頷いた。

 

「サーチライト準備。これよりスコーピオンの体内をスキャンするため、照射距離内まで接近する」

 

 黒木の指示に乗組員が応え、機首下部のシャッターが開き、中から二千ミリ多機能サーチライトが顔を出す。ステージⅤ用に開発された専用装備であり、各医療機関に存在する体内撮影技術を応用した各種電磁波を対象に照射して、体内構造を把握することが可能だ。これでスコーピオンの体内をスキャンし、弱点である脳髄を探知し、そこに特殊兵器を全弾打ち込む算段である。

 操縦士はレバーを前に倒し、スーパーXを前進させる。サーチライトの有効探知範囲は狭いため、こうしてある程度接近しなければ望むような成果が得られない。操縦士の額にはスコーピオンからの反撃を想定してか、脂汗が浮かんでいた。

 スーパーXは硝煙と爆炎の残滓が漂う空域を前進し、スコーピオンに近づいた。煙の向こうで、スコーピオンが佇んでいる。

 

「停止」

 

 黒木の命令で機体から制動のジェットが噴き出され、スーパーXは停止した。

 パネルにスコーピオンが映し出される。スーパーXの全高は三十メートルと決して小さくはないが、スコーピオンもまたそれに負けないほどに大きかった。

 海面から上半身が五十メートルほど突き出でていて、その周りを、鉤爪のついた触腕がミサイルから本体を守るようにせわしなく振り回されている。あの鉤爪を一振りされただけで大半の軍事兵器はブリキ缶のようにひしゃげてしまうことだろう。異常なまでに肥大化した頭部はあらゆる生物の人形を中途半端に溶かしてより合わせから適当にこねくり回したかのようなおぞましい造形で、ひどく焼けただれたような輪郭の醜悪な顔には左右のバランスが根本的に崩れた両目のほかにガストレア特有の赤い目が体中に点在し、そのすべてが狂ったようにぎょろぎょろと蠢いている。

 中型漁船の一隻は軽く飲み込めそうな歯並びの悪い口や、上あごと下あごの見分けがつかないほど丸く、ヤツメウナギのような牙が生えた口もあれば、嘴のように湾曲した口吻もあり、のこぎりのような歯がやけに整った並び方をしていた。

 驚いたのはその体表であり、全身を覆う外皮は筋肉繊維や骨格が剥き出しになったかのようで、表面には人間のような形をした小さな骨や歯のようなものが寄り固まったように集積している。

 接近すればするほど、ガストレアが地上に蔓延する以前の生物と根本から異なっている存在だと改めて思う。

 BSデジタルQだったか。根暗かつおふざけ好きで、凡人をケースの向こうから眺めていそうな目つきをしていた室戸菫が珍しくテレビ番組に出演した時の内容を思い出す。

“間違っても奴らをただの生物と思うな。奴らのウイルスが遺伝子を書き換えていくそのスピードは地球上のあらゆる生物に比して規格外だ。私は奴らが地球外生物だと言われても納得するね”

 その“ただの生物ではない” スコーピオンは、今なお地上部隊からの飽和攻撃を受け続けている。その場を動かずただ攻撃を受けて激しくもがいていた。

 黒木の頭に過去の戦闘記録が頭をよぎる。確か、ステージⅤはそろって攻撃には無反応、ないし嫌がってはいたものの、大した反応を見せることはなかったはずだ。司令部の会話は本当なのだろうか?

 司令部から射撃中止の命令が下され、飽和攻撃が一時中断する。やがて爆炎が晴れると、そこには火傷と数えきれないほど裂傷、そして肉が大きく抉られたスコーピオンが現れた。

――まさか、司令部の会話は本当だったのか?

 だが、その疑問は次の瞬間聞こえてきたすさまじい鳴き声によって中断された。

 

「ヒュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」

 

 人間の金切り声のような、黒板を爪で思い切りこすったような、この世のあらゆる不快な音をいっぺんに混ぜ合わせたような絶叫が大音響となって鼓膜を刺激する。もし今の方向に感情が込められているとしたら、それはおそらく怒りだろう。

 

「サーチライト点灯、照射開始。警笛鳴らせ!」

 

 スコーピオンをサーチライトの太陽のような眩さで照らしあげながらスーパーXが警笛をまるで鳴き声のように発する。船の警笛を何十倍にも増幅したような重低音がスコーピオンに向けられる。実際に威圧しているかどうかはわからないが、いかにも巨大生物が気圧されそうな音だ。

 そのとき、スコーピオンのひときわ長い触腕が伸びてスーパーXに迫った。

 とっさに操縦士がレバーを引くと、スーパーXの機体側面から一気に炎が吹き上がる。機体の各所に備え付けられた戦闘用高機動ノズルが展開されたのだ。スーパーXはノズルを焼きつかんばかりに輝かせ、空中を滑るように移動。戦闘機のような身軽な動きで触腕を回避した。

 

「レーザー発射」

 

 サーチライトの左右からレンズ状の砲口が顔を出す。核融合炉から二ギガワットものエネルギー供給によって青白く輝いたかと思うと、一瞬後にはハイパーレーザーCO2タイプの青白い光線が大気を切り裂く。大気中の分子が可視光を発生させるほどの高温で放たれた二本の槍は、行き場を失ってさまよっていたスコーピオンの触腕を容赦なく切断し、その持ち主の身を焼き焦がした。

 

「回避運動しつつ、照射継続」

 

 響くスコーピオンの絶叫を横に、黒木は再度サーチライトを照射する。

 この後もスコーピオンから反撃が行われるが、スーパーXはその横殴りの雨のように降り注ぐ触腕を回避する。時折カウンターとして放たれたハイパーレーザーはスコーピオンを慄かせるなど、だれも想像していなかった効果が得られた。

 サーチライトから贈られた体内の情報が液晶に表示される。移された体内図はどれもガストレアらしく、かなりいびつな配置だ。だが長い時間をかけた研究によって得ていたデータは、どれが脳に当たる部位か正確に把握することを可能なものとしていた。そして今、黒木たちはスコーピオンの脳髄を発見した。

 黒木は本部への直通回線を開いた。

 

「こちらスーパーX。スーパーXより本部へ。いま、スコーピオンの脳を発見した。これよりターゲティングを開始する」

 

 その報告に司令部は迅速に対応した。すぐさま地上部隊と艦隊に特殊兵装の発射準備が指示される。たったいまスーパーXに与えられた新たな役目は、彼らがフルメタルミサイルや削孔弾を発射するときに際し、標的の位置情報を正確につかみ、対象をロックオンすることだった。

 

 

 

 日本国家安全保障会議は刻一刻と変化していく戦況を見守っている。

 今、自分たちが臨んでいるものは東京エリアの命運をかけた決戦だった。人間と、十年前に突如発生したガストレア、その頂点に立つゾディアックガストレアとの戦いの一つに決着が付くかもしれないのだ。

 スーパーXから報告が入った。

 

「ターゲティング完了。これより離脱する」

 

 モニターに映るスコーピオンに赤い輪がいくつも並んでいた。そのすべてが、脳髄に相当する箇所に重なっている。やがて座標が固定され、標的をロックしたことがわかる「補足」の二文字が表示された。

 

「照準固定、いけます!!」

 

 報告に一同の視線が自分に集まった瞬間、聖天子は下命した。

 

「フルメタルミサイル、発射!!」

 

 ほぼ時を同じくして、日本国家安全保障会議から数キロ離れた防衛線で、フルメタルミサイルを搭載した八八式地対艦誘導弾、一二式地対艦誘導弾が火蓋を切った。

 海上でも、フルメタルミサイルを装備した数隻の護衛艦が火を噴き、スコーピオンに向けてすべての特殊弾頭を放つ。

 空中で、安全空域まで離脱したスーパーXの誘導弾ランチャーから爆炎が迸った。

 その矢面に立たされたスコーピオンに、アメリカ軍の大型貫通爆弾と同じくただ単純に硬さと重さ、そしてその推進力によって生み出される破壊力を追求した究極の物理兵器が見舞う。

 事前に行われた面制圧砲撃によって疲弊を誘発し、スーパーXによる威力偵察。その後の数分にわたる全力投射は数分にわたり、鋼鉄の嵐はスコーピオンの脳髄ただ一点に向けてなだれ込むのだった。

 

 

 

「やったか!?」

 

 蓮太郎がコンソールから身を乗り出すように立ち上がり、延珠もそれに倣った。モニターを注視し、経過を見守る。その他の面子も、皆、攻撃の行く末を祈るように見つめていた。

 ミサイルの命中は、その経過を見守っていた『天の梯子』でも観測できた。

 号令一下の元、無数の槍が洪水のように放たれる。集音装置がひろった凄まじい轟音が自分たちの体をかすかに揺らす。フルメタルミサイルがスコーピオンの頭へ殺到し、中世の拷問道具「鉄の処女」の針のように万遍なく貫いたところを、その眼ははっきりとらえていた。

 

「蓮太郎、スコーピオンは、いったいどうなったのだ……?」

「そんなの誰にもわからんよ。煙が晴れるのを待つしかない」

 

 延珠の疑問に答える。名前からして相当な質量と重量があることが容易に想像できるフルメタルミサイルの噴射煙はやはり凄まじかった。モニターに表示されている観測機器が拾った映像は、今の所頭部が真っ白な煙に覆われたスコーピオン以外送ってこない。

 効いていてほしいと切に願う。『天の梯子』が稼働しても思い通りに運用できるかどうかも分からない以上、あの攻撃は現状望みを託せる数少ない方法なのだ。

 やがて立ち込める煙が潮風に流された時、全員がそれを見つけた。

 

「あれは……」

 

 スクリーンを注視した。夜闇の中で、急激に薄れていく白の中で、その影がくっきりと映し出されていた。

 フルメタルミサイルは、そのすべてが余すことなくスコーピオンの頭部に突き刺さっていた。皮膚に、口に、目に。顔に関するすべての部位に関係なく針だらけになったスコーピオンの姿に、蓮太郎は数あるホラー映画の一作品の登場キャラクターを思い出した。

 スコーピオンは何も言わずにそこに佇んでいた。特に悲鳴を上げるわけでもなく、動くわけでもなく、無言で、まるで初めからそこに立っていたかのように微動だにしない。さっきまで散々暴れまわっておきながら今度は何の反応も見せない姿が、蓮太郎にはひどく不気味だった。

 もしや不発か。フルメタルミサイルは何の効果ももたらさなかったのか。思わず不吉な想像が頭をよぎった時、蓮太郎の目に映ったのは、東京湾へ力なく倒れ伏していくスコーピオンの姿だった。

 十秒たち、二十秒たつ。右掌から染み出てくる冷や汗をごまかすように、拳を強く握りしめた。

 スコーピオンは、動かない。

 蓮太郎は自然と頬をほころばせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時、誰も気づかなかった。

 深淵の彼方より舞い上がりし、影の存在を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 関東全域で、人間が知覚しえない範囲で、異常が起こり始めていた。

 “それ”が浦賀水道を通過した瞬間、東京エリアでは、動物たちが猛然と迫ってくる者の気配を察知して暴れ始めていた。

 信じられないほどの数の野鳥が人口密集地帯から一斉に飛び立ち、外周区へ向かって文字通り弾丸のような勢いで飛び去った。生ごみを巡って争っていた二匹の野犬が威勢をとたんに消失して尻尾を巻いて駆け出した。野良猫は全身の毛を逆立てて捉えたばかりのネズミを放り出した。そのネズミも急いで巣穴に潜り込んだ。ペットショップにいる小動物たちが、自身が傷つくのもいとわずに、金属の檻をかじったりに頭突きをかまして破ろうと必死にもがいている。

 奇跡的に生き残っていた魚たちは、こちらに近づいてくるものより外洋のガストレアのほうがましだと言わんばかりに、すべてが東京湾から逃げ出した。その水棲ガストレアでさえも姿を消し、東京湾はまるで生物すべて死に絶えてしまったかのように、生命の痕跡が感じられない、ありえない海域となった。

 突如鳴り響いた警報に駆り立てられ、街を駆け抜けていくエリア市民の群衆に、その理由を察する余裕のあるものはいなかった。

 それに気づいていたのは、二つの機械であった。

 司令部に設置されたソナーに、東京エリアに向かって進んでいく大きな緑の点が現れた。クジラのようで、どのクジラよりも何十倍も大きい影が、海中を滑るように進んでいた。

 もう一つは、外部の環境を計測する観測員の席であった。気象情報や風向きなどを計測して、そのデータを弾道のズレを修正させるために役立てるのだ。

 そこには誰も座っていない。定員に満たぬ『天の梯子』は言わずもがな。司令本部側の担当者は、目の前の結果に浮かれて、愚かにも思わず持ち場を離れていた。

 そして、その画面には円形のグラフが表示されている。そこに液晶でうつされた針がかすかに動いていた。

 針は右手に傾き、青から緑を経て赤色の範囲へと食い込んでいく。

 その数値は二千。単位は「msv」、そのグラフは放射線濃度を調べる、ガイガーカウンターだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『神』は、既に東京湾へと侵入していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らは、自分たちに迫りつつあるものの存在を、まだ知らなかった。











 スコーピオンはまだ倒されていませんよ。


 そう、『まだ』ね…………。






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