ブラック・ブレット Monsters:Rulers of Earth   作:アマナットー
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 青年は仕事に赴くようです

 深夜。

 数時間前まで帰宅ラッシュで忙しかった東京エリアも、行き交う車や残業を終えたサラリーマンの影はなくなり、住民はそれぞれの自宅でゆっくり眠りについていた。

 

 東京エリアのとある一角、海辺に近いこの場所も、電気が消えて水を打ったように静かだった。

 

 道の両脇に張り巡らされた立ち入り禁止のテープと、パトカーの赤い光がなければ、それは日常の光景だったに違いない。

 

 ここの担当者である伊福部 滋はダンヒル・インターナショナルの煙草をくわえて、自分の部下たちを見やった。黙々と作業を続ける彼らの幾人かの眉間にしわが寄っているのをみて、やれやれと静かにため息をつく。ガストレアがらみの事件で警察官の死亡率を下げるための措置に不満を持つ輩は多く、彼らが来た途端に嫌悪感を顔や態度に出す同僚も少なくない。自分のところはこれでも他の部署よりかは温厚だ。

 

「警部。民警が来ました」

 

 呼ばれた伊福部は、うん? と振り向いた。

 

 部下の背後に、暗闇に交じって二人の影が見える。一人は青年で、年齢は二十歳前後。深い緑色のコートを着込んでおり、背中に何かを二本ほど背負っている。対ガストレア用の武器なのだろう。線の細い中性的な顔には右目に医療用の眼帯が当てられていた。

 もう一人は少女で、年齢は十歳ほど。外国人なのか目鼻立ちは高く、整った顔立ちは幼いのもあって可愛げがある。服装はショートパンツに真っ赤なパーカー。腰にあてている手には巨大なガントレットが装着されており、バラニウムブラックの装甲が街灯に照らされ鈍く光っている。赤みが強い髪はセミロングで、末端が外側にはねていた。

 伊福部が知っている二人だった。

 

「あぁ君か、久しぶりだね。数週間ぶりかナ? お嬢ちゃんも久しぶり」

「お久しぶりです。伊福部警部」

「おう、おひさ~」

 

 伊福部に軽く肩をたたかれた青年、芹沢 友幸は微笑んでお辞儀をし、少女、リンダ・レイはそっけなく返事をした。

 

「さっそくで悪いんだけど、仕事をお願いするよ」

「はい。目標はどこに?」

 

 友幸は顔を上げてそびえたつ廃病院を見上げた。放置されて何年もたっているのか、窓ガラスはすべて割れており、壁はひび割れ黒くくすんでいる。海辺に近いことも腐食の早さに起因しているだろう。あ、いま剥落した。

 

「いんや、変な鳴き声が聞こえたところをご近所さんが聞いて通報されただけだから、どこにいるかまるで見当がつかなくてね。とりあえず全面封鎖しているよ」

「マジか? 誤報だったらどうすんの?」

 

 リンダの疑問に伊福部は煙草を外し、口と鼻から煙を吐き出しながら「確かにこれが誤報だったら冗談じゃないよね全く」と冗談交じりに笑った。

 

「わかりました。では中に入りますね」

「ん、じゃあ入り口まで送っていくよ」

 

 ついてきなされ、と伊福部は軽い調子で言うと入り口まで歩いていき、友幸とリンダもそれに続く。

 伊福部の部下なのか、途中で何人かに頑張れよと声をかけられた。

 警察と民警は職場争い等で基本的に仲が悪いが、伊福部のところはそう言ったものを表に出さず、基本的に民警への協力体制をとっている。そういった姿勢に友幸は彼らと行動を共にするたびに深く感銘を受けるのだった。

 

 廃病院の入り口に到着すると、すでに大勢の警察官がそこを固めていた。伊福部を確認すると全員が礼をする。

 

「何か異常は?」

「今のところは、なにも」

 

 それを聞いて、伊福部は二人に軽く顎をしゃくった。行ってこいと言っているらしい。

 二人は頷くと、病院の中に足をすすめた。

 

 

 

 視界を覆った暗闇に目を慣らすと、何か異常がないか確認する。

 友幸たちが入ったのは、いわゆるロビーだった。廃棄された時期が長いのか、室内には紙屑が散乱し、床には埃が薄く積もっている。どうもここは風通しが悪いらしい。

 

「どうするよ。手分けして探すか?」

「こんな暗闇じゃ得策とは言えないだろ。ここは一緒に探そう」

 

 まず友幸が先行し、それにリンダが続く。

 二人は同時に、それぞれの武器に手を添えた。

 リンダはガントレットの調子を確かめるため両手の握りこぶしを二、三度打ち付け合う。力強い印象を与える金属質な音が室内に鳴り響いた。

 友幸も背中から二本の刀剣を取り出す。前腕部と拳の外部を覆う篭手の様な形状の装甲に剣身が取り付けられており、装甲内部に握りがある。刀身とは垂直に、鍔とは平行になっており、手に持つと拳の先に刀身が来る特徴的な造りになっているそれは、ジャマダハルと呼ばれるインドの刀剣だった。

 

 あらかじめ用意していたペンライトで院内の見取り図を確認する。光でガストレアに見つかる可能性があるため脳内に叩き込むとすぐにしまった。

 

 耳が痛くなりそうなほど静寂な闇の中をしばらく移動すると、エレベーターの扉が見えてきた。倒れたまま放置された植木鉢から延びる観葉植物は、すでに水分を失って枯れ果てている。

 

 アルミ製の本棚を慎重に乗り越えたあたりで違和感を覚えた。強いアンモニア臭が部屋に充満している。見取り図によれば、ここは放射線治療を行う部署のはずだ。

 

 友幸は警戒しつつも壁に寄り掛かり、リンダもそれに倣う。すると、壁に何かを見つけた。

 目を凝らすと、白い粘着状の物体が張り付いていた。持っていた布でふいてみれば、やたらねばねばしている。

 

 よく見ると液体は床に伸びて先に続いており、まるで何かが床を這ったあとのように見えた。その先をたどってみれば、放射能を表すハザードシンボルが張り付けられたドアがある。半開きで、マークはところどころかすれて読みにくいが、おそらく放射線治療室だろう。

 

 壁に沿って扉に近づき、ゆっくり開けると、途端に隙間から悪臭が漂って友幸は思わず鼻を抑えた。リンダに至ってはあまりの激臭に目に涙を浮かべている。

 

 臭いを我慢し、二人は液体をたどってそろりそろりと室内に足を踏み入れて中をのぞいた。

 真っ白だった室内は黒ずんでおり、大きな物体は放射線を患者に照射する加速器なのだろう。経年劣化なのか表面が剥がれ落ちており、複雑な配列のコードがむき出しになっていた。そしてその下に何かが落ちている。カラカラに干からびた猫の死骸だ。

 あたりを見回すと、極端に体が細くなった犬や猫の死骸がそこら中に散らばっている。すべて眼孔がくぼんでおり、首や背中に何か鋭利な針で突き刺したような跡がある。まるで体液をすべて吸い取られたかのようだ。そのなかには、比較的新しいものもあった。

 

 

 ここだと確信すると同時に、まずい、と考えた。

 液体は複数存在するが、そのどれもが同一のものではない。

 

 もし予想が正しければ――

 

 

 その時、金属を無理やりすり合わせたかのような金切り声が響いた。

 二人は振り返ってそこを見る。もうこそこそする必要はなかった。

 ドアの上に張り付いていたそれの体長はおよそ一メートルほど。ムカデのように足が多くて、肥大化した頭部には六対の赤目が光り、タガメのような前足が生えていた。カニのような甲羅が平たいその身を覆い、尾部には二つに枝分かれした尾脚が一対ある。体色は緑色で、その姿は一昔前の映画『風の谷のナウシカ』に出てくる『王蟲』を連想させた。

 

「なんだコイツ、フナムシの化けモンか!?」

 

 その醜悪な外観にリンダが悪態をつく。なるほど、フナムシの化け物とは言いえて妙だと友幸は思った。

 

 その瞬間、フナムシが尻尾で壁を叩いて友幸たちに躍り掛かった。二人はすぐさま反応してよける。先ほどまで二人がいた場所をフナムシが擦過し、着地と同時に先ほどと同じ白い液体がぶちまかれた。どうやらあの液体はこれの分泌液だったらしい。

 通常のフナムシは海岸の岩の隙間などに生息し、藻類や漂着した生物の死骸など様々なものを食べて海岸の「掃除役」をこなし、生物を襲うことはめったにないが、このフナムシはガストレア化しているためそんな知識は通用しない。それに周囲に散らばる死骸の首や背中の傷を見れば、このフナムシは吸血性だということがわかる。この時点でフナムシなりえない。友幸はこれを、フナムシと吸血性の動物の因子を取り込んだステージIIと仮定した。

 

「っの野郎!!」

 

 壁際まで後退したリンダは壁を思い切り蹴ってフナムシとの距離をつめると、ガントレットを大きく振りかぶり、一気に叩きつけた。

 硬いものが無理やり潰れる音が響く。フナムシは何が起こったのか理解する間もなく肉片と血液らしき緑色の液体となり、四方八方に飛び散った。

 

「よし、倒した!!」

「気をつけろ、まだいる!」

 

 友幸の言うとおり、先ほどの鳴き声に呼応したのか金切り声があちこちで聞こえる。その数およそ三匹。なんてこったと舌打ちした。自分たちは、群れの中に入っていたようだ。

 

 友幸の後ろからフナムシが突進してくる。

 即座に反応し、振り返ってジャマダハルを突きつけた。ガツンと腕に衝撃が響く。その刃は見事にフナムシの脳天を貫いていた。

 腕を振ってフナムシの死骸を無理やり払うと、続けて飛びかかってきたフナムシを縦に切り裂く。一回転してあおむけに倒れたフナムシは少しジタバタ暴れるが、その腹にとどめの一撃を加えればすぐに動かなくなった。

 

 だがその時足がもつれ、誤って分泌液を踏んだ。気づいた時には後頭部を床にしたたかに打ち付けていた。

 

 そこを狙ってフナムシが腹の上に飛びかかる。吸血しようとしているのか、服の上でモゾモゾとうごめく感触が気持ち悪い。

 

 友幸は即座に右手のジャマダハルをパージし、腰からコンバットナイフを取り出して腹とフナムシの間に差し込む。

 バラニウム製のナイフがフナムシを引き剥がすのを確認すると、左手のジャマダハルを思い切りフナムシの腹に突き刺した。

 

「リン!!」

「おうよ!!」

 

 友幸は寝た状態のままリンダに向けてフナムシを振り払う。リンダもほぼ一瞬ともいえる速さでフナムシに肉薄すると、そのままアッパーカットの要領で天井に突き上げて飛ばす。大きく陥没した天井から粉塵と血液がスプリンクラーのように落ちてきた。

 

 その間に起き上がった友幸はリンダと背中合わせになって周囲を警戒する。だが、あの不快な金切り声は聞こえてこなかった。少なくとも、この部屋にいるものはすべて片付けたようだ。

 

 ひとまず安堵のため息が友幸の口から漏れ出した。分泌液で滑って転ぶというのは誤算だった。正直フナムシに飛びかかられた時は大いに焦った。万が一でもガストレアウイルスを注入されたら、友幸の人生はその場で終了することを意味するのだから。

 

「……ひとまず終わったか…」

「あぁ~気持ち悪ッ」

 

 やっぱ壁に吹き飛ばせばよかったかなぁ。

 ブツブツ文句を垂れるリンダの服はフナムシの体液で汚れていた。格闘戦が主体の彼女自身こういうことがよくおこることをわかっているのか、あまり気にしている様子はなかったが。

 友幸はハンカチを取り出し、彼女の顔についた体液をふき取っていく。黙ってそれに応じる彼女の瞳は、透き通るような青から燃え上がるような真っ赤な色に変わっていた。

 

 

――『呪われた子供たち』

 

 ガストレアが出現したのとほぼ同時期に生まれ始めた、ガストレアウイルスとその抑制因子を体内に秘めた子供たち。

 

 通常の人間がガストレアウイルスに感染すると瞬く間に浸食され、それが五十パーセントを超えると形象崩壊というプロセスを経て、感染者はガストレアに変貌する。だが、それは血液感染した場合に限られ、空気感染もしなければ性接触による感染もしない。だが、それが妊婦の口に入った場合、胎内の子供に蓄積されて生まれてくることがある。それが彼女らなのだ。しかし、なぜか女児にしかガストレアウイルスは発見されていない。

 彼女らは人間でありながら、ウイルスの恩恵で通常のガストレアと同じく彼女たちも動物の特徴を引き継いでいるため、常人より遥かに優れた身体能力を有し、その力を解放すると彼女たちの目はガストレアと同じ赤色になるのだ。

 

 リンダの場合はモデル・ゴリラ。細身の身体には似合わぬ怪力で敵を粉砕する近接格闘戦主体のイニシエーターだ。

 

 

――――

 

 

 フナムシは群れで行動していたので、二人は生き残りがいないか探したが、あの四匹がすべてだったようで、捜索後間もなく依頼主である警察に連絡をとっていた。

 

「二〇三一年、四月二〇日〇三三八、イニシエーターのモデル・ゴリラ、リンダ・レイとそのプロモーター芹沢 友幸。ガストレアを排除しました」

「伊福部 滋、了解」

 

 伊福部も礼をすると、二人の肩に手を置いて「二人ともご苦労だったネ」とねぎらった。

 

「現場の後始末とかはこちらに任せておいて。報酬はキッチリ振り込んでおくから今日はゆっくり休みなされ」

「えぇ、そうしておきます。後は頼みますね警部」

「ああ、ありがとう友幸くん。嬢ちゃんもまたね」

 

 

 

 青年と少女が現場から離れていくのを見送った伊福部は、懐からまた煙草を取り出し、火をつけた。

 遠くに広がる海を見つめる。今日は快晴なようで、澄んだ空気の向こうで太陽がおぼろげながらも顔を出し始めており、万華鏡のように海を照らしていた。

 

 

 世界には『民間警備会社』通称『民警』と呼ばれる、対ガストレア討伐専門組織が存在する。

 

 現在こそ各国エリアは、バラニウム製のブロックで形成されたモノリスの恩恵によりガストレアの侵入を防いではいるが、それとて完璧な防御壁というわけではない。侵入した一匹のガストレアがウイルスを媒介し、それによる感染爆発が起こってエリアの滅亡にも繋がりかねないことが頻繁に起こりうるのだ。当初は警察や機動隊、そして自衛隊が対処していたが、今では『民警』がそれらに取って代わっている。

 

 

 

 『民警』――それは人類の最後の希望。

 

 そう評したのは、一体誰だったのかナ?

 

 伊福部が吐き出した紫煙は、数秒もせずに海風に掻き消された。




フナムシっぽい生物の感染源ガストレア
 もともと一メートルもあった『フナムシとはちょっと違う生物』がガストレアウイルスによって一回り巨大化したもの。歩く際に粘液状の物質を出す。尾部を地面に打ち付ける反動を使って、天井の高さ程度まで跳び上がることが可能。数匹が海辺に近い廃病院の放射線治療室に住み込み、迷い込んだ野良犬や野良猫を襲って体液を吸い尽くしてミイラ化させてしまった。人的被害はなし。
身長:二メートル
体重:六十キログラム







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