…俺には幼馴染がいる。
いや、まず自己紹介が先だな。
俺は、稲崎(いなさき)だ。よろしくお願いする。
…さあ、今から本題に移ろうとしよう。俺、稲崎には幼馴染がいる。
幼馴染……わかるか?幼い時からずっと一緒で仲がよろしい、友達じゃないぞ、友達以上に切ってもちぎれない深~い関係のことだ。
そんな幼馴染が俺にもいるんだよ、こんな俺にも!しかも女の子だぞ、女子だ女子、英語で言うとgilr。
「綴り間違ってるわよ。」
俺は、11の時まで石川県に住んでいた。海の見える自然豊かな田舎町で、俺はそこで生まれ育った。だが、中学に入る前、父親が東京に転勤することになり、俺も引っ越しを余儀なくされた。
俺は、その幼馴染と離ればなれになることをいたく悲しんだ。まるで永遠の別れかのように。ただ、あっちも同じようにわんわん泣いて、俺との別れを悲しんでくれていた。その姿を見て、少しだけ俺は嬉しかった。あと、ちょっぴり興奮もしたかな。
「これ何の話?」
東京に越してからは、電話でその子と頻繁に連絡を取り合っていた。東京で危ないことするなとか、東京に行けて羨ましいとか、そんなことばかり言われた。
俺は彼女と話している時だけ、地元に帰ってるような、そんな感覚になって少しほっとしていた。
でもやっぱり東京と石川は距離があるようで、直接会う機会はなかなか無かった。
だが、今年!15の春!
高校生になった彼女は、なんと東京の高校に進学するらしく、東京に引っ越してきたのです。
「へぇ。良かったじゃん。」
俺も、その一報を受けてからウキウキが止まらなかった。数年ぶりに会えるんで、きゃーって感じだった。
あの時までは。
「お、雲行き怪しくなってきた。」
授業終わり、駅で友達を待っている時。あれは曇天の日だった。
都会の目まぐるしい群衆に疲れきっていると、その先に、どこか幼さの残る高校生らしき女の子を見つけた。
東京に来た幼馴染だと直感した。久し振りの再会で舞い上がった俺は、すぐに話しかけようと駆け寄った、瞬間、彼女の側に人がいることに気が付いた。そいつは男だった。それもイケメンだった。背丈もあった。声も優しげだった。
話しかけられず、すぐに二人を見失った。俺はふぅと息をつき空を見上げた。その時の気持ちは、空模様と重なった。
「モヤモヤしてたんだ。」
「そうだ。」
…それから、半年経ち現在に至るのだった。
「……えっ!? まだ、その子と会ってないってこと!?」
「ああ!」
ちなみに、この横で驚いている女子は、東京での友達である、江頭ミカ。軽口を言い合える、俺のここでのただ一人の友達だ。中学生だった時、たまたま家が近くて、中学校も同じだったこともあり、自然と仲よくなった。高校は別々になったけれど、放課後公園に集まって駄弁るくらいは今でも仲が良いのだ。
「うわぁ……ヘタレじゃん。」
「それは違うだろ」
「いやいや、ヘタレだわ。 せっかく東京に来た地元の子に会わないでさ………かわいそう。 …どうせ好きだからでしょ、その子のこと。」
「え」
「イケメン男子と和気あいあいと話してる姿を見て、ショックだったんだ!」
うーん、そうなのか。
あの時の状況を思い返す。背後から見た、傘をさして横並びで歩く幼馴染と男子の姿。
昔は、ハナタレガキだった幼馴染が。ネットで得た知識を得意げに俺が話しても、何にも知らないから手放しで誉め立てる幼馴染が。いっつもテストの時、誇らしげに俺を見てきた幼馴染が。
俺の知らないところで、イケメン男子と笑いあってるなんてなぁ…。
あ
「……嫉妬の気持ちは少しあるのかも。」
「でしょ?」
うーん、でもこれが恋心だとは…。
「だ・か・ら!」
ミカは座ってたベンチからひょいと立ち上がり、俺の正面に立つ。
「スマホ出して!!」
「へ?」
急な言葉に固まる
「メッセージのやり取り見せてよ。」
「誰の?」
「幼馴染の子との。」
「はぁ……」
俺はしぶしぶ、ミカに自分のスマホを手渡す。スマホを持つやいなや、スイスイと操作した。
「何やってんだ?」
「はい!」
スマホを顔の近くにやられる。
スマホの画面には『今度の土曜日、ごはん行かない?』というメッセージが幼馴染宛に送られていた。
「え、えぇ!?」
「これでいいでしょ」
「何して……!」
「思い立ったが吉日だわ。 稲崎のことだから、絶対何かと理由つけて引き伸ばすから!」
「い、いや……だって部活で、野球の試合がさ、あるもんで……。」
「あんた、いつも部活サボってるでしょうが! 知ってるんだよ、私。」
「そもそもだな、いきなりそんな連絡しても無理に決まってる、あっちにも予定というモノが……」
そう話していると、ピロリンとスマホから音が鳴った。
「返事が来たんじゃない?」
「まさか……!」
『その日はたまたま空いてたの!いいよ行こう行こう!』
という返信がスマホに来ていた。
「来た!?」
「ね? 思い立ったが吉日でしょ?」
「本当に来た……。すげぇよ、ミカは…。」
そう言うと、ミカは得意気な顔を浮かべていた。
「ほら、行ってこい。 がんばれ、数年ぶりの再開。」
簡単に言ってくれる……
───────────────────────────
土曜日の午後。幼馴染に会うため、俺は駅で待ち合わせている。休日なので、もちろん駅は混んでいる。東京に来た最初、この駅の混雑具合に驚かされる。迷子になってしまいそう、いや実際迷子になったことあるけど……。
幼馴染も、迷子になってしまわないか、正直心配している。あいつはどんくさい所もあるし……。
「あ、了くん?」
駅のポールにもたれていると、後ろから女性に声を掛けられた。下の名前で呼び掛ける、この声ですぐにわかった。
「美津未!」
「久しぶりだね、了くん!」
この小さいおかっぱ少女が俺の幼馴染、岩倉美津未だ。俺の顔を見て、直ぐに笑顔になった彼女。相も変わらず、素直な性格をしていて俺は安心した。
「3年……いや、4年ぶりくらいか。 元気そうで何よりだ。 …なんか変わったな。」
まあ、この間俺は見たんだけれども。
「うん、本当に懐かしいね。 でも了くんはあんまり変わってないね! 少し安心しちゃったな、私。」
!
「……どうしたの?」
「あっ、大丈夫。」
俺は自分の頬を軽く叩いて、気を取り戻す。
…それより今日の本題はあの男だ。聞こう。あの男について、一体どんな関係なのかを。
今日は、そのために来たんだから。
幼馴染だから、だからこそ気になるんだ。
───────────────────────────
「それで、無事に生徒会にも入れたのよ。最初は不安だったけど慣れたら楽しくて。先輩もかわいらしくて、面白い人でね…。」
「へー」
「やっぱり東京にいるから、了くん方言出てないね。 私も、なるべく出さないようにしてるんだけど」
「そうだなぁ」
「やっぱり高校生になったら勉強も少し難しくなるよ。そう思わない? まあ、この前のテストも良かったんだけどね。」
「さすが神童ぉ」
全然、切り出せない!
楽しく会話はしているのに、あの男についてだけ話せない!
聞こうと思うんだが、何故か言葉がつまる。口がモゴモゴする。
「今日はもうお開きにしようか。」
住宅街を二人で歩いていると、みつみはそう言った。腕時計に目をやると、針は丁度5時を指していた。あっという間に夕方だ。
「い、いや、もう少しいいんじゃないかなぁ。」
「ごめんね了くん。 私、この後ナオちゃんと約束があるんだ。 だからね。」
「あ…」
…ダメだ。今日はこのまま別れることになる。
このままじゃまだモヤモヤが残ったままになる。
オブラートに包んで、今聞け。今すぐ聞け。チャンスは今日だぞ。
「…あのイケメンくんと付き合ってるの?」
「え?」
ド直球!ド真中!ドストレート!
オブラートに包み忘れたぁっ!!
「あ、ごめ、えっと…。」
「?」
いやここまで来たんだ。言った言葉はもう削除できない。もう聞いちまおう。
「…っこの前、雨の日あっただろ。 あの日、駅で見たんだよ、美津未がイケメン男子と楽しげな雰囲気で話し合ってるところ。」
「雨の日?イケメン男子?」
「それで、そいつとどんな関係なのかって。聞きたくて、心配で……!」
「あ、もしかして志摩くん!?」
口に手を当て、大きな声を出すみつみ。
「志摩聡介くん。 同じ高校の友達、ただの同級生だよ!」
「彼氏じゃないのか」
「かっ! な、ないない! そんなの絶対ないよ。」
みつみはかぶりを振り、全力で否定する。
「はぁ………そっかぁ、良かったぁ。」
「え、よ、良かった……て?」
「いやぁ、美津未が悪い男の毒牙に引っ掛かったんじゃないかと気が気じゃなくて。」
「え。 し、志摩くんはそんなんじゃないよ。」
「いや、美津未は東京を知らないから、そう言えるんだなぁ……。 東京には女をとっかえひっかえするような輩で溢れかえってる、怖いところなんだ。 特に、あんなイケメンこそ裏で何考えてるか……」
「だから志摩くんはそんなんじゃないよ!!」
美津未は怒鳴った。初めて聞いたその声に俺は驚いて、固まった。
「し、志摩くんのこと知らないクセに、勝手にそんなこと言って欲しくない。悪い風に言って欲しくない。 いくら了くんでも……!」
と顔を真っ赤にさせながら、美津未は言う。彼女は怒っていた。
「美津…………。」
「…………………。」
沈黙が訪れる。長い長い、無言の時間。
「じゃあ、もうこんな時間だから……!」
沈黙を破ったのは美津未だった。裏返った声でそう言い、走り出す美津未。
「待って……!」
俺の声は届かず、彼女の姿は遠くに消えてしまった。
…と思ったら、踵を返し、またこちらに返ってきた。
「おぉ………?」
「い、言い逃げは嫌だから……。 あと了くんとモヤモヤってした感じ出したくないし、はっきりさせとかないとって……。」
「……だから戻ってきたのか。」
「うん……。」
…美津未らしいな。
「ふぅ……やっと分かった。」
「……?」
俺の言葉に、彼女は小首をかしげる。
「こっちの話。 …美津未!」
「……な、何?」
「……ごめんなさい。」
俺は頭を下げる。
「美津未の気持ちも、その子のことも無視したいい加減な発言だった。 本当にごめんなさい。」
「あっ、えっと、え、ぇ……。 か、顔を上げて。 もう怒ってないから。」
困惑する美津未。
「…ありがとう。」
下げていた頭を上げ、俺は笑顔でお礼を述べた。
これで遺恨は何もない。
「……じゃあ、今度こそお開きにしよう。」
「う、うん。」
「今日は楽しかった。」
「あ、私も。」
そして、俺たちは別れた。
───────────────────────────
別れてから数分、橋の上で川を眺めていた。
「はぁ…………」
「やっぱりここだ。」
声のした方を向くと、そこに立っていたのは私服のミカだった。
「今日はどうだった?…って連絡したのに、いつまでたっても返信来ないから。 …やっぱりここにいたね。」
「ごめん、スマホ見てなかった」
「そう」
「なんだこれ…」
ミカは俺の側に来て、缶ジュースを差し出した。
「ん」
「……ありがと」
素直に受け取り、すぐに缶を開けた。中身は炭酸だから、プシュッという音がした。
「…で、どうだったの?」
「いやぁ…」
今日あったことを、事細かにミカに伝えた。
「そりゃあんたが悪いわ。」
「だなぁ」
「私だって、知らないやつに友達バカにされたらムカッとくるもん」
「だなぁ………」
橋の欄干に手を置き、夕日を眺める。
「……はぁ。」
「でも仲直りしたんでしょ?良かったじゃん。」
「ああ。」
「何でそんな顔するのよ?」
「……ふぅ」
ため息をつき、目線を川にやる。
「……男のこと悪く言ったらあいつさ、真っ赤っかになって怒ったんだ。あの男のためにプンプンと…。 石川いたときは一度も見たことなかったから、ビックリした……。」
「…ふーん。」
「だから、分かっちゃったな。 あいつが恋心……と言わないまでも、特別な感情をそいつに抱いているってなっ!」
「……フラれちゃったんだ。」
「だから!俺は好きとかいう感情は無いんだって…! その時に、それも感じれたんだよ。」
「……好きじゃないと?」
「ああ……あんなイケメンとの恋が実ったら、幼馴染としたら素直に嬉しい、祝福する。悔しくはない。 …だけど、同時に思った、" 寂しい "って……。」
ジュースを一気に流し込む。カラカラの喉が潤った。
「あいつ服もオシャレで、すっげえ可愛くなってた。 数年で見違えるほど、変わってた。 でも反面、俺はどうだ? 4年近く東京にいても何にも変わってない。 ただの怠け者高校生だ。」
「…………………。」
「なんか、俺だけ置いてけぼりにされてるみたいで、寂しかったんだ。」
「……そうなんだ。」
夕日を眺める。水面に写る夕焼けが、今の気持ちと重なった。
「…………俺、今度から部活ちゃんと出るわ。 高校生活ちゃんと頑張る。」
「………おう。」
…少し、気が引き締まった。
「それより。」
「!」
「ずっとありがとな、ミカ。いろいろ聞いてくれて、あと心配もしてくれてさ。」
礼を言うのがなんだか照れ臭くて、小鼻をかいた。
「まあ、友達だからね。」
「あ、そうだ。」
「ん?」
「最後に聞いておくと、何で俺の居場所が分かったんだ? スマホなんも見てなかったのに。」
そう問いかけると、ミカは目を丸くした。そうして、ミカは軽く笑った後、俺の問いにこう答える。
「…稲崎は落ち込んだらすぐこの橋に来るから、分かるわよ…」
…そんなの当たり前だといわんばかりの、したり顔を向けてミカは答えた。
本当に、こいつは俺のことをよく知ってる…。
「……やっぱすげぇよ、ミカは。」
東京の幼馴染。
以上です。
ありがとございましたっ!
さっと書いたので、時折修正しますです