魔法科高校の超電磁砲   作:こしあん化合物

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 6/27 プロローグのラストシーン(繰子のビリビリシーン)に多大な抜けがあったので、修正しました。表現は追加・変更しましたが、大筋に変更はございません。

 同日、タグをいくつか追加しました。


二話

 

 魔法科高校とはその名の通り、所謂専門科目としての『魔法』に関連するありとあらゆる知識を学ぶ、魔法師の養成所だ。

 特殊な性質を備える国策機関の一つである以上、第一高校もまた例にもれず、国庫から放出された潤沢な資金を用いた、魔法教育における多様な実験・実習を行うための施設を数多く有している。地上三階・地下二階にも及ぶ広大な図書室に、二つの体育館、清潔な更衣室・シャワー室をはじめとした、スポーツや学術などの各分野における強豪校が有する最先端をかき集めたかのような施設群はしかし、その序の口に過ぎない。

 

 例えばそれは、流体制御魔法の実習に使う為だけに存在する50mプール。例えばそれは、対集団戦闘、対ゲリラ戦闘などを想定した訓練用の山間部を模した広大な演習場。

 

 そして中にはこのように、魔法師間での1vs1を想定した特殊な訓練設備もまた、存在する。

 そこはその名を、第三演習室と言った。

 

 

 

 第一高校の実習の一つには、生徒間での模擬戦を行わせる授業が存在する。すなわち()()は魔法を学ぶ者たちが、正真正銘一体一で、誇りと鎬を削り合うためのバトル・リングだ。

 

 驚くべきことに模擬戦は、校則によって正式な課外活動として認められている。申請さえ通れば授業以外でも実施が可能なのだ。それが示すのはつまるところ、口で決着がつかなければ、力をもって雌雄を決せよということ。それが奨励されている、この学校の歪なまでの実力主義の象徴の一つである。

 

 青白い一色の無機質なタイルで出来た床はその実、身体をたたきつけられても怪我をしにくい様な、特殊な加工が施された人工樹脂で出来ている。多少色味が増えただけの壁もまた同様だ。塵一つもないように見えるキューブ状に近いその部屋は実用性一辺倒で、室内には余計な備品の一つすら存在しない。

 

 

 そんな殺風景な部屋は現在、武道を嗜む者が醸し出す特有の、静謐な空気で満たされていた。

 

「フゥゥ―――。」

 

 部屋の中央付近にて、二人の女性が向き合っている。片方はつい先日第一高校に入学したばかりの新入生、三坂美琴だ。彼女は日本が誇る十師族でも有数の実力を持つ若手魔法師である。その実力はこの齢にして既に、多くのプロすら上回っていることだろう。

 そんな彼女はいま、目の前に自然体で佇む強敵を相手に、じりじり、じりじりと、執拗なまでに間合いを測り続けていた。

 緊張で身体が強ばるのを感じる。ほんの些細な隙さえ見せれば文字通り、たちまち足元を掬われるということを、彼女は全身で理解していた。

 

「......へぇ。」

 

 対するは、この学校の上級生の一人。縁がないタイプの眼鏡を掛けた黒髪セミロングの、豊かなスタイルをもつ女子生徒だ。しかしその大人びた身体は魅力的でありながらも煽情的なそれではなく、どちらかというと生存競争によって鍛え上げられたような野生の肉体を彷彿とさせる。彼女は一見無防備に見える程全身から力を抜き、あるがままに佇立していた。

 

 それが許されるだけの実力と実績を、彼女は兼ね備えている。

 

「シッ―――!」

 

 しばらくの後、十分に間合いを詰めたと判断した美琴は、自己加速魔法を併用し一気に踏み込み、右腕で正拳突きを放つ。武道を、特に拳術を嗜んだ経験を有する美琴の拳は魔法によってさらに強化され、その道に人生を捧げた達人をも凌駕する、一流以上の威力を持っていた。しかし相手は当然のように美琴の拳に手を合わせ、パァァァン、とすさまじい破裂音を鳴らしながらそれを体側方向へ弾く。ボクシングなどの格闘技でもつかわれる、パリィという技術だ。

 しかしながら受け流されることもまた想定していた美琴はその流れを利用し、すぐさま左腕のジャブに切り替える。無論、自己加速魔法は切っていないため、その速度はプロのボクサーが放つそれを、比べ物にならないほどに上回る。大砲のようなドッッ!という音を鳴らし、空気を割りながら進むそれは少なくとも、防具もつけていない者に放つ代物ではないことは確かであった。仮にこの場に第三者がいたとしたら、そういった光景に慣れている者ですら息をのむか、そうでない者であれば悲鳴を上げていたことだろう。

 

 しかし、殺人的な凶器であるはずの左手は容易くも無音で相手の右の手のひらに包まれ、美琴がそれを認識した直後、いつの間にか首元に迫っていた左手が、美琴の制服をそっと優しくつかみ取り。

 

 

「せえぇぇぇぇえいっ!」

「ッッッ―――かひゅっ」

 

 

 勢いのまま、容赦なく美琴を床へとたたきつける。背負い投げだ。殺人的な威力を受け流したためか、美衣自身も全身を一回転させた乱暴な投げは、しかし戦いの中で磨かれた流麗さを感じさせる。

 

 背中からたたきつけられた美琴は、少なくないダメージを受けた。地面がアスファルトの類であれば、勝負は決まっていたと断言できるほどに。そして、たとえ床がある程度の衝撃を吸収してくれるとしても、そも受け流された美琴の攻撃の威力も相まって、その勢いを一気に受けてしまった以上、無傷とはいかない。

 

 背中の筋肉に激痛が走る。そして内臓には強い衝撃、加えて体内の酸素は必要量を下回った。

 

 しかし、彼女の目から勝利への渇望を示すその光は失われていない。美琴は無視しえない三つのダメージを()()()()()することでごまかし、半ば無理やりに身体を動かした。

 

 彼女は即座に立ち上がり、攻勢に転じる。攻撃が決まった直後は、大方の人間にとって隙が生まれるものだ。美衣が息を入れるその瞬間を狙い、移動系魔法と慣性制御を併用、右足を軸に身体全体を使い、全力の後ろ回し蹴りを放つ。

 その軌道は間違いなく、相手の首を捉えていた。これで勝負は決まったと、普段の美琴であれば気を抜いていたかもしれない。その一撃は、それほどまでに見事な技だった。

 

 

 だがそれは、相手が固法美衣でなかった場合の話である。

 

 

 ―――ところで、現代における眼鏡の用途は、必ずしも視力矯正のためのものではなくなっている。二十一世紀中葉から視力矯正治療が発展・普及した結果この国では、近視という病そのものが過去のものとなったのだ。そして美衣は、まごうことなき戦士の一人。この場において嗜好やファッションの類で装飾具を付けてくるような者ではない。

 

 畢竟、彼女の眼は、特殊な異能を有しているということだ。それも霊子放射光過敏症のような、情報次元における感受性に優れた魔法師にとってはありふれた症状...などではない。その、さらに先にあるものだ。

 

 『透視能力(クレアボイヤンス)』。所謂超能力に分類される異能で、Born Specialized(BS)魔法と呼ばれるものの一種だ。透視、と一言にまとめられているものの、その能力の実態は実に応用性に富むものである。

 例えば、カバンの中身を盗み見て武器が隠されていないかどうかを知る、といったオーソドックスな透視も可能だが、戦闘中においては特に、人体の筋肉の動きをはじめとして、呼吸、血液、生体電気、果ては周囲の空間の捻れまで、あらゆる三次元的な動作を見切ることすら可能なそれは、もはや近接格闘戦においては最強の能力の一つと言っても過言ではないだろう。

 

 固法美衣の間合いに居る限り。三坂美琴も、比較的近接戦闘を得意とする白井繰子でさえも、彼女の前では挑戦者に成り下がる。

 

 とはいえそれほどまでの()()眼を持って生まれてしまえば、日常生活に支障をきたすのは当然だ。使いこなすまでには尋常でない修練が必要であり、且つ、術者本人の類稀なるセンスとそれをさび付かせない弛まぬ努力が不可欠な能力でもあるため、その全てを兼ね備えた者は世界中を探しても、片手で数えられる程の人数しか存在しないことだろう。故にクレアボイヤンスはもはや、彼女の異名を示すものとして使われているも同然の状態にあった―――

 

 

「てりゃっ」

「ッッ!」

 

 そして美琴の左足が美衣の首に決まろうかというその瞬間、実際の動きとは結び付かないほど可愛らしい掛け声とともに難なく左膝をカチ上げられ、美琴は完全に姿勢を崩す。無論、彼女はその隙を見逃しはしない。

 

「―――ふんぬ!!」

「ぐふっっ」

 

 美衣は、美琴の左足をカチあげると同時に体勢を低く落としていた。加えて美琴の両腕を掴み、その逃げ道を塞ぐ。

 そして身体を一気に伸ばすような動きとともに、下半身の力を余すことなく乗せられた彼女の頭突きは美琴の鳩尾に吸い込まれるように決まった。

 

 インパクトの瞬間両腕が解放され、衝撃を逃せなかった美琴は、潰されるカエルのような声を上げながら1m以上たたらを踏まされる。終いには尻餅をついた彼女の肺からは残らず空気が押し出されており、無念にもダウンした美琴は必死になって息を吸った。

 

 

 ―――美琴の完全敗北であった。自己加速も、慣性制御も、その魔法の精度・発動速度ともに、美琴の方が数段は上である。あるいは肉体の強度すらも。しかし、美衣はそれらを意に介さず、全ての動作に技を合わせて対応してみせたのだ。技というには少々喧嘩殺法じみた性質が強いようだが、両者にとってそれは些事である。

 

 頭突きを行ったせいで少しズレたメガネの位置を直しながら、彼女は美琴に親しげに声をかける。

 

「しばらく見ないうちに大きくなったとは思ったけど、体術は少しなまったんじゃない?

 油断しすぎよ?いろいろと、ね。」

 

 若干咎めるような響きを有した美衣の視線の先。倒れこんだ美琴のめくれ上がったインナーガウンは、息を乱し汗もかいたその姿も相まって、もとより健康的な肉体美を誇る美琴を官能的に彩っていた。...白井ならば泣いて喜んだに違いない。

 

「えほっ......親戚のおばさんみたいなこと言わないでくださいよ。

 それを言うなら固法先輩だって随分と()()()()()みたいじゃないですか。」

 

 呼吸を整え終えた美琴はしかしそれに気付かず、最近の悩みの種であった老け顔疑惑を刺激される美衣の言葉に、精一杯の皮肉を込めて言い返す。身体の一部でその存在を情熱的に主張する、高校三年生のものとは思えないご立派な双子山を見つめながら。

 美衣は勝ち誇った様子で胸を張っていたため、彼女の双丘はそれはそれは強調されており。

 

「おばッ!?

 ...もぅ、失礼なのは百歩譲っていいとしても、後半のは立派なセクハラよ。まったくもう、白井さんは言うに及ばずだけど、実は貴女も大概よね。それに大きくなるのは私の意思じゃないもん。

「(いやぁ、眼福でした。)」

「その笑顔......ろくでもないことを考えてることだけはわかるわ。」

 

 白井や佐天の比較的慎ましやかなそれにも風情があって、美琴としては非常に好ましくは思っているものの。やはり両の手に収まらぬほどの豊かなものは、良いものだ。

 彼女の肢体を眺めるその目には、妖しげな光が宿っていた。

 

「...で、どうする?まさか、これでもう終わり?」

 

 しかしどこか抜けのある性格をしている美衣はその目線の本質に気付くことはなく。互いに一呼吸入れたと判断した彼女は、美琴を煽るように声を掛ける。

 挑発的なその口調は、彼女に発破をかけるためのものだろう。とはいえ、その言葉の中には多分に物足りなさが含まれているのは自明だった。なるほど、その顔を見て燃えない美琴ではなかったし、確かに負けっぱなしは性に合わない。

 

 コテンパンに伸されているのが美琴の現状であったがしかし、勝てないのには理由がある。理由のない敗北など、いわゆる単なるレベル不足だ。だが固法美衣と三坂美琴の間に、隔絶した差は存在しない。彼女は頭の中で勝ち筋を精査する。

 

 一番の問題は予備動作の全てが見切られているということだ。美衣の眼の性質上、腕を引く、足を踏ん張る、果ては細かい体重移動まで、それらは総じて彼女にとっては隙でしかない。ならば。

 

 予備動作をなくせば良い。

 

 体内の電気信号を弄り、無理やり瞬間的に筋肉を動かすことにより、()()()を無くす。十師族にもっとも近い存在である師補十八家筆頭、一色家の長女が似たような技術を使用しているが、美琴のこれは彼女のような魔法的高等技術ではなく、肉体と()()の頑強さに任せた荒業でしかない。が、無茶無謀の一つや二つは通さねば、かのクレアボヤンスに一矢報いることは出来ないだろう。

 

「そんな、わけ、ないじゃないですか。わたし、まだ負けてませんから。

 先輩の連続白星に今日、わたしが泥を付けてあげます。―――ここからが本番ですよ、固法先輩!!」

 

 よろめきながらも立ち上がった美琴は、前髪をかき上げながら、勝気にも宣言する。

 

「よく言いました。じゃあ私もそろそろ、ギア上げていくわよ!!」

 

 

 

 ―――このあと美琴は、めちゃくちゃ投げられた。

 

 

 

 

 

 

 さて、どのようにして学年の違う二人が模擬戦をするに至ったかというと、時間は数刻ほど巻き戻る。

 

 

 

 

 ○○○○○○○○

 

 

 

 

 入学式の翌日。空は相も変わらず春めいていて、暖かく降り注ぐ陽は、凝った身体を解してくれる。この場に満ちる、若い魔法師の発する濃厚な精気も同様だ。

 

 

 この日の朝も常と変わらずお小言を頂戴した美琴は、その疲労が溶かされるのを感じながら、第一高校1年A組へと登校した。新入生らしく、未だ始まったばかりの高校生活に湧く生徒たちが集う教室は、雑多でありながらも明るく感じられる、わいわいとした喧騒に満たされていた。

 

「あ、おはようございます!三坂さん。」

「...おはよう。」

「おはよう、光井さん、北山さん。」

 

 教室に入ると直ぐに、昨日早くも交友を行なった同性の生徒や、緊張からか少々ぎこちなさげながら異性の生徒からも声を掛けられる。

 その中でも美琴がとりわけ気が合いそうに感じたのは、茶髪を二つに結んだ、笑顔の映える愛想のいい女子と、口数自体は少ないものの、その口元をよく見ると意外と感情が豊かだとわかる灰髪の少女の二人であった。彼女はそのまま、立ち話に応じる。

 

「三坂さんは今日のオリエンテーションはどこを回る予定なんですか?よければ一緒に回りませんか?」

「...一緒に、どう?」

 

 一科生クラスである1年A組には初日から担当教師がついており、昨日、入学式の直後に行われたガイダンスに参加した者たちは、既にある程度スケジュールについて説明を受けていた。それによると今日行われるオリエンテーションは選択科目の履修登録をはじめとして、一部の教員を含め顔合わせを兼ねたカリキュラム・施設の概要案内、最後に自由に校内を回って各施設の見学をすることが許されているらしい。

 そういった理由もあり社交性に富む生徒は、一緒に回りたい他生徒に声を掛けているようだ。光井ほのかもまた、その内の一人であった。

 

「誘ってくれてありがとう。嬉しいわ。

 でもごめんなさい。今日は昔なじみの先輩に案内してもらう予定なの。」

 

 美琴は特に変わったことを口にしたつもりもなかったが、少女二人はそれを聞いた瞬間途端に目を輝かせ、シュパッという擬音が付きそうなほどに機敏な動作で顔を見合わせた。その理由がわからなかった美琴は目を瞬かせ困惑の表情を浮かべるも、直後、その目に興奮の色を宿したほのかのセリフになるほど、と腑に落ちることになる。

 

「先輩......昔なじみの!?

 も、もももも、もしかして!!」

「(コクコクコク)」

 

 恋の話か。美琴は先ほどの自身のセリフを振り返った。

 確かに...離れ離れになった年上の男子と再会し、入学したばかりの学校を案内される。10代の少女を対象にしたロマンス漫画の舞台としてなら、そのシチュエーションはなかなかに上々だろう。美琴はそのシーンを想像し、ひと時の妄想に浸る。

 

 ―――想像の世界で隣にいたのは、白井と佐天だった。初春は後ろで甘味をむさぼっている。

 

 美琴は、あのやかましい少女たちにも随分とほだされたものだと自嘲して、ふふっと微かな笑みを浮かべる。だがどうやら、それは傍から見たら思慕に浸る乙女のそれに見えたようで。

 

「えっ!?」

「...ほんとに?」

「「キャーーー!!」」

 

 途端に周囲にいた女子勢から、姦しい叫び声が上がる。どうやら聞き耳を立てていた者が少なからずいたようだ。

 無論、興奮しているのは目の前の二人も例外ではなく、ほのかの顔はゆでだこのようになってしまっているし、普段から半分瞼が落ちかけている北山雫でさえも、いつもより目が大きく見開いている...気がする。いずれにせよ、皆年頃の少年少女らしく、そういった話題には少なからず関心を持っているらしい。

 

 さて、早めに否定の言葉を告げなければ、収集がつかない事態になると美琴の危機察知能力が感じ取る。いつの時代も、女たちの姦しさを甘く見てはならないということか。美琴は奇妙な焦燥に駆り立てられながら、否定の言葉を探す。ちなみに男子勢はスンとしている。

 

「あー、えっと。期待に沿えなくて悪いけど、女のひとよ。」

「そっかぁ...」

「......ん。」

「(いいとこの男について聞けると思ったのになぁ)」

「(しかしそれはそれでアリなのでは?あたしは訝しんだ。)」

「(我思う、故に百合あり。)」

「(だがそこに我、必要なし。)」

 

 がっかりした顔を隠せていない二人に、つい苦笑を漏らす。一部の例外を除き、女子たちも落ち着いた表情に戻っていった。環境如何に関わらず、恋に恋をしている事例はどこにでも存在するということか。ところで今度は男子勢のボルテージが上がった。彼らは何に期待をしているのか。

 

 閑話休題。

 

 A組の学友たちの仲は良好であった。知り合って二日目から教室がにぎやかさを湛えているのを見る限り、その多くはコミュニケーション能力に余裕のある者たちなのだろう。美琴も何の気兼ねもなく同年代と過ごせる場所として、もう既にここを気に入っていた。

 ただ一点、問題があるとすれば。

 

「そういうわけだから、また今度ね。よかったら次も誘ってちょうだい?」

「はい、もちろんです!」

「......ん。」

 

「―――おはようございます。」

 

 凛、と鈴のような声が響き渡る。儚げでいて、しかしながら存在感を放つその美声は、ほかの誰にでも真似できるものではない。教室が、彼女の登場にざわめいた。

 昨日穴が開くほど眺めただろうに、その美貌に慣れることなど出来ないのだろう。十人が十人、あるいは百人が百人、例外なく美少女だと認めるだろう、並外れた美貌を持つ彼女の名は―――司波深雪。

 

「司波さん、おはようございます!」

「...おはよう。」

「ええ、おはようございます。」

 

 ほのかや雫とあいさつを交わす彼女を尻目に。

 

「......おはよ。」

「......おはよう、ございます。」

 

 

 美琴は、すれ違うように教室を出た。

 

 

 

 ○○○○○○○○

 

 

 

 第一高校の広大な敷地。その中心部には中庭があり、手入れの行き届いた美麗な空間の中央には、立派な噴水が存在していた。見晴らしも良く雰囲気も良いそこは、クラス、あるいは学年の違う友人同士の絶好の待ち合わせスポットとしてよく用いられている。

 

 あの後、教室でのオリエンテーションを終えた美琴は校舎を出て、急ぎ足でその中庭に向かっていた。

 

「―――はぁ、はぁ、お待たせしました、固法先輩。」

 

 日が照り、踊るような水飛沫が目映く輝く噴水の直前にて、女性が一人、待ち人を待つべくして佇んでいた。

 美琴を見つけて手招きをしていた女性は駆け寄る彼女を迎え入れ、大人びた微笑を頬に浮かべる。

 

「大丈夫、全然待ってないわ。...久しぶりね。最後にあったのは一年以上前かしら。元気そうでよかったわ。」

 

 固法美衣。しみじみとかみしめるように懐かしむ彼女に、美琴は苦笑を漏らす。一年という時間はこの年頃の少女たちにとって短い時間ではないが、それでも彼女の中では、目の前の女性は懐かしむほど昔の存在ではなかった。

 

「一年しか経ってないじゃないですか。そりゃあ元気ですよ、ほら。」

 

 天真爛漫な笑みを頬に浮かべ、力こぶを作って見せる美琴に、美衣は呆れたように笑った後、その顔から微かに漂っていた憂いは晴れたようだった。

 

「そうだったわね。...もう、ちょっといろいろあったから、少し黄昏ちゃった。

 

 さてと。それじゃさっそくだけど、行きましょうか。自活時間も限られてるわけだしね。」

「すみません、わざわざ時間をとっていただいて。」

「いいわよ気にしなくて。せっかく一緒の学校に通えるんだもの。一年間、よろしくおねがいするわね?」

「先輩...はい!」

 

 今度は互いの顔を見て、同じ学び舎に籍を置く一年間への喜びが湧いた二人は、改めて朗らかに相好を崩した。

 十代にして数多くの戦場を共に渡り歩いた二人に舞い降りた、日常の平和な一幕。一時、ただの先輩と後輩に戻った彼女たちは、たった二人のミニツアーを、心から楽しむことにした。

 

 

 

 

 

「―――ここが遠隔魔法実習室よ。本部にあるような訓練設備ではないから御坂さんの全力には耐えられないと思うけど、それでも実験的な魔法の試射にはちょうどいいと思うわ。午後からは三年の実習があるし、きっと混むから、早めに見ておかないとね。」

「混むって、ああ。真由美さんか...」

「ええ。かのエルフィン・スナイパーの実習よ。

 ま、新入生に学生の最高レベルを見せておきたいんでしょう。今年の一年も有望らしいしね。」

 

「そうだ。今度、アレの試射につかうのはどう?今朝方ちょうど届いたらしいじゃない。お母様には見せてもらったの?」

「はい、見せてもらいました。もう撃てると思います。」

「それはよかった。...また小躍りして喜ぶわよ、おじさまたち。」

「あー...。」

「懐かしいわね。かの電撃姫と共同研究ができるなんて、って。」

「...そう、でしたね。でももうちょっと自重してほしかったなぁ...。」

「ふふ、そうね。

 ねえ、三坂さんは行きたいところとか、見たい場所はある?優先的に案内するわ。」

「そうですね...じゃあ―――」

 

 

 

 

 

「―――ここが工房よ。別で専門の部屋はあるけど、自動調整機能が付いてないCAD調整機なんかもあるわ。いじりたい放題ね。

 ...しっかし三坂さん、渋い趣味してるわね。」

「えへへ、自覚はあります。」

「なんで嬉しそうなのよ...。そういえば、あなたと初春さんは大型ロボットアニメが好きだったわね。支部でよく見てたものね。

 二人とも興奮しっぱなしで面白かったけど...三坂さんなんてまるで、恋する乙女みたいな顔してたわ。」

「ああ...そうですね。でも今はもう、恋というより憧れですかね。ああいう風になりたいなぁ、って。」

「(三坂さんは大型ロボットになりたいって思ってたの?

 それに、昔ロボットに恋してたことは否定しないのね...。)」

 

「ンンっ...じゃあ、どうせだし。少し風変わりなところも見ていきましょうか。」

 

 

 

 

 

「―――ここは屋外演習場よ。九校戦で使うことになると思うわ。

 三坂さんが参加するなら...スピード・シューティング、クラウド・ボール、アイス・ピラーズ・ブレイク、ミラージ・バットあたりかしら。どの競技も専用訓練施設が揃ってるから、安心して。三坂さんはどの競技に出たい?」

「えーっと、その。ミラージ・バット以外なら、なんでもって感じです。」

「まぁ!どうして?女子一の花形競技じゃない。」

「だからです。...ひらひらした服、着たくなくて。」

「ああー、なるほどね。妖精だのなんだのと楽しそうだけど、言われる側もそれはそれで大変よね。...似合うとは思うけど。

 まぁ、いずれにせよ生徒会がそこを考慮してくれるかってところだけど...。」

「難しいですよねぇ...。」

 

 

 

 

 

「―――次は部活棟ね。運動系の部活だと備品とかを収納してるし、文科系だとここで活動してるところが多いと思うわ。もちろんこっちも体育館とおんなじで、更衣室もシャワー室も完備してるわね。」

「どんな部活があるんですか?気になってたんですけど、結局調べても出てこなかったんですよね。」

「学校紹介にそういうの載せないのって、この学校の悪いところよね...。防衛の観点としてはそういう情報を閉鎖したいっていうのもわかるけど。

 そうねぇ。有名なところだと...野球部に陸上部とか、剣道部、柔道部...自転車競技部あたりの非魔法系クラブから、レッグボール部、コンバットシューティング部、クロスフィールド部、剣術部、変わりどころだと拳法部や、狩猟部なんてのもあるわね。もちろん、演劇部とか料理部みたいな文科系もバラエティは豊富よ?

 ......ただ、知っておく意味は、あんまりないと思うわ。」

「え、どうしてですか?」

「時期が来たら全部わかるわ。新人勧誘の季節は...どこの部活も躍起になるものだから。三坂さんなら多分、ほぼすべての部活から勧誘されるんじゃないかしら。」

「ほぼすべて。」

「ええ。優秀な成績を残せば新たに部費を確保できる。それも大量に。そのせいで、入試成績をリークする生徒が毎年出るのよ。」

「(それはただの犯罪では?)」

 

「あ、そういえば固法先輩は何部に所属しているんですか?」

「う...わ、私のことはその、べつにいいじゃない。気にすることじゃないわ。」

「急に歯切れが悪くなるじゃないですか。」

「...さ、この先は見るところもないし、次の場所に行きましょう。」

「この先にある部活に所属してるんですね?」

「うぇ、えぇ、と」

「まぁまぁ、別に何があっても先輩のこと嫌うわけじゃないんだか「あ、裁判蝶~」...さいばんちょう?」

「___!!」

「......さいばんちょう?って何ですか、このりせ」

「―――次は演習室よ!貴女だったら立場上使う頻度は高いかもしれないんだから、一度見ておいた方がいいわ。

 そうよ、再開を祝していっちょ模擬戦と行きましょう!ちょっと私に有利すぎるけど、いい機会だわ。格闘術が鈍ってないか見てあげる!」

「え」

「どうしたんですか裁判蝶~、いつものごとく部員が戦争を起こしてます~ 今日の議題は爆×切は果たしてどちらが受けなのか、あ私はもちろん我慢のきかなくなった爆豪くんが固くなった切島くんを()()()()()()のが好みなので爆切派なんですけど―――」

「え」

「さぁ行きましょう、三坂さん!」

「え?」

「さ~いば~―――は??切島くんは純然たる攻めにはなんねぇんだよかっちゃんの不器用な感情の示し方が倒錯的な愛情表現になってそれを受け止めていく切島くんとの双方が歪んでくのがそそるんじゃねぇかてめぇ寝言ぬかしてんじゃねぇぞおい決闘だぶっとばしてやる―――」

 

 

「............え?」

 

 

 

 

 

 ○○○○○○○○

 

 

 

 

 

 春になってからだいぶ日が伸びたとはいえ、下校する高校生たちの横顔を照らす陽は既に大きく傾いており、彼らの影法師を細長く斜めに地へ映す。

 

 模擬戦の結果は、当然のように美琴の全敗だった。だが彼女はそこに悔しさこそ感じれど、わだかまりはどこにもない。愉快な校内ツアーを終えた二人は、ピタリと並んで帰路に着いていた。

 

「ん~、負けた負けた!悔し~!」

「お疲れ様、三坂さん。でも最後の方はいい線いってたわよ?あと一年もしたら結果はわからないくらい。

 それに、形式がどうしたって私に有利すぎるもの。殺傷ランクのせいで雷撃は使えないし、屋外でもないから砂鉄の武器も使えない。そりゃあ仕方ないわよ。」

「砂鉄なら仕込んでありますよ?」

 

 面倒見の良い美衣は、美琴を励まそうと声を掛けるも、けろりとした様子ではしたなくもスカートを捲って見せた美琴の足には、動きやすそうな短パンが装着されており、そのいくつかのポケットには、何やら黒い粉末の入ったシンプルな包装紙がいくつか仕込まれているのが窺える。

 

「......手、抜いてたわね?」

「格闘戦では全力でした。」

 

 悪びれもなく言い募る美琴に美衣は、苦笑を一つ漏らす。しかし呆れを含んだその言葉には、相手に対する親愛の情が浮かんでいた。そもそも美琴は、身内に対して魔法の力を向けたがらない。そのことを思い出した美衣の発言も、ただそれをごまかすように非難して見せるふりをしただけだった。

 

「ほら、往来でそんな子供みたいなことしないの。ちゃんと隠しなさい!」

「は~い。」

 

 ころころと表情を変えてゆき、楽し気にじゃれ合う少女たち。

 ロマンスも色気も、思春期らしいときめきの一つもあったものではなかったが、彼女たちの顔に浮かんだ清々しい表情が、この一日が一点の曇りもない青春のひと時であったことを証明していた。

 

 だが、しかし。二人の放つその輝きが青春であればこそ、対になるような青臭い無様な姿もまた、それを青春と呼ぶのだろう。

 

 校門へと歩みを進める彼女たちの目に、一定の間隔を置いた人だかりが映る。野次馬のようなその姿は、おそらくはこの先で何かの騒ぎが起きていることを示していた。

 

「僕たちは彼女に相談することがあるんだ!」

「そうよ!司波さんには悪いけど、少し時間を貸してもらうだけなんだから!」

 

 騒ぎの中心から発せられたそれを聞いた美衣の口から出た言葉は、意外にも彼らを責めるようなものではなく、ふと思い出したかのような、懐古の情すら含まれるそれであった。

 

「......あぁ。ああゆうのを聞くと、そういえばこの時期だー、って思うわよね。」

「え、そんなによくあることなんですか。」

 

 彼らの声を聞いてようやく内容を思い出した美琴は、美衣の言葉に面食らった。てっきり森崎()が例外中の例外だと思っていたからだ。

 入学二日目とは言え、同級生間の関係構築は既に始まっている。中には気に入らない奴や、肌に合わないと感じる者もいることだろう。だが彼のように、幼稚にも声を荒げる者はそうそういまい。

 

 森崎駿。入学早々から周囲の顰蹙を買うような行動を繰り返す彼は、しかしどうにも憎めないキャラクター性を持っていることで有名な存在だ。

 

 しかし彼は、今はまだ勘違いと空回りが目立つものの、実のところ美琴の中でのその評価は低くはない。

 

 作中では未熟で幼稚な面ばかりが強調されている彼だが、畢竟、彼が口にしているのは能力を持つものはそれに見合った交友関係を築くべきだという、ほとんどの者が無意識下で実践を重ねている事実に過ぎない。いずれにせよ彼の行き過ぎたそれは論ずるに値しないし、その理想の押し付けは配慮に欠ける行為であるということを否定することはできないが。

 だが重ねて弁護するならば、彼の夏休みの一幕(とある人助け)から察することができるように、彼は決して悪性を抱えた人間ではない。

 

 そんな彼の精神性を示す良い事例が存在する。それは正史たる世界線における彼の実技成績だ。

 

 

 ところで入学式において、美琴が最後列に座っていたのはなにも、慣例に対する抵抗だけだったというわけではない。今年第一高校に入学する()()を、実際にその目で見ておくこともまた、その目的の一つだった。

 

 例えば、英国における伝統的な古式魔法を現代風にアレンジした結果、世界的な名門の仲間入りを果たしたゴールディ家の後継者候補(明智英美)

 例えば、現魔法協会会長を務める、『錬金』の二つ名を与えられた百家本流の一族の直系(十三束鋼)。とはいえ彼はその中でも例外で鬼子(レンジ・ゼロ)などと呼ばれているようだが。

 例えば、百家本流の中でも加速・移動系複合術式の雄と呼ばれる、五十嵐の直系(五十嵐鷹輔)。彼の姉とも個人的な付き合いもある美琴としては、再会が待ち遠しい相手でもある。

 例えば、財界のみならず政界にすら影響力を持つ日本有数の実業家『北方潮』と、彼が嫁に迎えたAランク魔法師、鳴瀬紅音との一人娘(北山雫)

 

 

 さて、では環境にも才能にも恵まれた有力な子女が集う中、森崎の成績はどれほどのものだったかというとそれは―――堂々の、実技トップ3に食い込むほどのもの。司波深雪というある種のイレギュラー(完成された調整体)を除けば、200人の中でも二位という好成績だ。これを思い出した当初、美琴はその全身に鳥肌が立つほどの戦慄を禁じえなかった。どれほど自分を痛めつければ、なによりも血統が重視されるこの魔法界で、その序列を覆すことが出来るのかと。

 その成績は確かに、上位陣と比較して先天的な能力において大いに劣る彼が、彼らに勝るほどの不断の努力を重ねてきたことの証左である。なるほど、美琴から見た森崎の立ち姿も、鍛え抜かれた肉体とそのキャリアを強く感じさせるものだった。

 

 ...ただ、やはりその身に宿す魔法力は、努力によって覆すことが出来る領域の話ではない。必要以上に虚勢を張ってしまうのも、そういった事実を身をもって体感したが故の焦りから来るものだろう。

 

「まだ成績不振の一科生が二科に落とされていないから、油断してるのよ。そういう一年は良くいるわ。

 教師に見られてるってのは期待されてるだけじゃなくって、実力を測られてるってことを理解できてない子たちが。」

 

「ハン!そういうのは自活中にやれよ。ちゃんと時間がとってあるだろうが。」

「相談だったら予め本人の同意をとってからにしたら?

 深雪の意思を無視して相談も何もあったもんじゃないの。それがルールなの。高校生にもなって、そんなことも知らないの?」

「...二科生(こっち)二科生(こっち)で威勢のいい子たちねぇ。」

 

 随分と珍しいこと。そう小さくつぶやいた美衣の、呆れを通り越した興味深げな顔から察するに、目の前のコレが毎年あることというのはやはり嘘ではないらしい。

 

「―――うるさい!ほかのクラス、ましてやウィードごときが僕たちブルームに口出しするな!」

 

 もとより耳目を集めていたその場が、一触即発の緊張感を帯びることによって、さらに注目を集める。

 思えば、この瞬間に介入する準備を始めていたのだろう。美琴は誰もいない()()()()の視線が、より強くなるのを感じた。

 

 さて、事件が起ころうとしている校門の前を悠々と通り過ぎようとしていた美琴たちだが、そのさなかにいる一科生の皆は同じA組の、すなわちは学友たちであった。

 劣勢に感じた者が、横を通り過ぎようとしている友人を見たら、はたして彼らはどういった行動に出るだろうか。答えは自明だった。

 

「三坂さん!いいところに来てくれた。

 君からも彼らに言ってくれ!僕たち才能あるブルームは、同じく才、能、ある...」

 

 当然のように美琴を味方だと判断した森崎は彼女の援護を期待し、威勢よく声を掛ける。しかし彼は、美琴の隣を歩く女生徒の肩を見て、その言葉を尻すぼみにさせた。

 そして話をふられた美琴は自分に飛び火する可能性を全く考えていなかったので、特に深く考えることなく、いたずらを思いついたようににやりと笑い、その集団に言い放った。

 

「ちょっとしか聞いてないからよくわかんないし、部外者のわたしに何か言う権利もないと思うけど...才能がどうたらっていうのは聞こえたわ。」

「あ、ああ。そう、その通りだ。」

 

 美琴は、当初より疑問に思っていたことを口に出す。森崎は中学生時代から、その実家の稼業であるボディーガードの手伝いを任されるほどの実力者だ。その経歴から察するに、今も目の前からひしひしと感じる達也の雰囲気の異質さに、あるいは西城レオンハルトの獣じみた威圧感に、あるいは千葉エリカの洗練された剣気に。普段の彼であれば気付くことが出来ていたのではないだろうか。

 だが、どうやら心当たりもなさそうだし、やはり今の彼は冷静さを著しく損なっているのだろう。溜まりに溜まったストレスが暴発した結果が、今回の顛末だったのかもしれない。そう思いなおした美琴は、一つの決断を下す。彼を()()()()に引き込むには、或る程度の助言は必要なのだろう、と。

 

「でも、もし仮に才能で人を語るなら、もう少し相手の立ち姿にも気を配らないと。

 それに、一科二科のくくりで言うのなら...わたし、さっきこの人に負けたわよ?」

 

 美琴は隣に立つ美衣を親指で指し示しながら、軽い口調で爆弾を落とす。

 

「ちょっ」

「「「!!?」」」

 

 三坂美琴の名は既に学校中に知れ渡っており、その実力を疑問視するものはいないだろう。それは入学して日の浅い一年生とて、例外ではない。

 

 さて、そこに投げ込まれるビッグニュースだ。十師族が誇るかの『電撃姫(三坂美琴)』が入学早々、二科生(ウィード)ごときに敗北したというではないか。たとえ上級生が相手だったとしても、魔法という暴力はそう簡単に覆るものではない。それは十分に異常事態と言って差し支えないだろう。

 

 ―――ジャッジメント所属、固法美偉一等捜査官(中尉相当)。彼女は一時期組織から離脱こそしているものの、ジャッジメントそのものの初陣以前からそこに籍を置いている、歴戦の戦士である。また書類整理をはじめとして、戦場以外でもたびたび世話になっている彼女は当然、美琴からすれば尊敬すべき先輩の一人である。

 

 

 たとえその肩に、八枚の花弁があしらわれていなかったとしても。

 

 

「ま、そういうことだから。あんまり油断してると足元掬われるわよ?」

......ぁぁ

 

 そう宣った美琴が浮かべる表情は、とても油断して負けた者が浮かべるようなそれではなかった。それがかえって、美琴が敗北したということが事実であることを後押しする。唖然としたままの森崎の顔からは、まるで生気が失われていくようだった。

 

「それじゃあ、お大事にね。

 クラスメイトが迷惑をかけたわ。ごめんなさい。これでも、根っこは悪い人じゃないのよ?」

 

 森崎から顔をそらした美琴は最後に、こちらに向き合っていた二科生の生徒に頭を下げた。ついでと言わんばかりに森崎をこき下ろした茶目っ気溢れる彼女の仕草と、何より消沈とした森崎の様子に、臨戦態勢にあった何人かも、毒気が抜かれてしまったようだった。

 

「......おう!わりいな、俺らの問題に付き合せちまったみたいでよ。」

 

 気まずさを飲み込み、何事もなかったかのようにあっけらかんと答えて見せた少年によって、校門前は完全とは言えないものの、普段の平和な喧噪を取り戻した。(レオ)の豪気さは、それなりに場数を踏んでいる美琴からしても脱帽ものだ。

 

 踵を返し、再び彼女たちは帰路に着く。後ろにいた彼らは、歩み寄ってくる二人の上級生となにやら会話をしていたが、以降の顛末についてこれ以上関わる気のなかった美琴の目下の悩み事は、隣を歩く女性のジト目をいかにしてほぐせばよいのかということのみだった。

 

 

 さて、この一幕において美琴は、特に深く考えることなく、その多くを思い付きで口走った。

 生来の苦労人気質が裏目に出た結果、隣にいた美衣は、彼らの会話に終始口をはさむことは出来ず、十師族に勝利を収めた謎の上級生という甚だ不本意な評価を否定することは叶わなかった。

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 彼女の手首に、赤と青のラインで縁取られた白いバンクルが巻かれていることを。

 

 司波達也は見逃さなかった。

 




初「固法先輩って元ヤンなんですか?」
固「ねぇ白井さん、隆蔵さんに送ったプラズマ・ブリットのアレンジ案、お返事はもう頂けたのかしら。」
白「......ええ。先ほど届きましたので、美鈴様にお見せした後皆様にも、と。」
初「佐天さん。」
佐「もう...。固法先輩、その、そうだ。......先輩の胸って何カップなんですか?」
固「む。佐天さん、セクハラよそれは。」
佐「す、すみません。その、羨ましくって、気になっちゃいました。」
初「ふむ。」
固「まぁ良いけど。実はね―――酷い時はシーズンごとに―――......」
佐「―――すっご...。」
固「大きすぎるのも大変よ?日常的にもそうだけど、戦闘スタイル的にはもう邪魔なくらいで。」
初「ねぇねぇ固法先輩。固法先輩って元ヤンなんですか?
 なんか素手でりんごジュース作ってくれたとか『ニッポンのフリョーは凄いんですね』とかそういう話をこの前未亜さんから―――」
白・佐「「(うわぁ。)」」
固「初春さん。」
初「アッハイ」
固「次に聞いたら―――ぼてくりこかしてキャン言わすわよ。」
初・佐「「ひィっっっ」」
白「(それはヤンキーではなくヤクザでは?)」

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