マシアス。
『火波のマシアス』とも呼ばれる男は、このあたりの賊ではない。
流れものであり、ここより更に東南で暴れていた賊であり、襲った土地に火を付けて回ることで自分が現れた証とするような悪党。
自己顕示欲を満たすために行う残虐な行いは賊としては一流で、
みるみる内に巨大な勢力を従えるようになった。
勿論、その巨大というのも『そこらの賊としては』だが。
「ああ?もっかい言ってみろ」
そのマシアスが棲家で不機嫌そうに言葉を投げつける。
投げつけられたのは報告を上げた彼の手下だ。
山の中腹あたりに存在する棲家は彼らを狙う侵入者を見つけることは勿論、迎撃することにも適した地形である。
が、所詮は賊。軍隊が本気を出せば潰されてしまう。
マシアスはそれを十分に理解しているからこそ、この場所が気に入っていた。
彼らが勝てないような相手は隠れずに正面から来るだろうからさっさと逃げの一手を打てる。
ハネ回ってるような同族、いやさ、同賊であれば迎撃できる。
場所を有効に使って大勝できれば相手の戦力を食って大きくすることすらできるのだ。
「へ、へい。
流れものの賊どもが徒党を組んでこっちに向かって来やがってます」
「街道の連中に山道守らせろ。
正面から突っ込もうとするのは村の連中で防衛だ」
そんな当然のことを言わせるな、と言わんばかりに返すマシアスに、
「マシアスの兄貴はどうするんです」
手下は動向を伺う。
「俺の首を本当に欲しがるような気合入ったアホなら……くくっ。
手下を全員囮にして少数で仕掛けてくるに決まってやがる。
俺ならそうするからな」
笑いを堪えきれない様子のマシアスだったが、部下の、
「それじゃあ、ここいらの防衛は」
と奇襲が予想されるこの辺りの守りの話を切り出すと表情を戻した。
「手近な連中で俺の家を守らせろ」
「わかりやした、では、いつもの連中に。
兄貴、ご武運を」
手下の言う『いつもの連中』というのは、腕は良いが防衛には参加できない協調性のない連中のことだ。
協調性はないがマシアスの暴力にはひれ伏しているからこそ、彼の周りを守らせるには程よい人材ではある。
どたばたと出ていくのを見やりながら、マシアスはゆったりと煙草に火を点ける。
紙巻きの数が減ってきた。
そろそろ商人でも襲わないとならない、とこの後の戦いのことなど勝って当然の思考をする。
「俺が目指すのは王賊。こんなとこで足踏みしてらんねえからよ」
にたりと笑って窓から世界を見下ろしていた。
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よっす。
カシラの無茶に付き合わされているオレだぜ。
「本気かよ、カシラ」
「おう、本気だぜ。ちびすけ」
「アンタがデケえだけだろ」
「ワハハ!そうかもしれねえ!」
カシラ──ゴーダッドは豪放磊落に笑う。
彼が打ち出したのは全戦力を囮にしてマシアスの首を狙うというもの。
本気かよ、と言ったのはその作戦を話しているときにルルが、
「それを相手は誘っているんじゃないのかな」
と言う言葉に、「知っている。だから乗る」ときっぱりと言いきったことだった。
「おかしら、本気なの?」
ルルは咎める、というよりもやや呆れるに近いニュアンスの口調だった。
「おう。本気だ……ま、不審がられもするかねえ。
けどな、考えても見ろ。
奇襲してみてください。
でも僕の守りは万端ですから返り討ちにしますよ。
……って態度が見え透いている状況なわけだよな?」
間違いなくそうだ。
少数での奇襲ならば絶好の移動経路がある。罠自体はオレが気をつければある程度看破もできるだろうし、半端な罠がカシラに通用するとも思えない。
「だけど、それを目に見えるようにしているってのはよお、
わざわざそうしねえと奇襲には対応できやしねえってことだろ?」
そりゃあ奇襲に対する構えが万全ならわざわざ付け入る隙ってのをあえて作ったりはしないだろうが……。
「む、無茶苦茶な論法だぜ、カシラ」
「本当に手前に自信があるんだったら後ろに引きこもらず、最前線で他の連中と戦うだろう。
手下の数をやたら失わせず、手下の信頼を増して、しかも手下が回りにいるから生半可な奇襲なんざ追い返せる。
良いことづくめだろ?
しかもカシラが前線でガッチリ戦えば戦いが早く終わる。違うか?」
オーク流の考え方ってわけだろうか。
だが、確かにそれができるならそもそも、周りに仲間がいるんだから奇襲を恐れる必要もない。
お相手は軍隊でもない、ただの賊なのだから後方でパキッとした明瞭な指揮ができるわけでもないだろうし……うん、理には適っている気がしてくる。
オレがオークだったら同意してたかもしれない。
「理屈はわかったけどさ、その決死隊は誰がやるんだよ」
「俺と……そうだな、俺に問題提起したお前ら二人が付いてこい!
他は連中の防衛隊と遊んでいろ!」
……ということから、「本気かよ、カシラ」に繋がるわけだ。
あの言葉は奇襲が狙える場所の、その付近まで来て最後の確認のために言ったことだった。
しかし、まるで意見は変わっていない。
「ルル、大丈夫?」
「ここまでハードなことになるとは思っていなかったけど、大丈夫だよ」
にこりと笑い、あまつさえウィンクまで飛ばしてくる。
余裕綽々だ。
「おかしら、どーしよっか。
私からは敵は見えてますけど、……あ、私は射撃が得意だけど近距離がいけないわけでもないです」
「オレは近距離は苦手かな。
多少距離があれば多少の仕事はできるつもり」
「そんなら、俺が突っ込むから顔を出した連中を射ってくれ。
的がいなくなったら隠れてな!」
そういうことになった。
いや、カシラは最初からオレたちを連れてくるつもりだったのかもしれない。
カシラの援護役として戦えば生存確率が高いのは間違いないからだ。
他の場所で行われる戦いは賊と賊のぶつかり合い。
賊同士の乱戦は仲間の攻撃を食らうことのほうが多いくらいだ。
どんな流れ弾で死ぬかもわからない。
女と子供。
人情に篤そうなオークのカシラ。
……やっぱり、守ろうとしてるんだろうなあ。
それじゃあ、守られるばかりじゃないってことを見せつけてやらねえとな。
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「オォォォルァァァァ!!
ゴーダッド様が遊びに来てやったぞ!出迎えはどうしたあアァ!!」
大地が揺れるような怒号。
下手すると山津波でも起こしかねない。ほどほどに叫んでくれと思う。
だが、叫んだ意味があったようで廃屋から次々と賊が現れた。
「じゃ、見せあいっこしよっか」
ルルが微笑んで鉄球を取り出す。
そしてもう一つ、普通の弓より一回りか二回り小さいものも取り出した。
鉄球を番えると、それを矢のようにして射出する。
それは恐るべき速度で飛んでいくと『ぱきゅ』という音が小さく聞こえ、賊の一人が倒れた。
「弾弓って奴。南西出身の人たちから昔教えてもらってね。
持ち運びしやすいしお気に入りなんだ。
さ、次はヴィーの番だよ」
促されるままに、というわけではないが、カシラの援護のためにもポケットから石を取り出す。
前回もそうだったが、なぜだか印地が自分が考えているよりも得意になった気がしている。
変に自信にして転ぶのも怖いので、自慢げにするのは完全に自分のものになったと思うまでと気持ちは封印。
「オッホエ!」
最高のフォームが取れた。
ぐんぐん加速した石が『ぱかん!』と音を立てて賊の頭をかち割る。
「印地術!かっこいいよー!」
ぱちぱちと呑気に拍手などしているルル。
「じゃ、次は」
「どっちが多く倒せるかの競争、って言いたいんでしょ」
「わかってるねー、嬉しいよー」
結果としてはオレの負け。
右で射った後に殆どノータイムで持ち替えて、左でも射つ。
どういう術理かはわからないが、とにかく早い。
オレの印地はやはり「オッホエ」なくしては殺傷力が期待できないのもあって、撃破数には水をあけられた。
だが、一撃必殺の数なら勝っている。
「はー、負けた」
「驚いちゃった。すごいよ、ヴィー。
っと、感心している場合じゃあないよね、おかしらを援護しにいかないと」
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「何がありやがった……」
マシアスは困惑していた。
ここに配置していた連中は歴戦の腕利きとまでは言えないが、簡単にやられるようなものでもないはずだった。
それが瞬く間にどこからか狙撃され、蹂躙された。
「悪いなあ、マシアス。
俺の仲間の方が何百倍も優秀だったみてえだ、子供扱いしたのが申し訳ないくらいにな」
「……舐めんなよ、デカブツが」
ゴーダッドは「舐める?お前を?……命懸けになるくらいは理解しているつもりだがね」と笑う。
そうしてから、
「俺たちゃ賊だろう」
「ああ?何を今更」
「奪うのはいい。賊の本能だ。否定はできん。
だが、徹底的に破壊するってのは行儀がよくねえんじゃねえのか?」
ゴーダッドからマシアスへ、急に仕掛けられた問答。
「そりゃあ……なるほど、俺に燃やされたどこぞの出身か?
ひははははっ!そうなのか?ひひひ、……いや、怖い顔すんなって」
息を整えながらマシアスは続ける。
「俺たちはそう、賊さ!
奪う!だが破壊するのは違うだあ?
いいや!違わねえよ!
奪って、犯して、壊して、殺して!なんでもやるのが賊ってもんだ!」
違うか?お前は特別なのかもしれないが、お前が連れている連中は違うのか?
嘲るように捲し立て、続ける。
「それとも、ゴーダッド。
テメエは奪っただけなら破壊してないとでもいうのか?
いいや、それも違うね!
俺たちが暴れりゃ誰かの何かは壊れるんだよ!
壊れねえものなんて今の時代にゃありゃしねえ!」
笑いをなんとか鎮めようと呼吸を整える。
ゴーダッドが手を出さないのは、彼にとって戦うことだけが目的ではない、というのは明らかだった。
「だから、わかっちまったぜ。
テメエは賊じゃねえ!少なくとも俺とは違う、義賊気取りなんだろう!
富めるもの、悪しきものからだけ奪い、それを教訓としてきたわけだ!
笑わせるんじゃねえ!賊ってのはもっと悪辣で最低なんだよ!
かっこつけてんじゃねえ!」
そう言うと表情を変え、それがゴーダッドに向けたものかもわからない怒りや憎しみを浮かべ、
「──薫灼、不出来な刃、似合いの非才」
マシアスが魔術の詠唱を唱えつつ、ゴーダッドへと肉薄する。
完了した魔術はマシアスの手に燃え盛る刃を持った片手剣を握らせていた。
構えを取ろうと振る度に大地を焼くような炎が走る。
「マシアス!もう一つだけ問う!
八年前に『カプタ』という村の畑を焼いたのは何故だ!
そこにあった全てを焼いたのは何故だ!」
「俺の憧れでもある王賊と同じ、全てを更地に変えるためよッ!
慈悲もなにもねえ破壊者となれば俺も偉大な王賊の一歩を踏み出せると考えたからだ!
残虐こそが我が生きる道だと確信したから燃やした、それだけだッ」
「炎に心まで焼かれたか、カプタ村が村長の子マシアスッ!
──《容赦》は尽きたッ」
炎の剣が振るわれる。
かすりもしないが、それによって走った炎がゴーダッドの肌も肉も焼く。
それでも果敢に攻め寄せるゴーダッドだが、武器が拳であり、その距離を読み切ったマシアスに少しずつダメージを累積させられていた。
「カシラ!」
そこに声が一つ響く。
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おいおい!
あんなヤバそうな燃えてる剣相手に素手で挑むとかどんだけマシアスのこと恨んでんだよ!?
案の定圧されてるし!
周りを見る。
とにかくリーチだ。
あの巨体にリーチがある武器さえあれば質がよほど悪いでもなけりゃ、あの炎の剣も関係なしに潰せるはず。
どうやらルルも同じことを考えていたようで、
「ヴィー!こっち!」
彼女が発見したのは戦鎚だ。マシアスの護衛が持ち出そうとして転がしたのだろう。
大きさは問題ないが、これを渡すって……ええい、やってみるか!
オレはそれを両手で掴むと、引き
技巧様よ、投擲の力ってのがこんな重量物は適用外だってへそを曲げないでくれ。
いつもの一部の力でもいい。
かっこいいところを見せてくれ!
「おぉぉお……──」
じりじりと胸が痛む。
指の隙間からこぼれ落ちる砂のような、消えていった記憶たちが叫んでいる。
オレが
だが、オレはザコではあっても無力ではないのだと。
やれることは、あるのだと。
「オオォッホエェッッ!!」
回転が乗り切り、その力と投擲の技巧を重ねてゴーダッドへと投げる。
「受け取れえ、カシラあ!」
勢いづいている戦鎚を片手で掴み、しかし、その勢いを殺すではなく生かすように自らも回転しマシアスへと戦鎚を振り当てる。
「溶かし尽くしてやらあ!」
マシアスがその戦鎚に合わせるようにして刃を構え、
「尽きたる《容赦》ではない、オレ自身がお前に向ける不寛容がお前を討つッ!」
カシラが吠え、呼応するように戦鎚も輝く。
その一撃は炎の剣を砕き割り、それだけに留まらずマシアスをも砕いた。
えぐい音が響くが、原型が残っているあたり、やはり敵も只者ではなかったのだろう。
だが、決着は付いた。
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「ご、ごほっ……。
義賊気取りに、俺が負けるとは……」
「それほどの実力があって、どうして賊に、どうして破壊と凌辱を望んだ」
「くく、言っただろう。
俺は王賊を、ああ……今も伯爵どもをビビらせてるっつうどこぞの王賊気取りじゃねえ。
カルザハリ王国建国以前の、おとぎ話に出てくる王賊こそが俺の目指した姿よ。
圧倒的な力で、くだらねえことを何もかも破壊していった、
潰れていない片手を空に伸ばすようにしたマシアス。
その目には何が映っているのだろうか。
「だが、その王賊の行った破壊とて、お前のやり方と異なるだろう」
「……わかってんだよ、そんなことは……ごほっ
だが、村の人間を売って、殺して、何とか生き延びようとした家の、
そんなもんで育てられた俺ができることなんざ……暴れまわるしかねえ」
血を吐いて、楽になったというべきか、より死に近づいたというべきか。
少なくとも先程よりも穏やかさを増して。
「デカブツ、なんで義賊なんぞやってやがる。
このあと、お前に付いていく賊どもはどうするつもりだ。
あいつらも、俺と変わりゃしねえ」
「そうだな。
……賊から足を洗えるように努力させてみるさ」
「気の長い話になるぞ、そりゃあ。
だが……少し羨ましい……」
ともかく、倒すべきものは倒した。
それが全てだ。
今更になって事前にオレとルルを守るために決死隊に指名したと考えていた。
それは恐らく、そうなのだろう。
戦鎚を投げたときの微かな表情の変化で守ることばかり考えていた自分を戒めた、そんな風に見えたからだ。
だが、それだけが目的じゃなかったんだ。
恐らく、カシラはマシアスとの戦いを可能な限り少ない人数で進めたかったのだろう。
オレには彼らの間に何があったかまでは知る由もないが。
それでも、オレは今回生き残り、ルルやカシラも死ななかった。
それが全てだ。
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勝利の宴が催されている。
マシアスたちは随分と溜め込んでいたらしい。
オレは少し離れた場所でそれを見ていた。
この騒ぎならここから離れても問題がなさそうだったからだ。
義賊と呼ばれたゴーダッドと一緒にいるのも楽しそうだが、自分が死んだその後のことが気にならないと言えば嘘になる。
命をかけてまで知りたいとは流石に思わないものの、それでも惹かれる道があるならそちらに進んでみたい。
それに道中でまた別の何かが見つかるかもしれない。
何より、大きな収穫があったからこそ、他の可能性を知りたくもなった。
その収穫が何を指すかと言われれば、カシラ……ゴーダッドの存在だ。
ゴーダッドのような賊のなかにも、賊を戒めようという存在が居ることを知ることができたのは眩い希望を見たようだった。
それと同時に、もしも全ての賊が消えたなら、その後に死んだオレはどうなるだろうとも思わないでもなかったが、むしろそんな時代が来るとは思えない。
だからこそ、消えたなら、という想定をするのは無意味だと切り捨てた。
群れから離れ、街道へ向かおうとするところに、
「やあ」
オレに声を掛けてきたのはルルだった。
こういうのは目ざといと言うべきなのか、それとも気にかけられて喜ぶべきなのか、
少なくとも嫌な気持ちではない。
「どこに行くのかな、ヴィー」
彼女の瞳は笑っているようで、どこか遠くを見ているようでもあり。
嫌な気持ちはなくとも、一切の恐怖がないとは言えなかった。