ハヌマーンとの戦いの翌日、優世は聖華との約束通り朝ごはんを作ってもらいそれを食べていた。メニューの内容は味噌汁と炊いた白米だった。
そんな二人は食事を食べ終わり少しした昼頃に【ワイルド】に来ていた。
「優世、此処に何か用事なのですか?」
優世から何も聞かされずに此処に来たのか、聖華がそんな質問をした。
「ああ。君もシャドウ達と戦うのなら最低限の自衛手段は必要だからな、それを此処で揃える」
「此処でということは……アルカナカードのことですか?」
「よく分かったな。その通りだ」
聖華はそれを聞き終えると困った顔で優世に言った。
「ゆ、優世?確かシャドウ達にアルカナカードは効き目が薄いと聞いた気がするのですが……他でもない貴方の口から」
「確かにシャドウ達にアルカナカードの効果は殆ど無いと言っていいだろう。だが、今欲しいのは緊急時の時の防衛手段であって奴等を倒すのは俺の仕事だ。聖華にはシャドウに襲われた時はアルカナカードを利用して逃げてくれ」
「むっ……確かに正論ですね。分かりました、今回ばかりは従いましょう」
聖華は一瞬拗ねた顔をしたが考えた結果、今回は仕方ないと割り切ることにした。
二人の話が終わるとずっと待っていたのかマスターが二人に話しかけてきた。
「お二人さん、話し終わったんならとっととこの紙にサインしてくれないか?」
「了解したマスター」
「すみませんマスターさん。急いで書きますね」
二人はマスターが持ってきたアルカナカード所持に必要な書類にサインをするとそれをマスターに渡した。
「よし、少しすれば嬢ちゃんと相性の良いアルカナも分かるから待ってな」
マスターは書類を持って奥に引っ込んで行った。
「分かるまで時間が掛かるのですか」
「その様だな。まあ、普通はそんなものだ」
「そうですか。……そうだ。待ってる間暇ですし、タロットについてもっと詳しく教えてくれませんか?」
「それぐらいなら構わんさ。では、今回は小アルカナについて話そうか」
「小アルカナ?」
優世は懐から市販のタロットカードを取り出すとその中から四枚のカードを取り出した。カードにはそれぞれ剣、コイン、杯、杖の絵が描かれていた。
「この四枚の様なカード達の事を小アルカナと言うんだ。今取り出したのはその中でも1番に当たる物だな。この小アルカナもアルカナカードとして製作されている」
「アルカナカードにも小アルカナが……どんな事が出来るんですか?」
「大雑把な内容でよければ説明するが、それでいいか?」
「ええ。それで構いませんよ」
すると優世と聖華は【ワイルド】に置いてあるテーブルの一つに座った。
優世は机に先程の四枚のカードを並べるとその中の一枚を選び説明を始める。
「まずは剣の小アルカナからだ。これは元になったタロットの意味が強さや権威であることから技の発動や必殺技に使用されているな。俺のアルフォースもそれと同じ原理でとどめを決める時はこれを使うことが多いな」
「成る程……つまりこれはRPGで言うところの呪文や特技なんですね」
「その通りだ。では、次に行こうか」
優世は次に剣のカードの隣のコインが描かれたカードを選んだ。
「これは硬貨の小アルカナ。タロットとしての意味は……言うならば目に見える財産だろうな」
「目に見える財産ですか?」
「そうだ。大まかに纏めてしまえば今聖華や俺が着ている服や住んでいるアパートの事だな
アルカナカードの意味では主に耐久増加の付与……タロットの説明と混ぜるのであれば自身の精神体に豪華な鎧を着けると言うことだ」
「分かりました。後の二つは……また今度教えて下さい」
「分かった」
聖華が続きを優世に聞こうとするが奥からマスターが出てくるのを見ると優世にそう言ってマスターの方に向かった。優世も其方に向かって歩いて行った。
「おう、お前たちか……」
出てきたマスターの顔は何処か気まずそうだった。
「マスター何かあったのか?」
「……そっちの嬢ちゃんのアルカナカード何だがな、エラーが出た」
「エラーだと?そんな事があるのか」
「俺もこんな事は始めてだっての。一応機会の故障かと思って調べては見たが機械に問題は無かった」
マスターは頭を申し訳なさそうに掻きながら聖華に頭を下げた。
「悪いな嬢ちゃん。こっちの落ち度でこんな事になっちまって」
「別に気にしてないからいいですよ」
「そう言ってくれると助かる。とは言え何にも渡せないのも尺だ、店の商品で欲しいのがあればプレゼントするが、何かあるか?」
「マスター珍しく気前が良いな。何か良いことでもあったのか?」
「黒霊、お前は俺を何だと思ってるんだ」
二人が口論をしている中、聖華は店の商品を一通り見て回った。
「マスターさん、小アルカナの効果って人にも有効ですか?」
「ん?ああ、有効だが精神体に使うのと比べると効力は少ないぞ」
「ありがとうございます。でしたらこの二枚を下さい」
聖華はコインが描かれた物と杯が描かれた物を選んでマスターに渡した。
「分かった。これならこのまま持っていっていいが袋とかいるか?」
「いえ、大丈夫です」
聖華はその二枚をポケットにしまった。
「ふむ、聖華。アルカナカードを使う時はこれを使え」
優世は聖華に腕輪の様なものを投げ渡した。
「優世、これは?」
「それを付けていればどんな場所でも使いたいと思った時にアルカナカードを使用できる。但し、外で使う場合は自分の精神力を消費するからな使いすぎれば倒れるから気をつけて使いたまえ」
「分かりました」
聖華はそれを右手に付けた。
「さてと、ではそろそろ帰ろうかね」
「あっ、居た!!!!!!!!!!」
「むっ、あれは……」
優世たちがアパートに帰ろうとすると子供の声が聞こえた。その子供は優世とマスターを見つけると若い女性と一緒に走ってきた。
「優世、あの子は知り合いですか?」
「少し違うが……まあ大体はそんな所だ」
聖華は知らない事だがその子供は昨日、アルカナカードを買おうとした少年だった。
少年は優世の所まで来ると子供特有の高い声で話し出した。
「お兄ちゃん!!昨日はありがとう!!」
「何、俺は何もしてないさ。お礼ならマスターに言ってやってくれ」
「なっ、優世、何故俺に振る!?」
「そうだね!おじちゃんありがと!!」
「べ、別に大したことはしてないからお礼はいらん」
少年にお礼を言われたマスターはお礼を言われ慣れてないのか声を詰まらせながら答えた。その会話が終わると少年と一緒に来た少年と同じ茶髪の女性がマスターに声をかけた。
「そんな事はありませんよ。貴方のお陰で私は病気も回復の兆しが出てきましたし、何よりこの子がアルカナカードを買うことも無かったですから」
「むっ、貴女は?」
「あっ、これは失礼しました。私、この子の母親の上坂魔耶です」
「僕は、魔琴って言うんだよおじちゃん!!!」
「名乗られたからに此方も自己紹介を、この店の店長の空条万影です。他の奴等からはマスターと呼ばれているので其方で呼んで下さっても結構です」
「あら、そうなのですか。でしたらマスターさんと呼ばせて貰いますね」
「ええ」
マスター達が自己紹介している横で聖華と優世はひそひそ話しをしていた。
「(優世、マスターさんの本名って知ってましたか?)」
「(一応な。まあ、本人は嫌いなのか滅多に言わないがな)」
「(成る程)」
「それで魔耶さん。今回はどの様なご用件で?」
「ええ、お礼もあるのですが今回はちょっと聞きたいことがありまして」
「聞きたい事ですか」
「私たちを騙そうとしたあの男性、彼がどうなったか分かりますか?」
マスターはそれを聞くと魔耶の表情を見た。その表情は別に憎んでるというわけでは、単純に警戒している様な物だった。
「彼は私の知り合いの警官が追っていますし何れ捕まると思いますよ」
「そうですか!それなら良かったです」
「ええ……(そういえばあいつからの連絡がまだだが何かあったのか?)」
マスターはいつもこの時間帯に電話してくるはずの警官からの連絡が来ないことを疑問に思っていた。
同時刻、何処かの路地裏を怪しげな白衣を着た中年男性が逃げる様に走っていた。
「畜生がっ、あの警官しつこ過ぎんだろ。こうなったら……」
男性はポケットから拳銃を取り出して壁に身を潜めた。
「旧式の武器でも人を殺せるってことを教えてやるよ」
男性が暫く待っていると逃げてきた方向から人影が歩いてきた。
「死ねやぁぁぁぁ!!!!」
男性はその人影の顔を確かめる事無く発砲した。放たれた弾丸は確かに男性に当たった、しかしその男性はその場に平然と立っていた。
「だ、誰だお前!?」
「間違えって発砲したってのに第一声がそれか。中々に屑だな」
男性が撃った人物を確認すると自分を追いかけてきていた人物とは違うことに気付いた。そして撃たれた筈の人影……先日ハヌマーンを暴走させた赤い服の男性は傷口から弾丸を引きずり出した。引きずり出した弾丸をその辺りに捨てると男性に近づき、顔をよく見て言った。
「てめぇは皇帝か……だったらこれでいいか」
赤い服の男性は懐から黒い団子を取り出すとそれを強引に男の口に入れた。
「むごっ!?」
「安心しな。まだてめぇには生きてて貰わないといけないからなぁ。まっ廃人にはなって貰うが」
少しすると男性に変化が起きた。全身が震えだし、変な汗が出始めると四つんばいで赤ん坊の様に歩き始めた。その男性の影から出てこようとしているシャドウを確認すると赤い服の男性は誰かと話すかの様に喋り始めた。
「皇帝タイプの人間は意志力を無くすのが一番楽だが……よくこんなもんを作る気になったよなぁ」
「あの人にして見ればこれでも甘いそうですよ」
いつの間にかその場所にはもう一つ人影があった。
その人影は小学生位の背丈で紫色の髪の毛をショートにした女の子だった。但し周囲を回っている赤い目玉が無ければだが。
「隠者ぁ、居たのは分かってたが何の用事だ」
「隠者なんて呼び方は好きじゃ無いと言いましたよね、ブレイズ」
ブレイズと呼ばれた男性はケッ、と悪態をつくと前に聞いた名前を思い出し始めた。
「で、さとりぃ。用件は?」
「其処の廃人からシャドウが生まれたら抜け殻は私に下さい。雑魚の材料とするので」
「抜け殻に用なんかねぇよ。好きにしな」
「ええ、そうさせて貰いますよ。……それと間違っても仮面ライダーと勝手に戦わないように」
「ちっ、何回も言わなくても分かったての」
暫くしてシャドウが生まれるとブレイズはそれに命令を下し、さとりは抜け殻である男性を連れ帰った。
「それじゃあ、そろそろ私達は帰りますね」
「おじちゃん、またね!!」
「分かりました。坊主、お母さんに迷惑をかけるなよ」
三人が帰りの挨拶をしていると優世がマスターに言った。
「マスター、俺たちもそろそろ帰るつもりだから二人もついでに送って行こう」
「おう、そうか。なら頼んだぞ」
「任せてくれ」
優世たちは【ワイルド】を出て道路を歩き出した。
「そう言えば、お二人は付き合ってるんですか?」
唐突に魔耶は優世と聖華に二人にそう聞いてきた。
「なっ!?」
「別に付き合ってはいませんよ。……まて聖華。何故、そこで不機嫌になるのだ?」
「いえ、別に不機嫌なんかじゃ……」
魔耶の質問に聖華は驚き、優世は直ぐに答えた。
それに対して聖華は自分でもよく分からないが不機嫌な気持ちになっていた。
「そうなんですか、私はてっきり付き合ってるのかと」
「そんな事は断じてありませんよ。……いや、だから何故無言で俺の足を蹴るんだ聖華」
「別に……」
聖華は余計に機嫌を悪くして、優世に八つ当たりしていた。
「あっ、妖精さんだっ!!!」
さっきから黙っていた魔琴が突然電柱の上を見てそんな事を言った。
「妖精?魔琴、いきなりどうしたの」
「お母さん、あそこに妖精さんがいるんだよ!!!」
言われた魔耶だけでなく聖華と優世の二人も電柱の上を見た。
そこには妖精の様な羽を生やした緑色の服に身を包み、頬にⅣと書かれた存在……シャドウが立っていた。そのシャドウは腰に挿したレイピアを引き抜くと羽を羽ばたかせて優世達に接近してきた。
「なっ、シャドウだと!?くっ、聖華はその二人を頼む!!」
「分かりました!」
聖華は二人を守るように前に立った。
優世はアルカナカードを腰に巻きつけた。
「変身!!」
そのままアルフォースに変身すると接近してきたシャドウのレイピアをナイフ・ザ・フールで防いだ。
「か、カッコイイ!!」
「あれは……一体?」
「あれはアルフォース。簡単に言うと正義の味方って奴ですよ」
アルフォースを始めてみた二人はその姿に各々の感想を抱いた。
「貴様、その数字からいって皇帝タイプのシャドウだな。俺達に何の用だ」
「我が名はオベロン。君に用は無い、用があるのはそこの母親だけだ」
オベロンはレイピアの切っ先を魔耶に向けた。
「行かせると思うか?」
「思わない……から裏技を使う事にするよ」
「何?」
オベロンは周囲を左手で撫でる様に触った。すると触られた空間が自然と小型の妖精の形に変わった。その五体の妖精にオベロンは命令を下した。
「そこの母親を攫ってくるんだ」
「なっ、させるか!!」
アルフォースは妖精を切り落とそうとナイフ・ザ・フールを振り下ろした。
「させないよ」
しかし、オベロンがそれをレイピアで防御した。その隙に妖精たちは聖華たちの方に行ってしまった。
「あの妖精たちをどうにかしたいなら我を先に倒すんだね」
「くっ!!」
「何か変なのが来ましたね」
やって来た妖精たちを見た聖華は警戒しながら数を数えた。
「数は5匹ですか(5匹相手に守りきるのは厳しいですね。相手は鈍器みたいなのも持ってますし)」
妖精たちは一斉に聖華に鈍器を振り下ろした。
「単調ですね、その程度では私には当たりませんよ」
聖華は護身術の知識を生かして最小限の動きで攻撃をかわした。
「お姉ちゃんもカッコイイ!!」
「ふふ、そう言って下さるとやる気がでますね」
「あっ!聖華さん後ろです!!」
「っ!!」
聖華が話してる隙に妖精たちは聖華に含み針を放った。聖華はそれを足にくらってしまいその場に膝をついた。
「くっ、これはまずいですね」
「聖華さん!!」
「お姉ちゃん!?」
妖精たちは喜んでるかの様にふよふよと飛んでいたが目的を思い出したのか一斉に魔耶に襲い掛かった。
「ぐっ、遠距離攻撃が無いのは辛過ぎるな」
アルフォースはオベロンと交戦していたが苦戦を強いられていた。
「空も飛べないなんて君達は不便だね」
「ふん、喧しいわ」
アルフォースが空を飛べないのも苦戦の原因だが一番の原因は今のアルフォースに遠距離攻撃が無いからだ。
「ほらほら、もう一回行くよ!!」
「ちぃ!!」
オベロンがレイピアを振るうと其処から炎の球体が幾つも飛んできた。それをアルフォースはナイフ・ザ・フールで斬ったり回避したりしていた。
「(くっ、このままではジリ貧過ぎるが……どうしたものか)」
魔耶は妖精に襲われた筈だった。
「これは一体……」
「ま、魔琴?」
魔耶に襲い掛かろうとしていた全ての妖精はいつの間にか地面に倒れていた。そして、その中心点には魔琴が震えながら立っていた。
「お、お母さんに手を出すな!!!!」
そう言った魔琴の周囲に炎が吹き荒れて倒れていた妖精たちを燃やし尽くした。
それが終わると魔琴は静かにその場に倒れてしまった。
「魔琴!?」
魔琴が倒れると魔耶は急いで魔琴に駆け寄った。その横で聖華は自分が見た物について考えていた。
「(さっき魔琴君の頭上に大きなタロットカードがあった気がしましたが……あれは一体?)」