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さて、昨今いたたまれない
軸となる右腕を失ってしまったため、今の俺はアーツ精度が不安定になっており、暴走しかけてもおかしくない、成る可く使用を避けた方が懸命だろうという判断をケルシー医師から頂いた。
「理論上は源石をエネルギー源とする為、君の様な異例は中々認められない筈だが、前提としてアーツユニットそのものが媒体に合った加工品でなくてはならない。君の場合媒体が右腕だったという事に等しい。右腕とそれに付属したアーツユニットというのが、アーツを十二分に利用する為の条件だったという事だろう」
「ふむ、難しいですね」
「……」
「現代におけるアーツ学の全貌は未だに不明だ。先も述べたが、アーツは体内に宿るものではなく源石を源にして力を発揮する。それ故に適正や性質も個人で異なる。理論上この世界には類似したものこそあれど、全くの同一のものは認められない。こうした不可解な点が多いのも周知の事実であり、我々もこれを受け入れなくてはならず、現状解決の手立てがない。謝罪しよう、セーレ」
「とんでもない。義手の最終調整までして頂きましたし、理想以上のアフターケアです。感謝致します、ケルシー医師」
「構わない。退院こそ出来たものの、義手には二週間に一回のペースで調整並びに検査が必要不可欠だ。日取りは君に任せるが、日常にうつつを抜かして怠る、なんていうことだけは避けて頂きたい。後日郵送にて君の宅に送るが、君にはサーベイランスマシンの前例がある」
「それを持ち出されたら何も言えないですよ、ケルシー医師。あれはすまなかった」
「理解して頂けているようで結構だ。すまないが、この後も患者が控えている。席を外して頂いてもいいだろうか」
「ええ、勿論。ありがとうございました。また後程。
……モスティマ。行くよ」
「……! ごめんごめん、ボーっとしてたよ。ケルシー先生、ありがとうございました」
何処か緊張しているのか、表情が珍しく凝り固まったモスティマの肩を叩いて呼び起こす。ハッとしたモスティマはすぐにいつもの調子を取り戻し、笑顔でケルシーに挨拶し俺の後に続いてきていた。
ケルシー医師の仕事部屋を離れた後、俺とモスティマは暫く談笑していた。やれ最近の仕事はどうだの、やれリハビリの傾向はどうだの、なんてことのない世間話。俺の怪我一つじゃこの関係性は何も変わりない、という至極当然な事実に安堵を覚える。
風景はいつもの見なれた龍門の街並み。ロドスは超巨大な移動要塞であり、最近は龍門に身を固めて来るレユニオンとの最終決戦に備えているらしい。そんな最中で迷惑事を持って行ってしまったのは申し訳ないが、それでも親身に寄り添ってくれた。この恩は、いつか返そうと思う。
ロドスへの感謝を心中で述べながら歩いていると、モスティマがニコニコしながら、かつてはテナント募集していた建物に指を指す。
「君が入院してる間に、君が好きだったジャンクフード店がここにも増えたんだよ。勿論クーポンも抑えてあるから、今度予定空けて早くから行こうね。ああ、そうだ、君の家の近くにやたら大きいドラッグストアが出来たりもしていたよ。今後怪我とかしてもすぐ駆けつけられるね。部屋に救急箱は置いてあるかな? もしないのなら、そこで買ってから帰ろうね」
な、なんか怖くな〜い? という気持ちを抑えながら、エクシアのオーバードライブ並のガトリングトークを繰り広げるモスティマに相槌を返す。ちなみに救急箱はある。
「そうなんだ。モスティマもそこのポテト好きだったよね」
「うーん、君と食べるものならなんだって美味しくて好きだよ。フフ、食事は栄養を接種するためだけの行為だと思ってたけど、君といると栄養以外のものも補給できる気がしてならないよ」
「大袈裟な。褒めても何も出ないよ」
「出さなくていいさ。今はね」
今はとは何だ今はとは……と声に出しかけたところで、マイホームであるマンションの手前に到着した。いつ見ても圧巻の高層建造物だこと。
俺の家は龍門のタワーマンション高層階。夏場に虫が出にくいから、という理由だけで買った3LDKだが、なかなかに気に入っている。仕事柄そこにずっと住む、というのは出来ない生活を送っていたが、俺とモスティマが休憩するのにはもってこいのアジト的な存在で、拠り所になっていた。
多分ロドスの方が高級なものを置いている寝室に、見てくれだけであんまり利用しないアイランドキッチンの置かれた多機能リビング、俺が身体を鍛えるようにDIYしたオリジナルジム、物置。アジトとして我ながら完璧過ぎる。エレベーターがアホみたいに長いのだけは気に入らないが、それ以外は概ね申し分ない出来だ。
オートロックを解除し、やたら広く声の響くエレベーターホールを超え、エレベーターに乗り込む。目的地は34階。このマンションが40階建てなのを鑑みると、高層階と言えるだろう。未だ20階にも到達しないエレベーターに「不便だね」と吐き捨てると、モスティマが「フフっ」と笑いながらこちらに目を向けた。
「でも、私は気に入ってるよ? もうすぐ着くんだなって言うワクワク感が、階層を上がる事に強くなっていくんだ」
「慣れ過ぎててね。同フロアの人と一緒に乗り込んだら1分近く無言の時間だ。なかなかキツイものがあるよ」
「ふーん、そういうものなのかな」
「うん、そういうものだよ」
ゴウンゴウンというエレベーター特有の音と共に、モスティマの光輪が煌めく。曇った顔も素敵だが、顎に指を当てて首を傾げる動作も可憐だ。そんな内心を悟られないように、「ほら、着いたよ」と自宅へ促す。
久しぶりに乗ったエレベーターは、相も変わらず長い時間拘束されるが、今日はもうちょっと乗ってても良かったかなと思えた。
自宅へ着くなり、モスティマはすぐにジャケットを投げ捨て「疲れた〜」と素っ頓狂な声を出しながら、ソファに身を投げた。ぼふんという音と共にモスティマの身体が跳ねる。「行儀悪いよ」と言いながら、モスティマが投げ捨てたやたら石鹸のいい匂いが香るジャケットを椅子にかける。そこまでの一連の動作を何故かモスティマに見られていたが、俺は気にすることもなく「何が飲みたい? たぶんコーラとお茶があるけど」とモスティマに投げかける。モスティマは「コーラがいいな。特上においしい奴をね」と無理難題を突き付けてきたが、箱で買ってそのまま冷蔵庫にぶち込んでいた缶コーラを左手で開け、タンブラーに注ぐ。そのまま脚で開けた冷凍庫から何個か氷を取り出し、そのままタンブラーに入れる。これを、俺とモスティマの二人分。シュワシュワと泡が躍るタンブラーをトレイに乗せ、「ほれ」とモスティマが横になっているソファの目の前にあるテーブルに乗せる。
「ありがとう。わざわざ新しいの開けてくれたんだ?」とニコニコしながら言うモスティマ。炭酸自体が久しぶりらしく、「あいてっ」と喉が痺れるような感覚に思わず舌を露出させた。かわいい。
「焦らなくてもコーラは逃げないよ」
「特上のモノだろう? 早く飲んであげたくてね」
「君は難しいな」
思わず苦笑いが零れる。笑みが二つ、3LDKに弾けた所で、俺はモスティマに「シャワー浴びてきてもいいかな?」と尋ねた。
「一緒に入る?」
「願ったりかなったりだけど、今は良いかな」
「えー? いいじゃないか別に」
「ダメ。これになってからお風呂初めてだしきっと慣れてないから、もう少ししてからね」
「……それもそうだね」
本当は今すぐにでも俺の背中を流してほしいものだが、我慢することにした。何だか力なく笑うモスティマに、「良いボディタオル買っておくから、練習しておきなよ?」と冗談交じりに投げかけて、俺は脱衣所に入る。リビングの方からぼふん、なんて音が聞こえたが、大方モスティマが横になったのだろう。彼女はリビングのソファがやたらお気に入りらしく、家に来てはたびたびああやってベッド代わりにしていることが多い。
「(かわいい奴め)」
思わずニヤケ面が零れた。そのままの勢いでシャワーを付けたらとんでもない冷水でおったまげた。
「ついてないな」
顔に張り付いた二ヤケ面は冷水をも諸共しないようだった。口角が吊り上がっている感覚を味わいながら、段々とあったかくなってきたシャワーを頭から被った。
数か月ぶりのシャワーは、心身ともに洗い流してくれる最高の時間になるだろう、と思いながら。
「行儀悪いよ」なんて笑いながら、私のジャケットを
「コーラとお茶、どっちがいい?」なんて言いながら、
「お待たせ」なんてはにかみながら、
ねえ、知っていたかい?
君はいつも、私のジャケットは綺麗に畳んで椅子の上に乗せていたんだよ。
君はいつも、冷蔵庫は右手で開けて左手で中身を取っていたんだよ。
君はいつも、飲み物は両手で持ってくるから、トレイなんて使ったことなかったんだよ。
私が付けてしまった傷跡が日常にも深く侵食していることを実感して吐き気がする。
ああ、彼はきっと、私がいなかったとしても、一人だけで生きていけるのだ。
彼はそんな選択絶対しないと断言できるけれど、その事実が何よりも歯がゆかった。やってられない、なんて気持ちを抱きながら、私はお気に入りのソファに身体を預ける。ふわっと浮く青髪と、自分のタンクトップから香る石鹸の香りから眼を背けて、私は思わず普段の彼を思い出す。
仕事上、人に会うことが多いんだからにおいだけはつかないようにしてよ? と言ったら、彼は次の日から電子タバコに転換した。その甲斐もあって、彼の家には灰皿はもうない。初めて彼の家に来た時、このソファ最高だね、なんて言ったら、その日から欠かさず掃除をするようになり、常にほぼ新品の状態が保たれ続けている。仕事の疲れでソファに寝そべったまま寝てしまったときは、必ず彼が私に毛布をかけて、自分は枕とぬいぐるみひとつですやすや寝息を立てていた。観葉植物やら水槽やらも何もないけど、ここは私にとってのオアシスで、ここで吸う空気は山の頂上みたいに澄み切っている。そんな彼の日常には常に私がいた。今や隻腕となってしまい、以前のようなことが難しくなる可能性だってある。だけれど私は、自分が歪であると感じながらも。
もっと、彼に侵食したい、だなんて考えていた。
誰にも理解できない感情で、本来抱くべきではないもので、だけれど私がどうしてもしたいことで。そんな不安定さと自己矛盾を抱え、内臓がグルグルと回る気持ちの悪い感触を感じた。そんな不快感を、彼が入れてくれたコーラで無理矢理流し込み、抑える。
「やっぱり
炭酸の感覚が喉奥を痛みつけるが、今はその痛みだって心地よく感じる。思わず「くぅ~っ」と声を漏らした。
今の私は、きっとひどい顔をしているだろう、と思いながら。
アーツに関しては完全に捏造で、モスティマを曇らせるための必要経費だと思っていただければ幸いです。
モスティマの独白増やすならどれがいい?
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日常系
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戦闘系
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人間関係系
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特に希望は無いが書け