悪役令嬢マルーシャは、幾度なく殺される。   作:C.O.

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 豪奢なクリスタルのあしらわれたシャンデリアに照らされた血濡れの床には、無惨な遺体が三つ転がっていた。

 ひとつは、お兄様だったもの。ひとつは、婚約者だったもの。ひとつは、親友だったもの。

 じわりじわりと拡がっていく血潮は、本当に三人が物言わぬ骸に成り下がってしまったことを如実に表していた。

 手とドレスを血に染めながら、その遺体を目にしたオルクスム・マルーシャはただただ絶叫していた。

 絶叫を聞きつけ執事やメイドが集まってくる。絶叫の元にたどり着いたとき、彼らが目にしたのはナイフを手に血だまりにへたり込むマルーシャの姿。

 間もなくやってきた憲兵に茫然としたままのマルーシャは有無を言わされぬまま拘束された。

 そこからの動きをマルーシャは正確に覚えていない。事情を飲み込み切れないまま尋問などと到底呼べない拷問に近い苛烈な取り調べが数日間にわたり行われたものの、結局彼女の言い分は何も聞かれぬまま民衆の群れが待つ広場へと縄をかけられ引き連れられていた。投げられる石礫はマルーシャの額を裂き、視界を朱く染める。睨み返す気力もなく、眼を伏せたまま力なく歩む。滴る血が点々と足跡のように連なる。連れられるまま足を運んだ先は広場の中央の処刑台だ。小高く作られた木製の円柱状の処刑台は歩くたびに軋む。

 大衆の歓声が一際大きくなる。

 マルーシャが伏せていた眼を上げると、そこにあったのは無数の怒りに満ちた双眸たちだった。そして同時に襲い来る罵声と石礫。引き連れていた憲兵は、形ばかりに民衆へ注意を促していたが、その口角は我慢しきれないといった様子で歪んで釣り上がっている。

 蹴り飛ばされるように跪かされると、すかさず首枷をつけられた。視線を横に滑らせれば、鈍く光るサーベルの刃がこちらへ向けられている。

 わけがわからない。なぜわたくしが。なぜこんなことに。

 処刑人の手によってサーベルが大きく振りあげられる。

 群衆の中に誰一人、これから起こるであろうマルーシャの死を嘆く者はいない。齢十七の娘に向けられたものは憎悪と好奇のみでった。

 

「ああ……わたくしは、この世界にとっての悪だったのですね」

 

 誰にも耳を傾けられることのない最期の言葉は、怨嗟の喧騒に掻き消されていく。

 

「もしも。もしもやり直せるのなら……っ!」

 

 首筋には、赤黒い残光が痣のように浮かんでいる。

 彼女の言葉は、振り下ろされたサーベルによって途切れてしまった。

 

 

◇◆◇

 

 

 カーテンコールへの疎らな拍手を受けて舞台袖に戻っていくと、そこに待っていたのは達成感でも充足感でもなくただ「終わった」という虚無感だった。

 

(あたしの役者人生もこれでおしまいか)

 

 意地になって続けていた俳優という生き方も、現実の前には脆くも崩れ去るしかなかった。

 今年で二十七。バイトで食いつなぎつつ誤魔化し誤魔化し続けてきたものの冬の寒さ以上に懐の寒さもパートナーのいない人肌の恋しさもひとしおというもの。

 俳優として芽が出なかった。その結果が職歴もろくになく、恋人の一人もいない女の出来上がりである。

 黒野遡(くろのさく)の役者人生最後の役は、悪役令嬢。しかも物語の序盤で主人公に嫌味を振り撒き、当て馬として早々に物語から退場する端役も端役。キャラ名もないモブだ。

 否定はしたくない。自分の選んだ生き方だ。だけど、後悔や悔しさがないわけでもない。

 この女の身一つで生計を立てていけなければ、生き方すらも選べないだけ。

 

(舞台の上で、お客さんの顔を見ながら幕を引けたのはまだ贅沢なんだろうけど)

 

 楽屋から荷物をまとめ、劇場に一礼をして帰路に就く。途中コンビニに立ち寄り、適当なおつまみと350mlのビールと缶チューハイを一本ずつ、そして格安のワインを購入した。

 マンションに戻り、シャワーも浴びずに買ってきたお酒のプルタブに指を掛けた。たった一人のお疲れ様会だ。

 

「お疲れーっす」

 

 虚空へ向けて缶を掲げる。ぐいと呷ったが、美味しさなど何もわからない。喉を炭酸が通り抜ける感覚だけが残った。

 一缶目を早々に空け、二缶目を空ける。ワインに手を伸ばし、コルクを無造作に抜いて瓶のまま口をつけた。

 

「酔わなきゃやってらんねーっすよ」

 

 長年の生活で染みついた下っ端口調を声にして、ため息とともに大の字に寝転んだ。それなりに受験を頑張りそれなりの大学に入った先でであった俳優という生き方。自分の打ち込めるものに人生をささげたいと一般企業に就職せずに俳優の道を選んだ。けれども芽は出なかった。

 明日からのことをを思うと憂鬱以外の何物でもない。

 俳優でなくなった自分に何の価値があるんだろう。そう黒野遡は自問する。

 何者にもなれなかった自分、なりたかった自分。未熟な判断だったと切り捨てたくはない。だけれど。

 

「とりあえず、次はシューカツっすかね」

 

 でも今は、ただただ泥のように眠りたい。

 アルコールの回った脳の促すまま黒野遡は眼を閉じ、一時の逃避に身を委ねる。

 

「人生、やり直したいっすねー……いや、いっそのこと別の人生を歩みたいっす」

 

 仰向けになって見上げた天井が黒野遡としての最後の光景となった。

 

 

◇◆◇

 

 

 五回目。ベッドの天蓋をみて、戻ってきたのだとマルーシャは悟った。また失敗か。盛大にため息をつきつつ身を起こす。窓の外には、春先に咲く花が満開になっていた。

 

「あ、お、おはようございます、お嬢様! もも、申し訳ございません! 起こしてしまいましたでしょうか……?」

 

 マルーシャの起床にびくりと身体を跳ねさせ、震えた声で世話係のメイドが問いかけてきていた。その様子を見てマルーシャは頭を抱えたくなったが、どうにか抑え込み毅然と振舞う。

 

「いえ、そんなことはないわ。ごめんなさい。わたくしが自然と起きてしまっただけ。それよりも着替えたいので、えぇと、そうですね、着替えを持ってきてくださる?」

「か、かしこまりました!」

 

 マルーシャがそういうと、さらにメイドは驚いた表情を見せながらも一礼をして部屋を出ていった。一人になると再び盛大にため息を吐いた。ベッドから降り、姿見の前へ移動する。

 肩甲骨あたりまで伸びたウェーブがかったブロンドヘアー。蒼眼を中心においたたれ目気味の双眸。そのたれ目の印象を消すように釣り気味に整えられた眉。右目の下にある涙ほくろと親譲りの通った鼻筋が特徴的な顔立ちだ。

 手足はすらりと長く、そのシルエットは着ている服の魅力を十二分に引き立てる。

 口を開きさえしなければ、地位も相まって歴史に名を遺す美女として言い伝えられるだろう。

 まだ、傷一つない綺麗な肌がどことなく懐かしかった。 

 

「振りだしね」

 

 マルーシャは鏡に話しかけるように独り言をこぼしながら、頭を振った。

 

≪そうっすね、またあのメイドさん怯えてたっす≫

 

 マルーシャの独り言に応えるように、マルーシャの内側から別の声が呼応した。

 

「あの娘ともまた関係を一から築いていかなければならないのは面倒だわ」

≪しゃーないっすよ、この瞬間までは『最初のマルーシャ』なんすから≫

 

 頭から響く声の言葉に、またしてもため息を吐くことになった。

 マルーシャは鏡のなかの自身を見つめるが、当然自分以外は映っていない。

 映ってはいないが、鏡や反射する水面などを通してのみ、マルーシャはそこにサクの姿を映して見ることはできた。

 マルーシャからみたサクの容姿は不思議なものだった。この国には珍しい黒髪。腰ほどまであろう髪はかなり丁寧に手入れがされていたらしくサラリと靡く。顔立ちも近隣諸国を含んでも類を見ない顔立ちだ。どちらかと言えば、おとぎ話に出てくる異種族のような雰囲気がある。ただくりんとした眼や顔の真ん中に小さくちょこんと乗っかっている鼻はかわいらしいなと思っていた。

 服装もかなり珍しい……というより少なくともオルクスム領内でみたことはない恰好をしている。

 サク曰く、白の無地Tシャツに黒のデニムパンツというらしいが素材から何から意味不明だった。

 ニッコリを笑みながら、サクはマルーシャへと話しかける。

 

≪うん、キレイなお顔っすね≫

「もうこの際死ぬのはいいけれど、痛いのは遠慮願いたいわ……石礫が頭に当たるたびにクラクラするし」

≪やー、死ぬのもイヤっすよ!≫

「冗談に決まってるでしょ、サク」

 

 マルーシャは内なる声にサクと呼びかけながら部屋の隅へ置かれている小さなテーブルへと移動した。

 サクはマルーシャの内なる存在ではあるが、マルーシャ側から正確な意思伝達をするためには声に出す必要があった。

 内心で強く想えば感情や思いはサクへ伝わるが、言語として伝えるには声に出すしかなく、どうしても他人から見れば強く独りごとを言っているように見えてしまうため、サクとの会話はマルーシャ一人のときにしかできなかった。

 これも経験の内でわかったことのひとつだ。

 小ぶりの円形テーブルに置かれている、瀟洒な模様が表面あしらわれた水差しから傍に備えられた美麗な細工の施されたグラスに水を注ぎ一息で飲み干した。

 ドアがノックされ、マルーシャがその声に応えると先ほどのメイドが衣装と共に入室する。

 

「ああ、マルーシャ様! 申し訳ございません! お水を注ぐお手間をかけてしまい――」

 

 先ほど出ていったメイドが顔面を蒼白に染めながら大慌てで謝罪をする。その様子見て額に手を当て、マルーシャはたまらず頭を振った。

 

「エマ」

「は、はい!」

 

 マルーシャに声を掛けられたメイド――エマはびくりと肩を震わせて身を強張らせた。マルーシャはその様子に再度嘆息しそうになるところをどうにか飲み込み、努めて平常にふるまった。

 

「お水の用意ありがとう。お礼申します」

「は、はい……?」

「どうしました? そんな物の怪が現れたような顔をして」

「いえ、あの、なんでもございません!」

「そう。でしたら早速着替えに移ってもらっても?」

 

 実際エマにとっては目の前のマルーシャは物の怪が化けているのではないかと疑っていてもおかしくはなかった。いや、むしろちょっぴり疑っていた。

 エマの認識では同じようなことが起きた場合、マルーシャからはグラスを投げつけられ、罵声を浴びせられ、さらに床が濡れグラスが割れたことすらもエマの責任だとなじられていたに違いない。

 しかしあろうことか何事もなく、それどころか礼まで言われる始末。目の前のマルーシャを物の怪と疑うのも当然だった。エマは、当惑しつつも手慣れた様子でコルセットをはじめとした装具を手際よくマルーシャに着せてゆく。十数分後には、黒を基調としたドレスに身を包んだ姿が完成していた。

 

≪エマさん、まだ手つきがおっかなびっくりっすね~≫

 

 マルーシャにとっては、この光景も見慣れたものになりつつあった。五回目ともなれば、どう対応すべきかも見えてくる。

 ちらちらと顔色を窺いながらもエマは、しっかりと作業を終えると一歩下がり一礼した。

 

「ありがとう、エマ」

「はえっ? は、はい!」

 

 思わず顔を上げたエマの眼は点になっていた。マルーシャはその表情に気づきはしたが、それを無視して言葉を続ける。

 

「このあと朝食に伺います」

「か、かしこまりました。ご準備いたします」

 

 もう一つ礼をして、エマは部屋を辞した。

 ドアが閉まり足音が遠ざかったことを確認してから、マルーシャはせっかく着せられた黒いドレスにシワが付くことも気にせず椅子に深く腰を掛けて改めて頭を抱えつつ大きくため息を吐いた。

 

「このやり取りも疲れるわ」

≪まー、今までの行いを改めて反省してもらうしかないっすね~≫

「それはもう一度目の後に十分痛感してる」

 

 オルクスム・マルーシャは、かつて斬首刑で十七歳という若さでこの世を去った。去ったはずだった。

 領民の、群衆の、使用人たちの、あらゆる罵詈雑言と怨嗟の視線を浴びて、このか細い首を刃が断ち全てが終わったはずだった。

 だが彼女は次の瞬間、見慣れた天蓋付のベッドから跳ね起きていたのである。

 汗はぐっしょりとかき、息づかいも荒い。

 あの処刑までの道中、跪かされたときの軋んだ床の音、視界の端に映った鉛色の刃。夢かと思おうにもあまりにも全てに現実感がありすぎた。

 混乱のままに自身の置かれた状況を確認してみれば、マルーシャが処刑されたところから半年ほど時が戻っていることに気づいたのである。気候はもちろん、自身の命令で伐採したはずの樹木、解雇したはずの使用人たち、全てが半年前の状態に戻っていた。

 時が戻るという常軌を逸した体験に疑念を抱きつつもどうにか納得をしようとしたマルーシャにさらなる混迷を与えたのがサクの存在であった。

 突如マルーシャの内側から、自身ではない声がマルーシャへ呼びかけてきたのである。いよいよもってマルーシャは幻聴もしくは妄想に人格を与えてしまうまでに自分自身が狂ってしまったのだと諦念し絶望して、泣きたくなる衝動を抑えながらもその声に気持ちを傾けていた。その声は自らのことを『クロノサク』だと名乗り、その声もまた困惑をしている様子でマルーシャに対して大量の質問をぶつけてきた。

 マルーシャの名前やこの場所や地域の名前をはじめとしたあまりに一般的なことから、『ニホン』がどうのなどとわけのわからない質問までその質問は多岐に渡り、マルーシャは『無知な人格』の設定にリアリティを与えているな、などとどこか暢気なことを考えていた。

 マルーシャ自身の中でおしゃべりを続ける『サク』は、不思議と不愉快ではなかったが対話を始めてはいよいよ狂ってしまうと考え無視を続けていた。

 だが、決定的にこの『クロノサク』が『マルーシャ』と別人格、いや別の人物であることが判ったのは酒に関する知識であった。

 マルーシャも確かに酒は飲める。それこそ十七歳を迎えた今こそ飲めるが、酒そのものにそもそも興味はないし飲みたいと思ったこともない。まして作り方など気にも留めたことがなかった。誰かに聞いたことはもちろん、調べたこともない。

 しかし『サク』は醸造酒、果実酒の作り方に詳しく、さらにはおいしそうとまで言い味の予想までいうのだ。

 そこで初めてマルーシャはこの『サク』が自分自身とは全く違う存在なのではないかという疑念を持った。

 自分自身が知っていることは、自身の別人格ならば知らないふりをすることができる。だけど、知らないことは知ることができない。

 もし、本当にこの酒の作り方があっているのだとしたら。

 マルーシャの疑念は恐怖と、それに勝る好奇心に塗り替えられていった。

 キッチンに出向き料理長から酒の作り方を訊くと、『サク』の言うことと極めて近い。加えて『サク』からの知識を料理長に話せば「よくご存じですね」と驚かれもしたのだ。

 ワインを一本出してもらい味も試してみれば、『サク』の言う通り果実的な甘みはほとんどなく渋味や酸味をはじめとした複雑に重なった味や香りを楽しむものだということがわかる。

 『サク』は、マルーシャの知らなかったことをかなりの精度で知っていた。

 間違いない。『クロノサク』はオルクスム・マルーシャではありえない。

 ようやくマルーシャは『サク』と対話をすることを決め、心の内で向かい合い、そして互いをようやく知ることになるのだった。

 サクの知識は、マルーシャには全くないものばかりであった。いや、この国、この世界にないと思われるものすらあった。

 食文化や音楽文化の違いはもちろん、経世済民や衛生という概念。さらには立憲君主制、共和制という政治体系や民主主義や共産主義、社会主義といったものまで。おおよそマルーシャでは思いつかないようなことばかりに当初は困惑ばかりであった。

 もともと貴族というある種の知識階級にいたマルーシャは、その新しく入ってくる考え方を楽しんで学び、時にはサクと議論を交わすことで吸収していった。

 そして数度の死をサクと共に経験することで、その価値観を共有していくことになっていくことになった。

 

「そろそろ朝食に向かいましょう」

≪仲良し作戦は継続っすか?≫

「ええ。エマと仲良くなっておくことに越したことはない……というより仲良くなっておかないと後々面倒事が多すぎるわ」

≪まー、打算的であっても仲良くしておくのはいいことっすから≫

 

 サクと会話をしながら自室をでて、ダイニングホールへと向かう。

 額縁入りの鏡や絵画が並ぶ廊下を進む最中に出会う使用人たちは、マルーシャとすれ違うたびに怯えながら壁際に避け頭を下げる。

 その様子を内心で辟易としながらも、表情には出さずにマルーシャは進んでいった。

 

≪いや~、相も変わらずビビられてるっすね~≫

 

 サクの内から茶化す声にやや眉根を寄せたせいで、ダイニングホール手前の使用人は殊更に怯えつつ恭しく扉を開いた。

 しまったと思い、サクに抗議をしたい気持ちを抑えながら使用人に礼を言いながらダイニングホールへと足を踏み入れた。

 背後から声を潜めた使用人たちの声が聞こえた。

 

「今日は機嫌がいいのでしょうか?」

「さあね……"黒百合"の機嫌なんていつ変わってもおかしくないでしょうから気を緩めないことだ」

 

 『黒百合』とはマルーシャが好んで黒の衣装を着ることからきた隠語的なあだ名であった。ただ衣装もさることながら、見た目の麗しさに反して悪臭を放つその花のさまをマルーシャの性格の苛烈さにたとえて揶揄する意味も多分に含んでいることも否定できない。

 

≪ホントこう聞えよがしってわけじゃないっすけど、聞こえても構わないと思われてる程度には末期状態っすねぇ。使用人たちもいい性格してるっすよ≫

 

 真っ白なクロスの敷かれた大きなテーブルにマルーシャ用のカトラリーが用意されている。

 メイドの引いた椅子に座り、食事が出てくるのを待つ。

 そうしている間に、ダイニングホールの扉が再び開いた。

 

「マルーシャ、おはよう」

「おはようございます、ダヴィお父様」

 

 現れたのはオルクスム・ダヴィルデ。マルーシャの父でありメルゼン王国の雄とも呼ばれるオルクスム公爵その人だ。

 ダヴィはゆったりとした歩みで、いつもと同じ扉から最奥の席へ着座した。

 高い身長とがっしりとした身体つき。マルーシャへと遺伝したしっかりと撫でつけられたブロンドは白髪が混じりつつも威厳をたっぷりと感じさせる。

 そして、彼もまた容疑者の一人だった。

 

≪身内を疑うのは辛いっすね≫

 

 サクの声に、マルーシャはひっそりと眉根を寄せた。

 マルーシャとサクは、呪いの主を探している。マルーシャに、兄を、婚約者を、親友を殺させる"呪い"をかけた主をだ。

 呪い。

 サクからすれば、創作の中でしか存在しない超常的な現象。眉唾、迷信の類いにすぎない。

 しかし、マルーシャの住むのこの世界には確かに呪いが存在した。

 とはいっても、普通一般に浸透しているものではない。特定の者だけが使える奇跡の力のひとつ、といっていいだろう。

 そして、その力で『マルーシャに三人を殺害させる』という悍ましき行為を強制させたものがいるのだ。

 

「今日はドルーヴ殿がいらっしゃる。粗相のないようにな」

「かしこまりました。ご挨拶させていただきます」

 

 ダヴィは運ばれてきた食事を口に運びながら、こちらに目配せもせずにいう。

 ダヴィの言っていたドルーヴとは、マルーシャの婚約者でありポーションノード子爵家の長男。そして、王族を護衛する近衛騎士団に所属する若き騎士であった。

 

≪何度か会ってますけど超美形イケメン幼馴染とか、本当におとぎ話みたいな話っすよね~≫

 

 サクとは短くない時間を過ごしているが、サクは時折マルーシャには珍妙だと思わせる言葉回しをする。それでも何となく、言いたいことはわかるようにはなってきていた。

 つまるところ容姿端麗なドルーヴを羨ましがっているということだ。

 幼馴染とはいえ、公爵家令嬢と子爵家では家格が合わない。この見合わない家格の差は、ドルーヴの宮廷での出世――近衛騎士としての将来性を買われた政略結婚だった。

 ただ政略結婚と言えど、少なくともマルーシャは彼のことを好んでいたし不満らしい不満はもっていない。むしろ歓迎していた。幼少の頃からの遊び相手。そこにほんのりした恋心を抱くことになんの不思議があろうか。ドルーヴも、マルーシャに嫌悪の感情を表立ってあらわにすることは見受けられない。

 愛のある政略結婚なんて……最高じゃないっすかとはサクの言だ。

 ダヴィは食事を終えると、足早に自室へと戻っていった。入れ替わるようにもう一人の男が入ってきた。

 

「おはよう! 今日は早起きだな! マルーシャ!」

「リンドお兄様が遅いのではなくて?」

「はーっはっは! これは手厳しいな!」

 

 マルーシャと同じ艶のあるブロンドの髪を短く切り揃え、優しさを含んだ瞳を細めてリンドと呼ばれた青年はほほ笑みながら肩を竦める。すらりとした身長と長い手足、それに鼻筋の通った整った顔立ちは、どうやらオルクスム家の遺伝らしい。

 

≪ふわあぁ……! やっぱりイケメンは目の保養っすねぇ~!≫

 

 サクが黄色い声を上げているが、マルーシャにとっては見慣れた顔でどうにもぴんと来ない。だがサクにとっては好みの顔らしく顔を紅潮させながら身を捩っていた。

 オルクスム・リンドブルム。オルクスム家の長男であり、順当にいけば公爵家の世継ぎとなる人物だ。育った環境は高貴であることに疑問の余地のないものだったが、彼は領民に紛れてたびたび街に繰り出し遊ぶことが好きだった。その都度、使用人たちを困らせる腕白さがあったがそのおかげもあってか、領主として果たすべき役割と領地の管理、そして領民が求める十全な暮らしのための制度の在り方を両立させる現実的な線引きの難しさを身をもって学んでいるようだった。

 まつりごとは優しさだけでも、もちろん苛烈さだけでも立ち行かない。ただリンドの根明に由来する陽気さと情けに富んだ人柄は市井の人々の多くに受け入れられていた。

 それ故にリンドの優しさにあふれた笑みを見るたびに、マルーシャとサクは居た堪れない気分に陥っていた。

 

≪……絶対に呪いの主を見つけましょうね≫

 

 心の内で響くサクの声。マルーシャはリンドにわからないようにそっと下唇を噛んだ。

 蘇るリンドの身体にナイフを突き立てる感触。あの薄気味悪い視界と頭に靄の掛かった感覚。

 

「……ええ」

 

 マルーシャもあえて、声に出して返した。

 リンドは不思議そうな顔をしていたが、すぐに自席へと向かっていった。

 

「ところでマルーシャ。今日はドルーヴ卿がいらっしゃるのだろう?」

「はい。ご到着は夕刻近くになるかと思います」

「ふぅむ。剣術指南のひとつもしてもらおうと思ったが、難しそうか」

 

 ドルーヴの剣技はこの国でも名を轟かせている。若くして現代の剣神とも呼ばれるほどの腕前だ。

 だが、いずれマルーシャはそのドルーヴすらも手にかけてしまう。

 

「……」

「どうした、そんな神妙な顔をして」

「ああ、いえ。なんでもありません」

 

 リンドは、このときのマルーシャにもフラットに付き合える数少ない人だった。

 思い返せば、以前のマルーシャならばもっと辛辣な返事を返していただろうし、この瞬間まではそのように接してきた。

 それでもリンドは態度を変えることなく、明るく兄として振舞ってくれている。

 

「お兄様……」

「うん?」

 

 思わず、口に出そうになる。

 『私に極力関わるな』と。

 しかし、それもまた無意味なことはマルーシャはよく知っていた。

 目をつむり、ぐっと下唇を噛んだ。

 

「ドルーヴ様もお兄様とお会いするのは楽しみにしてらっしゃると思います。剣術指南もお話すれば喜んでお受けくださると思います」

「おお! そうか! ならば、話してみるとしよう!」

 

 快活に笑うリンドの姿をみて、ズキリとまた心が痛むのだった。


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