公安局の石つぶて 作:もずくスープ
「おい、コマ。まだ報告書書いてんのか。そんなの適当でいいからこっちの資料整理手伝えよ」
キヴォトスにお住まいの皆さん、ごきげんよう。
世情の混迷益々極まる中、皆様方におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。
キヴォトスの治安を守る役目であるヴァルキューレ警察の一員として、住民の皆さんが健やかで穏やかな毎日を過ごされていることを切に願います。
「おい、紙仕事なんか後だ後! 緊急事態発生! 白河区でストライキ中の山川工業の職員たちが、賃上げ要求に応じない経営陣に対して武装蜂起を起こしたらしいぞ!」
「急げ急げ! 山川工業といえば生粋の武闘派だ! 白河区が火の海になる前に鎮圧だ! 警備局の連中じゃあ荷が重い!」
ああ、しかし無情かな。
わたくしの平和を望む想いとは裏腹に、ここ学園都市キヴォトスは今日も暴力と動乱の気に塗れています。
「おいコマ! てめえ何ボサっとしてんだ! そんな書類シュレッダーにでもかけて今すぐ出る準備しろ!」
ちなみに今しがたコワモテ刑事風貌の先輩に怒鳴られて、へーこらしているへっぽこ警官ことわたくしの名前はコマ、ではありません。
この名前はコワモテ先輩が付けてくれたあだ名のようなものです。
響きは中々可愛くて気に入っているのですが、本名にはかすりもしていないため理由を聞くと小間使いだからコマ、だそうです。
それを聞いたときは思わず先輩にドロップキックを食らわせたくなりましたが、野蛮人の先輩と違って私は平和主義者なのでそんなことはしません。
けっしてヘタれてるわけではありません。
書類整理という建前による抵抗も虚しく先輩に引き摺られ行き、所変わって白河区工業地帯第3区角にて。
「おい警備局! しっかりシールド張れ! お前ら肉盾としてしか役に立たねえんだから、しれっと後方でサボってるなよ!」
「だめだあいつら数が多すぎる! いくら倒しても際限なく後ろからゾロゾロと。まるでレッドウィンターみたいに数だけは一丁前だ! 誰か火炎瓶をくれ!」
「グワーッ! やられたーっ!」
「やられてないだろ! サボるな!」
暴徒化した山川工業の従業員はもはや正常な判断能力など失ったバーサク状態で、目に付く障害となるもの全てに破壊行動を行っている様子。
公安部の先輩同僚のみんなも必死に応戦しますが多勢に無勢、押し込まれるのは時間の問題のようです。
わたし? 私は防御陣の最前線に警備局と一緒に組み込まれて、初撃の連続ランチャー爆撃によってあえなく吹き飛ばされ、まさに今瓦礫の中に倒れ伏しています。
咆哮と共に瓦礫を乗り越えてくる暴徒の方々の私を踏む足が中々に痛いです。
みなさん元気ですね、私を踏む足に余り余った力を無駄に込めて行きやがります。
まったくこれだから暴力というやつは嫌いなんですね。
弱者より強者、少数より多数、質より数。
自然の摂理とも言える支配的な理屈がまかり通り理性の介在する余地がない。
暴力と混沌に支配されたキヴォトスにおいては力こそ正義、力なきものに人権はなし、力が全て。
何かあったらとりあえず暴力に訴えとけみたいな空気が充満している。
世の中もっとクレバーかつ平和的に物事を進めていくべきだと私は常々思っているんですがね、ええ。
瓦礫の上の絨毯と化した私が時折踏まれながら脳内で管を巻いていると、半分見上げた視界の中心に綺麗なブロンドヘアが風に舞って現れました。
荒れ狂う戦場の最中に凛として降り立ったその姿は、まさしく伝承に言い伝えられる戦乙女の戦士長のようで。
「まったく、数が多いだけの烏合の衆に何を手間取っている。公安局は腑抜けの集まりか?」
「お、尾刃副局長!」
来た。
彼女は現ヴァルキューレ警察公安局にて最強の戦力。
D.U.内外にて"ヴァルキューレの狂犬"の異名で広く知れ渡っている、ヴァルキューレ警察公安局の尾刃カンナ副局長だ。
現二年生の筆頭実力者にて次期公安局長の座は固いと期待される、彼女のことを知らないヴァルキューレ生はいない。
ヴァルキューレ、その名の持つ意味を一人で体現するかの如く彼女の存在は大きかった。
各自地区への干渉を恐れて公務執行すらまともに行えず、犯罪者からは腰抜けの集団のように扱われていたヴァルキューレは彼女の現場主義と圧倒的武力によってその地位を大きく上げた。
彼女の名前あるところに犯罪の隆盛なし、そう言わしめるだけの力が彼女にはあったのだ。
増加の一途を辿るキヴォトスの犯罪率が彼女の功績のおかげで何十年ぶりにか数%下がったなどという、とんでもない噂すら流れてるほどだ。
彼女が天上の人とするなら私は陸上のアリ、いやそれ以下、地中のウジ虫。
一応同じ公安局所属で学年も一年違いだというのに、存在感が違いすぎてもはや私にとっては崇拝の対象ですらある。
尾刃副局長はワラワラとゾンビのように寄り集る暴徒たちを拳を使って片っ端から叩きのめし、木っ葉の如くちぎっては投げていく。
その異様な光景に我に返り恐れをなして逃げるものあればヴァルキューレ制式拳銃による正確な射撃がその者の意識を刈り取る。
不意の隙をついて後ろから襲撃しようとする下郎があれば、振り向きざまの裏拳が彼の思惑ごとその下衆な頭を吹き飛ばしていく。
その姿はさながら、暴風雨の中心にて美しく舞う蝶であり、蜂。
戦場という異空間に突如現れたかの存在は、儀式的舞のように洗練された体運びで寄る敵波を悉く打ち砕いていく。
暴力排他主義的思想を持つ私にしてみても、その見事な様子は思わず目を奪われるほどに美しく感じてしまうのであった。
尾刃副局長の華々しく凛々しい戦姿を、私は埃舞う塵屑の上で横たわりながらいつまでも目で追っていた。
尾刃副局長の登場で大局は逆転し、もはや尾刃副局長一人の手によって暴動は沈静化された。
我々公安局は破壊行為の後始末を全て警備局に擦り付けて、そそくさとオフィスに戻ってきたのである。
ちなみに私はやられたフリをして居残ろうとしましたが、来た時と同様にコワモテ先輩に引き摺られて不承不承に帰ってまいりました。
オフィスに帰り着くなりゴミを放るように私を投げた先輩が、デスクに腰掛けて私を見下ろしながら言い放ちます。
「おいコマ、お前今日も役に立たなかったな。罰として今日中に反省文20枚な。あとついでに今日の分の報告書私のも書いとけ」
な、なんて横暴な……!
無理やり前線に押し出され肉盾にされた挙句、さっきまで傷付き倒れていたかわいい後輩にこの仕打ち、いくら何でも酷すぎる!
しかも反省文書かせるとかアンタにそんな権限ないだろ! いい加減にしろ!
私を睥睨する先輩に対して、堪忍袋の緒が切れたとばかりにすっくと立ち上がった私は先輩をきっと睨みつけ、今日こそ言ってやります。
お前なんか怖くねえ!
「へ、へいまいど。了解しやすた」
「よろしくちゃん、しっかりやれよ〜」
く、くそっ、先輩のせいで染み付いた卑屈さが邪魔して強気に出れない上に、焦って変なボケをかまして恥をかいてしまった。
しかも先輩にスルーされたせいでこの羞恥を一人で抱えるハメになる始末、なんたる屈辱か。
数日間は布団の中で思い出し悶えることになるだろう。
しかし命拾いしたな先輩よ、お前の死場所はここではない……。
先輩が立ち去るのを見送った後、私は原稿用紙が積まれた自分のデスクに座って作文を始めた。
天下の公安局でやることが作文とか、そんなことを考えると思わず漏れるため息と同時に魂が抜けていってしまいそうです。
しかし先輩を恨んでばかりもいられない、私が無能なのは事実であり私自身の責任だ。
真面目な話、私も公安局への配属が決まった時は結構期待したりもしました。
ヴァルキューレの出世レースを勝ち抜き要職に就いた暁には、バリバリとその手腕をふるってキヴォトスの治安維持に改革をもたらさん、などと夢見ていたこともあった。
しかし現実はというと、初日から失敗の連続。
自分だけに関わる失敗ならまだしも、私の場合周囲に迷惑を掛けるミスが多かった。
尾行がバレて意図しない戦闘に突入したり、ホシを見誤って善良な市民に誤発砲したり、犯罪者の連行途中にノされてうっかり取り逃したり。
追跡対象を間違えて確保班の先輩に恥をかかせたときは殺されそうになりました。
自分のヘマのせいで捜査の打ち切りを告げられたことも一度や二度ではない。
一度くらいはドラマで見るような「圧力ってやつですか……!」みたいなことも言ってみたかったが、私の場合は土下座で反省会直行だ。
私は涙ながらに謝罪と釈明を繰り返し、そんな私の頭を先輩が踏みつけながら何が悪かったのかを訥々と説明し続ける会です。
毎回最後の方は何故か私が先輩の靴を舐めることで何とか許してもらっていました。
こうも自分の無能さを思い知らされては、次第に身の程も弁えるというものです。
主だった捜査からは当然の如く外され、毎日先輩方のお茶淹れとオフィスの掃除と書類整理。
暇な時はひたすらスクラップブック作りに勤しんでいます。
これで一応公安局の一員だというのだから他部署の生徒たちからしたらまったくお笑いでしょう。
優秀な同期はドンドンと実績を積んでいき、早くも役職名を貰っているやつすらいます。
それに比べて私はいまだにペーペーのヒラ、公安局内ヒエラルキーの最下層、皆の雑用係。
もう入学して一年が経とうとしているが、私の理想の警察生活には程遠い現実です。
それでも公安局にしがみつくのは意地かプライドか。
否、惰性と出世への淡い未練である。
何となく次期局長確定の尾刃副局長のデスクを盗み見すると、尾刃副局長が現職局長に連れ立って会議室に入って行くのが見えた。
きっとあの中ではキヴォトスの治安維持活動に関わる大事な話が展開されていることでしょう。
私はその一端すら担うことのできない、ちっぽけな存在です。
「はあ……、活躍したい……。活躍してみんなに認められて出世したい……」
砂糖を入れすぎた甘ったるいコーヒーのような私の願望を嘲笑うかの如く立ちはだかるのは、先輩方に注ぎ回って最後の最後に淹れたこの出涸らしの緑茶のように苦くて渋い現実である。
手っ取り早く出世に繋がる事件とか、転がってないですかね。
まあ転がっていたとしても私に役がまわることはありませんが。
ふふ、泣ける。
目に汁が滲むのを堪えながら作文を終えて先輩方のお茶の補給に回ろうと立ち上がると、会議室から出てきた尾刃副局長と偶然目が合った。
芸能人に視線を向けられたパンピーの如くドギマギしながら慌てて視線を反らすと、カツカツと規則正しいリズムでヒールが床を叩く音を刻みながら、足音が一直線に私の方へ向かってくる。
尾刃副局長が、私の目の前に立った。
いつもの如く凛とお美しい顰めっ面で犬歯の目立つ口を開く。
「話がある、付いて来い」
これは、もしかしてアレですか。
私の公安生活、終わったかも。