VRMMOセンキ   作:あなたのお母さん

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第一話 三冊目のクリアの日記

 

 

 体が草臥(くたび)れているのを感じる。

椅子に座ったままの姿勢から、仮想の肉体がずるずると地面に向かって滑り込んでいく。

しかし、そんな状態でも。ここ最近俺達の身の回りで起きた出来事を、改めて記録しておく必要があった。

 

だから俺は雑貨屋のNPCから新しい日記帳を買って、そこに何を書くべきか“自宅”の中で考え込んでいる。

 

「………………………………………………」

 

椅子の上に上半身だけ寝そべった姿勢から、身体を真横に傾けて、穴だらけの床に落ちている湾曲した羽ペンを片手で乱暴に床から拾い上げる。

それから意を決して体を起こして、机に向きなおった。

 

俺がゲームの中で日記を書く理由は、現実とゲーム間の出入りを減らすためのものだ。だから、日記に記す情報は大まかな物でいいだろう。

万が一のことも考えて、関係者の現実世界の個人情報などは記さないでおくことにしておかなければならない。

 

それにしても、この仮想世界で日記をつけようと思ったのは何年ぶりだろうか?

 

 

 

 

 

……今回も、長い三日坊主になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

【〇月〇日】

 

 

 まず、ここ数日のことを思い返してみようと思う。

最初に、件の事件の内容をその場に居なかったチームメンバーに説明をしたときのことについて。

 

 その場に居合わせていなかったメンバーは二人だけ。(メンバーは他にもいるのだが、ゲームを休止していたり、現実で度を超えた問題を起こしてゲームから距離を置いている。戻ってくるアテもない)

一人目であるネコニャンさんは当初、俺が連絡をしなかったことに対して激怒していた。

 

『なんでなんですかにゃ……。なんでそんなトンでもないことが起きていたのに、自分抜きで勝手に話を進めていたんですかにゃ!?』

 

『だってネコニャンさんはその時、ゲームにログインしていなかったじゃないですか。一体、何をやっていたんですか?』

 

『自分はずっと会社にいましたにゃ。残業しんどくてえ……帰った後は酒飲んでそのまま泥酔して寝てましたにゃ』

 

『そんなんだから勝手に話が進むんですよ。それに、ネコニャンさんって有事の際に一切役に立たなそうですし、来れなくて良かったと思いますけどね』

 

『ぐ、ぐぬぬ……事実だけどあんまりですにゃ……』

 

こんな感じでいつも通りネコニャンさんの尻尾が垂れて終わるつもりだったのだが――

 

『ネコニャンさん、落ち込んじゃ駄目ですよ! クリアさんだって巻き込みたくないからって――』

 

――と、レットが要らないフォローをしようとしたので、その口を松明で塞いでやった。

 

 

 

 

……余計なことを言うな! 余計なことを!

 

 

 

 

 その一方で、二人目のメンバーであるワサビさんの反応は至って冷静なものだった。

 

『大変だったんですねー。ちょこっと残念です。何かお手伝いできれば良かったのですけれどー』

 

聞いた話ではワサビさんはその時、別のVRゲームを遊んでいたということだった。

そこでも廃プレイを続けているというこの人に、もしも助力を頼むことができていたら、果たしてどうなっていたのやら。

身も蓋もないことを言ってしまえば、俺達があそこまで苦戦することもなかっただろうし、もっと簡単にことが済んでいたに違いない。

 

しかし、それでも――

 

『ワサビさんがログインしていなくてよかったと、俺は思うよ。PKに巻き込まなくて済んだわけだし……』

 

――素直にそう伝えた。

 

メンバー集めの際にベルシーに指摘されたとおり、俺は内心ほっとしていた。

『対人戦が嫌いなのに、この人がこのサーバーに居る理由』

それを知っている身として、ワサビさんに対して“戦って欲しい”と頼めるわけがないのだ。

 

結局、ワサビさんはこれ以上この話には――

 

『それじゃあ私、今からでもお手伝いしますねー。ちょこっとだけ、この人達のお世話をさせていただきますー』

 

――事件に“関わろうとはしなかった”……なんて選択肢をこの人が選ぶわけもなく。

『手伝ってもらう必要はない』という旨を何度も伝えたのに『そうなんですかー』とニコニコ笑顔で相づちをうたれ続けて、気がつけば丸め込まれてしまった。

今、ワサビさんはゲームを遊ぶことを何の躊躇もなく辞めて、捕らえられていたお年寄り達をまるで看護するかのようにつきっきりで世話をしてくれている。(どこが“ちょこっと”なのだろうか)

 

……この人にだけは、いつも本当の本当に頭が上がらない。

 

 

 

 そして、これは吉報というべきなのだろうか?

件の少女はついに、昏睡に近しい状態から意識を取り戻したが――

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ん~……ん~。あうー…………うー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――その精神が、『幼児退行に近しい状態に陥っている』ということが明らかになった。

 

フェザーという男のレットに対する言葉が正しければ、この少女の外見は現実世界の“中身”とほとんど同じ。

つまり、本来はレットと近しいか、わずかに幼い程度の年齢のはずだ。

そんな年端のいかぬ少女の身に、一体何があったのだろうか?

 

せめてコミュニケーションが取れさえすれば、現実世界での安全保障も用意だったろうに……。

 

彼女が意識を取り戻した時、メンバー達は酷く落ち込んだ。

おそらく、この事実に一番ショックを受けていたのはレットだろう。

しかし、やっぱりアイツはめげていない。

翌日から元気を取り戻して、タナカさんと交代で少女につきっきりとなっている状態だ。

 

 

 

 

 

 

 

『ん……ん――ぅ~……』

 

小部屋の中で少女の声が鳴り響くと、部屋に入ったばかりの俺が反応する前に、寝落ちしかかっていたレットは必ず飛び起きた。

 

『どうかしたの? 大丈夫?』

 

ここ最近、レットはずっとこんな感じだ。

無理せず寝ろと言っても、聞かないで彼女の傍にいる。

 

『ぅ~……ね……ね……………………』

 

レットはすぐにベッドに近寄って、呟かれる少女の言葉に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………………………ねこ~』

 

 

 

 

 

『――え? えっと、何?』

 

『……ねこ~!』

 

どうすれば良いかわからなかったのだろう。

振り返ったレットは、俺に縋るような表情をしていた。

 

『……猫だそうです。――クリアさん』

 

『部屋に入ったばかりの俺に、いきなりそんなことを言われてもな。俺は猫じゃないし……』

 

『ねこ~! ねこ~!!!!』

 

『この娘。猫を欲しがっているみたいです……』

 

『ああもう! 仕方ない。“連れてくる”か。レット。ちょっと待ってろ』

 

もうこうなったらヤケだ。猫なんて持ってこれないので“紛い物”で誤魔化すしかない。

かくして――

 

 

 

 

 

 

 

『に゛………………に゛ぁあ゛あ゛あ゛ああああ~』

 

俺が事情を説明して連れてきたネコニャンさんは、そう叫んで床に寝転がり足で耳を掻いてみせた。

こんな無茶なことをいきなりやらせておいて何だが――

 

『うわ下手くそ。ネコニャンさんのネコの真似ヘッタクソォ!』

 

――レットの言うとおりだった。

これなら普段の“素”の方が幾分かネコらしい。

自分が“酷い”という感想を言うまでもなく、少女はネコニャンさんを見て大きな声を上げて泣き始めてしまった。

 

『ああ! な、泣かないでくださいにゃ!』

 

『……そりゃあ泣きますよ。レットも俺も泣きたいくらいです』

 

『やらせておいてそりゃあないですにゃ……』

 

『馬ッ鹿じゃねえの? ずっと見てたけどよぉ――』

 

そう言ってベルシーがずかずかと部屋に入ってくる。

 

『――今の物まねは“ネコの耳掻き”っつーか、“犬の小便”って感じのポーズだったぜ。ひっでえもんだ! ギャハハハハ!』

 

『お……おー……ねこ~! ねこ~。にゃー! にゃ~!』

 

少女はベルシーを見てあっさり泣き止んだ。

どうやら彼女の中ではネコニャンさんよりベルシーの方が猫っぽいようだ。

 

『何でオレを見て泣きやんでんだテメエ――オイ、クリア。この餓鬼の名前は?』

 

『実はわからない。名前は未だに非表示のままだし、身元を明らかにしようにも本人の同意を得られないから、所持しているアイテムすら調べられないんだ』

 

『呼び名がないと不便だろ? なんか適当に考えて名前つけろよ』

 

――と言われても、名前なんて何も思いつかない。

 

『う……そ……そうだな。じゅあ……髪の毛が赤いし、赤ちゃ――』

 

『言わせねえよォ!? クリアさんって本当にネーミングセンスないですよね!!!!』

 

レットのツッコミを食らって、しまったと思った。

空気が読めていなすぎるし、何よりこの名前は不謹慎だ。

気をつけなければならない。

 

『つーか、何も持ってねえってわけじゃねえだろ? 服だって着ていたわけだしよ。ほら――ちゃんとここにあるじゃねえか』

 

そう言ってベルシーが少女の枕元に置いてあったキーホルダサイズの人形を乱暴に取り上げる。

それは“デモンズクラウン”という、別の会社のゲームとのコラボイベントで手に入るキャラ物のアクセサリーだった。

 

オンラインゲームにおいて違うゲーム同士のコラボイベントというのはたまに起こりうる。

 

しかし、“デモンズクラウン”とのイベントはアスフォーのプレイヤーからツッコミが入る程に両ゲームの世界観を壊すずさんな物で、その人形も結構怖いというか、悪魔的というか――どこか浮いているデザインだった。

 

『よっしゃ――デモンだな!』

 

『は?』

 

ベルシーの言葉にレットの呆れた声が重なった。

 

『コラボ元から取って、こいつの名はデモンだ。それで決まりだぜ!』

 

『えぇ……どうなんですかにゃそれ。クリアさんの案よりマシではありますけど、ちょっとにゃ……』

 

『ヘッ! 一種の厄除けみたいなもんだぜ。悪魔に手を出すような奴はいねーだろ?』

 

ふざけているのか大真面目なのか、いずれにせよよくわからない感性だ……。

しかも――

 

『うー……! デモン~。デ、モ、ン~……。――ん!』

 

――その名前を本人が痛く気に入ってしまったらしい。

無邪気に少女が喜ぶので、ベルシーの提案した名前に対してもう誰も何も言えなくなってしまったのだった。

 

『そっか、君が気に入ったのなら、仕方ないね』

 

そう笑いかけるレットの表情に、影が差している。

それだけではない。

レットは最近時たまぼーっとした表情で、何かを考え込むようになった。

 

俺は不安だ。

 

レットは目の前の悲劇に対して前向きでいるように見える。しかし、物事には限度というものがある。

上手く言えないが……日を追うにつれて、レットは何かを我慢しているような。

大切な感情を押し隠しているような……そんな気がするのだ。

 

果たして――レットの精神が窮地に陥ったとき、俺に何か出来ることがあるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 そして次に、こちらの話も避けて通るわけにはいかない。

捕らえられていた五人のお年寄りも拘束を解いた後、すぐに元気を取り戻した。

 

――元気を取り戻したというのは、あくまで体の部分のみだ。

 

お年寄り達の周囲の状況に対する認知能力は、人によってまちまちだった。

ただぼーっとしている者もいれば、大声を張り上げたり、世話をしていたタナカさんやワサビさんに対して暴言を吐いたり、物を投げつけたりする者もいた。

 

だから結局、隠すつもりだった彼らの個人情報はチームのメンバー全員が知ることとなってしまった。

 

見ていられなくなってすぐに自分が介入したのだが、『泥棒が入ってきた』と比較的穏やかにしていた他のお年寄りに警戒されることとなってしまって殴りかかられたりともう大変だった。

 

……これでは実質、接近禁止命令を食らってしまったようなものだ。

 

『“このサーバー”に隔離された理由がよーくわかるわね』

 

ケッコさんが嫌みたっぷりにそう言ったことを覚えている。

俺は咄嗟に、当たりの強いケッコさんの発言をフォローした。

 

『人間という生き物は、本来は何十年も生きられるように作られちゃいないんだろうな。だから、ずっと生きているとどこかしらガタが来る。脳の機能が低下したりして、時には性格さえ様変わりする。家族は、変わり果てた彼らを受け入れられなかったのかもしれない』

 

『でも――誰も、何もしなかったなんて……おかしいよ』

 

俺の言葉受けて、レットが消え入るような声で呟いた。

 

『甘いわね少年。あれを見ればわかるでしょ? “真の弱者は、助けたくなるような姿をしていない”のよ』

 

ケッコさんの言葉を受けて、レットは黙り込んでしまった。

 

しかし、あのお年寄り達のそれまで置かれていた境遇を考えるとある程度は仕方のない話だと思う。

自分がどこに迷い込んだのかなどわかるわけもない認知能力が欠如した状態で、乱暴な扱いを受け続けていたのだ。

そんな状況下でいきなり別の場所に連れてこられて、自分ならパニックになるし不安にもなるだろう。

 

『醜いったらありゃしねえよ。歳を取っても、オレはあんな風にはなりたくねえな』

 

ベルシーの言葉に、落ち込んでいたレットが首を傾げた。

 

 

 

 

 

『ベルシーは、今の段階でも周りに暴言ばっか吐いてるから――年をとっても今と何も変わらないんじゃないの?』

 

『――オイ。ちょっと待てや』

 

そして、そんなお年寄りたちをなだめて、(ケッコさん曰く、“話にもならないのに”)ワサビさんはずっとずっと隣に座って話し相手になっていた。

髪の毛を引っ張られたりしていたのに、嫌な顔一つしなかったらしい。

 

Σ(しぐまっ!) 頭のお団子が、取れちゃいましたー』

 

『私知らなかったわ……それ……取れるのね……』

 

ワサビさんとケッコさんのやり取りを傍目で見ながら――

 

『おお……これはもう……世も(まつ)ですにゃ……』

 

ネコニャンさんがハイライトの消えた目で独特の呟きをしていたのが印象的だった。

 

しかし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ぐえーっ!! おひげおひっぱらないでくださいにゃ! 伸びるー! 伸びるー!!』

 

 

 

 

 

 

――そのお年寄り達“全員に唯一”気に入られているのが、何を隠そうこのネコニャンさんだったりする。

なぜかこの人が近くに居るとお年寄りたちは皆落ち着くらしく、譫言のようにポチだとかシロだとか思い思いの名前をつけられてネコニャンさんを引っ張りだこにしていた。

レットのツッコミも良かったな。

 

『なんなんですかその名前の付け方! 猫じゃなくて犬かよォ!』

 

確かに、ポチやシロは犬の名前だ……。

それにしても。VRMMOでお年寄り達の世話をする日が来るとは思っていなかった。これは貴重な体験だと思う。

 

いや、そもそも捕まっていた人々の身柄をこちらで預かること自体が異常なのだ。

 

 

 

俺は焦りを感じていた。

 

というのも、事件後しばらくの間、運営は俺たちのチームに一切接触して来ていなかったからだ。

警察に繋がった後、どのようなやり取りがあったのかどころか、(隔離なり現状維持なり)人質とされていた人達にどのような対応をするのかの連絡すら一切無かった。

 

『間違いなく現実世界ではてんやわんやしているだろうよ』

 

そうベルシーは推理した。

 

『お前らがよ。“警察(サツ)に繋げざるを得ない状況を作ってしまった”のが想定外だったんじゃねえの? ま、オレの知ったことじゃねーけど』

 

もしもベルシーの推理が当たっているなら、俺たちが想定していた期間よりも事態解決までに時間がかかる可能性がある。

 

正直、ここの運営会社全体が信用できるわけでもない。

責任を放り投げたり接続を秘密裏に外して事件そのものを隠蔽するなんてことをやってこない保障はどこにもない。

警察を初めとする公的な機関から運営に対して人質とされているプレイヤーに対する要請がなかった(というより運営からアクションが無い)という時点で、状況と現場の保全は大事だと仮定して行動するべきだ。

 

この奇妙なチームの現況については、“数日ならば問題ない”というのが今のチームメンバーの総意(一部反対意見もあったが)だ。

これ以上俺達にできることがあるとは思えないが、だからといって人質となっていた人々を見捨てるわけにも行かないだろう。

 

 

 

 

 

――とまあ、こんな状態なので人質を取り巻くチームの家の環境も変わった。

 

具体的には家のサイズそのものを大きくして(ただし人払いの目的があるので、外観のデザインは自体ほとんど変わっていない。メンバーが休憩できる場所として屋根付きのウッドデッキを外付けしたくらいで、相も変わらず不気味な見た目のままだ)、部屋の内装も一新した。

設置する家具の高さを変えたり、くつろげる居間のスペースと全員分(もちろんチームメンバーの分は除いている。元からこの家でくつろぐ者などテツヲさん以外誰もいない)の個室を用意した。

 

改めて見返して、いままでの適当すぎる内装を放置していたこのチームの異常さが浮き彫りになった。

 

『オイテツヲ! 改装するならするで、もうちょい部屋割り考えろよ! 年寄り共の大多数があちこち歩き回って合成作業の邪魔なんだよ! 廊下と個室のスペースの配分どうなってやがんだ!?』

 

『ほむ。それなら。ドーナツみたいに、円形に廊下を作ればええ。そしたら、年寄り共はずっとぐるぐる。そこを歩き続けるやろ』

 

『へぇ~……。普段無言のくせに、珍しく良い提案するじゃねえかよ』

 

『――それは、良くないと思います』

 

突然のことだった。

普段おっとりとしているはずのワサビさんのやや強い物言いに、ベルシーとテツヲさんは驚きからか目を見開いた。

 

『あ……え……えっと、この人たちは目的があって歩いていると思うので、同じ所をずっと歩いて迷子になっちゃったら、ちょこっとかわいそうだと思いますー』

 

部屋の隅に居たタナカさんが無言で頷いていた。

ワサビさんの言葉に深く納得しているようだった。

 

『そ――だよな! 流石ワサビちゃんだぜ! おいテツヲ。ドーナツ型の廊下は却下だ! 部屋割りもちゃんと考えろよな!』

 

『……お前も。ちょっとは。手伝えや』

 

そうやって内装の問題を解決してから、また別の問題が起きた。

家の玄関ドアに、“内鍵”をつけるかつけないかで揉めたのだ。

ドアにはちょっと複雑なUI(ユーザーインターフェイス)を設定することができる。

これは別に、“内鍵”というほどの物でもない。

最低限この世界がゲームであると認識できていて、ゲームに慣れているプレイヤーなら簡単に動かせるものだ。

だが、自分たちが保護している人々にとっては話が違ってくる。

彼らはゲームの操作すらも覚束(おぼつか)ない。だからUIを設定してしまえば手足でドアを開けることができなくなり、彼らは家の中から外に出られなくなる。

 

つまり、『UIを設定することで安全を保持するべきだ』という主張と、『外に出られないようにするのは監禁しているのと何も変わらない』という二つの主張があったわけだ。

 

チームの出した結論は後者だった。鍵はかけない。

タナカさんとワサビさんが“二人のどちらかは確実に常駐する状況を続ける”と決めてしまったからだ。

二人の決心は揺るがない。

 

『大丈夫ですよー。上手くやりとりして、ちゃんと見てますからー』

 

(ワタクシ)もそれで構いません。乗りかかった船――いえ、自らが乗ると決めた船です』

 

二人の中でも、タナカさんに至ってはほとんど常にログインしている状態となっている。

タナカさんの負担は増し続けているが、俺はもう何も言わないことにした。

 

 

 

 

 

きっとそれが、今の彼にとっての一番なのだろう。

 

 

 

 

 

 

ちなみに、お年寄りの失踪騒ぎは後日実際に起きてしまった。

お年寄りの一人がいなくなり、チームは大騒ぎとなったものの――すぐに見つかった。

住宅街の中をワサビさんと一緒に並んで散歩していただけだったようだ。

 

『大丈夫ですー。一緒にお散歩していただけですー』

 

住宅街の住民に見られたら怪しまれて良くない噂を流されるかとも思ったが――

 

『心配は。いらんな』

 

テツヲさんはそう言い切った。

 

『ここに住んでるやつらなら。変なRP(ロールプレイ)か。人体実験してるかなんかと。誤解されて終わりやろ。何せ。俺のチームや』

 

『ま、それもそうね。まさかジジババの保護をしているだなんて想像しようが無いわよ。そのまま誘導して川に流すっていうのなら、ウチのチームならやりそうだけど♪』

 

 

 

 

――『できれば流しちゃいたいくらいだけど』。

 

 

 

そう最後にケッコさんは付け加えたのを俺は聞き逃さなかったが――何も言及はしないことにする。

 

 

 

 

 

【〇月〇日(おそらく多くの人々にとって休日)】

 

この日の昼。人質の全員が“ログインとログアウトを定期的に繰り返している”ことがわかった。

時間は人によってバラバラだが、ログアウトしたらしばらくして同じ場所にログインしてくる。

 

『クリアさん――おかしくないですか?』

 

その時、居間にいたレットが真っ先に俺に疑問をぶつけてきた。

 

『だって、そうじゃないですか? ゲームの中で事件がバレてるのに、ログアウトして再び戻ってくるようなことはしないと思うんですけどォ……』

 

『そうだな……“現実でこの人達を管理している連中”は、ゲームの中で起きている事態を知らないのかもしれない。現実側とゲーム側で連絡を取れなくなった可能性があるな』

 

『ほむ。もしくは。全部管理している一番悪いヤツが。いなくなって。空中分解したかやな。俺もようやるわ。自分の操作ミスで。一回チーム解散しとるしな』

 

きちんと服を着るようになったテツヲさんが(お年寄り達を自分の外見で刺激しないためらしい。といっても当人が着てきたのは布製の白衣だ。本人の目に隈がありムキムキなせいで『薬物中毒で無理矢理入院させられたギャング』のような出で立ちとなり、どう足掻いても不気味な見た目だった)居間のドアの外から呟いた。

 

“一番悪いヤツ”――要するにこの事件の真の首謀者。

この異常で悪趣味な事件を練るような人間が、急に居なくなった理由…………………………。

 

ゾッとしない話だ。まさか……事件の黒幕は何らかの理由で“全てを見捨てた”のだろうか?

 

俺は居間の端っこの照明の当たらない暗い場所を、行ったり来たり徘徊しながら思考を続ける。

自由に動けないのはストレスだが、居間の中央をぶらつくとお年寄り達に不審がられてしまう。(ちなみに、テツヲさんが居間の外に居るのは俺以上にお年寄り達からの心証が悪いからだ。逆にケッコさんは割と好かれるのに自分から距離を開けて居間の隅の影の中に立っていた。曰く“今の自分にお似合いの立ち位置”らしい)

 

俺が考え込んでいる間、レットは相も変わらず引っ張りだこ状態のネコニャンさんに質問を投げかけた。

 

『すみません。オレ、今まで気にしたことがなくて……すごく今更なんですけど、プレイヤーがログインしている間って現実ではどうなってるんです? やっぱり精神が完全にゲームに囚われてる状態みたいな――そういうアレなんですかね!?』

 

レットが俺ではなくネコニャンさんに対して質問したのは理由がある。

俺自身がレットに『ハードウェアのことはあの人に聞いてくれ』と言っていたからだ。

実際、ネコニャンさんはハードウェアに関しては俺よりも何倍も詳しい。

 

……ソフトウェアやSNSは苦手らしいが。

 

『いや、そんなに凄いものでもないですにゃ。例えるならば、浅い夢を見ているような状態ですにゃ。夢との違いは、怖がったり驚いたりしてもログアウトしないくらいですかにゃ。いちいち驚いたりしたくらいでログアウトしていたらゲームになりませんからにゃ――ぐええ!!』

 

突然お年寄りの一人に尻尾を引っ張られ頭を撫でられたからか、ネコニャンさんがバタつく。

 

『ずーっとログインしていたら、戻れなくなったりとかしませんよね!?』

 

『レットさんはアニメの見過ぎですにゃ……。強いて言えば時間的な制限は無いけど、体を拘束した状態での連続集中プレイは肉体的に危険ですかにゃ。――ぐふ。重いー。重いー』

 

横から別のお年寄りに倒れ込むように乗っかられて、ネコニャンさんは潰れた蛙のような声を上げた。

 

『も……もちろん強制的なログアウトが発生する場合はありますにゃ。例えば――』

 

そこで、雑用をしていたタナカさんが足を止めて呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ゲームを遊んでいるプレイヤーの脳が、夢すらも見れない状態に陥った場合ですね。つまり――現実で命を落とした時です』

 

『い……嫌だなあタナカさん。縁起でも無いこと言わないでよォ……』

 

『………………………………』

 

その場に居たメンバー達は誰も何も言わなかった。

静寂に耐えきれなかったのか、レットが慌てた様子で再び話を切り出す。

 

『じゃ……じゃあ、このままの状態が続いたら、この人達はどうなっちゃうんです? もしかして――!』

 

焦り始めるレットを俺は遠くから言葉で宥める。

 

『落ち着けレット。隣で様子を見ていたワサビさんも言っていたが、現実では少なくとも定期的に体を動かしていて、なおかつゲームプレイ中はある程度融通が利く状態にあるはずだ。俺でも、それくらいのことなら観察すればわかる。もしも同じ姿勢のままなら血流に問題が出てくるはずで、そういった体の不快感や違和感は必ずゲーム内のキャラクターの無意識の動きに出てくる。短時間ならまだしも“長時間”ならな。今のところ、プレイヤーが別の人間に切り替わっているようなこともない――といっても、フルダイブになってからこのゲームのログインには簡易的な静脈の認証機能がついているから、他人のキャラクターでログインすることは出来ないわけだが』

 

『ひええ……そんなところまで観察するだけで分かるんですか……』

 

『ああ、こうやってず~っと見ているからな。俺が見当もつかないのは完全に“役割(ロールプレイ)”を演じている思考を張り巡らしたプレイヤーだけだ。この人達の状態は真逆で、動きに嘘偽りがない。シンプルでむしろわかりやすい。おそらく全員が、現実世界でも普通に横になっている状態だろうよ』

 

俺の推理を聞いて、タナカさんが安堵の息を漏らした。

 

『それは良かったです。ただ横になっているのなら、少なくとも座ってゲームをプレイするよりもお体に負担は少ないはずですからね……。健康を過度に損なうことも、即座に命を落とすようなこともないでしょう』

 

『私もガッチガチに拘束はしていないと思うわよ。食事もログアウトさせた時にきちんとさせているんじゃない? 殺すつもりならそもそもゲームにログインなんかさせていないはずだもの。あいつらがこの世界に居るのは、現実で騒がれると家族にとって面倒くさいからでしょ?』

 

ケッコさんの物騒な物言いに、再び部屋は静寂に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【同日、夕方】

 

これでも、最初は“短期決戦”になる思っていた。

現実世界で動きがあるか、それとも人質全員がログアウトして行方不明になってしまうか。

 

しかし、現実は違った。

運営に動きはなかなか見られなかった。

運営からの音沙汰が無いことによる不安はメンバーにどんどん広がっていく。

 

 

 

 

 

そして――このタイミングで、突然チームのメンバーが増えることとなる。

 

 

 

 

チームに入ってきたのは、高身長のエルフの女性キャラだった。名前は“Rock(ロック)

身長はデフォルトよりほんの少し高め、髪色を黒くしたくらいで特徴らしい特徴がないが、どこか暗くて表情が険しく冷たい印象がある。

このタイミングでメンバーを外から入れるなど正気では無いと思ったが、彼女を突然誘ったのはリーダーのテツヲさんだ。

ピンと来て、俺はその“ロック”に思わず馬鹿みたいな質問を飛ばしてしまった。

 

「アンタひょっとして、普段ゲームマスターとかやってたりするのか?」

 

「プレイヤーがゲームマスターの名前を騙ることは規約違反です」

 

…………。

 

感情の機微を感じさせない露骨に遠まわしな物言い。

この“お堅すぎる台詞”が、端的に彼女の中身の正体を明らかにしている。

後にテツヲさんから事情を聞いて裏を取ったところ、やはりこのキャラクターの中身は件の女性ゲームマスターの“ロクゴー”だった。

どうやら関係者である俺たちに情報の“抜け穴”を作ろうと躍起になってくれたらしい。

本人曰く、まだ情報は入ってきていないようだが、これで運営会社が警察と連携を取っているか、こちらでもある程度把握をすることが出来るかもしれない。

 

『残念ながら、今(わたし)にできるのはこの程度の介入です。“どこかからも聞こえてきていない情報”を“あくまでゲーム内の一プレイヤーとして”“独り言のように呟く”。そのくらいならば許される――という判断をしたと“妄想します”』

 

“察してください”と言わんばかりのコテコテの濁りに濁った遠回しな物言いに、思わず苦笑してしまった。

 

個人的にはありがたいが、このロクゴー、もといロック女史の判断は客観的に見てあまり良いとは思えない。

GMが個人的な判断でキャラクターを作って特定のチームに介入するなどそうそうあって良いことではないし、それをネタにプレイヤーに強請られる可能性だってある。

少なくとも自分だったら“あのテツヲさん”のチームに信頼を置いたりはしない。

 

『そうですね……。(ワタクシ)が考えるに、テツヲさんとロクゴー……もといロックさん。このお二方のご関係は……“凄腕の刑事が長年追い続けた犯罪者を信頼されているような感じ”――ではないでしょうか?』

 

僅かな時間を見つけて石工に励んでいるタナカさんの例えがこれだった。

――あまり健全な信頼とは言えないが、どうやら問題行動を起こすテツヲさんが“妙な部分で義理堅い”のは付き合いの長い彼女の知るところらしい。

 

『あの鉄面皮女。ゲームの中でヘルム脱いでも鉄面皮じゃねえかよ。信用できんのか?』

 

石工をしているタナカさんに再び激を飛ばしながらベルシーが悪態をつく。(この日、コイツはいつの間にか居間にいた)

 

正直タナカさんの負担が増すので“石工奴隷扱い”は辞めてもらいたいが、コイツにとって、約束は約束らしい。

――もちろん、タナカさんにとってもだ。だから俺はこの二人の関係に文句を言うつもりはなかった。

 

『もしかして、オレ達は運営に意図的に見逃されているのかもしれねえな』

 

『どういう意味だ?』

 

『おそらく、アイツ(ロック)は事件対応の現況を細かい部分まで知りうる立場にねえ。GMに絶対的権力があるのはあくまでゲームの中でのみだ。会社の中では一部署の小さな業務担当者に過ぎねえ。そもそも警察は捜査状況を外部に漏らさねえだろうしな。運営はあまり強気には出てきてねえが、つまりあの女は運営の“内偵”って感じなんじゃねえの?』

 

なるほどと思った。つまり、ベルシーはこう言いたいのだ。

ロクゴーが個人的な情で事態に介入してくれたわけではなく。

あくまで“個人判断で俺達に介入している”という体で、実際は運営から監査役兼連絡員として派遣されてきている――と。

 

『つまり、ロックはスパイってことか……それは、あまり良くないな……』

 

『物は考えようだろ? “アイツに監視されている内は、事件と関わっているオレたちの存在が暗に運営に容認されている”ってことでいいんじゃねえ?』

 

ベルシーが聞こえるような大声を出すと、ロクゴー改めロック氏は『何のことでしょう』と冷たく言い放ちつつも、大きく咳をしている。

どうやら、ベルシーの推理が大正解のようだ。

 

『――ケッ! 忖度忖度ってな……見習いてえくらいの汚さだ! 流石、ここの運営の手先だぜ!』

 

『しゃーないわ。アイツも色々。立場やら。なんやらある。企業勤めには。無法者の俺らとは。別種の悩みがあるんやろ。なあ。ロック?』

 

テツヲさんを見てロック女史は表情を変えないまま顔を背けながら呟く。

 

『これは意外でしたね。アウトサイダーをまとめる身でそこまで割り切られるとは。私は正直なところ、門前払いをされてもおかしくないと思っていたのですが』

 

『チームメンバーの全員がガチの犯罪者みたいな言い方はやめてくださいにゃ……。少なくとも自分は会社勤めの社会人ですにゃ……』

 

『ほむ。似たような。もんやろ。ねこにゃは、“社会人”やなくて、“社外人”やからな』

 

『左遷寸前みたいな蔑称はやめーにゃ!! あの……レットさん。“実際はどうなのか知りたいけど聞いたら気まずそう”みたいな微みょ~な顔するのやめてくださいにゃ……。今のはテツヲさんの、ただの悪質な冗談ですからにゃ?』

 

ベルシーはテツヲさんの暴言に、心底感心しているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【同日の夜。ウッドデッキにで】

 

先にテツヲさんが苦言を呈していたが、ベルシーはたまに冷やかしに顔を出して自分の考えをエラそうに吹聴するくらいで、一周回って清々しいほどに俺達に対して非協力的だった。

しかし、間接的には役に立つ情報を出すし………………個人的に気になることがあった。

だからこの日はベルシーを無理矢理外に連れ出して、休憩中のタナカさんと自分の三人でパーティ会話を使って話し合いをした。

 

[ベルシー。今回の事件はどうなると思う?]

 

[……どうなるって、もうどうにでもなってんじゃねえか]

 

[……そういうことじゃない。例えば、この話が警察から公表されて社会にどんな影響を与えるとか――そういう今後の大きな話だ。考えてみて欲しい。“お前が運営ならどうする”?]

 

[そう――だな……運営のスタンスとしては極力大事にはしたくねえはずだからな。だから“分けて”腑に“落とす”な。オレだったらよ]

 

[……難しい例えだな。“分けて腑に落とす?”]

 

[なにぶん今回の事件は前例がねえ。あの人質共はゲームに放置されてクソみたいな待遇を受けていたよな。言葉にすると心理的虐待――だったか?]

 

[いや、ワサビさん曰く“精神的虐待”という呼び方が正しいらしい]

 

[……違いがわかんねえな。とにかくその“精神的虐待”が“ゲームの機能を悪用して行われた”っつー事実を、それとなく避けて警察に通報するのが運営にとって最良だろうよ]

 

[成程。つまり、こういうことですか。運営会社は保身のために“ゲーム”と“事件”を切って“分ける”――と。あくまで、“多々犯罪の手段としての候補がある中。このゲームを運悪く犯罪の手段として使われてしまった”というだけのことで、“ゲームそのものに問題があるわけでは無い”。あくまで“事件を起こした犯人達、ひいてはこんな事件が起きる現実の社会に問題がある”と主張して“腑に落とそうとする”……“落としどころを作る”と言うことですね?]

 

タナカさんの説明でしっくりきた。

『ゲーム自体に非はなく、あくまで悪人に利用された結果、現実の事件にゲームが巻き込まれてしまった』というスタンスを運営は警察に対して主張するということか。

 

なるほど。ここの運営会社の企業態度の悪さを知っている自分からすると、確かに納得できる話だ。

 

それにしても、そんな運営会社の事情を一切知らないはずなのにここまで簡潔に話をまとめてみせたタナカさんの理解力は、地味ながら目を見張る物がある。(加えて、この三人の会話は後にタナカさん経由で他のチームメンバーにわかりやすく説明をしてもらうこととなった)

 

[タナカ……お前やるじゃねえか。その通りだ。“私達は他の多々ある手段の一つとして制作しているゲームを利用されてしまった被害者です”っつー主張を警察にするのさ。外部から不正に第三者をログインされたのは会社の運営の話なので“誠意対応いたします”。それとは別に年寄りやらガキを現実で放置なり委託なり監禁する奴がいることに関しては――――――おい、これ実際はどうなってるんだよ? アイツらの現実の居場所については、何かわかったのか?」

 

[……今の段階では、何もわかっていない。現実の場所はそのままなのか、それとも実行犯によって管理されているのかさっぱりわからない]

 

俺の言葉を聞いて、ベルシーは舌打ちしながら話を続ける。

 

[とにかく――現実でヤベーことする奴がいるのは“我々とは関係ないです。そいつらの問題なのでそっちで頑張ってください”って論法だぜ。そういう捉え方を警察にされてしまった場合。警察の中で事件の規模が小さくなっちまう]

 

[“ゲームを悪用することで成立する大規模な組織的虐待”ではなく、“虐待していた悪い連中が、ゲームを悪用しただけの事件”になってしまうわけか……]

 

言葉の印象で考えると、後者の方が大したことのないように感じる。

要は捉え方の問題だ。

 

[ああ、死人が出ていないのにも、それに輪を掛けているからな。会社ってもんは利益だぜ。大事にならないように火消しをするだろうし、オレが運営会社なら、他にもいくらでも言い逃れできるぜ?]

 

少し考え込んでから、ベルシーは運営にとっての“抜け道”を提示する。

 

[『そもそも犯人達は、究極的なことを言えば沢山ゲームがある中で“このゲーム”をあえて選ぶ必要なんざなかったんじゃないか?』とも主張できるな。もしも規制がかかるとすればVR業界全体であって、このゲームそのものじゃねえって言い逃れだってできるぜ。そうすりゃ話がデカくなってお咎めもなしさ。例えば――匿名の掲示板が原因で起きた事件なんて昔から山ほど有ったが、だからってサイトや掲示板が公権力で閉鎖されることなんざなかったわけだしな]

 

なるほど、『罰するなら業界全体で罰するべき』と迫って話を大きくするという逃げ道もあるわけだ。

そういう風に運営会社が社会に対して問題を提起したら、普及しているVRゲームを一斉に止めることができるだろうか?

おそらく事件の規模の小ささから、簡単にはできないだろう。

 

 

やはり、ベルシーに聞いて正解だったと思う。

 

俺がコイツに質問をしたのには理由がある。

ベルシーとは長い付き合いだが、発想力や創造力という意味で頭が良いと思ったことは一度もない。

だから、天才的な推理をしてもらいたくて考えを聞いたわけではない。

 

しかしこの男は“ただただ考え方がえげつない”のだ。

 

だからもしも運営が“一番汚い考え方”をするのならコイツの思考を聞けば良い。

ベルシーの素行は最悪だが、だからこそこういう意外な形で役に立つ。

 

[しかし、弱者に対する組織的な虐待というのは……それだけで大がかりな事件だと(ワタクシ)は思うのですが……]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[オイ、タナカ――そんくらいの事件なら、今の世の中何も珍しくねえだろ]

 

 

 

 

 

 

背を向けて平然と言い放たれたベルシーの言葉に、俺とタナカさんは一瞬黙り込んだ。

その言葉は真実だ。

世の中は、どんどん冷たくなってきている。

 

[……(ワタクシ)の若い頃も、それなりに冷たい世の中ではありましたが……そこからさらに時代が変わりましたね……。悲しいお話です……]

 

『時代が変わった』。

タナカさんは、その言葉を噛みしめるかのように呟いた。

 

色々感慨に耽っていたいところだが、しかし時間は刻一刻と進んでいく。

今は、感傷に浸っている場合ではない。

 

[それで……タナカさん。その運営のスタンスに、警察はどう動くかな?]

 

[そう――ですね。ご高齢の方々の件に関しては、本当に誘拐でもされていない限りは刑事事件に発展しない可能性が高いです。そうなってしまえば、主犯も明るみに出ることは無いでしょう。どのような状況下でも警察が確実に動く例外は、まだお若い『デモンさん』だけかと思われます]

 

[――年寄りには先の未来が無えからだろ? 今のご時世、年寄り共は数が多すぎて警察(サツ)も対応しきれねえんだよ。現実で多少ぶん殴られるくらいじゃ対応する気もねーのさ。だが――未来があるあの餓鬼は例外だ。事件性があるなら血眼になって何とかするだろうぜ!]

 

[それは……その……つまり――]

 

口ごもる俺をベルシーが遮った。

 

[“何にせよ大事にはならねえ”ってことだよ――良かったじゃねえかクリア? この“ゲームがサービス終了しなくて”よ! 『お前も結局それが一番心配』なんだろ? ――――――――――オレもだぜ]

 

ベルシーは、俺の『この場を設けた最大の理由』を見透かしているかのようにそう言い放ってから家の中に戻って行った。

その時……ベルシーがどんな表情をしていたのか、俺には見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【二日目に関する追記】

 

最後に、レットと俺の間でとても重要な会話があったということを記しておく。

時系列的には、少女の意識が戻った翌日――二日目の深夜のことだ。

これは俺達の、今後の行動の指標になり得る会話だ。

 

事の発端は俺の家の郵便ポストだった。

手紙が一つ入っていて、内容は走り書きでたった一言。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【駆け出す者に託す。きっと導くだろう】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

差出人の名前は無かった。

『書く余裕が無かった』のかもしれない。もしくは、『書くまでもなく送り主の名前はわかるだろう』と差出人が思ったか。

 

手紙を受け取ってから、俺は慌ててチームの家に戻った。

ログアウトを渋っていたレットに手紙のことを問いただすと、妙に納得したようだった。

手紙の送り主――リュクスはあの戦いの後、メンバーに混ざろうとはせず無言でチームの家から立ち去ろうとした。

 

――会話をしたのは、あの時にその場から去ろうとしたリュクスを追いかけたレットだけだ。

 

『そっか……リュクスさんは“あの時”クリアさんに手紙を出していたんだ……。“駆け出す者に託す”……あ、そうだ!』

 

レットは思い出したかのようにインベントリーのウィンドウを開いた。

 

『――その時に、リュクスさんがオレにこれをくれたんです』

 

そう言って、レットが俺にアンティークな写真機を差し出した。

 

『これは……リュクスの奴。“何か重要な情報を掴んでいた”のかもしれないぞ』

 

レットが息を吞む。

慌てて写真機をレットから受け取って、俺は撮影されているデータを確認した。

 

『この写真機に写真は二枚入っている。一枚目は――馬車を襲撃した連中の背格好だな。視界があまり良くない馬車内からではわからなかったが……これはそうとう性能の良い高価な写真機みたいだな。連中の装備品までちゃんとわかる。二枚目は……“首級”を写真に写したものだ。キャラクターのホログラムだな。顔は装備で覆われているが、数名分名前ごとちゃんと撮られている。これは住宅街で撮られた物だな。おそらく、これは戦いの時リュクスが“道連れにした連中”だろう』

 

レットが横から写真を覗き込んでくる。

 

『なんか、よくわからない写真ですね……。酷い名前のキャラクターだなあ。こんなの、ただのローマ字の羅列じゃないですか?』

 

『いや違う。この二枚の写真を見るに、規模の大きい業者が関わっている可能性がやはり高い』

 

レットは写真を見つめる俺の横顔を凝視した。

 

『オレにはさっぱりわからないです。どうしてそんなことが――』

 

『戦っていた時はあまり意識していなかったが、こいつらの個人個人の装備品には①細かな個性と、②金銭的な価値が無いんだ』

 

確かに、写真に写っている連中の装備品には種類や差異があるように見える。

しかし、こうやって改めて集団で写っている写真を見れば一目瞭然だ。

 

ただ、①Aセット②Bセット③Cセットといった具合に、装備セット別にグループ分けがされているだけなのだ。

つまり、敵は『あれだけの集団でいながら装備の外見が3タイプしか存在していない』ということになる。

そして、その装備品すべてが“入手する際に労力のがかからない物”だ。

 

『確かにそうですね。この連中の装備。よく見たら同じ見た目ばっかだし。下手するとオレのミスリルプレートと大して強さに違いがないかも……』

 

『大規模な業者というものは、ゲーム上にかかる労力を大人数の行動力(マンパワー)で誤魔化そうとする傾向がある。常に集団で行動する方が手間がかからず効率も良いからだ。そして、個人での装備強化をしようとしない』

 

『どうしてですか?』

 

『このゲームはキャラクターのレベルを最大にするより、装備品を整える方が労力がかかるし、効率が圧倒的に悪いからさ。運営にアカウントを止められたら、それまでキャラクターにかけた労力がパーになるからな。ゲームを仕事にしている業者連中からすれば、個々のキャラクター強化に拘ったりせずに、『最低限の強さのローコストの雑兵みたいなキャラを大量に揃えるのが一番効率が良い』わけだ』

 

『つまり、こいつらは集団で行動していてキャラクターのレベルだけ高いから(イコール)業者――って考えられるわけですか……』

 

『第二の理由はお前の言うとおり、名前がただの“文字列”だからだ。業者って言うのは“キャラクターデータそのもの”も売買することがある。この名前は、万が一業者のキャラクターが削除されないでいろんな職業のレベルがマックスに達したり、レアな装備を入手出来てしまった場合。改名して他人に売りつけることを想定してつけているのさ』

 

レットは首を傾げた。

 

『それなら、最初から普通の名前でも良くないです? こんな文字列にする理由が――』

 

『ただでさえ顔で特定されやすいゲームだからな。個々の違いが分からないように名前をぐちゃぐちゃにしておくわけだ。例えるなら“俺が倒したレットという名前の奴の種族はヒューマンで、髪色は黒の少年だった”って覚え方ができないから、名前が変わっても記憶に残りづらいんだ。“なんかよくわからん名前のよくわからんプレイヤーを倒した“という認識になる』

 

『あ、あー……』

 

『元の名前が覚えやすい“人名”じゃなければ、記憶に残らず――名前が変わった後も“身バレ”しづらいってことだな。買い手に対する最低限の配慮だ。どうせ常に集団で行動しているなら、いずれプレイヤーには業者だということはバレる。それでもこの写真だと『業者』が沢山いたのはわかるが個々のキャラの印象が全く記憶に残らない。名前を通報する気も失せるだろ?』

 

『うーん。結構考えられてるんですね』

 

『今作の“改名の仕様”に最適化するための工夫でもある。名前の改名は“サーバーを移転決定しようとした時、同姓同名のキャラが移転先に既にいる”場合に可能になる。例えば業者から買ったレベルマックスのキャラクターが割と“普通の名前”だったとする。このキャラを別のサーバーに移転してからゼロからゲームを始めようとしたら何が起きると思う?』

 

レットはしばらく考え込んでから、俺の質問に対して答えた。

 

『“普通の名前”なら他のサーバーにも居そうだし。改名できるんじゃないですか?』

 

『100%の保証はない。それに、移転のタイミングで元サーバーの“同じ名前”のプレイヤーがキャラを消したり他のサーバーに移転してしまう可能性もゼロじゃない。その場合、その“普通の名前”のままで移転処理が完了してしまう。買い手にとって、望まない名前でゲームが始まってしまうんだ』

 

『あ、あー……“普通の名前”だと“名前の変更ができない可能性がある”のか……』

 

『そこでわけのわからない名前の出番だ。例えば①“Qawsedrftgyhujikolp”とかの名前のキャラを育てて販売する。②その後、業者が別の専用アカウントで“Qawsedrftgyhujikolp”を特定のサーバーに即座に作り出しておくんだ。“キャラの改名がきちんと完了するまでを保証する”のさ』

 

『うーわ。ろくでもないけど、業者ってめちゃくちゃ頭良いんだな……』

 

『連中も生活がかかっているからな。とにかく、総合して考えると“あの夜戦った連中は高確率で業者”ってことになる』

 

『なるほど……それにしても、なんでリュクスさんはこんな写真をオレに渡してきたんだろう?』

 

『さあな。アイツは――リュクスは、いつも肝心な部分を語らないんだ。煙に巻くというか……意図を自由に汲ませるというか……。“自分が関われるのはここまで”という意味か、若しくは――“レットを通じて俺たちに何かを託そうとした”のかもしれない』

 

『託そうとした……』

 

『お前とのやり取りを俺が聞く限りでは、ゲームを引退しようとしたかもしれない。しかし、その割にアイツは未だにゲームにログインしている。写真機をお前に渡した時に、心変わりでもしたのかもしれないな』

 

『……』

 

レットは黙した。

大まかな経緯だけでどんな会話があったのかは俺には知りえない。

しかし、細かい部分まで聞くつもりも無かった。

 

『何にせよ。リュクスのくれたこの情報は大きいぞ。俺達だけではこいつらが業者だということまでしかわからないが――この写真を使えば、僅かながらできることがあるかもしれない』

 

『できること……ですか』

 

『考えがまとまったら、今度お前に話す。今日はもう遅い。ちゃんと寝て、学校に遅刻しないようにしろ』

 

『でも――』

 

『いいからもう寝ろ。無理をするな』

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「よし――日記に書くべき内容は、とりあえずこんなところか……」

 

そう呟いてから軽く息を吐いた。

こうやってまとめてみると、短い期間に濃密な日々を過ごしているのがわかる。

 

 

 

そして、リュクスのおかげで次に行うべきこともようやく決まった。

 

 

 

そろそろ、チームの家に向かう時間だ。

きっと間違いなく、レットは今日もログインするのだろう。

 

日記を仕舞って、椅子から立ち上がって――

その直後に、自分の両目が無意識に見開かれたことを感じる。

咄嗟にゴーグルをかけて、慌てて外に出る。

 

外は真っ暗で大雨が降っていた。

しかし、自宅の壁に穴が開いているくらいだ。

そもそも傘などいつも使わないし、濡れることは今更気にはならない。

 

「……………………」

 

気のせいなのかもしれない。

ひょっとすると事態が事態だけに、神経が過敏になっているだけなのかもしれない。

それでも思い込みとは到底思えないほどに、この仮想世界は緻密に作り込まれている。

 

ここ数日の間――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――“いつもとは違う誰か”に見つめられているような。

……そんな気がするのだ。


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