ミリアのアトリエ~迷宮街の錬金術士~   作:タヌキ(福岡県産)

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じゃが丸くん調合講座

 

 

 

 アトリエを開店してから1週間。

 アイズさんたちも迷宮(ダンジョン)に潜るというので、明日からは一時休業となるお店の売れ行きは好調すぎると言っても過言ではないほどだった。

 酒飲みの冒険者たちの間でこのお店の噂が広まったのか、ガレスさんをはじめとした酒豪の方々によって作りすぎていたはずのお酒とピュアウォーターは既に売り切れ、事務方の団員さんに人気が出た紙もほとんど捌けている。

 唯一ある程度の量が残ってしまったのが小麦粉だけど、フィン団長に伝手があるため、余ったらそちらに売り付けてくれるらしい。

 

「お店の商品棚もすっかり寂しくなりましたね〜」

「うん。でも、私たちがこれだけ売ったんだって分かりやすくて、嬉しいかも……」

「アイズもこれで、冒険者稼業以外でお金を稼ぐのがどれだけ大変か理解したでしょう?いくら不壊属性(デュランダル)の武器だからといって雑に使うのは駄目。なるべく出費を抑えるため丁寧に使うこと」

「うん……分かった」

 

 時々ティオナさんやレフィーヤ先輩に手伝ってもらったが、基本的にはティオネさんとアイズさんがアルバイトとして頑張ってくれた。

 特にティオネさんの活躍は目覚ましく、私では尻込みしてしまいそうな強面のお客さんたちに一歩も引かず、むしろ相手が萎縮してしまうほど堂々と商談をまとめていた。

 アイズさんは相変わらず口数が少ないままだったけれど、常に神秘的な雰囲気をまとっている彼女はただ立っているだけで広告塔としての効果を果たし、美しい剣士の店員を一目見ようと老若男女が来店していた。

 対する私はというと、迷宮都市(オラリオ)にやってきてまだ2年も経っていない新人冒険者に知名度があるはずもなく、基本的にお客さんからは「この子が店長なのか」という扱いをされていた……と思う。

 時々値踏みするような視線を向けられることもあったが、そういう時は大体アイズさんがそっと近寄ってきて私を守ってくれた。

 

「2人とも、1週間ありがとうございました。これは今回のお給金です!」

「私の方こそありがとう、ミリア。適度に体も動かせて良い休息(レスト)になったし、お金も貰えるなんてね」

「じゃが丸くんがいっぱい買えるね」

 

 3人でテキパキと店仕舞いの準備を終わらせて、最後に革袋に入れたお給金を2人に渡す。

 迷宮で一度に稼ぐ金額と比べれば微々たる額だろうけど、彼女たちは嬉しそうに頬を緩め、アイズさんは早速そのお金でおやつを買いに行くらしい。

 まるでお小遣いを貰った幼子のようなアイズさんの言葉にティオネさんと顔を見合わせて笑っていると、人形のような無表情の中にどこかウキウキとした感情を滲ませていたアイズさんが「あ」と声を漏らした。

 

「ミリア。そういえば、ひとつ気になったんだけど」

「なんでしょうか?」

「ミリアって、じゃが丸くんを調合出来たりしないの?」

「……うーん」

 

 ふと思いついた、といった様子で投げかけられたアイズさんの質問は、意外にも古式錬金の「本質」を捉えたものだった。

 期待に目を輝かせて私の返答を待つアイズさんには申し訳ないが、私は首を横に振って答えた。

 

「実は私、やったことがないんですよね。じゃが丸くんの調合」

「出来るか出来ないかで言ったら?」

「たぶん出来ないです」

 

 私の答えが意外だったのか、驚きで目を見開く2人。

 どうやら彼女たちの中で私は「錬金術士だからなんでも作れるだろう」という評価を得ていたらしいが、実はそう簡単なものではないのだ。

 

「古式錬金を使って色々な道具を作っているように見えますけど、実際には『知っているものしか作れない』と言いますか……私は今、古式錬金(スキル)のお陰で把握出来ているレシピに沿ってアイテムを調合(さいげん)しているだけなんですよ」

「……?つまり、ミリアはじゃが丸くんのレシピを知らないから、じゃが丸くんを作れないっていうこと?」

「……まあ、大雑把にまとめるとそんな感じです」

 

 小首を傾げ、自分なりの解釈を伝えてくれるアイズさん。

 この「錬金出来る出来ない」という感覚について詳細な説明をしても良かったが、独特なこの感覚を理解出来たのは未だにアリサ先輩しかいない。

 さてどう説明したものか、と私が頭を悩ませていると、更衣室に向かうティオネさんが、何を難しく考えているんだと言いたげな表情で口を開いた。

 

「じゃあ、アイズが教えてあげればいいんじゃない?じゃが丸くんのレシピ」

「え?」

「……!それ、いいかも」

 

 彼女の言葉の意味を咀嚼しきる前に、瞳を輝かせたアイズさんが目にも留まらぬ早さで店から出ていってしまう。

 着替える前に飛び出していったのでお店の制服のままなのだが、大丈夫だろうか。

 呆然とアイズさんが出ていった跡を見る私の後ろで、着替えを終えたティオネさんが呆れた表情を浮かべる。

 

「まったく、あのじゃが丸くん中毒者(ジャンキー)は……ごめんミリア。早まったかも」

「ぜ、善処します……」

 

 数分後、何をどう交渉したのか「じゃが丸くんの作り方」なるものが書かれたメモを片手に帰ってきたアイズさんによって、私のじゃが丸くん錬金修行が始まるのであった。

 

 

 

「も、もう無理ですよ〜……」

「頑張って、ミリア。きっと出来る」

「今までの材料を使ってじゃが丸くん料理した方が早いですってえ……!」

 

 アイズさんの修行は過酷(スパルタ)の一言に尽きた。

 古式錬金のレシピ──アトリエ原作内に存在するアイテムたち──には存在しない『じゃが丸くん』の調理手順が書かれたメモとにらめっこをしながら、アイズさんの買ってきた芋と在庫の小麦粉、ついでに植物油をいれて鍋をかき混ぜる。

 しかし、古式錬金はあくまでも「アトリエのアイテム」を作り出す技術であって『学区』で学べるような様々なアイテムを製作出来る技術ではない。

 慣れない作業によって調合の手は鈍り、出来上がるのはなぜか中和剤ばかり。

 それでもアイズさんは「まだ見ぬじゃが丸くん」という夢を諦めきれないのか、昨日の給金を使い果たす勢いで芋を買い足してくる。

 調合すること自体は苦じゃないのだけれど、流石にこれ以上は材料のほうが勿体ないということで、そろそろストップをかけたいのだが……期待に目を輝かせる彼女を見ると、断ることにかなり罪悪感を抱いてしまう。

 

「……もしかしたら、材料が足りないのかもしれない。待ってて、【デメテル・ファミリア】の直営店で小豆クリーム味の材料を買ってくるから」

「うう〜、これ以上は流石に……」

 

 これが9900万ヴァリスの剣を使い潰す一級冒険者の金銭感覚なのか、また新しい材料を買い足そうとするアイズさんに、心を鬼にして断りを入れようとしたその時。

 丁寧なノックの後に、調合室(アトリエ)の扉が開かれた。

 

「やはりな。ここにいたか、アイズ」

「リヴェリア様!?こ、こんにちは……」

「あ、リヴェリア」

 

 やって来たのはリヴェリア様。

 彼女の背後にはティオネさんたちいつもの3人組(メンバー)が揃っており、どうやらアイズさんのスパルタぶりを見兼ねて制止役(ブレーキ)を連れてきてくれたらしい。

 苦笑いとともに手を合わせて謝罪のポーズを見せるティオネさんに、私は地獄に垂らされた蜘蛛の糸のような救いを見た。

 

「アイズ、お前は今からどこに行くつもりだった?」

「どこって……【デメテル・ファミリア】の直営店だけど」

「なにをするつもりだった?」

「じゃが丸くん小豆クリーム味の材料を買いに……」

「それで、材料を使って作るのは誰だ?」

「……ミリア」

 

 リヴェリア様から漂うお叱りの気配を察したアイズさんの元気がみるみるうちに萎んでいく。

 まるで飼い主に怒られた時の犬のように、萎びて垂れ下がった耳と尻尾の幻覚が見えた気がした。

 しょんぼり顔で反省するアイズさんは被害者の私ですら庇護欲をそそられる程のあどけなさで、扉の向こうから覗いていたレフィーヤ先輩がとても他人には見せられない顔をしていたが、リヴェリア様の説教は止まらない。

 

「自分の金で材料を買い揃えるのは良いだろう。他人に作って貰おうとするのも、まだ分かる。だがそれを強要し始めた瞬間からそれは頼み事の範疇を超えるぞ」

「はい……」

「ましてやミリアには私たち団員の生命線とも言える回復薬(ポーション)魔道具(マジックアイテム)を調合する役目があるんだ。お前の我が儘を叶えるために納期が遅れた場合、派閥の全員が被害を被ることになる。アイズは自分のせいで仲間の命が危険に晒された時、自責の念に耐えきれるのか?」

「うぅ……」

 

 静かに、だが容赦のない指摘の嵐がアイズさんを滅多刺しにしていく。

 背格好は大人へと一歩踏み込んでいるはずなのに、まるで母親に叱られる幼女にしか見えないアイズさんを見かねた私は、彼女に助け舟を送ることにした。

 

「あのぉ、アイズさんも反省してますし、私は調合すること自体は苦じゃないので……」

「──ミリアにも話はある」

「アッハイ」

 

 そして自分にも飛び火した。

 すっかり萎れてしまったアイズさんはティオネさんたちに回収され、部屋に残ったのは私とリヴェリア様のみ。

 いったいどんなお叱りが来るのか、と緊張していると、リヴェリア様はふと視線を私の背後──錬金釜の方へと向けた。

 

「……ティオネの話によると、じゃが丸くんの調合をしようとしたそうだな」

「そ、そうですね。まあ、失敗しちゃった……というか、別のアイテムになっちゃったんですけど」

「ふむ。そのアイテムを見せてもらえないか?」

「は、はい!どうぞ……!」

 

 じゃが丸くんになる予定だった中和剤をコンテナから取り出して、リヴェリア様に手渡す。

 受け取った彼女は目を細めて中和剤のことを観察すると、見終わったそれを私に返却しながら口を開いた。

 

「ミリア、その中和剤についての自己評価を聞きたい。謙遜などはせずに、率直なものを」

「え、と……自己評価ですか?うーん、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。特性の引き継ぎも適当に済ませちゃったし、品質も高くて200程度ですから」

「……そうか」

 

 流石はオラリオの農業を司る【デメテル・ファミリア】産の芋と言うべきか、わりと適当に作ったはずなのにほとんどの品質が100を超えているのは驚きだが、強い特性を抽出したわけでもなくこの品質であれば使()()()()()()()

 そんな私の言葉を聞いたリヴェリア様は、そのことに怒るでもなく話を続ける。

 

「そうだな、何から話すべきか……。ミリア、お前は私たちが迷宮(ダンジョン)で採取してくる素材をどう思う?」

「……素材ですか?やっぱり迷宮産というだけあって、どれも質の良い素材ばかりで感謝してますけど……」

「その素材たちの平均的な品質は?お前の言う数値を基準に話してくれて良い」

「平均値、ですか?そうですね……70とか、良いものだと100を超えてたりとか、()()()()()()()だと思いますけど……?」

「ふむ、()()()()

 

 私の解答から何を導き出しているのだろうか。

 他にも出された数個の質問に答えると、リヴェリア様はより確信を強めた顔で私に告げた。

 

「ミリア。お前はどちらかというと()()()()()()感覚で錬金術を使っているのだな。店に並べられていた品々、そして先日飲ませてもらった清水と、フィンたちの話やお前自身の評価との食い違いから、私はそう感じた」

「……はい?えっと、それはどういう……」

 

 最初、リヴェリア様が何を言っているのか理解出来ずに怪訝な声を出してしまった私を。

 

 リヴェリア様の足元から現れた魔法円(マジックサークル)が黙らせた。

 

 一瞬だけ調合室全体を覆うように広げられた魔法円は、魔力を練り上げるのを止めたリヴェリア様によってすぐに霧散させられる。

 神の恩恵(ファルナ)の効果によって私も魔法が発現しているとはいえ、魔導士としての修行は全く行っていない私では()()()()()()()()()()()()()()所業。

 それを顔色一つ変えずにやってみせたリヴェリア様は、少しだけ表情を緩めると私に感想を尋ねる。

 

「……さて、今の『技』を見てどう感じた?」

「どうって、言われましても……凄いとしか言いようがないです。具体的にどこが凄いのかと言われるとちょっと困りますけど……」

「そうか、だがあれはレフィーヤやアリシア──森人(エルフ)であれば()()()()()()()()()()()()()()()だ」

「……い、いやいやいや!それは流石に言い過ぎでは!?」

 

 思わず大声になってしまった私の反応を予想していたのだろう、リヴェリア様は驚いた様子もなく再び私に問いかけた。

 

「だが、今の私の言葉をその場で否定することは出来ないだろう?……お前には魔導士の感覚も、エルフの感覚も分からないのだから」

「……それは、そうですけど」

「エルフにとって魔力とは、魔法とは生まれた時から常に隣にある空気のようなもの。人が歩き方を知らぬ間に修めるように、私たちは魔力の扱いというものを知らぬ間に修める。……そして、得てしてそういった先天的な感覚は他者と共有し辛いものだ」

 

 そこまで言われれば、リヴェリア様が言いたいことも何となく理解出来た。

 要するに、リヴェリア様たちエルフにとっての「魔力や魔法」が私にとっての「錬金術」なのだと言いたいのだ。

 自分にとって空気のような存在(あたりまえ)であるが故に、それを他者が見た場合にどのような感想を抱かせるのか思い至らない──否、わざわざ意識しなければ想像出来ない。

 

「お前にとって、この中和剤は本当に『良い出来とは言えない』程度のものでしかないのだろう。だが、それよりも品質の低い素材に関しては『出来が良い』とすら言う。この自他に対する価値観の矛盾(ズレ)がどこから来るのか、フィン達はあまり理解出来ていなかったようだが……まあ当然だろうな」

「……それは、直しなさいと、いうことでしょうか?」

 

 リヴェリア様がどんな顔をしているのか、怒っているのかを確かめることも出来ずに下を向く。

 だが、リヴェリア様はひとつ小さな息を吐くと、私の頬に手を添えて上を向くように持ち上げた。

 

「……別に私は怒っていない。先程までの話もただの事実確認だ。私も魔法に関して似たような所があってな、王森(おうしん)を出てから度々トラブルを……いや、この話は良いか」

 

 リヴェリア様は、怒っていなかった。

 彼女の瞳に宿っていたのは強い『共感』。

 アイズさんに向けるものとはまた別の慈愛だった。

 

「私がミリアに求めるのは、フィンたちのような『自重』ではなく『自覚』……いや、知っておくと言ったほうが正しいか?自分と他人の感覚の差異について放置するのではなく、その違いについて把握しておくことが後々()()()()ということだ」

「自覚、ですか」

「そうだ。現にあの清水に関してだが、非常に美味しく満足のいくものだった。そして、その他の商品もミリア以外の者から見れば質が高いものばかりだったが故に……他の冒険者たちの間で躍起になって清水を確保しようとする動きがあってな」

「ええ……!?あれは、ただ最高品質(999)を目指す途中で調合しすぎた余剰分なんですけど……」

()()が私の言う『差異』というものだ」

「あ……なるほど」

 

 分かりやすい具体例がすぐに出てきたことによって、リヴェリア様の助言(アドバイス)がストンと胸に落ちる。

 しかし、そうやって理解がひとつ進んだが故に新しい不安が脳裏を過った。

 私のお店──アトリエについての事である。

 

「じゃあ、私のお店って派閥にとって結構マズい存在なんじゃ……」

「安心しろ、フィンはその辺りも織り込み済みで動いている。ただ奴は手綱を握って操るのは上手いが、それだけでどうとでも出来てしまうきらいがあるからな……今回は私も口を出させてもらったというわけだ」

「そうなんですね。……あの、ありがとうございます」

「礼には及ばない。迷惑をかけたアイズを回収するついでに助言しただけだからな」

 

 細かな事情まで教えてくれたリヴェリア様に頭を下げて、きちんとお礼を伝える。

 オラリオで暮らす冒険者の一人として、そしてなにより錬金術士として成長出来そうな気がした私は、話を終えたリヴェリア様を調合室から見送ろうとした。

 見送ろうとしたのだが。

 

「……リヴェリア様?」

「どうした、ミリア?まだなにか不安なことがあるのか、話してみるといい」

「いや、あの、どうして私の錬金釜の方へ移動しているのかな、と」

 

 当のリヴェリア様は調合室を後にする素振りを見せず──それどころか、まだ何か用事があるかのような素振りを見せている。

 

「じゃが丸くんの調合が上手くいかないと言っていたな。私は錬金術に詳しい訳では無いが、なにか助言出来るかもしれない。一度ミリアの調合を見せてくれないか?」

「……あ、はい」

 

 珍しく表情が分かりやすかったのもあるが、リヴェリア様が浮かべた美しい笑顔の奥に隠された強烈な好奇心を、私は見抜くことに成功した。

 どうやら、私への助言とは別に古式錬金へ興味を抱いていたらしい。

 王族(ハイエルフ)だとしても、やっぱり未知を求めて迷宮に潜る「冒険者」なんだなあ、と思った。

 そんな彼女の提案を断りきれるはずもなく、助言のお礼も兼ねて、2人だけの調合見学会が開催される。

 

 ──そしてこの見学会こそが、私の古式錬金への理解を深める大きなきっかけとなったのである。

 

 

 

 


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